第三日目(2) 新情報
僕は善良な一市民なので、これまで警察署なんて所を訪れた記憶が無い。正確には、無垢が言うように『忘れたふり』なだけで、実は六年前に警察署に訪れていた可能性は否定できないものの。
僕が警固さんと白紙さんに通されたのは、六畳ほどの広さの部屋だった。窓はひとつもなく、そのためか余計に狭く感じた。置いてあるのは事務用の机と椅子が二脚だけ。しかも座ってから確認したところ、事務用の机は金具で床に固定されている。
どうやらここは僕のような一般市民だけではなく、それこそ容疑者に分類されるような人の取り調べも行う場所のようだ。机を固定することで、万が一取調べ中の人が暴れても机を武器にされないようにしてある。
僕は部屋の奥、つまり出入り口の扉から遠い方の椅子に座るよう促された。抵抗する理由も無いので座るが、出口が遠いというのは嫌な圧迫感を生み出した。
白紙さんは僕と机を挟んで向かい合うように座った。手前に置いてあったのはパイプ椅子ではなくキャスター付きの椅子だったと思うけど、ひとつおかしな点に気づく。
「もしかして白紙さんの座ってる椅子って、少し高くなってませんか?」
「ええ、少し高くなってますよ」
やっぱりだった。白紙さんの身長は、僕と同じか僅かに低いくらいだったのに、お互いに座ってみると白紙さんの方は頭の位置が少し高かったのだ。
「容疑者の取調べを行う際に、相手に威圧感を与えるためですよ。こういう細かい配慮が、迅速な犯人逮捕に繋がっているんです」
「それはご苦労なことで。そんな細かい配慮をするくらいなら、白紙さんではなく警固さんが座ったらどうですか?」
「彼は取調べが苦手ですから」
あ、うん。あの顔で迫られたら脅迫されているのと大して変わらないか……。
「それでは早速本題に入りましょうか天川くん。君を長いこと拘束してしまうと、学校側に文句をつけられてしまいます」
「どうぞどうぞ」
個人的には長引いてくれた方が、学校に行かなくていいから楽なんだけど。できれば今日は休みたいくらいだ。
「でも僕が話せることなんてほとんどありませんよ。有加さんにしても千穂……さんにしても、僕はそこまで面識があるわけじゃないですし」
危うく千穂を呼び捨てにしかけた。白紙さんは僕の様子を見て、笑っていた。
「変な気は使わなくて結構ですよ。あなたが井深さんの幼馴染であることも、六年前に同様の事件があったことも警察は把握してますから。井深さんのご両親と、それから恵野宮先生が仰ってました」
「……そうですか」
それなら変な気遣いはいいな。しかしそうなると、僕の立場も危ぶまれる。
「考えてみれば、ひとりの高校生を事情聴取するのに、こんな場所に連れてくること自体おかしいですね。普通なら学校で適当に呼び寄せて済ませる事でしょう?」
「ええ。六年前に同様の事件を経験している天川くんのことですから、学校で聴取をしても適当にはぐらかす危険がありました」
「それともうひとつ、千穂の両親からあることを聞いていたから、ですよね?」
白紙さんは笑みを崩さない。僕の言うことなど、聞くまでもなく予想できると言わんばかりだ。
「井深さんのご両親は、あなたが犯人なのではないかと非常に疑っていました。その確認もありまして、今回は天川くんに学校ではなく警察署で聴取をしようとなったのです。天川くんもクラスメイト、あるいは同好会のみなさんに六年前のことを、聞かれたくないでしょう?」
「まあ……そりゃそうですけど」
しかし時間の問題かもしれない。梗さんのように好奇心のある生徒なら比較的容易に、今回の事件と六年前の神隠しを繋げることはできる。時間が経てば経つほど、発生件数が増えれば増えるほど、事件の共通点に気づく人間は多くなるはずなんだから。
少女ばかりが失踪し、死亡する神隠し。六年前は全国的なニュースになっていた。今回の事件も同様のものだと分かれば、みんな思い出す。
そうなれば誰かが、六年前の神隠しを引き寄せたのは僕だと言われていることに気がつく。
白紙さんは本題に入るべく、横線の入った紙を取り出してメモの準備をした。
「では質問です。天川くんは井深さんのご両親が仰っていたように、六年前の神隠しを呼び寄せたのですか?」
「違います。でも、僕がそう言われていたのは事実です。たぶん、一番最初に神隠しで消えたのが、僕の幼馴染である中畑胡桃だったからじゃないですか?」
僕が思いつく理由はそれしかない。殺人の第一発見者が一番怪しいのと同じ考え方で。そうなると無垢も千穂も怪しいはずだけど、そこはあまり考えられてなかったみたいだな。
「これってまさか、僕が犯人だと思われてます? というか神隠しに犯人がいると、警察は判断してます?」
「そうですね。あなたが犯人かどうかはさておき、我々は神隠しに犯人がいると思っています。不可解な事件を全て超常現象や祟りのせいにしていたら、我々の仕事がなくなります」
「ご苦労なことですね」
六年前も警察は動いたんだろうけど、何もできなかった。最終的には霊媒師が出てきたくらいだし。案外神隠しが二月で終わったのって、霊媒師が出てきたからじゃないか?
