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男爵令嬢の辺境領主生活  作者: あらまき


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32話 国の選択、プランの選択1

 

 ガドラの牢屋を出た後、プランはヨルンにそれとなく聞いてみた。

 やはりというかなんと言うか、ある程度その想定はしていたらしい。

 ここと同じ程度の領地のはずなのに、軍に偏った編成、その上武官は少ないというちぐはぐ具合。

 そして、ガドラの話し合いで予想は確信に変わったそうだ。


 つまり、アデン男爵による独裁に近い状態での軍事主体で領地運営をしている。そうヨルンは予想した。

 その予想は、半分外れて、実情は更に酷かったということを、わずか数日後にヨルンとプランは思い知ることになる。



 数日後に、中央政府の代理を名乗る夫婦がこの館に訪れたという知らせを受け、プランは客間に案内し、すぐにそちらに向かった。

 その客間には、椅子に座り紅茶を飲んでいる三十歳位の女性と、その横に四十歳位の男性がいた。


 女性の見た目は、どことなく豪快そうな雰囲気をしていて、筋肉質では無いが引き締まった体をしていた。

 軽鎧を着て、その上から茶色のローブをしている。

 控えめに言って、強そうである。

 ただ、何故かプランを優しい表情で見ていた。


 男性の見た目は、一言で言うなら戦士だった。

 金属鎧を身にまとい、片手用の剣を腰に携えた、普通の戦士。

 薄めの顔だが、目つきが悪く、髪は無くて髭が濃い。

 そんな見た目が、少しだけ亡き父に似ていた。


「女性の方が今回、中央よりこちらの意向を聞きに来て下さった、闘争神教団の司教であるルムル・ダルク様で、男性の方が、護衛のティギル・ダルク様です」

 ヨルンの紹介に、プランは二人ぺこっと頭を下げた。


「はじめ……まして?領主のプラン・リフレストです……うーん……」

 いつもならニコニコと楽しそうにする挨拶なのに、今日はどことなくぎこちない。

 プランは首をかしげながら、困惑したような表情を浮かべていた。

 それにもかかわらず、ルムルとティギルはニコニコとした顔で、プランを見ていた。

「当主様、どうかなさいましたか?」

 そんな様子のプランを心配し、ヨルンがそう尋ねるが、プランは首を傾げるだけだった。

「ううーん。すいません。どこかで会ったこと、ありませんか?」

 プランは既知感に近い何かに悩まされ二人にそう尋ねた。

 確かにどこかで会った気はするのだが、ピンと来ない。

「うーん。プランちゃんはちっちゃかったから覚えてないかもねぇ。十年前だから、五歳くらい?」

 ルムルの言葉に、プランは更に考え込んだ。

「えー。何だろ、喉まで出かかってるのに出てこにゃい……」

 悩むプランに、ティギルが小さい声で呟いた。

「おじさんは何も悪いことしてないのに謝るなんて変だよ」

 ティギルの、子供の様な口真似にプランは大きな声で反応した。

「あー!あの時のおじさんとおばさん!」

 その言葉を聞いて、二人は微笑み、プランを抱きしめた。

「久しぶりね。元気、とは聞けないわね」

 そう、ルムルは言った。

「大事な時に、何も出来なくてすまない」

 そう、ティギルは苦しそうにプランに言った。



「それで、知り合いでしたか?」

 二人がプランから離れた後、ヨルンはそう尋ね、プランは頷いた。

「知り合いというか、友達?」

 その言葉に、二人は笑いながら頷いた。

「そうね。友達が近いかもね」

 ルムルは嬉しそうにそう言った。


「では、どの様な知り合いなのか、紹介していただけますか?」

 ヨルンはプランにそう尋ねた。


 流石にフィーネほどの有名人では無いから胃にはこないが、それでも司教と言えば教会でもそれなりの地位の人間だ。

 そうそう親しく出来る間柄では無い。

「うーん。あの時のこと、話しても良い?」

 プランの質問に、二人は頷いた。

 それを確認し、プランは十年前のことをヨルンに話し始めた。




 十年ほど前、リフレスト領主のダードリーが、ブラウン子爵領の誕生パーティーに呼ばれた時のことだ。

 普段は当主だけなのに、この日は珍しく数合わせと賑やかしに、子供を連れてきてくれとブラウン子爵はダードリーに頼んだ。

 ただ、ブラウン子爵の本音は違い、立食パーティースタイルにして、プランとミハイルに美味しい物を食べて欲しいと考えたからだった。

 そんなわかりやすい本音に、同時の領主であるダードリーは喜び礼を言って、ありがたく子供達をつれて行った。


 ダードリーは、立食中に挨拶回りをし、当時十歳だったミハイルはそれに付いて回った。

 プランは挨拶回りに早々に飽きて、一人で食事を食べていた、

 そしたら、何やら嫌な空気を感じた。

 人を見下すような、嘲笑するような、そんな雰囲気が見え、気になってプランはその方向に向かった。


 そこにあったのは、貴族らしい偉そうな格好をした老人が、中年の男を延々と馬鹿にするという、心底うんざりする様な光景だった。

 その中年の男こそ、ティギル・ダルクだった。

 この時は、まだ、プランとティギルは顔を合わせたことも無かった。


「んで、騎士ですらないお前が、何の許可を得てこの場に参加している」

 ふんと鼻で笑いながら、老人はティギルに冷たい言葉をかけた。

 周囲の人間も、その老人に同調する様な態度を取っている。

 もちろん、参加している以上ブラウン子爵の許可は得ているから、ただのイチャモンに過ぎない。

