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Re-play  作者: 蟲森晶
20/23

第四日目(2) 鍵

 「本当に大丈夫?」

 「う、うん。大丈夫だよ。ありがとう……」

 料理研究部の手伝いが終わった後、教室に残って上の空状態を継続中だった優さんを引っ張るような形で、僕は下校していた。もしあのまま僕が教室に帰ってなかったら、優さんは下校するという選択肢すら考えなかったかもしれない。

 それくらい、彼女は不安定になっていた。

 「道は、こっちで合ってるんだよな」

 確か優さんの帰る道は、津名さんと方向が同じだったはずだ。うろ覚えのルートを元に、優さんの指示も仰ぎながら家を目指す。

 「本当に大丈夫だよ恋華君。だから、もう……」

 「そういうわけには、いかないだろ」

 梗さんが失踪したことで、今回の神隠しが七不思議同好会を狙っているのは明白だった。いや、三人の失踪が偶然という線も捨てきれないが、それでも優さんをひとりで帰らせるのは危険だと思ったのだ。

 まず神隠しを抜きにしても、優さんをひとりで帰らせるのは危険だ。ひとりで歩かせたら、どこかで倒れるかもしれない。神隠しで誰が死のうと悲しまないが、逆を言えば神隠し以外で誰かが死ぬのは僕にとっても悲しいのだ。

 「でも、恋華君は帰るの遅くなるよ?」

 「僕は男だから神隠しに遭わないだろ。それに、今まで散々有加さんや津名さんを送ってるんだから、帰りが遅くなるのは気にならないよ」

 しかしどうやら、僕はそれだけの理由で優さんを助けようとしているわけじゃないようだ。

どうも、重なるんだよな。僕の頭の中では、さっきから無垢と優さんが重なっている。

 それを優さんに対する優しさと捉えるか、無垢に対する悔悟と捉えるかは人それぞれなんだろう。僕からすれば、これは優しさなんてプラスの感情じゃない。

 マイナス。自己の思いと相反するプラスは、悔悟から生まれた優しさは、ひたすらマイナスを突き進む。

 「優さんは、しばらく休んだ方が良い。少なくとも、今月の神隠しが終わるまでは」

 それが最善策だ。学校側の発表によると、梗さんも下校中に神隠しに遭ったらしい。つまり、神隠しをやり過ごすには学校に来なければいいのだ。家の中、家族の目が常にある所で大人しくしているのが一番安全だ。

 特に優さんは、かなり疲弊している。このまま疲れさせていたら、三人の死体が発見されたというニュースを聞いた瞬間、優さんは立ち直れないくらいのダメージを負うかもしれない。いくら三人が死ぬことが自明の理であっても、優さんへのショックは大きいはずだ。

 「……できないよ、そんな。それに、残ってるわたしたちで神隠しを封じないと、有加ちゃんも千穂ちゃんも会長も死んじゃうんだよ?」

 「それはそうだけど……。でも――」

 それ以前に、神隠しを封じるなど、何とかするなど不可能なのだ。たとえ優さんが登校しても、出来ない。

 だから休め。そう言えればどんなに楽か。

 ……言えない。神隠しに慣れているはずなのに、言えなかった。

 諦めろと、無駄な努力はするなと。真実であるはずの言葉が、僕の口からは出なかった。

 「――分かった。……僕が、何とかする」

 その代わり口をついて出たのは、気休め。意味の無い、空虚な言葉。無駄で無為な戯言だと、僕が一番知っていて嫌っているはずの言葉だった。

 「僕が神隠しを封じる。だから、優さんは休んでよ」

 何を言ってるんだ僕は。馬鹿か? それとも阿呆なのか? そんなことを言っても、何も出来やしない。

 不可能な約束。絶対に反故にする、時間稼ぎの口約束。

 無駄なのに、なんで言った?

