あとがき
この短編集は、「ネグレクトの中で育った子どもが、十歳という年齢を軸にして経験した日常」をもとにした連作です。
特別な事件や劇的な出来事ではなく、朝起きても誰もいないこと、熱を出しても一人でいること、誕生日が何もなく過ぎていくこと——そうした一見ささいに見える積み重ねの中にある孤独を描きました。
子どもにとって必要なのは、完璧な環境ではなく、「見てくれる誰か」がいることだと思います。
おはようと言ってくれる人。 おかえりと言ってくれる人。 大丈夫?と気づいてくれる人。
それがないまま育つことは、表面では普通に見えても、内側に静かな空白を残します。
この物語の主人公は、その空白を抱えながら十歳を生きています。
ただし、この作品は「過去に閉じ込めるため」のものではありません。
むしろ、その後に続く人生のためのものです。
満たされなかったものは、簡単には消えません。 でも、人はそれを抱えたままでも生きていける。 そして少しずつ、自分で自分を守ることも覚えていける。
物語の中の子どもは、まだ完全には救われていません。 けれど、確かに「自分を育てようとする芽」は描かれています。
それは静かで、小さくて、誰にも気づかれないものかもしれません。 それでも、その芽こそがこの物語の希望です。
この短編集を読んだ誰かが、自分の中にある「言葉にならなかった寂しさ」に気づくきっかけになれば、それ以上の意味はありません。
そしてもし、かつての自分を思い出す人がいるなら、 その人に伝えたいことがあります。
あの頃のあなたは、ちゃんと生きていました。 足りないものがあっても、壊れながらでも、ちゃんと今日まで来ています。
この物語が、その事実を少しだけ思い出す手助けになれば幸いです。




