2-9話 銅山?対策会議
「えーこの度、銅らしき鉱山が発掘されたという事でしてー。えーその事の相談をしたいとおもいまーす」
プランは客間に人を集め、仕切りながらそう話し始めた。
今この場にいるのは、当主であるプランに文官筆頭のヨルン。
武官のハルトと文官のミハイル。
それと食客という名目でいるリカルドである。
最初は極少数だけで話し合おうと思っていたのだが、色々と考える事があり……それならもういっその事主要人物全員に意見を聞こう。
というか秘密がばれたところでさほど痛くないだろうと考え、開き直りながら今回の会議を開く事にした。
ちなみにメーリアは『今良いところなので邪魔しないでください』とプランの顔も見ずに呟き、にやにやと笑いながら畑に聖水を振りかけていたので会議には呼ばなかった。
――うーん。楽しそうで何より。
本音を言えば、邪魔をしたら死ぬよりひどい目に合いそうな雰囲気だった為プランは何も言わずに退散しただけである。
「それで、調査結果はどうでした?」
ヨルンはプランに尋ねた。
「はい。ハルトが持って来た数種類の鉱石を、そのままティギルおじさんとルムルおばさんに見せたけっかー。さてどうなったでしょう?」
闘争神の司教ルムル・ダルグと、商人の旦那ティギル・ダルグ。
二人はプランの友人だった。
友人と言っても目上の存在である為、どちらかと言うと親戚のおじさんおばさんという関係の方が近いだろう。
ただ、プランの事を二人が可愛がっているのは事実である。
情と利で繋がり、機密を外部にばらさないと信用出来る上に商人の知識がある。
相談相手としては最高の相手とも言えた。
「その感じだと、あんまり良い報告というわけではなかったんだね?」
リカルドの言葉にプランは梅干しを食べたような表情を浮かべ、頷いた。
「うぃー。調査の結果『良くわからない』という事が判明しました」
プランの言葉に一同は何も言えず、というよりも意味がわからず首を傾げた。
全員が同じ報告に首を傾げていくという何とも奇妙な光景が客間にて繰り広げられた。
「専門家に頼んだんだよね?」
リカルドの言葉にプランは頷いた。
「うん。鉱石の専門家じゃなくて商人の専門家だけど」
「んじゃ彼らに大した知識がなかったとかか?」
ハルトの言葉にプランは首を横に振った。
「んにゃ。高度な専門知識もあるし他の口が堅い専門家にも聞いてもわからなかったって」
ミハイルは顎に手を置き、考え込む仕草をしながら呟いた。
「つまり、専門家の調査の結果『何もわからなかった』という事が判明したという事ですね」
「ザッツライト!」
何故かわからないが、嬉しそうにプランは言い切った。
そう。つまり専門家が調べてもわからないというかなり厳しい結果がわかったのだ。
武具としての知識や武器防具の製造知識から調べてダメだった為、詳しく知るには鉱石専門家や鉱山の採掘のノウハウを持った人物が必要になってくる。
そして当然、そんなコネ誰も持っていなかった。
「一応、二種類の解決方法があります。説明しても良いでしょうか?」
ミハイルの言葉に全員が頷き、黙ったまま椅子に座って聞く体制に入った。
「ええ、こほん。まず一つ目の解決方法ですが、埋めましょう。埋めて忘れましょう。どうせ大した事が出来ないでしょうし何より使えるように加工するのが面倒です。掘って加工して売って赤字とかになったら目も当てられません」
そう、専門家が判別不能という事は、それを使えるようになる為には相当の面倒な手順が必要という事になる。
であるならば、埋めてしまうのが一番簡単な解決策と言えるだろう。
「なるほどなー。んじゃもう一個の手段は?」
プランの質問にミハイルは頷いた。
「こっちはもっと単純です。ブラウン子爵に全部押し付けましょう」
「賛成」
プラン、ハルト、ヨルンの三人は声をハモらせそう答えた。
「え。良いのか? 機密な上に領内の問題だろ。その流れで領を乗っ取られたりとか心配はないのか?」
リカルドの至極真っ当な質問に、残された全員は生暖かい目で見つめた。
「いいかいリカルド君。隣の港町を持つブラウン子爵に関してはね、その心配は何もいらないのだよ」