 「有加さんも梗さんも千穂も、僕が助ける。だからその間、優さんは安全な所で休んでいてよ」

 「…………恋華君、できるの?」

 「できるかできないかは問題じゃないだろ?」

 違う。そんなわけがない。絶対にできない。どんなに強い意志を持っていたとしても、できない。それなのに、何で僕は、繰り返す?

 これはただ、六年前の、僕の失敗を繰り返しているだけだ。助けようとして、結局何も出来なかった。馬鹿なことの繰り返し。

 歴史は繰り返すというけど、何もこんな愚かしいことばかり繰り返さなくてもいいじゃないか。

 あるいは、繰り返す歴史は必ず失敗の歴史なのだろうか。いくら反省しても、人は変われずに繰り返すという、歴史が教えてくれた教訓なのか。

 「うん……ありがとう。信じるよ、恋華君のこと」

 「ああ、信じてくれ」

 優さんの家が目前に迫って、僕たちは別れの言葉を言い合って、別れた。優さんの背中は不安に怯えながらも、一筋の希望を見出したかのように、どこか安堵の色も窺えた。

 その希望の一筋が、蜘蛛の糸ようにか細いものだとも知らずに。

 「神隠しを何とかする、か。なるほど、恋華殿なら不可能ではないだろうな」

 「…………え?」

 不意に声をかけられた。馴染みのある声だけど、どこか強張っている。

 振り返ると、そこには津名さんがいた。いつも通り模造刀を左手に持って、そこに立っていた。

 模造刀を持ってるのがいつも通りってのも、随分可笑しな話だけど。

 「どうやらジブンの尾行には気づいていたようだな。ジブンがいなければ、とうの昔に優殿を攫っていたところだろう?」

 「な、何を言って……」

 どうも、津名さんの様子がおかしかった。明らかに、言葉に敵意が含まれている。しかも、その敵意はどうやら、僕に向けられているらしい。

 敵意を向けられるのは慣れている。六年前なんて、しょっちゅうだった。でも、津名さんに敵意を向けられる理由が分からない。

 「津名さん? 何か勘違いしてませんか?」

 勘違い程度なら、津名さんにはよくあることだ。特に問題視することではないだろう。ただし、ひとつ懸念があるとすれば…………。

 津名さんの左目に、眼帯が装着されていないということだろうか。つまり、勘違いであれなんであれ、彼女は本気ということだ。

 「勘違い? そんなことはない。ジブンはちゃんと、粗鳴白紙とかいう刑事から聞いたのだからな」

 「白紙さんから?」

 どうもあの人、津名さんに何かとんでもないことを吹き込んだらしい。しかし津名さんがここまで攻撃的になるようなことで、白紙さんが吹き込めることと言ったら……。

 津名さんは僕に食って掛かるように、一歩前へ出た。それに合わせて、僕は一歩後ろへ下がる。

 「恋華殿は、六年前の神隠しを知っていたらしいな。どうして今まで黙っていたのだ?」

 「ああ。そのことですか。それは言いそびれただけですよ。優さんには昨日、言ってます」

 違う。実際は六年前の神隠しについて、あのことが露見するのが怖かったからだ。

 六年前の神隠しを呼び寄せたのが僕だと噂されていたことを、知られたくなかったからだ。

 「刑事は言っていたぞ。六年前の神隠しを呼び寄せたのは、恋華殿だと。そして、神隠しを封じることの出来る重要な何かを知っているとも!」

 「……僕が、何かを知っている?」

 警固さんに続いて、白紙さんも何を言ってるんだ? あのふたりの意図がまるで見えてこない。

 僕が神隠しについて、それを終わらせることができるほど重要な何かを掴んでいるはずが無いじゃないか。

 僕が神隠しの生存者でも知っているというのだろうか。

 「僕は何も知りませんよ。知ってたら、四月の時点で神隠しを何とかしてました。それをしなかったってことは、つまり何も知らないってことですよ」

 そうだ。僕が何かを知っていたら、行動に出ないはずが無い。おかしいんだ、僕が何かを知っているということが。

 僕が神隠しを封じることが出来るというのが。

 津名さんは引かない。既に僕を敵視することに、何の疑いも覚えていないようだ。

 「だろうな。しかし恋華殿、ひとつ可能性を忘れているぞ。重要な情報を握っておきながら、神隠しを何とかしない恋華殿のような立場といえば、もうアレしか思いつかないはずだ」

