2-16話 グルジア・ブラウンのバーレスク
プランはガディアに半ばダメ元で、とても叶えてもらえるとは思えない内容の頼み事をした。
普通に考えたら絶対に断るし、そもそもいるとすら認めないだろう。
しかし、ガディアはあっさりとその願いを快諾し、プランとリカルドを連れ一階に移動した。
プランの頼んだお願い、それはブラウン子爵に合わせて話させて欲しいという内容だ。
「ブラウン子爵がそんな事をするなんて……私とても信じられなくて……」
プランはそう口にして、下を向き落ち込むような演技をした。
それは『まさかあの人がそんな事……』という態度をガディアに見せる為だ。
「そうだな。良い人に見えた……いや、良い人だったもんな……」
それを援護するようにリカルドがそう呟いた。
「善人だから罪を犯さない、悪人だから犯罪者になる。この世はそんな簡単ではないですからね……。立場上何の慰めも出来ませんが、心中お察しします」
ガディアは二人に対し同情するような表情を見せながらそう伝えた。
その様子は、とても演技には見えなかった。
一階に降りてすぐのカーテンを潜った先にある扉。
その先の大きな部屋にブラウン子爵は軟禁されていた。
「さて、本来でしたら皆さまだけでごゆるりと……と言いたいのですが残念ながら子爵は今回横領の容疑が掛かっておりまして……。申し訳ありませんが私も話を聞かせていただきます。失礼な事ではあるのですが、防犯上仕方なく」
心底申し訳なさそうにガディアが呟くのを聞き、プランは手をぶんぶんと振る。
「いえいえ! 当然です。むしろ部外者の私にお話をする機会をくれて本当に助かってます」
「わざわざ会いに来てくださった領主様の為ですからこれくらいはさせていただきますよ。ただ……出来るだけこの事やこの場所は秘密にしてくださいね。どうやって突き止めたかわかりませんが本来なら機密ですの」
そんなガディアの言葉にプランとリカルドは頷いた。
こんこんこんこん。
ガディアが丁寧なノックをして部屋に入ると、ソファでくつろぎながらティータイムを堪能しているブラウン子爵の姿が目に入った。
とても捕まっているとは思えない悠々自適ぶりなブラウン子爵はプランとリカルドに気が付き、カップを置いた。
「おやプランちゃん。こんな場所にどうしたのかな?」
そんな心底優雅な態度で堂々としているブラウン子爵を見ると、何とも言えない気持ちが浮かんできた。
横にいるガディアも苦笑いを浮かべるしかなくなっていた。
「ずっとこんな感じで楽しそうな暮らしをしておられて……大変な事態なのに緊張感がなくこっちもどうすれば良いのか……きちんと伝えているはずなんですけど」
ガディアの表情には明らかに疲れが含まれていた。
部屋自体はただの豪勢な部屋なのだが、窓ガラスの部分には鉄格子が付けられ扉も金属で補強されている。
それ以外に目立った物はなく、苦労している様子も一切ない。
逮捕されてはいるが、しっかりと貴族待遇をさせてもらえているらしい。
「ブラウン子爵、調子はどうですか?」
当たり障りない質問をするプランにブラウン子爵は笑みを浮かべる。
「うーん。しばらく仕事をしなくても良いのは楽だけど外に出れないのはちょっと辛いねー。まあ数週間の辛抱だし」
「……数週間の?」
「うん。どうせ証拠不十分で終わるでしょう」
そう言ってヘラヘラとした態度を取るブラウン子爵にガディアは苦笑いを浮かべる。
「……物的証拠があるのにどうしてそんなに堂々としていられるのでしょうかねぇ」
そう呟いた後、ガディアは溜息を吐いた。
「そう言えば、証拠って何なのですか?」
「ん? ああ、中央に納めた税の年間提出書に偽装の痕跡があったのんだよ」
何気ないプランの質問にぽろっと答えた後、ガディアはしまったという表情をして顔をこわばらせた。
「……証拠の事は裁判まで内密に――」
苦笑いを浮かべる事しか出来ないガディアのお願いにプランは微笑み頷いた。
――その証拠がでっちあげのポイントかな?