「それでは第二の質問ですが、六年前の神隠しにはひとりだけ生存者がいたのはご存知ですか?」
「……知ってますよ。でもそれがどうしたんですか? 聞いた話では、生存者は神隠しに遭った時の記憶を失っているとか」
白紙さんはくすくす笑って、僕の胸元からぶら下がっているペンダントを見た、気がした。カッターシャツの下にあるので、白紙さんには見えていないはずなのだ。
「それがなんと、その生存者は花園高校にいるそうですよ」
「えっ!」
さすがに驚いた。そんな近くにいるとは、まったく考えたことが無かったのだ。
白紙さんはさらに、僕を驚かせる事実を言った。
「しかも驚愕なことに、その生存者は七不思議同好会の中にいるとか。びっくりですね」
「…………」
声も出なかった。だが、そうなると誰が生存者なんだ? 少なくとも僕の記憶では、千穂以外の同好会メンバーとは面識が無い。
「既に神隠しで失踪している有加さんと千穂も、生存者だった可能性はありますよねえ」
どちらにせよ神隠しを封じるのに役立つ可能性は低い。ただ、そういった事情を抜きにしても、誰が生存者なのかは気になった。
星花優、井深千穂、青田有加、空鍵津名、早峰梗。この五人の中で、誰が生存者なんだ?
「ちなみにその情報、どこから仕入れたんですか?」
「轟が仕入れたんですよ。確かな筋からの情報なので、まず間違いありません」
「名前は分からないんですか?」
名前が分かれば苦労しないと言いたいのはお互い様だろうと思いつつ、駄目元で聞いてみた。
「名前については駄目なんですよ。被害者保護のため、お教えできません」
「保護ですか」
その結果が神隠しの再開だと思うと、何とも皮肉めいている。
噂話から生存者の名前を割り出す手もあるが、当事者の名前というのは噂話でも特に欠落しやすい細かな情報だ。しかも名前に惑わされる形で、当事者の性別まで変わることは多々ある。さすがに名前を知ることは難しいか。でも、生存者の候補を五人までに絞れたのはかなりの成果だ。
「ところで今回の一件と六年前の神隠し、共に関係があるのは天川くんと恵野宮先生、それから井深さんだけだそうです。ああ、後は生存者さんくらいですか。ともかく、それだけしか関係者がいないんですよ」
「……それがどうかしたんですか?」
白紙さんの言いたいことが分からなかった。ただ、何か僕に向けて訴えているように聞こえた。
「少し不思議だと思いませんか? 六年前の神隠しと同じ場所で起きたのならまだしも、関係者が大していないこの場所で起きたことが」
「それは……」
言われてみて、初めて考えた。神隠しを超常現象や祟りのひとつと位置づけるなら、当然起きる場所は六年前と同じ場所だろう。しかし今回の神隠しは、分かっている通り花園高校でのみ起きている。
「無論、神隠しの原因が土着的なものでない可能性もあります。ですがもうひとつ、今回の神隠しには不思議な点があるんですよ」
「もしかして……神隠しに遭ったのが全員、同じ同好会のメンバーだってことですか?」
確かに不思議ではあるけど……。でもまだ失踪したのはふたりだ。これだけなら、ただの偶然で済む話じゃないか。
「いえ、もっと不思議な点ですよ。それについては、まだ調査中なので言えませんが。ともかく、男子である天川くんは神隠しに遭う危険がありませんが、他の同好会のみなさんには充分注意してあげてくださいね。同好会のみなさんは、天川くんと違って神隠しに慣れていないかもしれません」
「それはごもっともですけど、生憎僕は誰かに気を使えるほど器用ではないんですよ」
それに誰かに気を使おうと思うほど、僕は優しくない。