 「……それは、まさか!」

 もう、津名さんの言いたいことは分かった。津名さんが白紙さんから何を聞き、どう解釈したのかも分かった。

 「いい加減に白状するんだ、天川恋華! 重要な情報を握りながら何もしない、恋華殿のひょうな立場の人間など、神隠しにおける『犯人』をおいて他にいないだろう! おあつらえ向きなことに、恋華殿は六年前の神隠しを呼び寄せたと言われているそうじゃないか!」

 「………………参ったな」

 津名さんの言い分も最もだ。そう考えてもおかしくない。でも、それは所詮勘違いの域を出ない。

 まず神隠しが人為的なものかどうかも曖昧なのに。警固さんや白紙さんは犯人がいると考えているけど、僕は人智を超えた現象だと思っている。

 「教えろ。他のみんなをどこにやった! まだ生きてるんだろうな!」

 「それは僕が教えてほしいくらいですよ。まったく、津名さんの勘違いキャラもこれ極まりですね」

 そもそも津名さんが勘違いキャラをウリにしているかどうかは知らないけど。

 「残念ながら僕は犯人じゃないですよ。だから、みんなの居場所も知らないんですよねー。もう今頃、死んでるんじゃないですか?」

 「ふざけるな!」

 直後、金と銀の煌きが僕に襲い掛かった。要するに、津名さんが抜刀して僕に遠慮容赦なく切りかかったのだ。

 いつのまに抜刀したかは知らないが、大した速度だ。不意なら避けられないだろう。

 「うおおおお!」

 僕は真横に飛びのくことでこれを回避した。不意なら避けられない。しかし最初から襲われるタイミングが分かっているなら比較的簡単に避けることができる。津名さんをあえて起こらせることで、攻撃のタイミングをこちらから操作させてもらった。

 穏便に済ませるという手は無い。このままだとどうせ乱闘沙汰だろうから。

 「でも、ここから先は考えて無いんだよな」

 あくまで最初の一撃をやり過ごすための作戦だ。僕のブレザーの内ポケットには優さんが持っていた改造エアガンが入れっぱなしだけど、これを女子に向けて発砲するのは気が引けた。直撃したら大怪我だろう、これ。

 「安心しろ、殺しはしない。九割殺してから、警察に突き出す」

 「あ、ほぼ殺される運びなんですね」

 やっぱり使おうかな、エアガン。死にたくないからな。

 次に動いたのも津名さんだった。頭上からの一閃。僕は地面に伏しているので咄嗟に動けない。転がることで体勢を立て直しながら立ち上がる。けっこう高額だったブレザーが汚れるのは忍びないけど、どうせこのままだとボコボコにされて血で汚れる。

 それにしてもあの模造刀、抜き身を見るのは初めてだけど本物みたいな輝きを放っている。いや、それだと本物の刀を見たことがあるみたいな言い草だけど、僕は本物の刀を見たことが無い。