ブラウン子爵が偽装したなどと欠片も信じていないプランはそう考えた。
「まあ多少それっぽい証拠があっても大丈夫大丈夫。私には優秀な部下がいるからねー。任せとけば良いでしょう」
そんな事を飄々とした態度で言い放つブラウン子爵にガディアは苦虫をかみしめたような表情を浮かべていた。
ブラウン子爵の様子が普段とは明らかに違う。
それが演技によるものだとプランは気が付いた。
しかし、どうしてそんな演技をしているのかまではわからない。
何か理由があるのだろうが、それはわからない。
そういう腹芸はプランの得意分野からはかけ離れていた。
それからしばらく、料理の話を中心にとても面会とは思えない適当な会話が続いた。
プランはブラウン子爵の長話に付き合い、ガディアは困った表情を浮かべる。
そんな中、リカルドは会話に混ざり尋ねた。
「ブラウン子爵、何か困った事はないですか? 天秤伯のお許しが出たらの話だけど、何か用意しようかと――」
「この場所にこっそりと来ていただけるなら差し入れの許可くらい出しますよ。脱出の道具とか武器以外ならですが」
リカルドの言葉にガディアは当然とばかりに頷いた。
「あー、そうだね。一つだけ困るとしたら、食事の質が低い事かなぁ。材料は良いんだけど……」
そう呟くブラウン子爵に、ガディアは盛大に溜息を吐いた。
「朝食を用意させていただいたのですが、この辺りで高級で鮮度の高い食材を選び、確かな腕の料理人に頼んでコレです」
ガディアの呟きからそれがどのような様子だったのか想像するに容易かった。
「そもそも、高級な物を使えば良いというわけではないのですよ天秤伯。料理とは調和、つまりバランスが大切となります。オリーブオイルを常に一番搾りで使うのではなくさっぱりさせる為にあえての二番、三番絞りを使うように……」
「わかった。わかったから私にそんな事を言わないでくれ。料理の話をされてもさっぱりわからない」
そう言って無理やりガディアは話を止めようとする……が、ブラウン子爵は話を止めず、それどころかどんどんとエスカレートしていった。
「ちなみに私の一番好きな調和の取れた組み合わせはステーキとパンにスープというシンプルな物だ。コースというのも悪くないのだが、やはり肉を食ってるという感じが味わえるのがたまらんのだよ」
「あ、それ何度もブラウン子爵が言ってた奴ですね。聞いた事がある」
プランがそう呟くと、ブラウン子爵は目を輝かせてプランの方に近寄り話を続けた。
「うむ! 口が酸っぱくなるほど同じ事を言ってるからね私は。肉は赤身の牛肉で産地はココ……と言いたいが中央の質には勝てないね悔しいが。だから中央の牛肉をウチは良く仕入れさせてもらってるよ。そして次はその最上級かつ最高の肉に負けない赤ワイン。これはこの都市の物を使うんだよ。残りのサラダやパンは出来が良い地区から取り寄せる。特に野菜は質が毎年変化するからねぇそれがまた楽しい部分なのだがね」
ドヤ顔でそう言い切ったブラウン子爵は軽く咳払いをして、ガディアの方を見た。
「ところで話過ぎて喉が渇いたな。ワイン……は流石にダメだろうからジュースでも持ってきてくれないだろうか」
けろっとした様子のブラウン子爵を見てプランもリカルドも苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
「……はぁ。しっかりとお望みの、この都市のワインを用意させていただきますよ」
盛大に溜息を吐いてガディアは嫌々な表情を隠さずそう答えた。
「うむ。ちなみにワインは高いほど美味い物だよ。後はわかるね?」
そんなちらちらと見て来るブラウン子爵に、ガディアは再度、盛大に溜息を吐いた。