 しかし、貴族達にはそんなこと関係が無かった。


 ティギルの格好にも問題があったにはあった。

 軽鎧とは言え、食事会に鎧をつけての参加は、他の貴族から見ても、おかしく見えただろう。

 ティギルは、老人に何か言われても、何も言い返さなかった。


 周囲の空気も暴走していき、嫌な、止められない流れの様なものをプランは感じた。

 老人は、庶民を見下す言葉を、無反応なティギルに延々と繰り返していた。

「ほれ。何か言う事は無いのか?土下座して、下民の分際で不相応な身分でパーティーに参加してごめんなさ、と言うくらいは出来るだろ?」

 その老人の言葉に、それでもティギルは何も言い返さず、あまつさえ、本当に土下座しようとした。


「おじさんは何も悪いことしてないのに謝るなんて変だよ」

 プランは、二人の間に入り、ティギルの土下座を止めて、老人に向かってそう言った。

 プランがブラウン子爵領に来たのは今日が始めてだった。

 そして、プランはまだ幼く、挨拶回りはしていなかった。

 その為、老人は、プランの顔を見たことが無かった。

 プランをティギルの関係者と勘違いし、顔を真っ赤にして怒鳴りだした。

「平民風情のガキが、子爵のワシに刃向かうのか!」

 この時、プランは名前を名乗れば良かった。

 だけど、プランはそれよりも先に、思ったことを言ってしまった。

「子爵でも男爵でも王様でも平民でも、ブラウン様が来て良いって言ったんなら良いでしょ!?」

 それは全くの正論だった。

 子供でも正しいとわかる内容。パーティーの主催者に来てと言われて来た人に、他の人が何か言う権利など無い。


 しかし、プランはこの時、知らなかった。

 貴族にとって、誇りや見得というものは生きる為に大切なもので、それの存在は、命よりも思いということを。

 老人は、自分の誇りを汚されたことに気付き、激怒した。

「この――」

 老人は、何かを言い終わる前に、プランを杖で()()()()()

 杖の補強した金属部が()()()()()、ガッと嫌な音を立てる。

 それでも、プランは立ったまま、老人を見据えたままだった。

 そして、老人がプランに怯えた瞬間、ティギルは老人を転ばせ、床に這い蹲らせていた。


「誰か!この子に治療を!この子は貴族の娘だ!」

 ティギルは老人を取り押さえこむながら、そう叫んだ。


 女性の甲高い悲鳴。男の慌てる声。慌てて駆け寄るダードリーとミハイル。

 そして、ティギルの妻であり、司教であるルムル・ダルクもこちらに寄ってきた。


 老人は知らなかった。

 目の前の野蛮とも言える男の妻が、司教であるということを。

 司教という立場は、この国では子爵と同等の立場である。

 つまり老人は、自分と同じ立場である男を人のいる場所で侮辱し、無関係の子供を殺しかけたのだ。


 幸いというには奇跡だが、プランには傷一つ無かった。

 心配してきた家族とルムルに、プランは笑顔で言った。

「大丈夫だよ。ちゃんと()()()()()

 この時、現場を見ていたティギルがいなかった為、そのことについては誰も追求しなかった。


 老人を衛兵に引き渡した後、自分の所為で怖い目に合わせたことに、負い目を感じていたティギルは、プランに提案した。

「何か、欲しい物は無いかい?」

 ティギルの職業は商人だった為、変わった物でも、食べ物でも用意が出来た。

 体を張って誇りを守ってくれたプランに、ティギルは恩返しがしたかった。


「じゃあ!プランとお友達になってください!」

 にっこりと微笑みながら、プランはティギルと、その隣にいるルムルにそう言った。

 心からの言葉で、ルムルとティギルは顔を見合わせて笑い、そして、プランと友達になった。



「ということで、商人のティギルおじさんと、司教のルムルおばさん。私の友達だよ!」

 プランがそう言うと、ヨルンは苦笑した。

 そして、フィーネともどうして友達なのか、何となくわかった気がした。

「まあ、流石にもうフィーネ枢機卿よりも上のご友人はいないでしょう」

 そうヨルンが呟くと、ルムルはヨルンを生暖かい目で見ていた。

「あの、その目は一体何でしょうか?」

「んー。何でも無いわよー」

 にやにやとヨルンを見るルムル。その顔はとても楽しそうだった。

「つまり、まだ他に素晴らしいご友人がいらっしゃるのですね……」

 何かを悟ったヨルンの言葉に、ルムルは微笑みながら答えた。

「答えは言わないわ。でもね、覚悟はしておいた方が良いと思うの」

 ――胃薬の準備だけでも、しておきましょうか。

 ルムルのその言葉に、ヨルンは溜息で答えた。


「というわけで、友達の家だから気軽にいくわよ?」

 ルムルの言葉に、プランは笑顔で頷いた。

「うん、そうして。そもそもそっちの方が偉いんだし、それで良いわ」

 プランの言葉を聞いて、ルムルはプランの頭を笑顔で、わしゃわしゃと撫でた。


「さて、ちゃんとした中央政府のお話はフィーネ枢機卿が来ることになってるから、私に決定権は無いわ。私はフィーネ枢機卿が来るまでの間に、事情を尋ねたりとか、事情を説明したりとかが仕事ね」

 そんなルムルの言葉に、プランが尋ねた。

「何か詳しい事、知ってるの?」

 その言葉に、ルムルは頷いた。

「一つ、闘争神の天罰について。一つ、アデン男爵領の内情について。一つ、今回の騒動の、中央の見解。それを知ってるわ」

 そして、ルムルは順番に、その説明を始めた。



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