2-30話 領主二人のノクターン2
やきとりにシチュー、豚串焼きに肉饅頭と絶賛買い食いライフを楽しむプランとブラウン子爵。
それは当然全て一人前の量であり、合計すると結構な量となる。
ブラウン子爵ならともかく、細身で低身長幼児体形のプランが軽々とこれだけの量を食べるというのは異質としか言いようがなかった。
ただ、仕方がない部分もあると言えるだろう。
リフレスト領に戻った後これほどの食事に出会う事はあり得ない。
リフレスト領の食事も美味しくはあるのだが……節約と素材、調味料の差が大きく質素で薄味が中心となっている。
がっつりと濃い味付けの物をプランが食べられるのは、もう数日だけだった。
「それにしてもブラ……何て呼びましょ?」
プランは仮装ではあるが一応変装をしているブラウン子爵に気遣いそう尋ねた。
「んーそうだね。ミスターBとでも名のろうかね」
キラーンと歯を光らせて決めポーズを取るブラウン子爵ことミスターB。
なお、光ってるのは食べ物の油が歯に付いているからだ。
「はあ。じゃあミスター。ちょっと良いです?」
あまりにダサいので呼び方を略すプラン。
「ん? 何だい?」
「いえね、私も何故かメイドさんたちから御給金代わりに多少のお金もらいましたし、ミスターもそれなりに用意しているじゃないですか?」
「うん。ジェントルだからね」
「はあ。んで、大分お腹も膨れましたが、いくら使いました?」
「……あっはっは」
ブラウン子爵は目を反らしつつ笑ってごまかした。
これまでで子爵が支払った金額はゼロ、そもそも財布を取り出した回数もゼロだった。
「笑いごとじゃないでしょ」
そう言ってプランは溜息を吐いた。
「いやはや、みんな鋭いね」
「……そですね」
プランはジト目で見つつ、敢えて指摘しなかった。
ブラウン子爵が本気か冗談なのかわからなかったからだ。
要するに、二人が買った屋台の店主は、皆ブラウン子爵に気づいたのだ。
誰もが認める善政、しかも食べ物優遇制度を取るブラウン子爵から料金を受け取ろうと考える者は誰一人いなかった。
全員に気づかれたにもかかわらず、今だその仮装が変装のつもりなのだとしたら……逆に大物と言えるだろう。
「ま、まあ本気で変装したら予定がずれるし」
そう言って額の汗を拭くブラウン子爵。
「それは本気の変装じゃないんです?」
そんなプランの鋭い一言に、ブラウン子爵は目を反らした。
「……本気の変装、楽しみにしときますね」
プランの言葉にブラウン子爵は咳払いをした。
「ごほんごほん。さて、次はどこに行こうか?」
プランは何か言いたげだったが、提案自体はとても魅力的だったので突っ込まずにおいた。
「そうですね。大分お腹も膨れてきましたので……甘い物とかどうでしょうか?」
プランの一言にブラウン子爵は親指を立てて同意した。
「ちょっと割高だけど良いスイーツの店があるんだ。次は室内でゆっくり食べようじゃないか」
そう言いながらブラウン子爵に連れられて数分ほど移動をしていると――誰かに話しかけられた。
その声に二人はとても聞き覚えがあった。
「すいません。子爵お気に入りの店は今日、お休みなんですよ」
優しい口調でそう言いながら正面から出てきたのは、天秤伯ガディアだった。
傍に一人の男を携え、まるで顔なじみの友人に会うような雰囲気でガディアは微笑んでいた。
「な、何故ここに!?」
ブラウン子爵がたじろいだ様子を見せ慌てふためく。
「はは。まあつまり、そういう事ですよ」
ガディアがそう呟くと傍の男は気味の悪い笑顔を浮かべ腰に携えた鞘から剣を抜いた。
その剣に――その剣の汚れ方にプランは見覚えがあった。
変色した血液のようなものがわずかに付着したその剣は、自分を庇ったヨルンの手に穴を空けた剣だった。
「プランちゃん。に、逃げよう」
