表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/22

22 コーヒーよりも苦く砂糖菓子よりも甘い

「シェリュア様、ご婚約おめでとうございます〜」

「わたくしからも、お祝いを述べさせていただきます」

「ありがとう。あなた方に祝ってもらえて嬉しいわ」


 今は初夏。

 ハーバルク伯爵家のタウンハウスの庭、そのガゼボにて。

 シェリュア様とヴィエリア様、そしてあたしの3人でお茶会をしていた。

 給仕がケーキを切り分けた。薄いパンケーキを幾重にも重ねて、その間に様々なジャムやマーマレードを挟んでいる。青いベリーのジャム、赤いベリーのジャム、黄色やオレンジ色の柑橘のマーマレード。


「まあ、切り口がとても美しいこと」

「見た目だけでなく味も絶品よ。召し上がれ」

「素敵〜。いただきますぅ」


 ふわふわしたケーキと甘酸っぱいジャムの取り合わせが最高。生地が軽くて、ジャムの果物の風味を引き立たせる。


「美味しい〜」

「ふふ、喜んでいただけて何よりだわ」


 お茶を一口。芳醇な苦みの中に、ほのかな煙の香り。茶葉を香木で燻した燻製茶だ。こういう強いお茶には肉や乳製品がよく合う。あたしは給仕に言って、ハムとチーズをクレープで巻いた、ロールサンドっぽいオードブルを取り分けてもらった。




 あの事件の後。

 家族というストレッサーから解放されたシェリュア様は、思う存分食事やお洒落を満喫。適正体重になった彼女は、物憂げな瞳が神秘的な、ボンキュッボンのセクシーお姉様に変貌を遂げた。

 まあ顔が整っていたのは分かっていたから不思議はないんだけど。元婚約者は本当に見る目がなかった。


 あたしたち3人は、ヴィエリア様の積極的な働きかけで、互いに手紙をやり取りしたり、今みたいに会ってお茶会をするようになった。


 あれからシェリュア様とは、事件の話をしていない。




「お相手は、秘書の方でしたかしら?」

「ええ。あの頃は正式な伯爵位相続の準備や、事件の後始末で必死で、まさか彼にプロポーズされるなんて思ってもみなかった」

「いや、ガーディス卿の気持ちは割と分かりやすかったですけど〜」


 お茶とお菓子と軽食と。

 シェリュア様も、たくさん召し上がるようになった。


「そうですわ、セルティ様。シェリュア様の結婚式ですが、お揃いのドレスを(あつら)えませんこと?」

「いい考えですねぇ〜」

「ずるいわ、2人とも。わたしも仲間にして頂戴よ」


 シェリュア様が口を尖らせる。

 元ドアマットヒロインが『ずるい』って言うの違和感あるわ〜。


「ふふっ、では3人お揃いにいたしましょう。どこかに着ていく機会もあるでしょうし」

「ドレスは基本的なデザインを同じにして、色や細部を変えるくらいがいいわね」

「アクセサリーはどうします〜?」

「それも同じ工房に注文して……」


 他愛のない、楽しいやり取り。

 ガラスの皿に盛った、色とりどりの砂糖菓子を眺めるシェリュア様。熟考ののち、ピンクのお菓子を手に取った。


「とは言えあんな事件のあった後だから、式の予定は立っていないの。ほとぼりが冷めたら、と思ってはいるけれど、いつになることやら。

 それに」


 そこでシェリュア様はいったん言葉を切った。


「先日、両親が処刑されたわ」

「ああ……」

「それは、何と申し上げて良いやら……」


 シェリュア様はゆるくかぶりを振った。


「いいの。その時が来たらもっと取り乱すと思っていたのに、実際は、凪いだ気持ちでその()らせを聞くことができた。

 愛したかった。愛して欲しかった。その思いはまだある。でも、そうね……上手く決別できた、という気持ちかしら。

 父の手紙はあらかた処分した。もうあの人の愛を求めて汲々(きゅうきゅう)とすることもない。

 それもこれも、セルティ様が(いさ)めてくれたおかげ」

「セルティ様が?」


 ヴィエリア様が首をかしげる。


「言ってもいい? ……事件のあった頃のわたしは、父の愛が欲しかった。決して愛してくれないあの人への愛憎に狂った。逮捕されたあの人に酷いことをしたわ。今考えるとまともじゃなかった。

