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出血等の描写があります。苦手な方は、とばしてください。

 グリ王女をフェセク王妃の元へ送り届けると、ヴァイス王子は二人に部屋で待機するように伝えた。そして、近衛に二人を御守りするよう、指示を残す。

 ヴァイス王子が的確に采配を下す様子を眺めながら、息が上がり疲労で座り込む私。

 いけない。思っていたより体力が落ちている。

 

 「失礼を」

 いきなり、ヴァイス王子の端正な顔が、目の前にあった。

 「ヴァ、ヴァイス様?」

 王子の腕は、私を横抱きに抱き上げていた。

 「アスワドの目的は貴女です。置いていくわけには参りません」

 「………はい。足を引っ張ってしまって、申し訳ありません………」

 「いえ。羽のように軽いですよ。――役得ですし」

 動揺して赤面してしまう私を軽々と抱いたまま、ヴァイス王子は颯爽と歩いた。言葉も物腰もいつも通り優雅そのものだったけど、その横顔には悲壮なほどの決意が表れていた。


 私達は、王の居る部屋へ向かった。

 アスワド王子は王と直接話に来るはずだと、そう確信していたから。



           ***



 城内に騎馬のまま乗り入れたアスワド王子とその親衛隊である騎馬隊の面々は、背後の歩兵騎士団を中庭に待機させ、馬を乗り捨ててそのまま進んだ。

 パイオン王はそれを広間にて待ち受けた。

 そこは、初めてラインバルドを訪れた運命のあの日、二人の王子から私が婚約者を選ぶのだと王に宣言された場所だった。

 謀反。裏切り。クーデター。

 その様な言葉で語られる出来事があの時と同じ場所で起ころうとは、一体誰が予想し得ただろうか。

 城内の守りを固める兵士たちは、黒の王子一行に手を出す事一切ならじとの王の命を受け、廊下の両脇に別れて、本来仲間であるはずの者達の侵攻を固唾を飲んで見送った。



 王の座る玉座の前には、近衛兵が幾重にも並んで人の盾を作っていた。王の厳命通り此方からの攻撃はしないが、何かあればすぐさま反撃に転じようと隙のない構えをしている。

 アスワド王子達は広間に入り、近衛兵の人垣とその向こうにいる王とを見て、立ち止まった。

 対峙する近衛兵と騎馬隊。両者無言のまま緊張感が高まり、いまにも一戦交えるのでは、と思われた頃、

 「アスワド。これは、何の真似だ?」

 落ち着いた様子で、王が口火を切った。

 「………分かっているのか?これは、謀反だと捉えられても仕方の無い行為だぞ」


 「妻を返してもらおう!!」

 アスワド王子が声を張り上げる。

 痩せて、瞳が鋭くなっている。表情は険しく、思いつめた感じがした。


 「………こちらに」

 王に手招きされ、私は奥から進み出た。足がふらつき、隣に立つヴァイス王子に支えられて、辛うじて王の横まで辿り着いた。


 アスワド王子。

 私の、黒の王子。

 遠目でも逢えた嬉しさに涙が滲む。逢いたかった。

 誤解なの。

 そんな、辛い顔しないで。 

 こんな事、やめて欲しい。

 けれども私の身体は助けられて立っているだけで精一杯で、想いは言葉にならなかった。


 「ロザヴィー!!」

 私を見た瞬間、アスワド王子は愕然としたようだった。次いで、瞳に剣呑な色が浮かぶ。

 「そんなに憔悴して………っ貴様!」

 怒りを露わにして玉座に近寄ろうとする王子に、近衛は一斉に剣を抜いて構えた。


 「停まれ、アスワド」

 パイオン王は、倦んだ声音で言った。

 「………分からないのか?姫は自分の意志で私を手伝ってくれているのだよ」

 「違う!ロザヴィーの優しい心根に、貴様が付け込んだのだ!!これほどまで自分を削っているのに止めないとは!このままでは<ちから>の使い過ぎでロザヴィーが死んでしまう………!それでも構わないと言うのか!!」

 「大勢の我が国民を生かす為ならば、な」

 王は、鼻を鳴らした。

 「だが、それ程すぐには死なせまいよ。そう取り乱さずともじきに返してやるとも。今年限りではなく、来年も、再来年も、この先何年でも利用できる限り、姫には居てもらわなくては」


