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Re-play  作者: 蟲森晶
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回想(5) 守るために

 父さんは無垢がいつの間にか家にいることについて、何も言わなかった。言わなくても事情はある程度飲み込めたのだろう。それに、これ以上神隠しのことを話題にするのも避けたかったのかもしれない。

 そういうわけで、無垢は現在、僕の家で生活をしていた。いつまで経っても無垢の家族は迎えに来ないから、やっぱり無垢は捨てられたのだろう。

 どうして無垢は捨てられなければならなかったのか、その理由はさっぱり分からなかったけど。

 「これで、何人死んだのかな?」

 学校帰り、いつもの公園で僕と無垢は遊んでいた。神隠しに遭うのかもしれないという恐怖は、僕と無垢にとっては皆無だった。それくらい、神隠しに慣れてしまっていた。

 一種の油断なのかもしれないし、諦めなのかもしれない。

 二月に入り、既に一週間が経過していた月曜日。驚くことに、あと二ヶ月も過ごせば神隠しが始まってから一年が過ぎるのだ。一年とは長いようで、短いものだ。

 「えーっと、一ヶ月で六人が神隠しに遭って、それがもう十ヶ月は続いているから……六十人だよ」

 六十人。小学校なら二クラスより少し少ないくらいの人数が、この地域では既に死んでいるのだ。多すぎて僕や無垢にはピンと来ない人数だけど、ニュースでは大変な事件だと騒がれている。ついには霊媒師とかいう人も動いているらしい。名前は確か……青田何とかだっけ?

 「たくさん死んじゃったね。でも、わたしの知ってる人はくるみちゃんしか死んでないよ」

 無垢は交友関係が広くないから、たとえ六十人死んだところで、その九割九分九厘を知らなかった。それに唯一知っていた胡桃が死んでも、あまり悲しんだ様子を見せなかった。

 それが何を意味するのか、僕には分からない。

 「行くよ、無垢」

 僕と無垢は広い公園で、キャッチボールをしていた。遊具が鉄棒しかないとすぐに飽きる。人数が多ければおにごっことかかくれんぼができるのだけど、ふたりではつまらなかった。

 結局、ふたりでやって一番面白かったのがキャッチボールだった。グローブは妹が置いていった左利き用がひとつだけだったから、それを左利きの無垢が使うことにした。

 「ねえ、はなくん」

 「…………何?」

 「はなくんが神隠しを呼んだって言われてるけど、本当?」

 僕は少し黙ってから、答えた。

 「うそだよ。僕が神隠しを呼ぶわけないだろ」

 「そうだよね。みんな、てきとーなことばっかり言うんだもん」

 でも、それが原因で千穂はここを出てってしまったのだ。それだけじゃなく、僕は友達のほとんどを根も葉もない噂で失っていた。

 神隠しではなく、ただの噂で。ひとりぼっちにならないで済んでいるのは、無垢がいるからだった。

 「それに、本当にはなくんが神隠しを呼んだとしても、わたしは気にしないよ。わたしがひとりぼっちにならないのは、はなくんのお陰だもん」

 「……ありがとう」

 お互いに支えあって、何とか生きている。それが今の、僕たちだった。

 「…………あっ」

 僕の投げたボールはどうしたことか、明後日の方向へ飛んでいってしまった。転がった先は、森の中だった。

 「取りに行ってくる」

 僕は急いで森に入って、ボールを取りに向かう。たぶん家には、あのボールしか無いんだよな。もし無くしたら、これからが暇だ。

 地面から生えた草を掻き分けて、ボールを探す。草は縦横無尽に張り巡らされていて、どこにボールが転がっているか分からなかった。白いボールなんだから、すぐに見つかりそうなものなのに。

 「う、うわ!」

 草に足が引っかかったのか、バランスを崩して倒れる。地面は思ったより柔らかくて、怪我をするようなことはなかった。でも口の中に草や土が入り込んで苦かった。

 「…………あった」

 怪我の功名というやつか。倒れた先に、白いボールが落ちていた。思っていたより遠くに転がっていたらしい。僕はそれを拾い上げてから、今度は草に足を引っ掛けないように立ち上がった。

 「無垢、ボール見つけたよ」

 広い公園に、僕の声だけが反響した。無垢の声は聞こえない。

 「……無垢?」

 森を抜けて、元いた場所に戻る。しかし、無垢の姿が見えなかった。あちこちを見渡したけど、どこにもいない。

 「おい、無垢。どこに行ったんだ?」

 木の上か? 見上げた木は葉っぱが一枚もついてなくて、とても無垢を隠せそうになかった。

 「なあ、隠れてるんだろ?」

 胸が紙やすりで撫でられたみたいにざらついた。嫌な予感がする。

 無垢を探した。木の裏も、公園の外にある門も、全部調べた。

 でも、無垢はどこにもいない。消えてしまった。

 まるで四月の、中畑胡桃のように。忽然と、姿を消していた。



 その翌日、つまり火曜日になって、無垢が神隠しに遭ったのだと分かった。月曜日は無垢を除いて誰も、消えていなかった。だから、月曜日に神隠しに遭ったのは他でもない無垢だったのだ。

