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Re-play  作者: 蟲森晶
19/23

第四日目(1) 発破

 早峰梗が失踪した。

 そんな連絡を恵野宮先生から受けたものの、正直反応に困った。何せ僕はもう、神隠しを封じることは諦めているのだから。たとえこれが同好会で三人目の失踪者だとしても、驚かない。

 しかしどうも、学校側は大騒ぎらしい。生徒たちも、次第にこの事件を深刻なものとして捉え始めていた。四月に続いて翌月に同様の事件が起こっては、今まで偶然で済ませていた楽観主義な生徒も焦りをみせる。互いに情報を交換して、何とか自分の身だけは守ろうと躍起になっている様子だった。

 教師たちも対策を講じようとしているらしいが、どうも理事会が反発しているらしい。事件の渦中にいない理事会の人たちからすれば、四月の事件との繋がりが明確でない以上、下手に対策を講じてマスコミに騒がれたらおしまいだ。

 私立学校というのは、何を置いてもまず面目が大事なのだ。人が相次いで死ぬ学校なんてレッテルを貼られたら、来年の入学者に響く。

 梗さんが失踪したということで、ついに同好会は僕を除いてふたり、津名さんと優さんだけになってしまった。思えば今月の神隠しは七不思議同好会だけを狙う。何か、大きな意志でも働いているのだろうか。

 そして梗さんが失踪したために、ついに優さんは精神的に参ってしまったらしい。気づかなかったけど、どうやら昨日の時点で既に無理をしていたようだ。欠席はしていないものの、常に上の空という状態だった。話しかけても反応がない。

 仕方ないので、学級長としての優さんの仕事は僕が代わりにやっている。補欠の副学級長、ついに仕事が来た。

 それこそ優さんが休むか放心状態にならない限り、僕に仕事は無いと思っていたのに。

 「そういうわけでして、こっちは大変なんですよ」

 「あらあら、天川くんは優しいんですね」

 最終的には僕すら、宮崎先生に愚痴を零す始末だった。僕が宮崎先生にである。これは本当に、心労が溜まってきているのかもしれない。

 調理実習室で料理研究部の手伝いとしてジャガイモの皮むきをしながら、僕は神隠しについて宮崎先生に伝える。

 右手に持ったジャガイモを動かして、左手に持った包丁は動かさずに、でこぼこなジャガイモの皮をむく。

 「優しいも何も、副学級長の仕事ですから。それに、僕としては神隠しを封じるなんて無理だと思うんですよ」

 「諦めてはいけませんよ。諦めていたら、何も解決しないじゃないですか」

 宮崎先生に窘められた。しかし、無理なものは無理だ。

 「梗さんがいたら、手伝うくらいはしたんですけどね。その梗さんがいないんじゃ話になりませんよ」

 「でも、このまま放っておいたら、そのうち星花さんまで失踪してしまうでしょう?」

 「え、ええ。それが何か?」

 突然、宮崎先生は大声で叫び出した。それに反応して料理研究部員が一斉にこっちを見る。ちょっと宮崎先生、うるさいです。

 「いけませんよ天川くん! 好きな女の子ひとり守れないで何が男の子ですか!」

 「…………はあ?」

 思わず皮を剥いていたジャガイモを取り落とした。どうしてそうなるんだよ! 津名さんにも勘違いされてたけどさ!

 「どうして僕が、優さんのことが好きだと勘違いするんですか?」

 「そりゃあ、私は何十年と生徒を見てますからね。分かりますよ、そんなことくらい」

 「さいですか」

 女の勘とかいうやつか。そういえばかのシャーロック・ホームズですら、女の勘は信じていたな。それくらい、よく当たるものなのだろうか。

 少なくとも僕が優さんのことが好きだっていうのは、思いっきり外してるけど。

 「好きだろうと好きじゃなかろうと、諦めていなかろうが諦めていようが、神隠しを封じることは出来ませんよ。残念ながら、僕は善良な一市民ですから」

 「ほう、善良な一市民ならどうして俺がここにいるのかな?」

 「うおお!」

 またしてもジャガイモを取り落とした。いつの間にか僕の目の前に、警固さんがいたのだ。まったく気づかなかった。

 「い、嫌だなあ。僕はキングオブ善良ですよ。僕以上に善良な市民なんて、たぶんメロスくらいなものですよ」

 「だったらメロス以上に善良な市民になることだ。さっさと走らねえと、セリヌン何とかが処刑されるぞ」

 「せめて名前は最後まで言ってあげましょうよ……」

 不憫すぎるぞ、セリヌン何とか。そこまで長い名前じゃないと思うけど……と思いつつ、僕も全然思い出せてなかった。なんていう名前だっけ、セリヌン何とか。

 「で、どうして警固さんがここに? 僕に何か用ですか? そういえば、白紙さんの姿は見当たらないようですね」

 最初は昨日と同様に、警固さんの後ろにいると思ったのだ。しかしどうも、今日は警固さんひとりらしい。

 「ああ。今日は、刑事として用事があるんじゃねえんだ。俺個人として、お前に用があって来たんだよ」

 ネクタイを緩めながら、警固さんが言った。そろそろ制服も衣替えの季節になってきた時分だ、スーツは暑いだろう。

 「はあ……」

 しかし言っている意味がいまいち分からない。どうして警固さんが、僕に個人的な用があると言うのだ。

 「何かありましたっけ? 僕、劣悪債務者になった覚えがないんですけど……」

 「安心しろ。地下帝国に連れてったりしねえから」

 やっぱり読んでるなこの人、逆転無頼を。……じゃなくて、早く本題入れよ。

 「実を言うと、俺はお前の叔母さんの、知り合いだ」

 「……叔母さんの?」

 それは驚いた。叔母さんは警察に知り合いの多い人だと知っていたけど、まさか警固さんまで知り合いだったとは。

 「となると、生存者情報の確かな筋っていうのは……」

 「ああ。お前の叔母さんだ」

 いったいどういうことだ? 叔母さんが、僕の知らなかった生存者の情報を握っていたというのは、何故だ? それに僕に教えないで、わざわざ警固さんを通じてそれを伝えたのも、納得できる理由が見当たらない。

 「もう時間がねえ。ギリギリの切羽詰った状態だ。お前の叔母さんからは直接的なことを言うなと口止めされてるが、あえて俺は言わせてもらおう」

 警固さんは身を乗り出して、僕を指差した。それだけ近づかれると、刑事だと知っていても怖い。

 「今回の神隠し。それに、六年前の神隠し。そのふたつを、お前は解決できるはずだ! いや、解決できるのはお前しかいねえ! 何とかしろ、いいな!」

 それだけ言って、さっさと警固さんは調理実習室から出ていった。嵐のような素早さで、誰も何も言えなかった。

 「……なんだったんだ?」

 意味が分からないという言葉は、こういう時に使う言葉なんだろうなと思いたくなるくらい、意味が分からなかった。精々分かったのは、叔母さんと警固さんが繋がっていることくらいか。

 僕が解決できる? 今回の神隠しばかりか、六年前の神隠しも? 

 馬鹿馬鹿しい。解決できるなら、とっくの昔にやっている。そうして昔の約束通り、無垢を守っていたはずだ。


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