慌ててそう呟き後ろを振り向いたブラウン子爵は、ぴたっと足を止めた。
「ええ。まあ、誰もいないって変ですよね。つまりそう言う事でもあるんです」
曖昧な表現で微笑むガディアにブラウン子爵は苦い顔を浮かべた。
「……そういう事って?」
プランの質問にガディアは微笑みながら答える。
「この辺りは封鎖してますので逃げられないんですよ。ああ、リフレスト男爵は逃げて下さっても構いませんよ。どっちでも良いので」
ガディアの穏やかな雰囲気と優しい笑みは変わらない。
それは作り笑いではなく本気で笑っていて、そして本気でそう言ってるのだ。
逆に言えば、ガディアの目的はブラウン子爵だという事になる。
「……私を捕まえてもこの領は取れんぞ?」
ブラウン子爵の言葉にガディアはきょとんとした後、にっこりと笑った。
「ふふ。そうですね。当初の計画ですとこの領を狙ってたのですが、それが失敗したので次点の計画に移行しなければならなくなってしまいました。今月中には私犯罪者の仲間入りでしょうし」
「……次点?」
プランの質問にガディアは答えない。
代わりに、ガディアの傍にいた男が剣を構えブラウン子爵の方に向いていた。
「有能で優しく、それでいて人を見る目も持っている。正しく理想の領主ですね。平和ボケさえしていなければですが。ま、次点の計画ですが……端的に言いますと、邪魔ですので消えてください」
ガディアの言葉に従い、男は狂気じみた笑みを浮かべながら嬉しそうに、ブラウン子爵に剣を振る――。
人を騙すのに嘘はいらない。
見た目と雰囲気……それだけあれば十分だった。
ガディアの前では常に己を隠し続けたブラウン子爵により、ガディアの計画に一滴の毒がしみ込んだ。
そして、その毒はここにきて真価を発揮し、完全に回り切った。
ブラウン子爵は垂直に降りかかってくる剣を指で受け止め、そのまま剣を持った男の顔面に、拳を叩きつける。
毬のような体形からは考えられないほどの筋力量を生かした伸びのある拳は男の鼻を折り、顔面にめり込み……一撃で男を昏睡させる。
そのついでにブラウン子爵は剣を奪い、柄を握ってガディアに構えた。
「……は?」
ガディアは笑顔のまま……茫然としていた。
顔を変えるタイミングを逃したのだろう。
――そりゃ誤解するよねぇ。
プランは少しだけガディアに同情した。
ガディアの前では常に牙を、爪を……食欲以外の己の全てを隠し続けたブラウン子爵。
しかも、そのぽよんぽよんの丸みを帯びた体形である。
戦うどころかまともに動ける事すら想像できないだろう。
評判通りの優しい為政者、そんなガディアの認識は半分正解で半分間違いだった。
領民に優しくあるために、敵には容赦しないのがブラウン子爵という男である。
「『悪い事』うまくいっちゃったね」
プランに微笑むブラウン子爵にプランは小さく拍手をして返した。
「いえ……え。え?」
笑顔が張り付いたまま冷や汗を掻くガディア。
未だ目の前の光景が現実だと認識出来ずにいるらしい。
「……え? いえその体格で……戦えるんです?」
「ええまあお恥ずかしい事で」
ブラウン子爵は近所の知り合いに話すような仕草でそう答えた。
「……戦えるって情報、聞いた事がないのですが?」
「ええ、ああ。部下が優秀な上に心配性なものでして。もう十年以上表舞台に立っていませんね。全くお恥ずかしい」
そんなブラウン子爵の言葉を聴き苦笑いを浮かべた後、ガディアは大きく溜息を吐いた。
「はは……完全に騙されました。どこかに油断があったのか……それとも自分でも知らぬうちに貴方に嫉妬でもしていたのか……。目が曇っていましたよ……おかげで手痛い出費をしてしまいました」
そう言いながらガディアは何やら赤いビー玉のような石を懐から取り出し、それを正面、こちら側に向けた。