 探さないといけない。無垢を探して、死んでしまう前に助けないといけない。そうしないと、僕は本当にひとりぼっちになってしまうんだから。

 すぐに行動を開始した。まず、無垢の着ていた服を着て、女の子のふりをした。僕の髪は少し長くなっていたから、そこまで難しいことじゃない。

 普通に探しても見つかるはずが無い。だから、あえて僕も神隠しに遭おうと思った。あえて神隠しに遭って、無垢のいるところまで行こう。そこで何とか無垢と一緒に逃げ出そうと、そう考えていた。

 女の子のふりをしたら、いつもの公園にひたすら居続けた。胡桃と無垢はここで神隠しに遭ったのだから、この公園は神隠しに遭うにはぴったりな所だと思った。

 それに、どうやら神隠しが起きる瞬間を見た人は誰もいないらしい。つまり、誰かの目がある所では神隠しは起きないのだ。その点、この公園は誰の目も届かない。普段から誰も来ない所なのだ。ますます、神隠しにはぴったりな場所だった。

 僕は公園で、一日中待った。学校も休んで、朝は日の出る前から夜は日が沈んでも、ひたすら公園で待った。寒くて指が千切れそうになっても、無垢を助けるために堪えた。

 そして待ち続けて、土曜日になった。今日、神隠しに遭わなければ、無垢を助けることはできない。

朝早くから公園で、待った。体の震えは木曜日で止まらなくなって、指は金曜日には紫色になっていた。ずっと眠気が僕を襲って、いつ眠ってしまってもおかしくない状態だった。

 霜が降りて、そして溶けて柔らかくなった地面を見続けた。太陽は空高く昇っても、暖かくなることは無い。寒さは僕の体に纏わりついて、幽霊のように離れない。

 その時だった、僕の頭上に降り注いでいた日光を遮るようにして、誰かが僕の目の前に現れたのは。地面を見ていた僕には、黒いコートの端と運動靴しか見えなかった。

 その男は何かを振り上げるような動作をした。僕がその動作に気づいて顔を上げて確認すると、男が右手に小さな木槌のようなものを持っているのが見えた。

 「……え?」

 振り下ろされる木槌。突然、黒色が僕の視界を覆っていた。



 「はなくん! はなくん!」

 無垢の声が聞こえて、それがきっかけなのか僕の視界を覆っていた黒い物が取られていくようだった。意識が戻った。

 「……こ、ここは?」

 痛む頭を抱えながら起き上がってみると、両足が縛られているのに気がついた。両手は何故か、縛られていない。

 辺りを見渡すと、ここは何かの倉庫だと分かった。僕たち以外にも女の子が倒れている。かなり衰弱しているようで、あちこちに怪我の跡がある。ざっと数えて、四人。僕と無垢を含めれば六人で、数はちょうど足りる。

