殺し屋の仕事 1
「知っていますか?」
男が、ハンドルを切りながら言った。車は静かに進路を変えて、太陽を背にして走る。
こちらからの応答がないため、男は1人で喋り続ける。
「映画を観るとき、作中で犬が死ぬかどうか、先に知れるサイトがあるらしいんですよ」
「……」
「なんでそんなものが、と最初は思いましたが、分かるような気がしました。犬に限らず、動物が死ぬのは心が痛みますからね」
「……人が死ぬのは大丈夫なのか?」
返答があると思わなかったのか、男は驚いて言葉を詰まらせる。
「……まあ、人が死ぬのは普通ですから。わざわざ気にしないですよ」
「そういうものか」
「それに、人間の大人みたいな強い存在より、小さな動物や子供が死ぬのは、悲しい以上に怒りが湧きます。……やっぱり、そういうのには興味ないですか」
男は苦笑しながら言った。
生返事に近い声を発し、答える。
「殺し屋だからって、別に死に興味があるとか、そういうのはない」
捨てられたビニール袋が道路上を舞い、やがてタイヤに轢かれた。殺し屋は窓からそれを眺めている。目に光はない。
「まあ確かに人は殺すが、動物は殺さない。そういう意味では、人の死より犬の死の方が重いかもな」
「は、はあ……」
そっちから話を振っておいて、引くのはどうかと思う。殺し屋は話題を膨らませようと返事をしたことを後悔した。
「……犬といえば、俺の名前も犬なんだ」
「名前? 犬の? ポチとかですか」
「そういうことじゃない。柴、という名前なんだ。コードネームと言い換えてもいいが。柴犬から取って付けられた。言っておくが命名は俺じゃない」
「柴?」
どこか? と言いたげに男はじろじろと見てきた。そりゃもちろん、見た目は人間そのもので、柴犬の愛らしさには遠く及ばないだろうが。
「依頼に対して忠実で、必ず成功させるから。あたりが理由だと睨んでいる」
「自己肯定感が高くていいですね」
「そんなわけで、絶対に依頼は成功させるんだ」
「……そうですか」
柴は運転手の男に向けて、教師が子供に言い聞かせるようにはっきりと告げた。
「お前も最後には殺すからな」
「分かってます」
***
柴は記憶を辿る。数日前、今回の依頼を受けた。
彼女は鼻歌を歌っていた。眼鏡を指で押し上げる。真円のレンズから透ける瞳が、柴を捉えた。
「お仕事の時間だよ!」
底抜けに明るい声が事務所に轟いた。これから、殺しの話が出る場所とは思えない。
「どんな依頼があるんだ」
「ぱんぱかぱーん! なんと今回、君には2つの道があります!」
道とは大げさな言い回しだ。ただ、依頼が2件あるというだけの話だろうに。
「この道はちょっと普通じゃなくてね。いわばミッシングリンク──」
「春姫。さっさとしてくれ」
「淡泊ー。あたしたちの仲でしょ? もっと乗ってきてよ」
「俺たちの仲は、殺しの依頼を持ってくる者と、それを受けて実行する者ってだけの関係だ」
「はいはい。柴君は堅いねぇ。それで、素晴らしき2つの道の話だけどさ」
春姫は両の拳を突き出し、それぞれの人差し指だけ立たせた。
「1つは単純。もう1つは難題。どっちがいい?」
「もう少し詳しく頼む」
「単純っていうのはつまり、行って見つけて追跡して、頃合いを見計らってぶっ殺す。それだけ」
「難題っていうのは」
「過程は同じ。ただし、前任者がいた」
なにが言いたいのか、迂遠だが分かった。前任者、つまり先に依頼を受けた殺し屋がいたというわけだ。それが回ってきた、ということは。
「ミスったのか。前任者」
「ミスったんだねぇ。前任者」
「なら単純な方だ」
春姫は喉の奥から不満げに「えぇー」と唸った。
「そこは難題じゃないの? 何事もチャレンジだよ」
「殺しにチャレンジ精神はいらないだろ。確実に仕事をこなす。やりがいもクソもない仕事だしな」
やれやれ、と春姫はわざとらしく肩をすくめた。
「内容は後で伝えるね。依頼主については?」
「必要ない。いつも言ってるだろ。誰がどんな目的で殺しを頼むのか、そんなことに興味はないって。郵便配達員だってそうだ。差出人や受取人がどんな人間かなんて気にしない」
柴の主義に春姫は興味がないようで、ボブカットの毛先を指でいじっている。
「せめてターゲットの詳細は知っておいてよ。じゃなきゃぶっ殺せないからね」
「任せろ。高い忠誠心と依頼の遂行力は柴犬の特徴だ」
「張り切っていってね。楽しい殺しを!」
そうして張り切りすぎず、適度な心持ちで事に臨んだのだが。どうしてこうなったのか。優雅に風を切る車内では、殺し屋とターゲットが並んでドライブしている。
「殺し屋さんは怖いものとかないんですか」
男はお喋りなのか、それとも沈黙が耐えられないのか、柴に絶えず質問をする。
柴は窓の外を覗き、空に目を向けた。午後の空は雲が薄く張っていて、太陽の光を霞ませている。
「飛行機」
「え?」
「飛行機が怖いな。いくら金を持っていても体を鍛えていても、空から落ちれば人はあっけなく死ぬ。あんな恐ろしいものにたくさんの人間が乗っていると考えると、また怖い」
「なるほど……」
長々と自分の弱みを語ってはみたものの、「なるほど」としか返答のしようがないだろうな、と柴は思った。
飛行機は怖い。だが、どういうわけか世の人々は仕事や旅行のため、悠々と飛行機を利用する。まったく理解できないが、それは他人にとっても同様らしく、飛行機が怖いと言うと「はあ」だの「なるほど」だの曖昧に反応される。
「そっちは。なにが怖いんだ」
せっかく死の前のドライブをしているのだ。会話を楽しんでもいいだろうと、訊ね返してみる。
「私は……飼い犬のいない生活が怖いです」
「ほう」
「もはやペットというより、恋人に近い感覚なんですよね。彼がいなくなる生活は考えられない」
お返しのように、「なるほど」と言ってもよかったが、堪えた。
「後は……30代になっても、幽霊が怖いです。私のせいで死んでいった人たちが、暗闇から現れそうで……」
「……」
「でも、その恐怖も今日までですね」
「そうだな」
奇妙極まりない状況だが、大きな問題はない。
自分は最終的にはこの男を殺す。それで依頼達成だ。