何故か偉そうにリカルドの肩を叩きながらプランはそう言葉にした。
「そうですね。大丈夫な理由が三つほど思いつくくらいは安心です」
「ならその三つを教えてくれないか?」
ヨルンの言葉にリカルドがそう尋ね、全員で頷いた。
「まず一つ、ブラウン子爵が侵略を目論んでいたならば、先代の頃に乗っ取られている。それくらいブラウン子爵との付き合いは長く、そして世話になっている」
そうハルトが答えた。
先代ダードリー・リフレストとブラウン子爵の関係は非常に良好で、リフレスト家はブラウン子爵の保護下にあると言っても過言では全くない。
領内に兵士が来たことも何度もあり、また先代は何度もブラウン子爵に支援を要請しブラウン子爵もそれに応えてくれていた。
ブラウン子爵がこの領を求めているなら、とうにこの領は飲み込まれている。
「そして二つ目。広い領地に加えて海に面した海洋都市のあるブラウン領から見れば、うちを侵略するメリットは皆無です。むしろ、足を引っ張る場合の方が多いくらいですね」
ヨルンの言葉にハルトとプランはうんうんと何度も頷いた。
そう、何か困った事がある度に世話になるほどは、ブラウン子爵との距離は近かった。そして、それは利だけではなく情からくる行為だとわかるほどブラウン子爵の人柄も良く、そして優しかった。
「最後に一番大切な事! ぶっちゃけブラン子爵がうちの領乗っ取りたいなら喜んで差し上げるよ。絶対領民を差別せず不当に扱わないって信じられるもん」
プランはそう答えた。
領民を心から愛するプランの方から領を差し上げるという言葉が出るほどには、プランはブラウン子爵の領地運営を信用していた。
「なるほどね。利益という面でも情という面でも、そして関係という面でも問題ない。んじゃ今回はそれで決定かな」
リカルドは納得したようでそう呟くと、全員が肯定を示すよう首を縦に動かした。
珍しく会議は早く終わり、残った時間はかったいクッキーを紅茶で流し込みながら談笑する時間に変わった。
ハルトの拳には心が籠っていた。
握りしめた拳には、強き想いが宿り、そしてソレは、必ず自分に答えてくれるとハルトは信じていた。
ヨルンは自分の知に絶対の自信を持っていた。
先代からの経験と豊富な知識は彼にとっての武器であり、ソレは自分の運命を切り開いてくれると信じていた。
リカルドは特にこれだという武器を持っていない。
この戦いには魔法も弓も使えない。
だが、リカルドは諦めてなどいなかった。
一つだけ自分には絶対というべきものがある。
それは、誰よりも勝利を欲するその欲望である。
これだけは、リカルドは誰にも負ける気がしなかった。
そして三人は睨み合い、無言のまま、片手を振りかぶった。
「じゃん……けん……ぽん!」
たった一投――。
その一投でだけで、勝敗の明暗は別れた。
手を差し出した瞬間しばらく無言が続き……勝者は両手を振り上げて勝鬨を謳い、敗者の二人は蹲って床を叩きだした。
「しゃー! デート権ゲットォ!」
リカルドは咆哮にも等しい叫び声をあげた。
ブラウン子爵領に行くのは二人だけ。
プランは確定だとして、ミハイルはその都合上外部の領に出れない。
そうなるとあともう一人。
誰が行くかという事で殴り合いに発展しそうなほどの状況となった。
港町、仲の良い領主。
この二つから導き出される答えは一つ、美味しい食事にありつけるという事である。
ハルト、ヨルンは食事目当てで、リカルドは二人っきりになるというチャンス狙いでじゃんけんをし、勝者となったのはリカルドだった。
食い気は色気に勝てなかったという事なのだろう。
「というわけでプランちゃん。エスコートさせていただいてもよろしいかな?」
そんな気障ったらしい態度を取るリカルドにプランは微笑み、手を取って頷いた。
「ええ。よろしくてよ――なんてね。ふふ……よろしく!」
「あいよ。まあ仕事はちゃんとするし変な事はしないから安心してくれ」
「その辺りは信用してるから大丈夫よ」
そう二人で楽しそうに話しているとハルトがニヤニヤした顔でプランに話しかけた。
「別に遅くなっても構わないぞ。一泊と言わず二泊でも三泊でもな」
その言葉に合わせ、プランはハルトの頭をスリッパで思いっきり叩きつけた。
バシン!
