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男爵令嬢の辺境領主生活  作者: あらまき


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28話 信頼の意味、涙の意味

 

「まずですね、相手の布陣、どう考えても普通じゃないんですよ」

 リオはそう言うが、ハルトやリカルドは集団戦の経験が無く、どこがおかしいのかわからなかった。


「行進の練度も高かったし、綺麗な横陣形だったじゃないか。変なところは見つからなかったぞ」

 ハルトの言葉に、リオは頷く。

「そう。綺麗な横陣形でした。一番見栄えが良く、正面に強い形式でしょうね」

「それの何が普通じゃないんだ?」

 繰り返し、ハルトは尋ねた。

「部隊が一つしか無いんです。いえ、部隊が一つなのはまだわかります。問題なのは、予備兵を一人も用意していないことです」

 仲間のカバーや、相手の急所を突くために、予備の兵力を用意するのが普通だ。

 陣形を取り、その背後に予備兵を置く。または、複数の部隊に分けて相手の対策を考えるのは普通のことだ。

 正面に全力を注ぐというのは、明らかにおかしい。


「つまり?」

 繰り返し尋ねるハルトに、リオはわかりやすいたとえ話を出した。

「全員無視して脇からつっこみ、馬でアデン領主を殺しに向かっても、止める兵がいません」

「あ」

 ハルトとリカルド、アインも声をハモらせ呟いた。

「騎士アイン。あなたは気付いていると思っていたのですが……」

 冷たい目で見るリオに、アインは誤魔化し笑いをしながた答えた。

「いや、私はあの武官の人が、なんだが居心地悪そうだなーって思っただけだから」

 あははと笑うアインに、リオは溜息を吐いた。


 領主の質の違い。

 その差は信頼の差と言っても良いだろう。

 領主からの信頼も、領主への信頼も、間違いなくこちらが勝っている。

 プランはリオに全てを一任し、責任は取ると言う。

 リオも、その期待に応える気でいた。

 この様な、当たり前の信頼関係が、相手の部隊には見えなかった。



 あんな愚かな陣形を出し、武官を正面に配置している現状を見て、アデン男爵はあの部隊唯一の武官の意見を聞いていないと思って良いだろう。

 そこで、リオは一つの仮説を立てた。

【武官は今回の侵略を望んでいない】

 それに、アインの発言を組み合わせ、更に予想の進める。

 つまり、【あの武官は今回の侵略に反対をし、冷遇されている】

 リオはそう仮説を立てた。

 そして、この仮説はそう間違っていないだろう。

 でないと、己の身を守る予備兵を一人も置かず、部隊も分けずに格好良いだけの隊列になどしないし、唯一の武官を盾代わり運用などしない。

 例え、武官を正面に置く必要があったとしても、リオなら真ん中に配置しない。攻撃の要の左か、守りの要の右側に配置する。


「それで、言った通り直接殺すのか?それなら俺が行くが」

 ハルトの言葉に、リオは首を横に振った。

「いえ、相手の愚かさを勝利条件に定めるのは、いささか不安が残ります。相手が何か奇策を残している可能性もあるので」

「じゃあ、どうするの?」

 アインの質問に、リオはにっこりと微笑み答えた。

「ここは、正々堂々、戦術で戦いましょう」

 そう言った後、リオは兵士を集合させた。


「なんだか、多くないですか?」

 驚きを隠せないリオの言葉に、ハルトとリカルドは嬉しそうにした。

「本来の十九人に加え、ファストラの村から十人、セドリの村から六人が、志願兵として参加しています」

 後から合流したヨルンが書類を見ながら、そう答えた。


 実際は、この五倍くらいが志願をしてきたのだが、老人や子供、怪我人などを避け、更に体力で振るいをかけた。

 それでも、十六人も残ったというのは、本当に凄いことだ。

 体力だけなら、十六人は兵士と同等にあるということだからだ。

 その上、セドリの参加者六人は、全員弓の経験者。

 単純に兵力が倍近くになったと考えて良い。


 リオは、武官と食客二人、合計三十五人の兵士に、細かい兵種の変更や指示を出した。

 二時間で全てを叩き込み、その後すぐに出発することを指示する。


 急な命令にもかかわらず、誰もそれに否定や文句も言わなかった。

 誰もが切羽詰っているということを理解しているからだ。


 ここにいるのは、死兵であることを覚悟した人間だけだった。

 ただし、リオだけは、そんなことを考えていなかった。


 出兵前になり、館の入り口に、全軍が集った。

 プランはその様子を見て、心配そうにリオに尋ねた。

「数は相手と近くなったんだよね。だけど、難しいよね?」

 リオは微笑みながら答えた。

「誇って下さい。あなたの領主としての人徳で、兵は倍近くになりました」

