2-15話 疑心暗鬼のメヌエット
「ねぇリカルド。本当にこの辺りが怪しいの?」
レタラ南西の、美しい海が見える街並みを歩きながらプランは小声で尋ねた。
「ん? ああ。もう少し先だけどこの辺が怪しいのには間違いない。既にその兆候も見えてるしな」
リカルドのそんな言葉にプランは首を傾げ周囲をきょろきょろと見渡した。
左手側には美しい海とその先に見える水平線。
右手側はみっちりと建物が並び活気あふれる様子。
漁船回りには体格の良い男が叫び声をあげながら働き、少し離れた位置ではそんな男の叫び声に負けないような声をあげながら女性が魚を売っている。
活気があり、笑顔に溢れた街並み、プランの理想のような領地。
そこに違和感は一切見られなかった。
「わからんぞおい。何に違和感を覚えたの?」
そんなプランの声を合わせ、リカルドはこっそりと回りに見えないよう数人を指差した。
「あれとあれと……あれもだな。あとあっちもか。見える範囲で今のとこは四人か」
指を差した人達の恰好は甲冑だったり軽装だったりほぼ私服だったりとバラバラだが全員共通して剣を持って礼儀正しくしており、一目で何となく兵士とわかるような風貌だった。
「うん。それが?」
プランは首を傾げリカルドに尋ねる。
実際問題、活気があるという事はそれだけ問題が多いという事に繋がる。
それはどんな領地も避ける事が出来ない絶対的な事実である。
金銭トラブルや喧嘩など、軽いいざこざはしょっちゅうなのが当たり前。
だからこそ、活気のある場所には兵士が常駐するのであり、そこに違和感を挟む余地はない。
「んーとな、あっちとあっち。あの二人はブラウン子爵の兵だけど、さっきの四人は違うとこだな。別の領地の兵士がこんだけいるって、変だろ?」
そう言われ、プランは兵士達を見比べる……が、さっぱり見分けがつかない。
「……ごめん。言われてもわかんにゃい。どうしてわかるの?」
そう言われてリカルドは困った顔で頭を掻いた。
「んー、雰囲気……としか言えねーわ。ごめんね」
プランは首を横に振った。
「ううん。私にわからない事をわかるってのは凄いと思うよ。頼りにしてる」
「……惚れそう?」
「いや別に」
満面の笑みでそう答えるプランはリカルドは苦笑いを浮かべながら更に怪しい地点、他領の兵士が多くいる辺りに移動した。
「つーわけで、調査した結果完全に特定出来ました。あの建物が黒です」
そう言いながらリカルドは見張りが二人ついた縦長く白い建物を隠れながら指差した。
大通りから外れて若干汚れた街並みの中にある二階建てで壁は白くて少々古臭くい建物。
見張りはゴロツキのような風貌をしているが、背筋は伸びて険呑な雰囲気を出している。
ゴロツキや盗賊などが出せるような質の雰囲気ではなく、どう見ても彼らの醸し出している雰囲気は厳しい訓練を乗り越えた兵士のソレである。
「うん。怪しいね。それで、どうしようか?」
プランの質問にリカルドは首を横に振る。
「残念ながら何も思いつかん。強引に突破するか? あの二人ならたぶん出し抜けるぞ。中から援軍来たら終わりだけど」
「そか。リカルドにアイディアがないなら私のアイディアを使いましょう」
プランは自信満々にドヤ顔でそう答えた。
「何か良い方法があるのか?」
そんな驚きの目を向けるリカルドにプランはドヤ顔で頷く。
「うんあるわよ。正道でかつ王道がね」
そう言いながら、プランは堂々と歩き、二人の見張りの前まで移動した。
止める間もなく、リカルドは唖然とした表情で固まっていた。
「あん? なんだ嬢ちゃん。ここはあぶねーぞ。ほれ、酷い目に合う前に帰りなさ……けーりな」
「そうだそうだ。まっすぐ行けば大通りに出るからこんな場所に来るんじゃねーぞばかやろー」
見張りの二人はプランに向かってそんな言葉を投げた。
敬語慣れした人独特の話し方に、妙に気遣った内容。
とてもゴロツキの演技をしているとは思えずプランはくすっと微笑んだ。
「あん? あー? なんだ? 俺らが怖くねーのか? ああ?」
微妙に棒読みでそう言葉にする見張りに対し、プランは微笑み言葉を投げた。
「ごきげんよう。リフレスト領主のプラン・リフレストです。この中の方に会えないか尋ねていただけませんでしょうか?」
そんなドストレート直球をぶつけながら精一杯の貴族っぽい振舞いをするプランに、ゴロツキの恰好をした二人は直立不動になり敬意を示した。
「はっ! 少々お待ちください! 今すぐに確認を取ってまいります」
今までのような演技ではなく、正しい意味で本職の振舞いをする兵士が一人奥に走って入っていった。
「……失礼ですが、あまり……その……演技は向いていませんでしたよ」
そんなプランの言葉に残された方の兵士は苦笑いを浮かべた。
「ええ。わたくし共もそう思っております。ですが……くじ引きに負けましてね」
「あらあら。ご愁傷様です」
そんなプランの言葉に兵士は軽く頷き溜息を吐いた。