その音はとてもスリッパで出せるような音ではなく、直撃したハルトは頭を押さえて蹲っていた。
妙に品質の良い大量のプチトマトという意味のわからない貢ぎ物と共に届けられたブラウン子爵への会合要請は当然のように許可され、数日後にブラウン領からの迎えが来た。
数人の騎馬兵による護衛と……しっかりとした作りの人の乗れる馬車である。
当然貧困未発達のリフレスト領に人の乗れる馬車など存在しない。
だからこそ、ブラウン子爵も迎えを用意したのだった。
「んで、ブラウン子爵ってどんな人なんだ? 恩義があって先代から付き合いがあって良い人ってのはわかるんだけど」
馬車の中でのリカルドの声にプランは少しだけ考え込んだ。
「んー。気の良いおじさんって感じだったから深く考えた事ないけど……どうしようもなく善人なのは間違いないよ」
「プランちゃんが言うって事はよほどって事だな」
「へ? それってどういう意味?」
そう尋ねるプランにリカルドは両手を広げてお手上げのポーズを取り、それを聞いていた馬車の御者は苦笑いを浮かべた。
「まあそんな感じの人で間違いないですね。リフレスト領主様同様の底抜けの善人です。ただ、一つだけお願いがございます」
そう御者が話に割り込んできた。
「あー……」
それを聞いたプランが酷く悲しそうな言いずらそうな表情を浮かべていた。
「……何か問題が?」
「いいや。何もないです。もう終わった事ですので。ただ、今だ引きずっているので言わないで欲しいだけですよ」
御者は悲しそうに呟いた。
「ブラウン子爵の奥様。行方不明になったの」
「――見つからなかったのか?」
プランはその答えをぼそっと呟いた。
「いなくなったのは、海の上。近くに陸地はなかったそうよ」
それは答えを聞くまでもないほど、わかりきった答えだった。
「そんなわけで、その事だけは触れないで下さいね。あの人が落ち込むのを俺達みたくないんで」
御者の口調は軽いが、その気持ちは決して軽いものではない。
領主を想う確かな気持ちを、二人は感じていた。
「ああ。約束するよ」
そうリカルドが答えると御者は寂しそうに微笑んだ後、馬を走らせる事に集中した。
「他に気にするべき事とかあるか? 貴族の礼儀とかわからないから無礼をしてしまった場合が少し怖いんだが」
そんな言葉にプランは溜息を吐いて答えた。
「私みたいに扱って良い人よ。貴族と思わないで良いくらいね。後一つ。大切な事は――うっとおしかったら素直に言って良い。我慢はつらいわ」
「――は?」
そんなプランの言葉にリカルドは間抜け面を見せ、御者はうんうんと何度も頷いていた。
「良く来たね。首を長くして待っていたよプランちゃんにその御供のリカルド君。リカルド君で良い呼び方? 殿とかが良い。食客ってよくわからないから失礼があったらごめんね。うん。まあ首を長くって言っても私の首短いけどね。いや私首なかったねははは失敬失敬。プランちゃん元気にやってる? 困った事ない? 出来る事は手伝うから。んでリカルド君。初めまして。私の名前はグルジア・ブラウン。好きに呼んで良いからね。そうそうプランちゃんの事頼むよ。この子は私の親友の忘れ形見なんだから大切に思ってる。だから何か困ったら助けてあげて欲しいんだ。あ、アメちゃんいる?」
大きな部屋に入った瞬間、ゆっくりとこちらに歩いて来ながら目にもとまらぬマシンガントークを始める中年のおっさん。
その外見は、控えめに言ってふくよかである。
そう、はっきり言えば丸い。相当丸い。
代わりに中年特有の油ぎった様子や私腹を肥やす悪党のような雰囲気は全くない。
厭らしさを全く感じない非常に清潔感のある貴族らしい立ち振舞いが出来ている。
ただ、その外見は動物で言えば冬ごもり前のクマのようなだけで――。
見た目は動物園のパンダ。
中身は世話好きのおばちゃん。
それこそが、ブラウン領主であるグルジア・ブラウン子爵だった。
プランの方を見ると、嬉しそうではあるが若干疲れた顔をしていた。
「ブラウン子爵。クールダウンクールダウン」
「ああ。ごめんね。ちょっとテンションあがっちゃってた。とりあえず――私の領にようこそ!」
そう言ってブラウン子爵は両手を広げ、二人に歓迎の意を示した。
ありがとうございました。