ブラウン子爵の料理談義以外話す事もなくなり、ブラウン子爵のワイン要求を話の切りとしてプランとリカルド、ガディアはブラウン子爵の部屋から退出した。
そのままガディアは数人の兵士を連れ……しぶしぶと言った様子でワイン探しに建物の外に向かった。
それに合わせて二人も出て帰路に着く。
「……さて、アレってどこまで演技だと思う?」
プランの質問にリカルドは苦笑いを浮かべた。
「すまんが百パーセント素だと思ってた。演技なのか?」
その言葉にプランは頷いた。
「うん。間違いなくね『私には優秀な部下がいるから任せとけば良い』こんな事、普段は絶対に言わない」
確かに普段から人任せなのがブラウン子爵、並びにプランの方針ではあるのだが、こんな言葉を言うような無責任さとは少々異なる。
部下に任せるというのは、部下に自分の裁量を全て渡しその責任を負う事である。
投げっぱなしにすることだけは絶対にありえないのだ。
領主と部下という関係ではあっても、出来る部下にお願いするという立場は決して上からというわけではない。
「あー。演技をしていたという事は……」
リカルドの呟きに頷く。
「うん。天秤伯ガディア様が黒幕の可能性が高い……のかな」
プランはそう言うが、いまいち確信には至れなかった。
演技をしながら、何かを伝えようとしてくれたのはわかったが、それが何なのかわからなかった。
ただ、演技をする必要があったという事はガディアに見つかったらダメな何かを伝えようとしたと考えるのが当然の考え方だろう。
「んー。というか……たぶんブラウン子爵にとって黒幕とかどうでも良かったんだと思う」
リカルドの言葉にプランは首を傾げる。
「……どうして?」
「いや、俺には良くわからなかったが、アレが演技だとしたらな。俺達に何かして欲しい事があったんじゃないか? だからあんな風に熱意をもって……いや料理に関しては前からだったな」
そう言ってリカルドは苦笑いを浮かべる。
「とりあえず、一旦帰ってブラウン子爵の言った事を纏めましょう。だからできるだけ忘れないでね」
その言葉にリカルドは頷きながら、周囲を警戒しつつ館に移動した。
道中、妙に兵士の数が多かったのはきっと気のせいではないだろう。
ブラウン子爵の館に戻った二人はメイドに紙とペンを貰ってから部屋にこもり、メモを取り始めた。
・天秤伯という異名を持つ裁判関係の裁量を持ったリーブイル・ガディアがブラウン子爵を逮捕(確保?)。
・二週間後という異例の速度での裁判が決定されており、その結果次第では御取壊しも十分にあり得る。
・ただのミスや勘違いではなく、故意に着服したという証拠があるらしい。
「他に何かあったっけ?」
プランの質問にリカルドは上を見ながら記憶を掘り起こしてく。
「あー。そうだな。天秤伯というだけあって伯爵相当の権限とかあるっぽいけど領地はないから貴族ではないらしい。実質的な貴族って形かな。あと、明確な偽装の証拠を持ってるって言ってたな」
その言葉を聞き、プランは紙に追加で書き記していく。
・天秤伯は領地を持たないけど実質的な貴族である。
・ブラウン子爵の明確な偽装の証拠を持っている。
「こんなもんか……んでリカルドさんや。私らこれからどうすれば良いかな?」
少しだけ抱えた不安を隠すよう、微笑みながらプランはそう尋ねる。
「あー。とりあえず一つだけしないといけない事があるな」
「んー。何?」
「帰りが遅れるって手紙、リフレスト領に出さないと大事になるんじゃないか?」
その言葉を聞いてプランはぽんと手を叩き、予備のメモ用紙にメッセージを書き始めた。
ありがとうございました。