「許可が出ました、二階にどうぞ」
数分経った後、もう一人の兵士が姿を見せ二人に入るよう指示した。
建物に入ってすぐに目についたのはカーテンだった。
入ってすぐの位置にある白く透けないカーテン。
それにより、一階は隣の階段と入り口以外何もわからないようになっていた。
「こちらです」
そう言いながら兵士はカーテンの奥には触れず、入り口すぐ左にある階段に二人を誘導した。
二階に上がり、まっすぐ廊下を進んで突き当り奥の部屋に立ち、ノックを四回した後兵士はドアを開けた。
「どうぞ」
兵士はプランを先頭にして二人に進むよう指示し、二人は顔を見合わせ頷いた後、そっと部屋に入った。
「こんにちは。御用は何かな、リフレスト男爵」
部屋に入った瞬間、部屋の主はびっくりするほどやさしい声を放った。
四、五十くらいか……もしかしたらもう少し上かもしれない。
そのくらいの歳をした男性が穏やかな表情で微笑み、二人を見ていた。
見た事ない壺やガラスのショーケースに入った金色の物体。
そんな良くわからない物が周囲に所狭しと並べられている。
この部屋は、まるで骨董品屋のようになっていた。
そんな部屋の主は、きょろきょろと挙動不審な様子のプランに何も言わず、ニコニコと穏やかな笑みを浮かべプランの様子をずっと見守っていた。
「おいプラン。返事」
リカルドにそう言われ、プランは我に返り男性に深く頭を下げた。
「すいません。リフレスト領主のプラン・リフレストです。えっと、あなたは?」
数字など特定の事を除けばプランは物覚えが非常に良い。
特に人物であるなら、その記憶力は抜群と言えるほど発揮される。
そんなプランは父に連れられ色々な領主に会ったが、目の前の人物には見覚えがなかった。
「んー。天秤伯と言えばわかるかな?」
男性がそう尋ねるとプランとリカルドは顔を見合わせ、その後二人は揃って首を横に振った。
「あらら。結構有名なんだけどなぁ。まあこの国にいるなら私の役職も知っておいた方が良い。自己紹介も兼ねて少し説明させてもらっても良いかな?」
男性がそう尋ねるとプランは愛想笑いをして頷いた。
「ええ。是非お願いします。素敵なおじ様」
「おや、若い子にそんな事を言われるのは嬉しいね。ああ、あと客人に立ったまま話を聞かせたってなると私の恥になってしまう。そこに座ってお茶でも飲みながら聞いて欲しいかな。もちろん、君達が良かったらだけどね」
「光栄ですわ」
プランがそう言ってソファに座ると、その横にリカルドは腰を下ろした。
男性は自らの手で二人にミルクティーを注ぎ、ゆっくりと話を始めた。
「まず、私の名前はリーブイン・ガディア。その仕事と功績ゆえに天秤伯と呼ばれているよ」
そう言ってガディアは穏やかな笑みを浮かべた。
「仕事……ですか?」
「ああ。私は王に命じられた特別な仕事があるんだ。だから私は中央の兵士を借りる事も出来る。私自身爵位も領地も兵士も持ってないし持てないけどね」
そう言いながらガディアは両手を横に広げわざとらしく溜息を吐いた。
「直接国王様から拝命されるという事は、特別な方なのですね」
プランの言葉にガディアはわざとらしく頷いた。
「ああ! 特別だとも! ただし、特別なのは私ではなく仕事が、だけどね。私の仕事は裁判の執行人なんだ」
その言葉で、ガディアがどう今回の騒動にかかわっているのか理解した。
「裁判のどの部分を担当するのでしょうか? あ、俺が口を挟んだら失礼になります?」
リカルドがそう尋ねるとガディアは微笑みながら首を横に振った。
「いいや。君の仕事はリフレスト男爵を助ける事だ。思いついたら何でも聞いてくれ。それに、こんな老人の戯言に付き合ってくれるんだ。私からは感謝しかないさ」
そんな言葉に二人は何も言えず、苦笑いを浮かべた。
「ちなみに私の担当出来る部分は裁判長と弁護士を除く全てだ。法の範疇なら自由な裁量を与えられている。そして当然の事だから自慢にはならないけど、公明正大にやってきたつもりだよ。だからこそ、私は天秤が傾かないような裁判をすると認められ『天秤伯』と皆から呼ばれている」
そう言って男性は胸に手を当て自慢げに言い放った。
プランとリカルドはこの段階で、ガディアの扱いについて、敵なのか味方なのかわからず悩んでいた。
ブラウン子爵の逮捕は冤罪であるという事。
これだけは、絶対の真実だと二人は自信を持って言い切れる。
そう考えると、この人の良さそうな男性が何かを企んでいる可能性が高いと言えるだろう。
まだ他に黒幕がいる可能性もあるが……たぶんそうではない。
しかし、ガディアが悪党にはとても見えなかった。
残念ながら、プランはブラウン子爵ほど人を見る目がない。
かと言って初対面で信じる事も出来ないが、悪者と言い切る事も出来ない。
これからどういったスタンスでガディアと向き合うか、プランは決めかねていた。
ありがとうございました。




