キャンプ中のストレッチ
プロ野球の春季キャンプで、ベテラン選手が地面におしりをつけて、柔軟運動をしている。
これが自分の「ルーティンワーク」だ。去年から「ヨガ」を取り入れている。「インドの運動」だ。
柔軟運動の途中で、ベテラン選手は気づいた。
外野スタンドに、小さな男の子がいる。小学校の低学年くらいだ。
その子が、こちらのマネをしている。
ベテラン選手は、その子と目が合った。
短い沈黙のあとで、先に男の子が笑う。自信満々の笑顔だ。
このくらい朝飯前、そう言っているような笑顔だ。
ベテラン選手もニヤリとする。
(だったら、これはどうかな)
ヨガのポーズはたくさんある。
次のポーズでは、少し難易度を上げてみた。
男の子がマネをする。まだ余裕の表情だ。
(だったら、これはどう?)
今度は男の子の方から、ヨガのポーズをしてきた。
さっきよりも難易度が高い。
ベテラン選手はマネをする。
(そのくらい余裕♪)
この光景を、若手選手の一人が見ていた。
(あの二人、変なことをやっているな)
自分もやってみる。
今回のポーズはクリアした。
ベテラン選手も男の子もどうやら、こっちには気づいていないようだ。
このあとも、ベテラン選手と男の子は柔軟運動を続けている。
その二人に、若手選手はがんばってついていく。何とかクリア。
そして、三〇分後だ。
監督とコーチが大声で話している。
「関節が外れたなんて、あいつはいったい何をしていたんだ?」
すでに柔軟運動をやめているベテラン選手は、外野スタンドにいる男の子に向かって、口に人差し指を当てる。
(さっきのことは、ないしょだよ)
実を言うと、二人とも途中で気づいていた。あの若手選手がマネをしていることに。
だから、さっきのあれは「勝負」だった。誰が最初に脱落するかの。そういう雰囲気に、自然となっていた。
スタンドにいる男の子も、口に人差し指を当てると、
(わかった。ないしょだね)
そのあと、二人は笑顔になる。
あの若手選手に勝利した!
次回は「雨の日」のお話です。




