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白の王子ヴァイスを選んだ場合の話、になります。

 私は、ヴァイス王子の手を取った―――。



           ***



 結婚式が執り行われたのは、私が16歳になった、その年の初夏だった。

 北国ラインバルドの短い夏。

 私とヴァイス王子を乗せた、コーチと呼ばれる二頭立ての四輪馬車が、城下町を一周する。沿道は、歓喜の声をあげる民衆で埋め尽くされた。花嫁衣装に身を包んだ私はヴァイス王子と共に、笑みを絶やさずに観客に手を振り続けた。


 手綱を握るコーチマンの後ろで、私と並んで座るヴァイス王子。衣装は、二人とも白を基本として揃えていた。ヴァイス王子は金の縁飾りのついた白の軍服に金の大綬と勲章をび、私は胸元と裾部分に金糸で刺繍が入っている白のドレス。

 一年ぶりの再会ではあったが、相変わらず隙のない美貌、零れる様な笑顔。絶え間ない歓声に、第一王子ヴァイスの人気ぶりが窺えた。


 「一日千秋の想いでお待ちしておりました、ロザヴィー姫」

 視線は民衆に向けたまま、ヴァイス王子が小声で囁いてきた。


 「一年お会いしなかっただけで、姫はまた更に美しくなられた。………本当なら貴女を、他の男の視線に晒したくなどないのですが………今日ばかりは、致し方ないでしょうね」

 王子の掲げていない方の手が、私の手に重なってくる。

 お互いに顔は歩道の両脇に向けられた笑顔のままだというのに、私の全感覚は、私の指を繊細になぞる王子の手に集中させられていた。


 「ヴァイス様………」

 「ああ、今すぐ貴女を私の両腕で囲って、この一年間の想いを総て、受け止めて頂きたいです。可愛らしい、私の小鳥。早く二人きりになりたいですね?」


 美しくなられたのは、ヴァイス王子の方です。

 私は心の中でそう反論した。

 以前にはなかった凄絶な色気が加わってます!

 そして口撃に遠慮が無くなってます!

 馬車で隣に座っているだけで、甘い雰囲気に当てられそうです!

 気が遠くなりそう。お願いですから、そ、それ以上触らないでください!!


 「………赤くなってますね。ふふ、可愛い」

 悪戯っぽく囁くヴァイス王子の声に気付かないふりをして、私は群衆に手を振り続けた。


 式典が早く終わってほしいような、終わってしまったら更に甘い責め苦が待っているような、どちらにしろ長い一日になりそうだという確かな予感に囚われながら。



           ***



 「―――以上を持って、ラインバルド国第一王子ヴァイスと、アルハイム国第三王女ロザヴィーの婚姻を正式なものとする」

 祭司の朗々たる声が、神殿に響いた。

 厳粛な気持ちで祭壇を降りる。傍らにはヴァイス王子。私の運命の人。

 壇の下ではラインバルド国、アルハイム国の両王族が温かく迎えてくれた。


 大好きな私の家族。涙ぐむお母様と、その隣に寄り添って支えて差し上げているお父様。

 「綺麗よ、ロザヴィー。幸せになってね」

 「ヴァイス王子、どうか娘を頼みます」

 

 「貴女が来てくれて嬉しいわ。これから、どうぞ宜しくね」

 柔和に微笑むフェセク王妃は、幼いグリース王女と手を繋がれてる。

 「お姉様。仲良くして下さいね」

 純真な王女の笑顔が可愛らしい。

 パイオン王は両手を広げ、ヴァイス王子と私の肩を軽く叩いた。

 「喜ばしい事だ!これで私は可愛らしい娘を二人も持てた男となった!!」


 その輪から一人離れた処に立つのは、第二王子アスワドだ。

 ヴァイス王子と対になっている黒の軍服。黒髪黒目に黒衣を纏う王子は、まるで漆黒の闇から人型を切り出したかのようだった。

 固く結ばれたその口元には、私の事を仲間だと言ってくれた時の柔らかさは無い。初めて会った時の無表情に戻ってしまっている気がした。


 「アスワド………」

 ヴァイス王子が呼び掛ける。少しだけ遠慮がちに聞こえるのは、弟の心中を慮っている所為なのかもしれなかった。

 「ロザヴィー姫と私の婚姻を、祝福してくれるな?アスワド」

 微笑みながら差し出されたヴァイス王子の手を、アスワド王子は無言で握り締める。

 私は知らず止めていた息を、そっと吐き出した。


 良かった。

 これで家族になれる。

 <ちから>を持つ者同士、支えあっていけたらどんなにか心強いだろう。

 またあの無表情からやり直しだとしても、頑張ろう。

 

 そう考えていると、アスワド王子は私の方に向かって手を出した。応えようと差し出した私の掌は捕まえられて引き寄せられ、黒の王子との距離が縮まった。ヴェール越しに耳元に囁かれる。

 「俺達の絆は、婚姻くらいでは変わらないな?………義姉あね上?」

 「!はい………!!」


 『義姉上』と呼んでくれた……!


 ずっと心に圧し掛かっていた重しが取れた気分で、私は泣き出しそうだった。

 自分の選択が間違ってはいなかったと、漸く認めてもらえたかの様に思えた。

 涙目で笑顔を歪ませた私に気付き、ヴァイス王子がそっと私の肩に手を回してくれた。


 「貴女の涙は真珠のように美しいですが、私の心をざわめかせます。姫、どうか泣かないで下さい」

 「これは、喜びの涙ですわ。ヴァイス様」

 私はヴァイス王子を仰ぎ見た。目と目が合う。

 「貴女の喜びは、私の喜びです」

 白の王子は、慈愛に満ちた目で優しく微笑み、

 「誰よりも貴女を大切にします。………愛しています、ロザヴィー姫」

 真っ赤になった私の額に心の籠もった口付けをしてくれた。


 幸せ。

 私だけを見つめて私だけに甘い囁きをくれる美貌の王子、この人を私も愛している。

 これからきっと二人で幸せになろう。愛し愛されて共に生きる、幸福な夫婦になるんだ。

 私は心の中でそう誓った。私達の前には輝く未来があり、ヴァイス王子とならば手を携えて歩いて行ける、そう信じられる事が幸せだった。



 だから、気付かなかった。



 たくさんの人に囲まれて祝福を受ける私達から、静かに遠ざかっていくアスワド王子。その背中を見つめるヴァイス王子の瞳が、まるで似つかわしくない暗澹あんたんたる光を湛えていた事に。



 私は、気付かなかったのだ―――。 

  

 


 


 

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