表通りを若干外れたこの辺りの道は電灯が少ない為少々薄暗い。
そんな中赤い宝玉は、まるで炎のようにゆらゆらと光り輝きだした。
その赤い光は徐々に強くなり、その直後に宝玉は本当の炎を生み出していた。
更にその炎は勢いをつけ、巨大な炎となりガディアの上空に移動し――さらに巨大になっていく。
チリチリと焚火にあたるような、顔に強い熱を感じたプランはその火が幻想ではなく真実であると理解した。
そして炎は道を塞ぐほどの大きさとなり――巨大な火の鳥へと姿を変えた。
両壁に焦げ目がつき、チリチリといった音と同時に何かが焦げるような臭いを漂わせる。
その真っ赤な世界は昼間の太陽よりも眩しく、熱気は夏場以上。
その異常としか言えない火の鳥は遠くからも確認出来、周囲の人達は火事と勘違いしたらしく遠くの至る場所で叫び声が響きだした。
「あんまり時間がないですから……早めに遺言残してくださいね。プランさんも」
ガディアはやはり微笑みながらそう二人に言った。
「こんな強大な魔法……いや、それよりもその石が妖精石じゃない事の方が問題か。その技術は――」
ブラウン子爵の呟きにガディアは少しだけ歪な笑みを浮かべた。
子爵が知らないという事実がよほどうれしかったらしい。
魔法を使う方法として、妖精石を媒体とした妖精契約が最もポピュラーである。
希少な妖精石が必要で、妖精に好かれないとならず本人の才能に大きく依存するのだが、それでも既存の技術の中では最も容易く、最も効率が良い。
代わりに多少の遊び、つまり不安定さという欠点を抱えなければならないが、それでも十分に強大な力と言える。
妖精を経由しない発動方法も幾つか存在し、現在もあらゆる国で日々研究を行っている。
だが、そんな国が日々研究して生み出している既存の技術と比べても、ガディアの行使した物は明らかに強大だった。
高々小さな宝石一つで巨大な火の鳥を生み出し操る魔法など、プランは当然、ブラウン子爵すら聞いた事がない。
「これでも結構ハイコストなんですよコレ。それに何より……こんな街中で使う事になるとは思ってもいませんでした。ああ困ったものです。……遺言もなさそうですので、これでお別れにしましょう。お疲れ様でした」
小さく微笑み会釈をした後、ガディアは手を空に上げ、そのまま前に動かす。
その手に合わせて、巨大な火の鳥が二人に襲い掛かってきた。
襲い掛かる火の鳥に対し――グルジア・ブラウンは奪った剣を横薙ぎに振った。
その瞬間、さっきまで膨大な熱量と光を発していた炎は消滅し元の薄暗い世界に戻った。
「……は?」
ガディアは無表情となり茫然とした表情で固まった。
そのままブラウン子爵は一瞬でガディアの傍に駆け寄り、ガディアの表情が変わるよりも早くガディアを打ちのめし昏睡させる――。
それを見たプランは酷く辛そうな顔をした。
「うっわ足に顎に腹一発ずつ……痛そう」
プランはそう呟いた後倒れて血を流しているガディアから顔をそらした。
「足の腱を切って顎を砕いた。正直これでもちょっと怖いんだけどね。腹は……ちょっとイライラが溜まってたからついでに」
そう言ってブラウン子爵は悪びれもせず微笑んだ。
その後、ブラウン子爵がすっと右腕を挙げると軽鎧を着て顔を出したままの男達が数人姿を見せ、ブラウン子爵に敬礼をしてみせた。
隠れて待機していたらしい。
「悪いんだけどそこで倒れているのと……あっちで倒れている二人を運んでティフリスのところまで届けてくれないかな? ああ、ちゃんと縄で縛ってさるぐつわ噛ませてね」
ブラウン子爵はガディアと最初に殴り倒した男を指差してそう言うと、兵士達は頷きロープを取り出して二人に手枷足枷を付けロープでぐるぐる巻きにしだした。
「……これで問題は完全に解決かな」