 「ちなみにお伺いしますけど、その刀って模造刀ですよね?」

 「無論、今日のは本物だ」

 僕相手に本物を使うことが無論なのかよ。せめて少しは議論の余地を残しておいてほしかった。

 「もういい。死ね」

 再び、一瞬で津名さんは間合いを詰めた。今度は相手からの行動だったので、僕は横っ飛びに避けたところで間に合わないだろう。

 ならば前だ。前へ進め。

 「こうすれば、刀は振れませんよね」

 僕も一歩前へ進んで、津名さんとの距離を縮める。津名さんが計算していたよりも間合いが近くなったせいで、刀を振るだけのスペースが消滅したのだ。

 「素人の考えだ」

 津名さんは僕の考えなどお見通しだったのか、さらに間合いを詰めた。そして、一気に津名さんの顔が目の前まで迫ったと思ったら――。

 「ぐぇ!」

 鈍い音が頭一杯に反響した。体が浮遊感に包まれて、上下の区別がつかなくなる。視界が真っ黒に塗りつぶされて、直後、背中にトラックでもぶつかってきたかのような衝撃が走った。

 どうやら僕は、あの一瞬の内に津名さんから頭突きを受けて倒れたらしい。予測でしか判断ができないくらい、僕の意識は混濁していた。

 「刀を抜くまでも無かったらしい」

 痛みで目を開けられない中、津名さんの言葉が耳に届く。胸倉を掴まれて、再び体が浮遊感に襲われる。

 そして二度目の衝撃。今度は投げ飛ばされて、電柱にでも体をぶつけたらしい。ただでさえ受身なんて取れないんだから、手加減をしてほしかった。

 意識が、まさしく落ちていくような感覚に襲われる。暗さが下から徐々に迫ってくるような、あるいは自分が暗さに向かっていっているような感覚だ。このまま、気を失ってしまおうと思える心地よさすら含んでいる。

 その時、金属製の何かが遠くで落ちて、コンクリートに当たるような音がした。その音だけがやけに僕の耳に、はっきりと聞こえた。その音で、意識は現実に留まった。

 「…………あ」

 やっとの思いで目を開くと、少し離れた所に、ペンダントが落ちていた。無垢が生きていた最後の証であるペンダントが、転がっていた。

 カッターシャツ越しに確認をすると、僕の首にぶら下がっているのはただの鎖だった。アクセサリーの部分だけ、乱闘沙汰の間に千切れてしまったらしい。

 あれだけは、回収しないといけない。小さいアクセサリーだ。もし回収せずに気を失ったりしたら、どこかへ転がっていってしまうかもしれない。幸い、体はほとんど動かないものの右手を伸ばせば届きそうな距離だ。

 右手を伸ばす。しかし、その手は津名さんの突き出した刀の鞘に押しつぶされて、無垢の元へは届かなかった。

 津名さんは冷たい目で、僕が汚いゴミであるかのように睨んだ。

 「よほど大事な物らしいな」

 「……ええ、形見ってやつ……ですからねえ。神隠しで死んだ幼馴染の」

 「死んだ? 殺したの間違いじゃないのか?」

 まだ勘違いしてるのかよ。

 津名さんは気になったのか、アクセサリーを回収しようとする。その前に何とかしようと、僕は右手を動かそうと躍起になるが、鞘に押しつぶされてはどうしようもない。

 津名さんがアクセサリーを回収しようとした時、着信音らしい電子音が鳴り響いた。バイブレーションが作動したような音も聞えたから、たぶん携帯電話だ。

 誰の携帯電話かと思ったが、どうやら津名さんの携帯電話から流れているようだ。津名さんはアクセサリーに伸ばしていた手を引っ込めて、ブレザーの内ポケットから携帯電話を取り出した。

 携帯電話の画面を見た津名さんは、驚いていたようだった。目を見開いて、慌てて電話に出た。

 「どうした有加殿! 何故、電話を?」

 有加さん? 

 電話の相手は、有加さんなのか? 

 いったい何故? 有加さんは月曜日の時点で、神隠しに遭っているじゃないか。何故、電話ができるんだ?

 有加さんは神隠しに遭ったものの、現段階では生きているということか?

