第三日目(3) 追い込まれる
結局その後も事情聴取は続き、解放されて寮に戻れたのはお昼くらいの時間だった。四時間目が行われているだろう時間だったので、自分の部屋で先に昼食を取ることにした。学校に行くのは、昼休みが始まるくらいの時間でいい。
それに学校に行ったからといって、授業に出る気もさらさらなかった。だから実際、休んでしまおうかとも考えていた。しかしそれよりも気になることがあって、確認をするために学校へ行く運びとなった。
昼食を終え、学校へ。目指すは教室ではなく、七不思議同好会の会室だった。
「今回は襲われないといいな」
とか、そんなことを思いながら階段を登ると、あっという間に着いた。ポップなプレートに『七不思議同好会』と書かれているが、今の同好会の状況とは真逆の軽い雰囲気に、肩透かしをくらってしまうようだった。
「しつれいしまーす」
津名さんに襲われたら諦めようと思いつつ、扉を開いた。すると、軽い爆発音と共に僕の右頬の横を何かが通り抜けた。
「え……」
頬に右手で触れると、血がついていた。どうやら何かが掠めたみたいだけど、もう少し左側を通っていたら僕の頬肉がごっそり削られていた。
「あ、恋華君!」
正面を見ると、優さんがいた。しかし優さん、両手に以前津名さんが持っていたリボルバーを持っているけど、これはいったいどうしたのかな?
優さんはリボルバーを下ろしながら、慌てて言う。
「ごめん! てっきりオカルト研究部の人たちだと思って!」
「せめて目視で確認しようね」
その銃なら、部屋の扉が開かれて人の姿が見えた後に撃っても、充分先制攻撃できるはずだから。そんな人が入るのとほぼ同時に撃たないように。
あと今気づいたけど、襲われるならやっぱり玄人の津名さんの方がいいな。素人の優さんの方がむしろ危険だ。加減が効かない。
「とりあえず危険だから、これは没収」
優さんの手からリボルバーを取り上げて、ブレザーの内ポケットに収めた。どうやらこの銃、改造エアガンのようで、プラスチック弾の代わりに鉄片を撃ち出せるらしい。小動物くらいなら殺傷できる程度の威力はあるだろう。こんな危険なものを津名さんは、以前に梗さんに向かって発砲してたのか。末恐ろしい。
「優さんがいたのは予想外だったな。まさか授業を欠席するなんて」
「……だって、千穂ちゃんも失踪しちゃったから、授業なんて出てられないよ」
優さんは弱々しく言った。ああ、確かに白紙さんの言う通りだ。僕はまったく精神的なダメージを受けていないが、他の人はそうもいかないらしい。
「会長は寮にいるって。それから、副会長は恵野宮先生を呼びに行ったよ」
「……そう」
梗さんも津名さんも、今何を思っているのだろうか。同好会のメンバーがふたりも神隠しに遭ってしまったこの状況は、好ましいものではない。
それに、生存者の問題もあったな。誰が生存者なのか、見極めなくてはならない。厄介なのは生存者が記憶喪失だということか。場合によっては、自分が生存者だという事実を家族に隠されているために、自覚が無いケースもある。
『本当は分かってるくせに』
僕の背後から、無垢が囁いた。振り返ると、無垢は円卓の上に座っている。
『本当は、誰が神隠しの生き残りか、分かってるくせに』
分かっている? どういうことだ。僕が何を知っていて、何を分かっていて、何を忘れたふりをしているというんだ。
『はなくんは本当は、全部知ってるんだよ、神隠しのこと。どうして神隠しが二月で終わったのかも、全部ね』
いや、違う。僕は何も知らない。特に二月のこととなれば、覚えているのは無垢が、お前が死んだということだけだ。それ以外は何も知らないし、何も覚えていない。
『うそつき』
無垢は言って、僕を哂った。無垢の目は、どこかに悲しさがあったような気がしたけど、まず無垢の姿そのものに、僕は悲しみを感じた。
その悲しみは、誰の物だ。
『ゆかちゃんもちほちゃんも、みんな死んじゃうよ? いいの? はなくんは、六年前と同じ事を繰り返していいの?』
「……繰り返す?」
僕が何を繰り返す? 無垢まで、僕が神隠しを呼び寄せたと思ってるのか?
