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楽に殺させてくれ  作者: 春山ルイ
殺し屋は助手席に座る
1/2

殺し屋の仕事 1

「知っていますか?」


 男が、ハンドルを切りながら言った。車は静かに進路を変えて、太陽を背にして走る。

 

 こちらからの応答がないため、男は1人で喋り続ける。


「映画を観るとき、作中で犬が死ぬかどうか、先に知れるサイトがあるらしいんですよ」


「……」


「なんでそんなものが、と最初は思いましたが、分かるような気がしました。犬に限らず、動物が死ぬのは心が痛みますからね」


「……人が死ぬのは大丈夫なのか?」


 返答があると思わなかったのか、男は驚いて言葉を詰まらせる。


「……まあ、人が死ぬのは普通ですから。わざわざ気にしないですよ」


「そういうものか」


「それに、人間の大人みたいな強い存在より、小さな動物や子供が死ぬのは、悲しい以上に怒りが湧きます。……やっぱり、そういうのには興味ないですか」


 男は苦笑しながら言った。


 生返事に近い声を発し、答える。



「殺し屋だからって、別に死に興味があるとか、そういうのはない」



 捨てられたビニール袋が道路上を舞い、やがてタイヤに轢かれた。殺し屋は窓からそれを眺めている。目に光はない。


「まあ確かに人は殺すが、動物は殺さない。そういう意味では、人の死より犬の死の方が重いかもな」


「は、はあ……」


 そっちから話を振っておいて、引くのはどうかと思う。殺し屋は話題を膨らませようと返事をしたことを後悔した。


「……犬といえば、俺の名前も犬なんだ」


「名前? 犬の? ポチとかですか」


「そういうことじゃない。(しば)、という名前なんだ。コードネームと言い換えてもいいが。柴犬から取って付けられた。言っておくが命名は俺じゃない」


「柴?」


 どこか? と言いたげに男はじろじろと見てきた。そりゃもちろん、見た目は人間そのもので、柴犬の愛らしさには遠く及ばないだろうが。


「依頼に対して忠実で、必ず成功させるから。あたりが理由だと睨んでいる」


「自己肯定感が高くていいですね」


「そんなわけで、絶対に依頼は成功させるんだ」


「……そうですか」


 柴は運転手の男に向けて、教師が子供に言い聞かせるようにはっきりと告げた。



「お前も最後には殺すからな」


「分かってます」

 

  ***


 柴は記憶を辿る。数日前、今回の依頼を受けた。


 彼女は鼻歌を歌っていた。眼鏡を指で押し上げる。真円のレンズから透ける瞳が、柴を捉えた。


「お仕事の時間だよ!」


 底抜けに明るい声が事務所に轟いた。これから、殺しの話が出る場所とは思えない。


「どんな依頼があるんだ」


「ぱんぱかぱーん! なんと今回、君には2つの道があります!」


 道とは大げさな言い回しだ。ただ、依頼が2件あるというだけの話だろうに。


「この道はちょっと普通じゃなくてね。いわばミッシングリンク──」


春姫(はるき)。さっさとしてくれ」


「淡泊ー。あたしたちの仲でしょ? もっと乗ってきてよ」


「俺たちの仲は、殺しの依頼を持ってくる者と、それを受けて実行する者ってだけの関係だ」


「はいはい。柴君は堅いねぇ。それで、素晴らしき2つの道の話だけどさ」


 春姫は両の拳を突き出し、それぞれの人差し指だけ立たせた。


「1つは単純。もう1つは難題。どっちがいい?」


「もう少し詳しく頼む」


「単純っていうのはつまり、行って見つけて追跡して、頃合いを見計らってぶっ殺す。それだけ」


「難題っていうのは」


「過程は同じ。ただし、前任者がいた」


 なにが言いたいのか、迂遠だが分かった。前任者、つまり先に依頼を受けた殺し屋がいたというわけだ。それが回ってきた、ということは。


「ミスったのか。前任者」


「ミスったんだねぇ。前任者」


「なら単純な方だ」


 春姫は喉の奥から不満げに「えぇー」と唸った。


「そこは難題じゃないの? 何事もチャレンジだよ」


「殺しにチャレンジ精神はいらないだろ。確実に仕事をこなす。やりがいもクソもない仕事だしな」


 やれやれ、と春姫はわざとらしく肩をすくめた。


「内容は後で伝えるね。依頼主については?」


「必要ない。いつも言ってるだろ。誰がどんな目的で殺しを頼むのか、そんなことに興味はないって。郵便配達員だってそうだ。差出人や受取人がどんな人間かなんて気にしない」


 柴の主義に春姫は興味がないようで、ボブカットの毛先を指でいじっている。


「せめてターゲットの詳細は知っておいてよ。じゃなきゃぶっ殺せないからね」


「任せろ。高い忠誠心と依頼の遂行力は柴犬の特徴だ」


「張り切っていってね。楽しい殺しを!」



 そうして張り切りすぎず、適度な心持ちで事に臨んだのだが。どうしてこうなったのか。優雅に風を切る車内では、殺し屋とターゲットが並んでドライブしている。


「殺し屋さんは怖いものとかないんですか」


 男はお喋りなのか、それとも沈黙が耐えられないのか、柴に絶えず質問をする。

 柴は窓の外を覗き、空に目を向けた。午後の空は雲が薄く張っていて、太陽の光を霞ませている。


「飛行機」


「え?」


「飛行機が怖いな。いくら金を持っていても体を鍛えていても、空から落ちれば人はあっけなく死ぬ。あんな恐ろしいものにたくさんの人間が乗っていると考えると、また怖い」


「なるほど……」


 長々と自分の弱みを語ってはみたものの、「なるほど」としか返答のしようがないだろうな、と柴は思った。

 飛行機は怖い。だが、どういうわけか世の人々は仕事や旅行のため、悠々と飛行機を利用する。まったく理解できないが、それは他人にとっても同様らしく、飛行機が怖いと言うと「はあ」だの「なるほど」だの曖昧に反応される。


「そっちは。なにが怖いんだ」


 せっかく死の前のドライブをしているのだ。会話を楽しんでもいいだろうと、訊ね返してみる。


「私は……飼い犬のいない生活が怖いです」


「ほう」


「もはやペットというより、恋人に近い感覚なんですよね。彼がいなくなる生活は考えられない」


 お返しのように、「なるほど」と言ってもよかったが、堪えた。


「後は……30代になっても、幽霊が怖いです。()()()()で死んでいった人たちが、暗闇から現れそうで……」


「……」


「でも、その恐怖も今日までですね」


「そうだな」


 奇妙極まりない状況だが、大きな問題はない。


 自分は最終的にはこの男を殺す。それで依頼達成だ。


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