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今回は2話連続投稿です。
パイオン王の国葬の後、ヴァイス王子はラインバルド新国王として即位した。
そしてそれ程間を置かずに、ラインバルド国は隣国への侵攻を開始した。
開戦相手となった国は、ヴァイス王の母親である第一王妃の故郷だという話だった。21年前の第一王妃の死から両国の関係は徐々に悪化しており、パイオン王の死去に伴いその憤懣が一気に表面化した事が原因だと言われていた。
軍の指揮を執るのは王弟である黒の将軍アスワドであり、大陸一の軍事国家であるラインバルド国軍の優勢ぶりは当初予想されていた通りのものだった。
周辺国家は二国の動静を未だ静観してはいるものの、一触即発な緊張感を孕んだ空気が、大陸全土を席巻し始めていた。
***
じゃらり。
身動きをする度に重い金属の音が鳴る。
私の手首に滲む血を見留め、ヴァイス王は微かに悲しげな貌をした。
「痛みますか?姫………」
白の王は私の手を取り、傷に触れないように細心の注意を払って、鉄輪をずらした。鉄輪に連なる長い鎖が、冷たい金属音を立てる。
「可哀想に。赤くなっていますね」
柔らかな唇が私の手首に押し当てられ、彼の舌がそっと傷を這うのを感じた。
「このような事、愛する貴女にしたくはないのですが………また、窓から飛び降りようとされては困りますので」
躊躇いがちに手の甲に落とされるキス。
「………ロザヴィー。あんな浅慮な行為は二度としないと、約束して頂けませんか」
ラインバルド国が隣国に侵攻を開始すると聞いた時。
私は、北の塔の最上階に上り、停戦しないのならこの身を投げますと、ヴァイス王に宣言したのだ。
結局その要求は叶えられる事もなく、開戦は不可避で、私はあえなく拘束されてしまったけれど。
「――ああ、このままでは話せませんね」
ヴァイス王は、ふと思い出したように、私の口元の拘束具を外してくれた。呼吸が楽になる。私が舌を噛んで自死しないようにと付けられていたものだった。
「………ヴァイス、様………」
久しぶりに発した言葉は、どこかぎこちない。けれどそれでも、名を呼ばれた夫はひどく嬉しそうに微笑んだ。
「ロザヴィー………愛しています」
優しい抱擁。
そんな所は以前と変わらないのに。
「どうか誓ってください、ローズ。自ら死を選ぶことは二度と決してしないと」
ヴァイス王の琥珀の瞳の中に、不安定に揺らめく光が見える。
それは、怯え、と呼ばれるべきもの。
白の王、賢王ヴァイスにはまるで似つかわしくないもの。
あの日犯した私の過ちが引き起こした、紛れもない罪の証だった。
そう、今ならば分かる。自死を選ぶなど―――それを取引材料にするなど、絶対にやってはならない事だった。
追い詰められた私はそのことに気付く暇も無く愚行を犯してしまったのだけれど。
ヴァイス王の母君がどのように亡くなられたのかを聞いていたのに――。
………悔やんでも時は戻らない。
愚かな私の行為は、愛する人、ヴァイス王の心を決定的に壊してしまったのだ。
「ええ、ヴァイス様。誓って。二度と致しませんわ」
私は彼の望む言葉を口にする。
「本……当に………?」
「ええ、本当に」
夫の両手を握り、視線を合わせる。心の底から発する真実の言葉であると、信じてもらえるように。
「では、もう、私を置いては逝きませんね………?」
「はい、ヴァイス様。私はずっと貴方と共におります。貴方が完璧ではなくとも。貴方がどこまで堕ちようとも、永遠に」
ヴァイス王は、変わらぬ白皙の美貌で肯いた。
私の言葉で、少しでもこの人の心が癒されるのなら。
愛する白の王。
彼を救いたい。
そのためなら何でもする。
何でも出来る、と思った。
たとえ、私の心が血を流していようとも。
「ロザヴィー、これを。どうか、受け取って下さい」
ヴァイス王が差し出したのは、一輪の花。
懐かしい、過去の習慣だ。
私は泣き出しそうになりながら、鎖のついた腕で、その花を受け取った。王はほっとしたように微笑んだ。
「温室の花も、蕾が綻んできています。また二人で見に行きましょう、ロザヴィー」
他国に戦を仕掛けている最中の国の王とは思われない程の穏やかさで、彼はそう囁く。
「いつかこの北国も、貴女の故郷のように緑溢れる国となればよい。貴方が嫁いできてくれて良かったと、そう思える様に。温室の中だけでなく、自然に木々が茂り、花が咲く、そんな理想郷になるといいのですが」
彼の言葉は、夢だった。
そう。
本当に、そうなると良い。
たとえ今は、戦乱で荒れ果てているのだとしても。
「ヴァイス様、私もその夢を共に見ていきたいです。どうか私を、真実の貴女の妻にしてください」
「ロザヴィー………?」
ヴァイス王は、戸惑った顔で、私を見た。
私は声に力を込める。
二度と、間違いたくない。
二度と、この人を傷つけたくない。
私の気持ちが間違いなく愛する人に伝わる様に、精一杯の真実を言葉に乗せて、語り掛けた。
「―――貴方は、私がどれ程変わろうとも永遠に愛してくださるとおっしゃった。私も同じです、ヴァイス様。綺麗なままでいられなくとも良いのです。ご自分は完璧ではない、汚れているとおっしゃるのなら、貴方と同じ処まで私も共に堕ちます、ヴァイス様」
「ああ、ロザヴィー………私の薔薇」
ヴァイス王の甘い口付けが降ってくる。私も心から彼に応えた。
この人を愛している、と強く思った。
この人より大事なものなど、私自身であっても、存在しない。
この人の壊れた心を癒す為ならば、何も怖くはなかった。
白の王が侵略した土地に、私は種を蒔こう。
緑を増やそう。
私の<ちから>全てで、やれることをやっていこう。
それが、贖罪になるとは、思えないけれど――――――。
この話で白の章は終わりです。
ここまで読んでくださって有難うございました!
この後、共通エピローグがあります。それで完結になります。




