3-1話 好転する未来、犬猿の二人1
貴族社会内で伯爵位に匹敵する権力を持ち、裁判という難しい役職をこなし続けていたガディアは国の重鎮に位置していた。
だからこそ、そんなわけがないと多くの人が信じ……そしてその期待は見事に裏切られる事となった。
天秤伯、文書偽装の上領主暗殺を企み捕縛される。
そんなニュースがノスガルド中に轟いた。
知っている者は衝撃を受け、知らない者はそんな人物がいた事を知って惜しみ、裁判関係の役職を担っている者はのきなみパニックに陥った。
それだけに収まらず、国が発表しているにもかかわらず未だに天秤伯ガディアを信じる者もいる始末である。
それほどに天秤伯というブランドは大きなもので、今回の騒動は悲しい事に、ノスガルドに軽くないダメージを与えていた。
そんな騒動から数日ほどが経過した。
相変わらず……食事は美味しいし、このレタラの街は賑やかで楽しい。
日が暮れるまで遊んでも遊び足りないだろう。
それでも、プランの中にはホームシックに近い寂しさが現れだしていた。
有体に言えば『帰りたい』のだ。
どれだけココが楽しくて、どれだけ素晴らしかったとしても……プランにとって帰るべき場所はリフレストだけである。
あの時の騒動の解決に助力したプランは、多くのものを得る事が出来た。
例えば名声……。
プランにとって恥ずかしく、嬉しいとはとても言えない事なのだが……この街の新聞にプランの名前がデカデカと一面に載ってしまっていたのだ。
『新リフレスト領主のプラン・リフレスト男爵! 先代の恩に報いる為我らがブラウン子爵を救出す』
そんな見出しの一面には、かなり大げさにプランを褒めたたえていた。
どのくらい大げさかと言うと、話を盛りすぎてプランが街中を歩いても誰もプランだと気づかないくらいである。
『妖精のように美しい栗色の乙女は凛とした表情で、堂々と天秤伯を言い負かし悔し涙を流させた』
なんて書かれるくらいには大げさだった。
もちろん、プランが得たものはこんな羞恥を強要する物だけではない。
現在リフレスト領にはブラウン子爵領より十名を超える文官達が派遣されている。
それらを領主代行のティフリスと相談した結果、派遣制度を年単位で続けてくれるという約束を取り付けてくれた。
ブラウン子爵を救ったお礼と、あまりに悲惨な文官事情は致命的な結果を招きかねないと思ったティフリスの慧眼によるものである。
そして、最後にプランが得たもの。
プランもとって一番意外で、そして一番嬉しかった出来事。
それはこの理想的な街であるレタラからリフレストに移住したいという声が少なからずあったという事だ。
最初は大量の移住希望者で溢れたのだが……。
絶望の食事情に山賊真っ青な未開具合。
プランは別に美人でかっこいいわけでもなく、あくまで助力しただけ。
ついでに色々緊急事態の超貧乏。
そんな本当の情報を教えると多くの移住希望者はなかった事にして帰っていったが、それでも数十人というけっこうな数の人が移住希望を取り下げなかった。
一から自分の力で挑戦し開拓したい。
昔農家だったから農業がやりたい。
静かな場所で泥のように眠りたい。
人里離れた場所で一人の生活がしたい。
領主が女の子とか、ええやん。すげーじゃん最高じゃん?
と一部よくわからない声もあったが、それでも皆リフレストに何らかの魅力を感じてくれたらしい。
人には色々と個性があり、何が本人にとって大切かはそれぞれ違う。
明らかに快適で幸せな暮らしを捨ててまで、リフレストに来てくれると言ってくれた彼らにプランは感謝の想いしかなかった。
たかだか数十人の移住というのはレタラの街にとっては微々たる変化で損害すらないほどである。
だが、リフレスト領から言えばとても大きな変化である。
ギリ三桁という程度の人口のリフレスト領に数十人が移住する。
マンパワーの増加比が尋常ではない。
国力五割増しと言えばその恐ろしさが理解出来るだろう。
それこそ、この厳しい事情が好転するではないかと思う程度には、理想的な変化である。
そんなわけで手土産も持ったし……いざ帰ろう我が家!と願うプランなのだが……。
残念ながら当分帰れそうになかった。
理由は単純で、恐ろしいほどに忙しいのだ。
裁判に参加し、直接ガディアを叩きのめした文官ヨルンは当然、武官ハルトも国から名指しで協力の要請を受けてしまった。
国から命を受けている武官、文官がそれに逆らう事など出来るわけがなかった。
リカルドは武官でも何でもないのだが、自分の仕事を減らす為にハルトが強引にリカルドを巻き込んだ。
本当ならプランも巻き込むつもりだったらしいのだが、領主という立場が邪魔をしたらしい。
そりゃそうだ……。
そんな理由でプランだけは暇なのだが……皆が忙しい中で一人のほほんと暮らす事を受け入れられるプランではなかった。
忙しさが伝染し館内のメイド達があたふたとしている中、何もしないという選択肢はプランになく、手伝いをしていたら何故かその腕が異常なほど買われ――現在ブラウン子爵のお世話係という最重要ポジションに任命されてしまっていた。
世話と言っても、ブラウン子爵は大体の事は自分でするタイプなので部屋の掃除がプランの主な仕事である。
他の仕事と言えば、休憩中に飲んだカップを片付ける事と、出かけるときにそっと付いて歩く事くらいである。
これは誰にも言えないが……プランはブラウン子爵について行く仕事がとても気に入っていた――というよりも、部屋から出ていく為にする『ある行為』が気に入っていた。
部屋を出るときに、扉の前にかけてあるコートを持ってブラウン子爵に着せ、感謝の言葉を受け取る。
コレをすると、本当に少しだけ……父が生きていた時にそうしてあげた事を思い出して嬉しくなるからだ。
そんなわけで、しばらく帰れそうにはないが概ねプランは楽しんで生きていた。
当初の目的である銅山計画については、リフレストへの移住者と二点をセットに纏めて政策方針とした。
移住者専用の村を銅山の傍でレタラと交流しやすいような位置に作る。
こうすることにより、銅山の開発事業も村の発展も、ブラウン子爵領との繋がりもすべて賄う事が出来るからだ。
大体の事が良い方向に転がっている風に思うプランだが……不安が一つ、残ったままになっていた。
それは天秤伯ガディアの事だ。
捕縛されてから結構な日数が経過したはずなのに、何一つ口を割っていないのだ。
既に尋問はかなり過激な方向に進み、拷問寄りになっているにもかかわらずだ。
つまり、話す事ができないか、絶対に話したくない事情があるのか。
どっちにしても、厄介ごとの気配しかなかった。
それと同時に複数の不穏な事態が発覚しているらしく、時々館に帰ってくるヨルンの様子は露骨なまでに暗い。
機密レベルが高いらしくプランの耳にはまだ何も入っていないが……最悪な事が起きているくらいは察する事が出来た。
そんな一抹の不安が残るある日の午後、プランの元に一通の手紙が届けられた。
それは現在、国に派遣して何らかの軍事行動を取っているリオとアインからだった。
ありがとうございました。




