第49話 桐島の番人
「本当にいいのかえ、響介。お主には荷が重い案件じゃがのう」
最近わかったが、仕事モードになると喋り方が変わるなこの人、凄みが増すからやめてほしいのだが。
「大丈夫ですよ、橙子さん。小鳥遊が次の手を打って来る前に動かないと。あの人は何をしてくるか分かりませんからね」
優莉愛さんはきっと諦めてはいない。
「そうかえ、ならばアンソレイユの立ち退きはヌシに任せだぞ、虎、工事の手筈じゃ。仙太郎の業者は全て切れ、儂が斡旋する業者とはすぐ動けるよう既に話しは通してある。明日現場を見に行くよう伝えよ」
流石の手際の良さだな。向こうにも都合があるだろうに、すぐに動いてくれるなんて融通が利く仲でも明日からなんて無理な話し。
間違いなく裏で何かやってんな、金を積んだか相応の見返りがある条件を提示してあるはず。頼んだぞ、先輩、翔子。政権交代の初動の準備で不当な動きがあったはずだ、証拠掴んでくれよ。
「響介、アタシも行くわ。栞さん達に立ち退きを要求するなんて辛い役、1人で背負わせないから!」
「花音、お前の出る幕ではない、余計な事をせずともよい」
「いいえお婆様、アタシも行きます!あの土地の所有者はアタシです、お兄ちゃんから譲り受けた大事な土地ですもの」
正面から言い返した花音に女帝はお婆さんの顔に戻る。
「全くしょうがない子だね、わかったわ、2人でお行き。ただし情に絆されて期限を延ばすんじゃないよ。お店の事もあるから待って2週間だ、それ相応の条件を提示すれば大丈夫だろう」
そして俺は花音と2人でアンソレイユへ向かった。
栞さんには事前に話しがあるから全員いるようにと伝えてある。
——アンソレイユ
「なんだって!?ここから出て行けだって!?」
声を荒げる美優さんを制して俺は説明を始めた。
「ええ、ここはもう桐島の土地です。ここに道路が引ければ国道と建設予定の新規ショッピングモールへのアクセスが容易になり市街からの客も見込め、多くの店舗が出店に名を上げるでしょう」
「だから出て行けってあんまりじゃない?パパが建てたアンソレイユを、ママのお店を潰せって言うの?」
「一華、潰すんじゃない、違う場所に建て直すんだよ。権利はこちら側にあるが相応のお金は出す、新築でアンソレイユとお店を建て替えると思ってくれ」
「パパとの思い出は新しい家に持っていけないんだよ」
「お姉ちゃん……」
マズい、しんみりしてきちゃったな。
「それは本当に申し訳ないと思っているわ。街の未来、利便性などアナタ達には関係ないものね」
花音?何言い出す気だ!?
「おいおい、お嬢様。ウチで世話になったクセに恩を仇で返す気か?」
ヤバい、美優さんが苛立ち始めてきたぞ。
「確かに今まで住んでいたアンソレイユはなくなります。でも思い出は場所だけではないでしょ?そこに拘って今より格段に住まいが良くなる条件を蹴るなど愚かな選択ですわ」
か、花音さん、ちょっと!
「お前は、人の心を失くしたんかよ!」
「兄は失くしましたが、心まで見失っておりません。けれども言葉が過ぎました。人の手に持てる物は限られております、心もまた同じく思います。過去を大切にしたいお気持ちはわかりますが、いつかは過去を手放さなければ塞がった手では新しい扉は開けません」
花音……。
「……新しい扉か……そうだね……うん、出ようか皆んな。花音の言葉わかる気がする。街の為になるならパパも大喜びだよ。そんで新築に住めるんだ、その間の仮住まいなんて一軒家だよ?写真見たでしょ、綺麗なおウチじゃん!」
「いいのかよ、一華!お前さっきは反対していただろうが」
そっか、一華は過去に囚われる辛さを知ってるもんな。一華……ありがとう。
ん?花音の様子が変だ。膝の上で握った手が震えているように見える……まさか。
「急ですみませんが、引越しについてもこちらの方で手伝わせて頂きますので、何卒ご了承下さい。詳しい話しは追ってまた連絡します」
急いで出ないと限界だな、これは。
急な立ち退きが応えたのか玄関への見送りは栞さんだけだった。そういえば栞さん、一言も話さなかったな。
「それではまた連絡します。今日はこれで帰ります」
「響ちゃん。ユリちゃん達への対応、協力したのにその見返りがこれ?利用したのね、私の事」
「そんな事ないですよ、栞さん。仕事となると色々割り切らなきゃいけないんです」
「変わったね、響ちゃん」
この先に描く未来を今は言えないのが辛いが今は花音が優先だ。
「それでは失礼します」
アンソレイユを出た俺は花音の手を握って歩いた。近くの公園に寄った、幸い誰もいなく人目を憚るには丁度いい。
俺は花音を抱きしめた。
「もういい、我慢しなくていい、良く頑張ったよ花音。すまなかった、俺が頼りないせいであんな心にもない事を言わせてしまった。だからあんな他人行儀な話し方してたんだよな、本心じゃないから」
不甲斐ない、ホントに。抱きしめた肩は小刻みに震え、花音は声を押し殺して泣いていた。
「いいの……恨まれてもいいの。だってやってる事は美優姉が言ってたように恩を仇で返すような事だもん……」
「うん、アンソレイユを残す事はどのみち出来ないから。辛い役割りをさせてしまってゴメン」
「謝らないで。アタシ達夫婦になるんでしょ?もっと頼ってよ」
花音がいてくれて良かった。
電話が鳴ってる。
「ゴメン、花音。翔子から電話だ」
「もしもし、どうした?何か掴んだか?」
〈マズったよ響介。お兄が捕まった!〉
「えっ!?なんで!?警察か!?」
〈桐島橙子の自宅のボディガードに!〉
琥太郎さんか!