『でもわたしは、はなくんを信じてるよ。はなくんって、やっぱり優しいもんね』
優しい、か。僕が優しいとは、とんだ冗談だ。
「恋華君? どうしたの?」
「え、ああ……」
優さんは僕の顔を覗き込むようにして、こちらを見ていた。どうやら僕は長いこと、無垢と会話をしていたらしい。
「何でもない」
僕は円卓の横にあったパイプ椅子に腰掛けて、気を落ち着ける。無垢の姿が見えていること自体、疲れている証拠なのだろう。いくら慣れているとはいえ六年ぶりの神隠しだ。気づかないうちに心労が溜まっていたとしても不思議ではない。
「ところで優さんは、六年前に同様の神隠しがあったことを知ってた?」
「……知らなかったよ。会長が言うまで、まったく知らなかった」
話題を変えて、気分転換を図ることにした。ついでに、優さんが生存者かどうかを探ってみた。
「それじゃあ、ここら辺に住む前にどこかにいたりした?」
「え、ううん。地元はここだよ」
そうか。なら、優さんが生存者である可能性は低いな。六年前の神隠しについて何も知らなかったことからしても、彼女が以前に、僕と同じ地域に住んでいたとは考えられない。
そう考えると、一番生存者の可能性が高いのは誰だ? 千穂は有り得ないとして、優さんも違うわけだし。有加さんが生存者だというパターンが最悪だけど、津名さんか梗さんなら、神隠しそのものを止める希望はある。
とか言って、神隠しを止めることが出来ないのは六年前に経験済みだ。梗さん辺りが頑張りたいなら手伝わないわけではないが、こっちは最初から諦めている。
「じゃあ今度はわたしから質問していい?」
「質問? いいけど」
お返しとばかりに、優さんが質問をぶつけてくるらしい。津名さんの時もそうだったけど、質問を交互にするのは同好会のルールか何かか?
「恋華君って、地元はどこなの?」
「地元は、ここから遠いところにある温泉街だよ」
いつか言ったことがあると思うけど、そこで僕の叔母さんが旅館を経営している。僕は六年前の神隠しの後、そこに身を寄せていた。
「その前は例の、六年前に神隠しがあった場所に住んでたんだ。だから実際、四月の時点で今回の一件が神隠しだとは気づいてたよ」
「そう、なんだ……」
優さんはメガネをしきりに触りながら、神経質そうに僕の話を聞いていた。
気づいたから何かができるというわけじゃない。僕は指を銜えて見ているしかない。六年前ならまだ、行動する理由もあったんだけど、今回に限ってはそれもない。
もはや井深千穂は、僕の中で行動理由になっていなかった。さすがに千穂が失踪したら神隠しの解決に動くだろうと僕は漠然と思ってたけど、そうはならなかった。
僕は自分が思っている以上に、冷たい血の通った人間だったらしい。
僕が己の冷血さを再確認していると、突然会室の扉が開かれた。入ってきたのは津名さんと恵野宮先生だ。ふたりとも神妙な面持ちだが、特に恵野宮先生は元気がない。六年前に引き続き今回だ。そうとう参っているだろう。
「……天川、ちゃんと事情聴取には行ったんだろうな?」
「行きましたよ。そりゃ、あんなヤクザみたいな人が迎えに来たら行くしかないでしょう」
そんな警固さんに加えて白紙さんもいるくらいだ。僕では逃げれない。表面上の怖さを出す警固さんの横にいるせいで目立ちにくいけど、白紙さんもかなりの食わせ者だ。
「そうか。それならいいが。……しかし、参ったなあ」
どかりと、全体重を一気に預けるように、恵野宮先生はパイプ椅子に腰掛ける。津名さんも持っていた模造刀を壁に立てかけて、パイプ椅子に座った。
「一刻も早く、我々が神隠しを封じないといけないだろうな」
津名さんは迷いなく、そう断言した。
「できるできないの問題ではない。やらねば、間違いなく四月の時のようにふたりは死ぬ。そうなる前に、何としてでも手を打たねばならない」
できるかできないかは問題じゃない。それは、梗さんも言ってた。ただ、やはり最終的な問題はできるかどうかだ。やれるかやれないかこそ、問題ではない。
意志ではなく、可能性の問題。どんなに強い意志を持っていても、神隠しには太刀打ちできない。
特に僕と恵野宮先生は、それを知っている。何人もの人が神隠しの解決に動き、失敗したことを。
「実際問題、どう神隠しを封じるんですか?」
「それは……そうだな」
津名さんは黙って、円卓の上を見るように考える。しかしたぶん、考えたところで答えは出ない。それが神隠しというものなのだから。
「恋華殿は、何か新しい情報を入手していないか?」
「……持ってないですよ。警察の人も、分からないって言ってました」
嘘をついた。いくら同好会の中に生存者がいても、それが解決に繋がるとは思えなかったからだ。それに万が一生存者を見つけても、肝心の部分を覚えていない。
諦め。僕は諦めていた。梗さんを手伝う程度には考えていたが、もうそれすら難しいほどに、諦めていた。
解決なんて無理無理、だって神隠しだから。
指を銜えて見ているのが精一杯。せめてもの抵抗は、早くこの場所を離れることくらいだろう。
繰り返し。まさに六年前の繰り返しが、そのまま起きるのだろう。