 「この、外道………!!」

 アスワド王子が、腰に佩いた剣の柄を握り締め、血を吐くような叫びを上げた。

 そして。


 何が起こったというのか。

 一瞬ののち、王の腹部から冷たく光る金属が生えていた。


 悲鳴が上がる。

 王に、アスワド王子の剣が突き刺さっていたのだった。


 「父上!」

 ヴァイス王子は慌てて玉座に駆け寄った。王は痛みに脂汗を流し、呻いている。支えを失った私は、ずるずるとその場に崩れ落ちた。必死に止血しようと試みるヴァイス王子。けれど溢れ出る鮮血と共に鉄錆の匂いが蔓延し、私は気が遠くなりそうだった。

 「王!」「アスワド様!?」

 動揺する近衛達。騎馬隊も驚きに言葉を失っている。


 「殺してやる………!俺からロザヴィーを奪う者は、許さない………!」

 爛々と輝く瞳。

 狂気に呑まれたアスワド王子は、近衛の垣根を一瞬で越えて、苦しむ王の背後に現れた。

 「アス……ワド………」

 「死ねばいい!」

 何処からともなく王子の手に新たな剣が出現する。

 止めを刺そうと二本目の剣を振りかざす黒の王子。私もヴァイス王子も息を飲んだ、その時。


 「やめて……っ!」

 小さな人影が滑り込んできたかと思うと、紅く染まった王に縋り付いた。

 「お父様!お父様!」

 「………どけ、グリース」

 泣き叫ぶ幼い王女に氷のように冷たい視線が与えられる。王女は恐怖に竦みながらも、抱き着いた手を離さない。蒼白な顔で王が愛娘の指を振りほどこうとするが、泣きながら王女は首を振り続けた。

 「………どかぬなら、このまま斬る!」

 アスワド王子の剣が再び振り上げられた。



 いけない。



 咄嗟に、身体が動いた。

 私は、アスワド王子の剣と玉座との間に、割り込んでいた。


 「ロザヴィー………!?」


 火が、付いたような痛み。

 斬られたのだと、数秒後に気付いた。

 絶望に叫ぶアスワド王子と、涙で一杯の目を見開くグリ王女、血溜まりの中で愕然とするパイオン王、私に駆け寄るヴァイス王子。時間が止まったかのように、皆の顔が一時いっときに見えた。そして、重く鈍い音。衝撃と更なる痛みがして、ああ、倒れたのかと思う。背中に広がる温かいこれは、私の血かと。


 「………俺は………ロザヴィー……………何故……」

 立ち尽くすアスワド王子。剣を握る腕は力無くだらりと下がっていた。信じられない、とその目が言っている。


 お願い。

 傷付かないで。

 わたしはただ、貴方を止めたかっただけ。

 ごめんなさい。

 あなたを傷つけたくはないのに。

 うまく出来なくて。


 痛みが私を支配し、溢れる涙で、伝えたい言葉は届かなかった。


 「姫!!」

 悲痛な顔でヴァイス王子が私を抱き上げた。

 「………触るな」

 地の底から響くような声。「ロザヴィーに触るな、ヴァイス」

 「アスワド、お前……っ!」

 「殺す。皆、邪魔だ」

 その声の虚ろな響きに、私は薄れていく意識を無理矢理呼び戻した。


 駄目だ。

 今、気を失っては。


 声を、出さなくては。


 「―――わ、たし………を」

 指に触れた衣服にしがみ付く。指を動かすのもやっとだ。

 「つれて………にげ、て………」

 相手の身体が強張るのが分かった。虫の息で、さらに懇願する。

 「おねがい…………ヴァ……スさ、ま」


 「―――それが貴女の望みなら」



 驚愕に凍りつくアスワド王子の目前で、ヴァイス王子は血塗れの私を抱え上げ、広間から逃走した。その場の誰もが動かなかった。ヴァイス王子が私を抱いたまま馬上の人となった頃、私はようやく気を失うことを自らに許した。



 遠く、王宮から、獣の咆哮が聞こえてきた。

 

 

 


 


 

 



 



 



 

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