 「……そうか、そんな所にいたのか。分かった。行こう」

 神妙そうな顔つきで、津名さんは相槌を打つ。その目には先ほどまで僕が感じていた敵意や攻撃性が無くなり、安堵と希望の色に満ちていた。

 行くとはどういうことだろう。有加さんは電話で、何を話したのだろうか。津名さんの反応と「そんな所」という言葉からして、たぶん有加さんが言ったのは、自分の居場所にあたる情報だろう。神隠しに遭った者は自分の居場所を把握できるのか?

 会話はたった数分だった。津名さんは電話を切って、鞘を僕の右手から移動させた。やっと、僕の手はアクセサリーに届いた。

 アクセサリーを回収して胸ポケットに収めてから、津名さんに訊いた。

 「有加さんからの電話ですか? いったいどうして?」

 津名さんが僕を見る。僅かに、目には敵意らしいものが戻っている。

 「ジブンが訊きたい。だが、有加殿は確かに、恋華殿に連れ去られたと言っていたぞ。これでどうやら、恋華殿が神隠しの実行犯であることは間違い無さそうだな」

 「そうですか。それは良かったですね」

 僕が連れ去った? それはおかしい。僕が連れ去ることができないのは、他でもない津名さんが知っているはずだ。僕は月曜日、津名さんを家まで送っていたんだ。要するにアリバイがある――――。

 言葉と裏腹に、動揺が体を支配し始める。

 ――――でも有加さんは、間違いなく僕が連れ去ったと言ったようだ。その齟齬が頭に引っかかる。まさか今回の神隠し、犯人は僕のドッペルゲンガーだとでも言うのだろうか。

 馬鹿馬鹿しい。神隠しを封じようとするのより馬鹿馬鹿しい。

 「これで恋華殿を拘束する理由も無くなった。有加殿たちを救い出せば、自ずと犯人は恋華殿だと判明するのだからな」

 「もう同好会のメンバーで勝手にやってくださいよ。僕は犯人なんかじゃないですから」

 「ならばお言葉に甘えて、勝手にさせてもらおう」

 津名さんはそう言い残して、去っていく。夕日が津名さんを照らして、金髪が綺麗に輝いていた。バトル漫画なら、最高にカッコイイ締め方だろう。『これからも戦いは続く!』みたいな。

つまり打ち切りなんだけどね。

 でもそれでいい。どうせ僕の一生なんて、打ち切り漫画みたいに綺麗過ぎる終わり方をするんだろう。汚く地面を這いずり回って幸せを求めることは、僕にはできない。

 六年前から、諦めている。

 そうだ。ひとつ、思いついた。

 どうだろう。どうせなら、ここで人生の幕引きをしてもいいだろう。神隠しの恐怖に耐え切れず、男子高校生自殺。お昼のワイドショーにはぴったりだ。神隠しの恐怖を無意味に増幅させているのもいい演出だ。

 『死んじゃうの?』

 体を起こすと、無垢が立っていた。こちらを、悲しそうに見ていた。

 その悲しみは、誰から誰に与えられるのか。

 「かもね。むしろ今まで、よく生きた方さ。普通の人なら、まず堪えられないだろ?」

 左手の指を一本ずつ折って、数える。今まで、僕の人生を彩ってきた不幸の数々を、意味も無く数えた。

 意味が無い。僕の過去を思い出す行為は、意味が無い。

 「まず、胡桃が死んだ。そして千穂がいなくなって、妹とまで生き別れた。そして極めつけは、お前だよ。これだけ失って、よく今まで生きてこれたもんだ。誰よりもまず僕が感心する」

 そしてここで、三人死ぬ。青田有加、井深千穂、早峰梗が。たぶん、星花優と空鍵津名も死ぬだろう。

 今月死ななくても、神隠しは二月まで続くんだ。いつか死ぬ。

 「もう僕は、頑張りたくないんだよ。どうせ神隠しなんて超常現象、止められるはずがないんだから。止められるって言うのなら、六年前、お前が神隠しに遭った時点で止められていたさ」