 そんな時に、セルティ様がおっしゃったの。

『そんなことはおやめなさい。鏡で自分の顔をご覧なさい。楽しそうでも幸せそうでもない』と」

「そんな綺麗な言い方ではなかったですけど……」


 恥ずかしくなって、慌てて訂正する。

 シェリュア様とヴィエリア様が、優しい微笑みを浮かべてあたしを見ていた。


「ふふ、そうだったわね。

 その時は腹立たしかったけれど、後になってその言葉は腑に落ちた。

 不思議ね。そう言われたら、わたしの周りは何も変わっていないのに、世界の見え方が変わった。

 わたしの世界は亡くなった母と、父と、義母と義妹。ほとんどそれだけでできていたのに」

「シェリュア様。世界はもっと広いものなのですわ。

 すぐ近くにも、貴女を心配し愛する方がおられたでしょう? 今の婚約者の方が」


 ヴィエリア様がおっしゃる。


「ベッキラさんや、領地の召使いのみんなも。

 今は、友達だっていますよ〜」


 自分を指して、あたしも笑う。


「本当にその通り。感謝しています。

 ……感謝と言えば、両親の処刑の後に王宮警察の捜査官、あの眼鏡の人がやって来て」

「ああ、クリフォス卿ですか〜?」

「ええ。事件の時、毒の鑑定のために母の亡骸から髪を少し切ったそうなのだけれど、その残りをわたしに渡してくれたの。

 本当は規則違反だから、内緒にしてくれって」


 シェリュア様は、指でそっと指輪の台座をなぞった。その中に遺髪が収められているのだろう。


「ひょっとして、ヴィエリア様、遺髪をお渡しするように警察に働きかけました〜?」

「わたくしだって、シェリュア様にいいところを見せたいですもの」


 悪戯っぽく笑うヴィエリア様。

 権力者の警察への介入。グッジョブ。


「セルティ様の加護のお力がなければ、この事件は解決しなかったかもしれません。

 でも、それ以上にセルティ様のお心ばえが素晴らしいから。それが、シェリュア様のお心を救われたのですわ」

「そ、それほどでもぉ」


 ベタ褒めされると顔が熱くなる。慌てて下を向いた。

 加護。加護かあ。

 どうしてあたしの加護は【毒を見分け、その効果を知る】なんだろう。

 毒に関するものなら、【対象を毒状態にする】とか【解毒する】とかでも良かったのに。


「セルティ様に助力を乞うたわたくしの判断、誇らしゅうございます」

「本当に。セルティ様もヴィエリア様も、わたしの恩人だわ」


 あたしは顔を上げた。

 

「でも、みんながシェリュア様をお助けしたんですよ。

 お母様の遺された書き付けが、幼いシェリュア様を護りました。

 お祖母様は、お母様亡き後のシェリュア様を支えて、ガーディス卿とベッキラさんを遣わしてくださいました。

 ガーディス卿はシェリュア様のために、ハーバルク卿夫妻の着替えの持ち込みを阻止した。それが逮捕に繋がりました。

 ベッキラさんも重要な証言をしてくれました。

 クリフォス捜査官は大飯食らい……ほら、あの、なんかこう、多分頑張ってくれました。遺髪を持って来てくれたりとか。

 周囲の人たちの行動。

 それはシェリュア様を生かして、助けて、支えるよっていうメッセージなんですよ」

「そういうことでしたら、3代前の伯爵の決断も、本来は良かれと思ってのことですものね。兄妹の軋轢をなくそうというメッセージだったのですから。

 手段はだいぶアレでしたけれども」

「まあ当事者は災難だったけど、ハーバルク一族全体への融和のメッセージではあったわね。

 手段はだいぶアレだったけれど」

「手段がだいぶアレでしたよね〜」


 大事なことだったので3回繰り返された。

 アレってどれ。


「人はいつも、意識的にか無意識にか、世界に向けてメッセージを放ち続けてるんです。

 この人にこう行動して欲しい。

 あの人にこう思って欲しい。

 あるいはただ単に、自分を知って欲しい。

 それはいろんな言葉や行動に現れる。

 多分それを読み取るのが、あたしの推理なんじゃないかと思います」




 そうなんだ。

 きっと、あたしは知りたいんだ。

 見えないところで、何か悪いことが起こっていることを。

 誰も知らないところで苦しむ人がいることを。

 そしてそれを解決したい。

 それは神様任せにすることはできないし、そうすべきでもない。もちろんあたしたちは人間だから、上手くいかないことだってしょっちゅうだ。

 でも、少なくとも、知らないといけない。

 それがきっと、あたしの加護の本質。




 公爵令嬢と、ピンク髪男爵令嬢と、元ドアマットヒロインのお茶会は続く。


 初夏の緑の香りを含んだ風と光が、あたしたちを祝福するように包んでいた。

 

 この小説は、琥珀先生のエッセイ『ドアマット大好き企画に参戦したいけど、なにも思い浮かばないのでChatGPT先生に丸投げしようとしてみた件』(https://ncode.syosetu.com/n8423ie/)を下敷きにして執筆いたしました。最後の密室殺人事件の案です。

 密室→視線の密室→衆人環視の殺人、香水瓶→気付け薬瓶、など色々変えております。

 この場を借りまして、琥珀先生に御礼を申し上げます。ありがとうございました。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 婚約破棄から流れるように殺人事件発生。あまりにも自然に始まるのが素敵でした。 要所要所で挟まれるテンプレ展開への目配せも楽しい。 可愛いご令嬢が探偵役って、華やかでいいで…
[良い点] とても面白かったです。最初は酢を使った気付け薬+反応性の毒物かな?と思ったのですが、見事に外しました。 どうあれハッピーエンドで終わって良かったです。 [気になる点] セルティの加護って当…
[良い点] とても面白かったです! [気になる点] セルティ第3弾がいつ来るか楽しみです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