27話 絶望の中にある違和感
商人であるダグラスは、リフレスト領で交易をする為、周囲の調査をエルヴィヒに頼んだ。
エルヴィヒは了承し安全の調査の為にアデン男爵領に向かった。
そして、お互いの領の中間点くらいに、アデン男爵領の軍勢と思われる集団が、リフレスト領に向かっているのを発見した。
見つからない様にこっそり話を聞いて見ると、その兵士達はこんなことを言っていた。
『リフレスト領は領主亡き後、盗賊に乗っ取られたから救援に向かった』
「そういう外聞で、こちらに侵略を開始したらしい」
エルヴィヒのその言葉に、皆は何の言葉も返せなかった。
今、この場には、プラン、ヨルン、リオ、リカルド、アイン、ミハイルがいる。
ハルトは兵を招集に向かった。
文字通り、領地存続の危機だからだ。
「そんな言い訳が、通るわけ無いんじゃない」
そうプランは呟いたが、ヨルンとミハイルは何も言わず、下を向いていた。
「通るぞ。反論を言うはずの人間が全員、屍になったらな」
エルヴィヒはプランの言葉にそう返し、プランの顔は真っ青になった。
「とりあえず、調査で得た情報を言うぞ」
エルヴィヒの言葉に、ヨルンは頷いて、資料作成に戻った。
軍勢の数は五十弱ほど。全てがフルプレートの重装歩兵。
装備は槍と鉄製のラウンドシールド。
武官は一人、その武官は兵の直接指揮を取っていて、陣形指示は何故かアデン男爵本人と思われる人物が取っていた。
偉そうな服装に貧弱な肉体。一人だけ後方で馬に乗っていたから間違い無いだろう。
建造物で一番近いのはこの館で、恐らく相手もここを狙っているのだろう。
距離的には徒歩で三日程度の距離だが、重装歩兵の速度なら一週間程度はかかると思われる。
「……ブラウン子爵に救援を頼もう」
そうプランは言うが、ヨルンは首を横に振った。
「我々には侵略となりますが、外聞では男爵領同士の揉め事になります。それに子爵が手を出すには、書類審査の時間が必要になり……間に合わないと……」
ヨルンは苦しそうにそう言った。
「なら、それまで時間稼ぎで時間を引き延ばすのはどうだ?」
リカルドの言葉に、ヨルンは再度、首を横に振った。
「そもそも、ブラウン子爵にメリットが無い上に、デメリットが大きすぎます。私がブラウン子爵なら、絶対に救援を出しません」
もし、アデン男爵の背後に別の子爵や侯爵がいたならば、その時はブラウン子爵領も巻き込まれる可能性が出てくる。
流石に、自分達の領民を危険に晒してまで、救援を出せとは、プランには言えなかった。
「……どうにもならないかしらね」
アインはぽつりと、そう呟いた。
それを否定する声は無く、重たい沈黙が場を支配した。
その沈黙を崩したのは傭兵だった。
「俺はどうしたら良い?命を含めて代価を貰うことになっている。何でも言え」
エルヴィヒは、そうプランに尋ねた。
ヨルンやリオの方を見るが、何も言わず首を横に振る。
誰も意見が無いらしいので、プランは尋ねてみた。
「あなたはどうしたら良いと思う?」
エルヴィヒは片眉をあげしかめっ面をした。
解決までの糸口が見えない。
八方塞の現状では、明確な指令は出せなかった。
「偵察からだろ。どう戦うか。どこで戦うか。または、どう逃げるか。何をするにしても、情報が足りない」
エルヴィヒの言葉に、プランは頷いた。
「そうね。罠とかいう手段もあるかもしれないし」
リオやアインは顔を曇らせた。
フルプレート一式を用意出来る相手に、罠が通じるとは思えないからだ。
それでも、実際にその部隊を見るしか、今はすることが無かった。
――いざとなったらプランを逃がす。
誰も決めていないのに、プラン以外の気持ちは一つになっていた。
武官三人に、実戦の可能な魔法使いとして、リオ、ハルト、アイン、リカルドの四人が馬に乗り、偵察に向かい、エルヴィヒは単独で別行動を取った。
プランは皆にたった一言。
「まかせた」
それだけ言った。
出来たらみつからないのが望ましいが、最悪見つかっても馬なら逃げられるから問題が無いだろう。
そう考えていたが、思った以上に事がうまく運んだ。
崖の上の森林の中から、相手部隊を発見することが出来た。
半ば野生児の様なハルトの行動が、珍しく功を奏した。
鎧や剣は光の反射を嫌い、森林の中に隠しながら、四人はそっと偵察を始めた。
