火男の名前
「あ…。えっと…」
戸惑った表情で部屋に入った女性がめぐみだと言うことに気が付くまで数秒かかってしまった。
何故なら、その女性は真夏だと言うのに、真っ黒のレインコートのような物を着込み、足にはこれまた夏に相応しくないロングブーツ、顔には真っ黒の大きなマスク、実質見えているのは深く被ったツバの広い黒い帽子から、僅かに見える瞳だけだったからだ。
さすが雪女。
真夏の移動には徹底のガードが必要なのだろう。
めぐみは部屋にいる人数の多さを見て余計に面食らった表情をして、セルリアンの姿を探すように、視線を巡らせている最中に、部屋の片隅で誰とも絡めずにいる火男の姿を発見して、硬直した。
「え、え、えーーーーー?ど、どうして、か、彼がここに?」
「よく来たな、めぐみ。シュバルツ、彼女にも飲み物を」
セルリアンは部屋の入口で固まって動かないめぐみの側に近寄り、肩を叩きながら、黒狐に言った。
「あ、あのセルリアンさん?これは一体?」
「まぁまぁ」
「私はセルリアンさんが急用があると言う連絡を受けてここに来たのですが…」
まさかここに自分が想いを寄せている火男がいるなんて思ってもみなかったので、どうしていいか分からないのだろう、慌てた様子で手を左右に揺らしていた。
「そんなに着込んでたら暑いだろう」
そんなめぐみにはお構い無しに、セルリアンは彼女の帽子とマスクを外した。
彼女の真白な肌はピンク色に染まり、汗をかかないはずの雪女の顔には冷や汗が浮かんでいた。
「お前も存分に楽しめ、と言うか、あの男の名前を聞いていないな、めぐみはあの男の名前を知っているのか?」
彼女は何も言わず首をブルブルと横に振った。
その首の振り方がゼンマイ仕掛けのオモチャのようで可笑しかった。
想い人が側にいるだけで、こんなにも人は変わるものなのだろうか?
冷静なめぐみからは想像できない慌てぶりだった。
「いつまでも火男と呼ぶのはかわいそうだろう。まず名前からだな。おい、火男、ちょっとこっちに来い」
え?え?えーーーー?
と声に出さない声を出しためぐみはそのまま倒れてしまうのでは無いかと思うほどのけぞった。
この場にいるだけで精一杯の火男も火男でそんなめぐみの姿は見えておらず、恐々とセルリアンの前に立った。
「お前、何て名前だ?」
オレが聞かれたなら、今更かよ?と突込みを入れたくなってしまう質問だが、相変わらず小動物のような火男は、もじもじと答えた。
「と…ど…ころ、焦也……す」