 でも無理だった。神隠しは止まらずに、無垢は死んだ。

 『わたしは、もうちょっと頑張ってほしいな。はなくんなら、絶対に神隠しを止められるんだから』

 「無理無理、絶対無理だって。……よし、死ぬか」

 死んで、もう無垢たちの所へ行ってしまおう。これ以上、神隠しに関わるのは御免だ。

 僕は立ち上がろうとして、倒れた。視界がぐるぐる回って、両足で体を支えることができなかった。どうやら、津名さんから受けたダメージは想像以上に深刻なものだったようだ。津名さんに拘束されるまでもなく、動けなかった。

 まあ、それでもいいか。どうせ死ぬつもりだったし、動けないのは好都合だ。

 『ねえ、はなくんは、本当に忘れちゃったの?』

 「何を?」

 『あの時のことだよ。二月の、わたしが死んだ時のこと』

 「さあ、どうだか。僕は、忘れてないと――」

 言いかけて、途中で止めた。言いよどんだのではなく、外的な要因で言葉を中断させられたのだった。

 その要因というのは、振動だった。ブレザーのポケットを探ると、携帯電話が出てきた。こいつがメールを受信して、バイブレーションを起動させていたらしい。まったく、今から死のうという時にメールとは。いつでもどこでも繋がっているというのは、不便なものだ。

 メールが誰から送られたものかは確認しなかった。見る気も無い。しかし夕日に照らされて、携帯電話についていたストラップが光る。自己主張をするように。

 さいごのかぎが。……なんかストラップがさいごのかぎってだけで、すごくシリアスな場面が台無しになった気がした。

 「鍵か……」

 今回の神隠しは、優さんが僕を七不思議同好会に誘わなければ、深く関わることもなかったな。そして僕があの時、教室の扉に鍵が掛かっていて立ち往生しなければ、優さんに誘われることも無かっただろう。

 「………………待てよ」

 何か、頭の中に引っかかった。僕は何か、大変なことを見逃しているのか?

 最初に思い出したのは、「神隠しに遭った者は死体となって現れるまで、どこにいるのだろうな」という、津名さんの言葉だった。

 あれは確か、火曜日だ。火曜日にスーパーで会った津名さんが言った台詞だ。

 どこにいるのか。神隠しに遭ったものは、日曜日まで暫定的にどこにいるのか。

 次に思い出したのは、四月の神隠し。失踪した六人の女子生徒は、日曜日に死体となって花園高校の運動場に捨てられていた。

 無残で猟奇的なまでに、捨てられていた。

 そして考える。果して、死んだ六人は日曜日まで、どこにいたのか。あるいは、どこに置いておくのが、神隠しにとって最も都合が良いのか。

 さらに駄目押しは今回の神隠し。現在失踪してる三人に共通する特徴。女子なのは当たり前だ、神隠しなんだから。同じ同好会というのは早計。まだ半分の三人しか失踪していない。

 それ以外で、決定的な共通点は――。

 ――全員が、下校中に神隠しに遭っているということだ。それが証拠に、彼女たちは通学路に鞄などを落している。

 落した? いや、違うな。落したんじゃない。意図的に、落されたんだ。

 誰が? それはもう、明らかなんだ。

 「……犯人がいるんだ、この神隠しにも、六年前にも」

 畜生。僕は心底、自分の詰めの甘さを悔いた。これだけ明らかな証拠が散在していても、僕は指を銜えて見ているしかないと思っていたんだ。

 神隠しなんて、超常現象だと思っていた。人智を超えていると思っていた。

 自棄になって、死ぬしかないと、思っていたんだ。

 犯人は分からない。考えもまとまらない。でも、動くしかない。

 もう一度だけ、やってみようと思った。

 神隠しを、止めよう。

 できるかもしれないから。

 「やればいいんだろやれば! どうせ死ぬんなら、最後くらい向き合っても損じゃないもんなあ!」

 僕は走り出していた。繰り返さないために。


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