そこにいたのは、絶望を感じるに十分な、黒金の悪魔達だった。
黒い鉄の鎧を身に纏った兵が四十人。
二十人の横並びが二列になって、一糸乱れぬ行進をしている。
接触までまだあるのに、整列し集中して進軍する姿は明確な練度の差を感じるには十分だった。
兵の人数、兵の質、そして兵の装備。
そのすべてが、確実に負けていた。
その絶望感は尋常では無い。
ハルトが全力で暴れまわって、命を捨てても五人を相打ちになるかどうか。
ここにいる全員が全力でぶつかっても、半分削れたら良い方だろう。
当たり前なことではあるが、絶望を感じるにはもう一つ理由がある。
相手の隊列の中に一人、明確な格上の武官が混じっている。
前列中央に、黒金よりも更に黒い、漆黒の鎧に身を包み、身の丈よりも大きな巨大な斧を装備した者が存在した。
他の人は距離の問題で、何となくしか見えないが、視力の高いハルトには、その姿がはっきりと見えた。
「騎士レオよりも、更に格上だな」
ハルトがぽつりと呟くその一言に、リカルドの表情は暗くなった。
ハルトとリカルドは、絶望に打ちひしがれ、下を向いて落ち込んでいた。
が、リオはそうでは無かった。
確かに、あらゆる意味で負けているのだが、確実に一つだけ、決定的におかしい所があった。
罠なのでは無いか。
リオがそう思う位、一つだけ、足りない物があった。
ふとリオが横を見ると、アインと目があった。
「ねぇ騎士リオさん。これ、どう見る?」
あまり仲良くなく、普段は話をしない二人。
だが、今は同じことに疑問を持っているらしい。
「これ、運が良ければ勝てる可能性すら出てきましたね」
リオの言葉に、アインはそっと頷いた。
「は?」
ハルトとリカルドは話についていけず、無表情で二人を見た。
「とりあえず、情報を整理しましょうか」
調査を終え、館に戻った四人とエルヴィヒは、対策会議を始めた。
「それで、何とかなるってどうやるんだ?あんなのと戦える自信無いぞ?」
リカルドの言葉に、リオは頷いた。
「希望を持たせてすいません。出来ることを全てしても、勝率は六割くらいだと思います」
その一言に、ハルトとリカルドは驚いた。
どう考えても、一分の可能性も見出せなかったからだ。
「十分だろ、教えてくれ」
ハルトの言葉に、リオは頷いた。
「まず、可能性を上げる為に情報を纏めましょう。エルヴィヒ殿。偵察で何かわかったことがあれば教えて下さい」
エルヴィヒは頷いて、話し出した。
「伏兵は無し。アデン領内でも懐疑的な意見が多い為、自分達の正義を示す必要があり、真っ向勝負以外の道が選べないらしい。クロスボウどころか弓すら装備していない」
どうやって調べたのかわからないが、その情報は今、とてもありがたいものだった。
伏兵が無いのであれば、勝率予想は更に上げられる。
「ありがとうございます。傭兵というものを懐疑的でしたが、あなたの様な方がいるなら、その見識を改めましょう」
リオは笑顔でそう言った。
「次に、騎士アイン。あなたの感じたことを教えて下さい。あの相手を見て、何が足りないと思いました?」
アインは頷いて、説明を始めた。
「なんだっけ、アデン男爵だっけ?あの人と正面の武官の人、仲が良く無さそうだったからよ。仲間同士でいがみあってちゃ、勝てるものも勝てなくなるでしょ」
「あー。なるほど。そういう見方が出来るのですね」
アインの意見に、リオは頷きながら同意した。
確かに、武官が陣頭指揮を執らず、兵士集団に紛れるというのは珍しいことでは無い。
だけど、陣頭指揮を全て貴族に任せて先頭にいるというのは、確かにおかしいことだった。
リオの考えていたことがまた一つ、確信に変わった。
「それで騎士リオさん。あなたは何に気付いたの?」
アインの言葉に、リオは微笑みながら答えた。
「ああ。一つだけ、うちの領で勝っている部分に気付いたんですよ」
兵の質も数も装備も負け、武官ですら、場合によっては負けかねない。
そんな状況でも一つだけ、圧倒的に勝っているものがあった。
「それは?」
アインの言葉に、リオはそっと答えた。
「領主の質ですよ」
エルヴィヒ以外の全員が首をかしげた。
「それが何だ?」
ハルトの質問に、リオは微笑む。
「その差が、戦場では一番大きいんです」
リオは自信たっぷりにそう言い切った。
ありがとうございました。