「なんでまた?何をしたんだよ!」
〈前社長の時はハッキング出来たんだけど、ここ最近セキュリティが格段に強化されて侵入出来なくて困ってたら、お兄が桐島橙子の家に盗聴器を仕掛けに行って……〉
「何してんだよ!それなら俺に言えよ、そこに住んでるんだからさ。なら警察には突き出されなかったんだな」
まだマシだな。さて、どうやって先輩を助け出そうか。
「いいよ、俺がなんとかするから翔子も侵入出来るかもう少し頑張ってくれ」
あの人は不正しているはずなんだ。
〈響介、気を付けてよ。不法侵入だよ、警察に連絡してないのはおかしいよ。お兄が響介のこと話すとは思えない。響介の計画バレてない?〉
!?その可能性は否定できないか……。だとしたら、いつからバレてた?最近セキュリティが強化されたのはバレたからか?なら今帰るのは危険では……。
「どうしたの?響介」
「花音、実は……」
その時公園の横に黒塗りの高級車が止まった。降りてきたのは薄井さんだった。
「探しましたぞ、お嬢様、響介様」
「なんで……」
帰りは寄りたい所があるから迎えは断ったはず。
「どう致しましたか、響介様。顔色が優れませんぞ?何かお帰りになりたくない理由でもおありですかな」
……知っている。この人は少なくとも聡士と俺の関係を知っている。聡士が話すわけはない、ならどうやって知った?この人は何者なんだ……。
「なんの事でしょうか薄井さん。さあ、花音帰ろう」
平静を装い車に乗ったが気が気じゃなかった。バレていたとしたらどうなる?ハッキングしていた事もバレているのか?でも誰がやったかまでは分からないだろう。
「薄井、どこへ行くの?帰り道じゃないわね」
「たまには違う道も乙なものです」
すると薄井さんはある場所で車を停めた。その場所に俺は体が震えた、得体の知れない恐怖が襲ってくる。
「どうしたの薄井、こんな所に車を停めて。あら、ここって……」
言うな……言うな……花音。
「失礼致しましたお嬢様。教えただけです、我が桐島のセキュリティと力を見誤るなと」
!?俺はもしかしてとんでもない相手を敵に回してしまったのか?
「なんの事よ、早く帰って薄井。今日はもう疲れたの」
薄井さんは反対側に建つマンションを車の窓から見上げていた、そう、聡士達が住んでいるマンションを。
家に着くなり薄井さんに、アンソレイユの住人の立ち退きについて詳しく内容を決めたいから応接室に来るようにと言われた。
結局俺は何も策を見出せなかった。どうやってこの難局を打開しようか。
応接室に入り深いソファに腰を下ろした。最悪3人とも退学か。翔子の事も気付いているようだったからな。
今の段階ならまだ桐島に損失が出ているわけではない。子供のやった事と誤魔化す方向に話しを持っていくか。
コンコン。
「失礼します」
カートを引きながら薄井さんが入ってきた。
「どうぞ、東京の有名店のコーヒー豆を仕入れたのでお口合うと嬉しいのですが」
「薄井さん、立ち退きの件なんて嘘ですよね。時間が勿体ないので単刀直入にお願いします」
下手に出たら負けだ、強気で攻めろ。
「おやおや気が早い。まあいいでしょうお望みとあらば。先程ネズミを捕まえましてね、どうやら響介様のお知り合いだと言うことで監禁しております。警察に突き出す前にあのネズミを使って何を企んでいたのか、お聞かせ願えないでしょうか」
言葉使いはいつもと変わらず丁寧で静かだが、その眼の奥には2代に渡り桐島家当主を支えた強かさが伺える。
「ネズミの知り合いなんて僕にはいません。なんの事でしょうか?」
俺の知り合いだと何でわかった?