プランがそう呟くとブラウン子爵は困った顔を浮かべた。
「うん。プランちゃんにとってはこれで終わりだね。ここからは……私達余裕がある大きな領と中央の仕事……になるよねぇ。ああ嫌だ嫌だ」
「え?」
「王印偽装に異国の雰囲気を持った部下。そして見た事もない魔法技術。他にも何故この領が狙われたのか元天秤伯の背後はどうなってるのか。どう考えても禄でもない事態でしょ? ……先は長そうだ」
そう言ってブラウン子爵は大きく溜息を吐いた。
「……何もできませんが手伝える事があったら言ってくださいね。出来たら力仕事方面で」
プランの精一杯のフォローにブラウン子爵は微笑み頷いた。
「うん。何かわかったら連絡する。手伝って欲しかったら言うからその時はお願いね。優秀な人材もたくさんいるみたいだし、頼りにしてるよ」
そう言われてプランは少しだけ恩が返せた気がしたと同時に、一歩程度だが父に追いつけた気がして、無性に嬉しくなって向日葵のような笑顔を浮かべた。
プランとリカルドが立ち去った後、気絶しているガディアともう一人の怪しい男を兵士四人で運んでいた。
「俺天秤伯の事ファンだったのにな……超残念だ」
そのうちの一人がガディアを引きずって運びながらそう呟いた。
「ああ……。正義の人ってお前言ってたな。俺は正直興味なかったけど」
そんな愚痴に別の兵士が反応する。
「ああ、まあお前らは武官志望だしそうだよな。俺は才能ないし……どっかで文官になれたらって思ってるし」
「んー。それを言ったら俺も才能なんてない。それでも夢はでっかくってな。ま、現実的な話、この中で武官になれそうな奴っていったらガザくらいだもんな」
そう言って少し離れて移動する男の鎧をこんと叩いた。
「……なあお前ら。ちょっと良いか?」
ガザと呼ばれた男は何やら思い悩むような仕草をしながら小さく呟いた。
それを聞き、兵士三人はガザの方に注目した。
「お前ら三人共、あの時の事見たよな?」
ガザの言葉に三人は頷いた。
「ああ。でっかい火の鳥が出て」
「子爵が普通の剣で魔法を切り消して」
「術者を一瞬で昏睡させた」
三人はさきほどの光景を思い出しながらそう言葉にした。
「ああ。そうだ。そこに間違いはない。それで、お前ら、リフレスト男爵の言葉を覚えているものはいるか?」
三人は顔を見合わせ、そして三人とも首を横に振った。
「『足に顎に腹一発ずつ』その後『痛そう』って言っていたんだ」
「はあ。それが?」
兵士の一人がそう尋ねた後、ガザは神妙な顔で三人に質問を投げかけた。
「この中で誰か一人でも、一瞬で三発入れた瞬間を見れた奴はいるか?」
そう言われ、兵士達ははっとした表情をした後、首を横に振った。
「……お前は?」
尋ねられたガザは首を横に振った。
「……残念ながら顎を殴った瞬間だけしか見えなかった」
「いや、お前は遠くで見てたからだって。近くで見たらお前も見えたはずだよ。だってリフレスト男爵が見えたんだぜ? 失礼な物言いをするならちょっと生まれの良い普通の女の子が見えたんだから」
兵士の一人がそう言ってガザを慰めようとするが、ガザを首を横に振った。
「いいや。例え近くで見ても見切れなかった自信がある。そして俺は自分の実力に多少だが自負がある。つまり……」
その先をガザは言わなかった。
「ウチもだけどさ、貴族って人間止めた人の称号だったっけ?」
そんな軽口の冗談さえ、この場では誰も否定出来なかった。
ありがとうございました。
二部本編、これで完結となります。
更新が遅く長くかかってしまい申し訳ありませんでした。
まだ序盤も序盤でまだまだ続きます。
楽しんでいただけているのでしたら、これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。