 今回の神隠しの、被害者だ。

 「大丈夫?」

 無垢は僕の顔を覗き込んで、心配そうに見ていた。それは、無垢が今までに見せた事の無い表情だった。胡桃の死体を見たときでさえ、こんな表情はしなかったのに。

 「ああ、大丈夫だよ」

 無垢も他の女の子たちと同様に、衰弱の色が伺える。最初に神隠しに遭った無垢だけど、衰弱具合は他の女の子たちより酷くなかった。それがひとつ、僕を安心させた。

 「はなくんの紐はね、わたしが口で解いたんだ」

 「……ありがとう」

 見ると無垢の口は、あちこち血がついている。きっと、かなり苦戦したんだろう。でもそのお陰で、僕の両手は自由になっていた。うまくやれば、今すぐにでも逃げ出せる。

 早速足の紐を外しそうとしたとき、重そうな扉が開いた。光が漏れて、倉庫内を僅かに照らした。

 慌てて両手を後ろに回して、縛られているふりをした。

 入ってきたのは男だった。黒いコートを着た、ぼくを木槌で殴ったのと同じ男だ。今は木槌ではなく、両手に何本もの包丁を持っている。

 何本もの包丁。その一本一本が光に照らされて輝く。その光に、僕は希望を見出せなかった。

殺される。

 今までに込み上げたことのない寒気が、体を覆いつくした。初めて直面する命の危機に、心臓を鷲づかみにされた。

 「……………………」

 扉を閉めて奥へ進む男は何も喋らない。ただ、フードの奥に隠れて顔が伺えないはずなのに、その男は笑っているように見えた。

 獰猛にでもなく。

 冷酷にでもなく。

 陽気に。

 それこそ、道化師のような陽気さを携えているようだった。それが証拠に、白い息がフードの奥から漏れ出し、肩は激しく上下に動いている。

 「はなくん…………」

 無垢は僕に寄り添って、不安を押し殺そうとした。それでも、無垢の体の震えは治まらない。無垢も命の危険に、心を凍らせていた。

 僕は無垢の耳に口を寄せて、男に聞こえないよう無垢に話しかけた。歯の根が合わずカチカチと音を立てる。

 「いいか。今から無垢の両手を縛っている紐を解く。そしたら、あいつに見つからないようにこっそりと足の紐を解いて、逃げるんだ」

 「……わかった」

 男はたくさんあった包丁を地面に置いて、一本だけ右手に握った。そして、扉から一番近いところにいた女の子を見る。女の子は目に涙を浮かべて、包丁と男を交互に見た。

 男は何も言わず、包丁を振り上げた。

 僕はそれを見ないようにして、無垢の両手を縛っている紐を解く。何日も放置していたせいか、結び目は少し緩くなっている。この男、案外雑な性格のようだ。

 肉を断つような、聞きたくも無い音が聞こえた。

 男の笑い声が聞えた気がした。

 女の子の叫び声も、聞えた気がした。

 思わず体が硬直する。それでも僕の頭は思っていたより優秀で、紐を解く行為を止めない。

 ついに、解けた。同時に男がこちらを見たので、僕は両手を後ろに回して、縛られているふりをした。

 男は包丁を投げ捨てて、新しい包丁を手にした。そして、別の女の子の元へと歩いていく。男は僕たちを見ていない。別の女の子に視線は向かっている。

 「い、いや。いやだ……。いやだよ…………!」

 女の子は声を上げて泣いた。男はそれを見て、笑ったようだった。どこまでも愉快に、喜劇を演じる俳優のように。

 その隙をついて、僕と無垢は足の紐を外す。両手はまだしも足の紐は一度解いたら、縛られているふりができない。

 解いたら、一気に逃げ出すしかない。

 一番の問題は、扉がどれくらい重いかだ。重ければ、僕と無垢では開くこともできない。

 「いやだああああああああああああ!」

 叫ぶ。その声につられて、男は笑う。壊滅的に狂った空間で、僕と無垢は逃げようとしている。どうしてこんな空間があるのかもわからない。

 とにかく考えるな。今は何としてでも、生き延びるんだ。

 すぐに無垢は紐を解いて、駆け出した。一瞬遅れたけど、僕も無垢に続いて飛び出した。男は女の子に夢中で僕たちの行動に気づいていない。

 無垢が取っ手を掴んで、扉を開こうとする。やっぱり重たいのか、少ししか開かない。僕も加わって、僅かな隙間に手を突っ込んでこじ開けた。引っかかっていた何かが外れたように、扉は大きな音を立てて開かれた。

 眩しい光が、僕たちを包み込んだ。朝なのか、それとも夕方なのか、それは分からなかった。

 振り返ると、男はやっと僕たちの行動に気づいたらしい。血塗れの包丁を持って、こちらへ顔を向けている。

 「走れ!」

 言うまでも無いことだけど、それでも叫んで、僕たちは走り出した。死なないために、走り出した。

でも――――。

 「あ、れっ?」

 突然、視線が低くなる。気がついたら僕は地面にヘッドスライディング……と言えば聞こえはいいけど、実際は転んでしまっていた。

 何日も公園で粘って、手の指同様に足も凍えてしまっていた。

 そんな足では、満足に走れるわけもない。

 痛みは感じなかった。それよりも、心に焦りを感じた。

 殺される。

 現に今、男は両手に一本ずつ新しい包丁を持って追ってきている。

 無垢は僕が転んだのを見て、引き返してしまった。

 「逃げろ!」

 僕のことはいいから、お前は逃げろ。しかし無垢は僕の言うことなどまるで聞かずに、引き返した。同時に、男は僕に向かって包丁を振り上げていた。

 そして振り下ろされる。その動作が当たり前であるかのように、男に躊躇いは無かった。

 死んだ。

 そう思った瞬間、無垢が見えた。

 視界が赤くなった。熱くて赤い液体が、無垢と僕と男を染め上げた。

 「…………あ」

 無垢は僕の隣に倒れていた。胸に包丁が刺さって、血を地面に沁み込ませていた。

 「…………ああ」

 顔はこちらに向けて、うつろな目で僕を見ている。口元は軽く歪ませて、笑っていた。

 「…………あああ」

 男を見る。初めて、太陽に照らされることで男の顔が見えた。そして男は、もう一本の包丁を振り上げていた。

 僕もすぐに死ぬのか。せめて、痛くないといいな。

 それが僕の、最後の思いだった。


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