 リカルドとハルトの人徳もなのだが、それでも、人徳だけで十九人の兵が望んで三十五人になる。

 そんな領、リオはみたことも聞いたことも無かった。


「ねえ。正直に答えて。勝率って、今どのくらいに思ってる?」

 プランの質問に、リオは片手を開いて見せた。

「五パー?まさか五十パー?」

 リオは首を横に振った。

「死者五人以内で、この戦いを終わらせましょう。その為に、出兵前の激励の言葉をお願いします」

 プランの目には、リオは正しく希望の光に見えた。


「えっとね。こんなことに巻き込んでごめんなさい」

 プランは正面に立ち、最初に頭を下げた。

「巻き込んで、わがままを言ってつき合わせて、だけど、もう一つだけ、お願い。わがままを言わせて?」

 その言葉に、その場にいる全員が跪き、言葉を待った。

「お願いします。全員、生き残って、無事に帰ってきて――」

 プランは続く言葉が出ず、涙を零しながら呟いた。

「おいお前ら!領主様が泣いて懇願してるんだぞ!わかってんのか!?」

 ハルトの怒声の様な声に反応し、兵士達は、雄叫びを上げた。

 野蛮で、荒らしく、そして何よりも、生きるという力に溢れた声だった。

「この声が答えだ!これが俺達だ!」

 ハルトの言葉に、再度雄叫びが上がり、プランは泣きながら、微笑んだ。


「みんな!生き残ってくれたら、それだけで報酬あるからね!私もがんばるから期待して良いよ!」

 プランの笑いながらの言葉に、さっきよりも大きな雄叫びが上がった。

「肉!酒!金!嫁!」

 兵士達は一糸乱れぬ声で、そう高らかに叫んだ。

「嫁は自分でがんばれー」

 プランの声に、兵士は「えー」とやる気なさげに返した。

「うん。こっちの方がうちの領らしいね。いってらっしゃい!」

 プランの笑顔の見送りを背に受け、全軍はそのまま敵にまっすぐ向かった。


 初日の進軍には、緊張感が残り、全員無言で歩を進めた。

 しかし、二日目になると、多少気が緩み、雑談が増えてきた。

 それでも、歩を進めるペースが落ちない限りは、何も言わない。

 本当にまずいのは、雑談すら出来なくなる精神状態だと、皆知っているからだ。

「そういえばエルヴィヒはどうしたんだ?」

 歩きながらのハルトの質問に、リオは答えた。

「ああ。別働隊になってもらってます。私達が失敗した場合、当主様を逃がす為に」

 失敗するつもりは無いが、念には念を入れての行動だった。

「なるほど。それなら俺は何の文句も無いな。俺の命、好きに使ってくれ」

 ハルトは笑いながらそう言った。


「最後かもしれないから教えてくれないか?ハルトは俺のライバルなのかそうじゃないか」

 リカルドが脇から入って、ハルトにそう尋ねた。

「あん?弓はお前の方が上、馬は俺の方が上。腕力は俺が上でお前は魔法使い。ライバルって言うか方向性違わなくないか?」

 はぁと小さく溜息を吐き、リカルドはヤレヤレと両手を横に広げた。

「そうでは無くて、プランちゃんのことが好きかどうかって奴だよ。恋のライバルか尋ねてるんだよ」

 今度はハルトが溜息を吐いた。


「……真面目に言っているみたいだから答えてやる。恋愛感情は俺達の間には一切無い。俺にとっては大切な妹分だ」

 ハルトはそう答えた。

 それ以外にも、プランに感じている感情はある。

 だけど、その感情は愛や恋など明るい感情では決してなかった。

「そうか。じゃあ、お兄さん目線でライバルになりそうな奴はいるか?」

 リカルドはわくわくした様子でそう尋ねた。

「……いないな。お前含めて」

 その言葉に、リカルドはそっと肩を落とした。


「集中力も切れてきてますし、夜も近い、今日はここを野営の拠点にしましょうか」

 棘の含んだ言葉で、リオはそう言った。

 灯りの用意をして、見張りの順番を決める。

 今日の夜営の見張りは兵士のみとした。


 明日の朝、相手部隊と接触をする為、武官、食客の体力を温存する為だ。


 リオは武具の確認をした。

 木の盾に石の槍、弓、そして五頭のみの馬に、二セットのフルプレート。

 後はリオの剣にアインのレイピア、それに、ハルトの盗賊から奪った質の悪い鉄の剣だけだ。

 これが全員の命を預ける武具となる。

 欲を言えば、盾や槍はもう少し質の良い物にしたいが、無い物ねだりをしてもしょうがない。


 武官や食客に作戦の確認もし、全員の役割を理解しているか確認する。

 今回の場合は、役割の遂行をしくじるたびに、少なくない犠牲が出ると予想出来る。

 鉄壁の重装兵に、格上の武官。

 どれだけ相手の領主が愚かでも、そこには大きな差がある。


 全ての準備を確認し、リオは早めに寝て、体力を温存することにした。


 本番は、明日の朝に始まる。


ありがとうございました。

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