聡士が口を割るとは到底思えない、だとすれば婚約前に俺の素性を調べた時に、交友関係も調べていたと思うのが妥当だろ。
なら表面しか知らないはず、しらばっくれて逃げ道を探すか。
「藤岡聡士様はご友人では?本人はマブダチと申しておりましたが」
名前は俺の交友関係で事前に知ってたはず、だが、マブダチって聡士が言った言葉みたいだ。動揺するな、揺さ振りだ。
「友人ですが、そこまで深い関係ではないです。それで彼は何を?」
ゴメン、聡士。マブダチだかんな、必ず助けるから。
「そうですか、わかりました。それでは警察に連絡しましょう。妹の方も桐島のネットワークに侵入を試みるような残念な兄妹です。罪は償うものとお教えいたしましょう」
ふざけるな……自分らの事は棚に上げて何を言う
「あなた方の罪は償わないのですか?」
冷静に対処しなきゃならないのに怒りがそれを拒む。
もう小細工はしない、俺は感情に身を任せた。
薄井さんの顔付きが明らかに変わった。
「私達の罪?おかしな事を申されますな。具体的に何か仰って下さい」
花音の父親の悪事は調べたが公表されてしまったから使っても意味はない。桐島橙子についてはガードが硬過ぎてまだ何も掴んでいない、ならば……。
「あんなに信頼していた花音までも利用し、慶太郎さんの土地を手に入れた事だ!花音の為に家督を譲ったのも情からではなく、小鳥遊側に渡ったあの土地を手に入れる為の桐島橙子のシナリオだ!あの遺書も知っていたな?だから花音をアンソレイユに住まわせた、栞さんを揺さぶる為に!それを罪と呼ばずなんと言う!」
そう考えると全て辻褄が合う、俺と婚約させた事も。
「それでネズミを仕込みあの方の不正を暴き失脚させようとしたのですね、アナタは」
「そうだ、藤岡兄妹へ指示したのは俺だ!警察に出すなら俺を出せ!俺は諦めない、花音を、アンソレイユを、慶太郎さんを欺いたアイツを俺は決して許さない!!」
薄井さんはスマホを取り出してどこかへ電話を掛けた。ここまでか、せめて聡士達の罪を軽くさせなければ。こんな無能な俺の為に動いてくれた大切な仲間だから。花音ごめん、仕切り直しだ。必ず戻っくるからな。
「もしもし、お嬢様。終わりました、こちらへお越し下さいませ」
……お嬢様?警察や橙子さんではなくて……花音?
ガチャ。
「どう?アタシが言った通りだったでしょ!」
応接室に入ってきた花音はなぜかドヤ顔で腕組みをしていた。
「はい。始めは如何なものかと思いましたが、きっと様子見していたのでしょう。お嬢様の言われた通り真っ直ぐでお熱いお方ですな、何処となく慶太郎様に似ております。ただ、もう少し考えて行動してもらいたいものです」
何が起きているのか全く分からず混乱していた。
俺は試されたのか?何よりも、関わらない様、この件から遠ざけていた花音が絡んでいた事にショックを受けていた。
「響介、大丈夫?」
現実が飲み込めず呆けている俺の頭を撫でながら言う。
「だ、大丈夫なわけないだろ!なんなんだよこれは!?」
「申し訳ありません、響介様。我が秘め事を成せるお方か響介様の人となりが知りたかったのです。お嬢様には確認したのですが、桐島家を託せるお方か試したくなりました。お嬢様やアンソレイユの方々のみならず、慶太郎様の事も思って下さっていらしたとは感服致しました。この非礼どうかお許しください」
「聡士は!?聡士先輩はどこに!」
「響介様、ご案内いたします。どうぞこちらへ」
案内されたのは客間のお座敷。中から何か騒がしい声がするが大丈夫なのか。
薄井さんが引き戸を開け畳の和室で最初に飛び込んできたのは琥太郎さんと聡士が暴れているシーンだった。
「喰らえ!秘技、スコーピオンテイル!」
これは蠍の毒針を模した聡士の必殺の縦回転の回し蹴り!
「ふん、甘いわ!」
その回し蹴りを寸分で交わし琥太郎さんは強烈なローキックを聡士の足に喰らわせた。たまらず倒れる聡士……て、全然大丈夫じゃない!
「これ、琥太郎やめなさい。響介様をお連れしましまたぞ」
「おお、爺!どうだ、大丈夫だったろ?なんせ紗夜子から慶太郎のスカジャン受け継いだ男だからな」
え?なんでその話しを琥太郎さんは知っているんだ?
「おー!響介!琥太郎さんはな、なんと師匠の兄貴だってよ!」
「ええー!ま、まじか!紗夜子さんの!?」
「侵入見つかった時によ、回し蹴り喰らわしたら簡単に交わされてよ、その蹴り誰に教わった?って言うから師匠の名前出したらなんと、兄貴だって!そこから意気投合したんだよ!」
何やってんの?心配したんだからな……。
「響介様、あなた様のお考えはお嬢様からお聞きいたしました。しかしながらそれを成すには、些か力不足かと存じ上げます。僭越ながら私共なら力になれるかと」
状況が一変し時代を変える風が吹き始める。
「なぜ……あなたは2代に渡り桐島に尽くした人なのに……」
「橙子様はやり過ぎたのです。慶太郎様や一枝様を追い出したのはあの方なのです」
今、桐島橙子の陰謀が明らかになろうとしている。
次回、最終話です!!
最終話 陽の当たる場所 5/11 お昼に更新します!




