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男爵令嬢の辺境領主生活  作者: あらまき


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26話 傭兵の矜持

 

 十二月を終え、新年を迎えられた。

 今日、この日を無事にみんなで迎えられたことを、プランは神に感謝した。

 どの神に感謝したら良いかわからないからとりあえず六神全員に。

 本来なら、新年の行事を何かしないといけないのだがリフレスト領では今までそんなことしたことが無い。

 外は未だに雪の山。行事の為の司祭にすら、会いに行けない。

 ファストラの村も、セドリの村も今頃大事になっているだろう。

 館だけの雪かきで、兵士がひぃひぃ言う仕事を、村人だけで行わないといけないからだ。

 それでも半兵士のいるファストラも、今まで逃げて生きていたたくましいセドリの村も、何の問題も起きていないとプランは信じていた。


 週に一回、プランとリカルドは協力して雪かきをすることが業務に入っていた。。

 といっても、室内から屋根の上に置いた風をぐるぐる動かすだけだ。。

 消費魔力もそれほど多くない為、魔法による疲労感は少ないが、それでも一時間以上集中し続けるのはなかなかに大変ではあった。

 ただ、週に二回、毎回周囲の雪と屋根の雪を除いている武官と兵士達に比べたら、こんな程度でしんどいとはとても言えなかった。



 雪かきの苦行から、武官と兵士達が開放されたのは二月に入ってからだった。

 雪が溶け始め、日の暖かさを感じ始めることができるようになってきた。


 そして三月の頭に入りると雪がほとんど溶け、道が通れる様になった。

 ファストラの村とセドリの村、そして商人達と連絡が取れ誰一人欠けることなく冬篭りは達成出来た。

 そのことを知ったプランは、ガッツポーズを取って喜んだ。




 道が通れる様になったということは、冬の間停止していた領地運営が再開されるということだ。

 特に春前の今の時期は、一年の計画を建てるという意味でも重要な場面となる。


 ヨルンがプランの部屋に、一年の運営についての計画書を持って相談に来た。

「これってさ。ヨルンがこうすべきって思った計画書だよね?」

「はいその通りです」

「だったらさ、もう私の許可無く全部やってしまって良いよ?失敗しても責任は私が取るし、私が変に考えるよりもそっちの方がうまくいくでしょ?」

 プランの言葉に、ヨルンは首を横に振った。

「それは駄目です。領主様が計画を見て、それに賛同したということが大切ですから」

「だからさ、どんな計画でも、ヨルンが一生懸命考えたの知っているし、能力も人柄も信頼してる。内容見なくても賛同するよ?」

 プランの問答に、ヨルンは顔をしかめて答えた。

「プランさん。領主の仕事をサボる気なら、本当に怒りますよ?」

 久しぶりに昔の呼び方を聞いたプラン。

 それと同時に、子供の頃何時も叱られていたことを思い出し、プランは何も言えなくなり、頷いた。


 ――プランさんの能力を信用してるから見て欲しい、って言ったら調子に乗りますから何も言えませんね。

 ヨルンは内心そう思いながら、苦笑しつつ計画書をプランに手渡した。


 計画書の内容は、大筋は去年と同じ感じだった。

 ただ、最重要案件として、畑関連の開拓と畑の設備向上による収穫量の増加があった。

「これは、あー。わかった、税金が復活するからだね」

 プランの言葉に、ヨルンは若干驚いて頷いた。

「領主様が答えを当てるなんて、明日には雨が降りますかね」

「はは。ちょっと怒って良いかい筆頭文官殿?」

 プランは青筋を立てながら、微笑んだ。


「正解です。そして、戦争中という理由もあり、税としてのレートは食料関係が安定して高いので収穫量の増加が急務になります」

 今年は去年よりはかなり金銭に猶予がある。

 それは、武官と兵士の大半を失ったからだ。

 その所為で、今年の税金を払うのは、そうとう苦しいものになる。

 今までの収入の大半は、武官達の作業のおかげだったからだ。

 税金は別に何で払っても構わない。

 税でも武具でも人でも食料でも道具でも。

 その中で、今のリフレスト領で何とか払えそうなのは畑の生産物くらいだ。

 プチトマトは、たぶん受け取ってもらえない……。


 そうなると、今の畑だと絶対に足りない。

 冬篭りも含めて、少し余裕のある程度が今の現状だ。

 その程度の余剰だと、税として収めるには不足すぎる。

 そして、時期的に考えたら、今から畑の準備をしないととても間に合わない。


「希望は畑の拡張を最優先に、武官と兵士の開拓の協力、商人との肥料や種等の購入相談ね?」

 ヨルンは頷いた。

「わかった。全部オッケーだし、ついでに、メーリアさんにも相談してみて。あの人絶対農業とか協力してくれるから」

 その言葉に、ヨルンは驚いて頷いた。

 ――司祭に農業の協力を求めるなんて発想、普通は出来ませんよ。だから私はプランさんにいつも相談するんですよ。

 ヨルンは何となくプランが領主に選ばれた理由がわかってきた。

 確かに、プランの領主としての仕事は酷く、二桁の足し算でミスが目立し、ハンコもよく打ち損じる。

 だけど、それを踏まえても、ヨルンではわからない何かを、プランは持っている。

 それはヨルンやリカルドと言った、文官たちには無い物だった。

「というか、あのプチトマトみたいな感じに、小麦できないかしら?年四回くらいとれてメートル超える小麦……」

「あり得ない……とは、あのプチトマトを見たから言えませんね」

 場合によったら、本当に希望になるかもしれない。

 プランとヨルンは、そんなことを考えていた。



 畑の拡張を最優先にする。予算を極限まで使う。

 そんな計画をしているときに、事件は起きた。


 一人の男が、何の連絡も無く屋敷に押し入り、叫びだした。

「俺の名前はエルヴィヒ!今すぐ俺を雇え!」

 それは、アインが連れてきた一人の男で、商人の護衛をしている男だった。


 とりあえず、客間に押し込め、今のうちにプラン達は相談することにした。

「絶対に会うべきでは無いし、あんな野蛮な男雇うべきでは無い」

 リオはそう主張した。

 怪しいし、礼儀もなっていない。その上、提示する予算はとても払えるものでは無い。

 一年雇ったらこの領の予算の五割を超える支払いになるだろう。

 といっても、傭兵の相場としてみたら、高くはあるが暴利というほどでは無い。

 質の高い傭兵ならそんなもんだろう。

 ただ、単純にうちが貧乏なだけだ。


 ヨルンも雇うことに反対していた。

 単純に予算の問題だからだ。


「会って、雇ってあげて。あの子は理由も無くこんなことをする子じゃないわ」

 連れてきたアインは当然の様に無礼を働いたエルヴィヒを受け入れた。

 それがなおのこと、リオは気に入らなかった。


 ハルトは雇うことには賛成していた。

 装備の質が良く、本人も鍛えられているかららしい。


 リカルドとミハイルは何も言わなかった。

 食客という立場だから何も言わないそうだ。

『ただし、会うなら俺が護衛になる』

 リカルドは用心の為、プランにそう言った。


「んじゃ、とりあえず会おうか」

 プランは軽くそう言って、リオとヨルンを絶句させた。

「その前に、エルヴィヒさんってどんな人?」

 連れてきたアインに、プランは尋ねた。

「んーとね。男としては三流以下。傭兵としての技量はぼちぼち。ただし、傭兵としての信用という意味なら、彼は超一流よ。契約をしたら、秘密は絶対に守るし、拷問されても何一つ話さないわ」


 なおのこと、プランは会う必要があると考えた。


「お待たせしました。領主のプラン・リフレストです。お話があると聞いて」

 そっと、プランは待たせた客間に入った。

 連れてきたのはリカルドとヨルンのみ。

 信用という意味も含めて、連れてくるのは最低限のみにした。

 アインも知り合いだから連れてくる予定だったが、知り合いだからこそとアインは参加を拒否した。


「名乗ったとおり、傭兵のエルヴィヒだ。とりあえず俺を雇え。話はそこからだ」

 リカルドとヨルンは苦笑した。

「せめてさ、理由とか事情とか話そうぜ?その話だけなら金ほしさに領主の家に来た様にしか見えんぞ?」

 リカルドの軽口に、エルヴィヒは無視した。

「時間が無い。良いから早く雇え」

 繰り返し、エルヴィヒは自分を売りつけた。


「話になりません。せめて武官や文官と同程度の支払いならまだしも、領地の総収入の大半を要求する相手など、詐欺師か強盗にしか見えませんね」

 といっても、ハルトもヨルンも金を受け取っていないし、リカルドもミハイルもそうだ。高級取りなのは頼んできてもらったアインとリオくらいだ。

「支払いはこれが俺の相場だ。変わることは無い」

 エルヴィヒはそう言って、こっちの事情も話も全く聞こうとはしなかった。


 これはお帰り願おうか、そうリカルドとヨルンは考えていた。

 ただ、プランはエルヴィヒが妙に焦っていることが気になっていた。


「ねぇ。どのくらい雇って欲しいの?うちって貧乏だから一年契約はどうやっても無理だよ?」

 プランの言葉にエルヴィヒは考えるそぶりを見せ、答えた。

「二季……いや一季……いや、二ヶ月で良い。それだけあれば大丈夫だろう」

 この問答で、プランは確信した。

 ――これは何かうちの領で問題起きている。

「わかったわ。二か月、うちで雇うわ。だからあなたが、傭兵として話せることを教えて」

 プランはそう言いながら、目線でヨルンに謝罪の合図をした。

 ヨルンは首を横に、振り、気にしないでいいと合図を返した。

 プランが必要と思ったことは、たとえ理不尽でもヨルンは何も言わない。

 何かあったら領主としての責任を被るという理由もあるが、一番の理由はプランの人柄を見抜く能力を信じているからだ。


 エルヴィヒは頷き、プランの方を見ながら言った。

「アデン男爵領の兵士と武官が、この領に攻めてきている」

「ヨルン!リカルド!武官全員今すぐここに集めて!」

 プランは怒鳴り、二人はすぐさま部屋を出て駆け出した。

「……詳しい事情を教えて」

 冷静に、プランはそう言った。

「……外部の人間と二人っきりになってどうする。俺が刺客だったらどうするんだよ?」

 エルヴィヒの返し、プランはイライラしながら答えた。

「何で信用出来る人間をいちいち疑わないといけないの。そんな時間は無いんでしょ?」

 エルヴィヒは、プランという人間を甘く見ていることに気付き、苦笑しながら頷いた。

「ああ。すぐに対策を取らないといけない。それほど時間は残されていないだろう」

「敵は今どこにいるの?」

 プランの質問に、エルヴィヒは地図を指差しながら答えた。

「もう、この領内に侵入している」


ありがとうございました。

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