遊園地のバッティングセンター
一昔前、私はアメリカを旅行した。さまざまな観光地を見て回った。
その旅の途中で、ふと思った。
(本場のベースボールを見てみよう)
宿泊しているホテルに頼んで、チケットを取ってもらった。メジャーリーグの試合だ。ホテルの近くには、メジャーリーグのスタジアムがある。
で、試合当日だ。
私はホテルを出発した。試合が始まるまで五時間以上。
スタジアムへ行く前に、寄ってみたい場所がある。アメリカの遊園地はどんなものなのか、好奇心がわいたのだ。
今でも思う。あの好奇心は正解だった。
私は遊園地を楽しんだ。ジェットコースターに乗ったり、メリーゴーランドに乗ったり。
他にも、いくつかのアトラクションを楽しんだ。
ふと我に返って、腕時計を見る。
(あと一つ楽しんだら、スタジアムへ行こう)
スタジアムの中も見て回りたい。アメリカの「球場ごはん」は、どんなものなのか。
だから、遊園地の中で何も食べなかったのだ。スタジアムにはどんなお店があるのか、楽しみ楽しみ。
(さて、最後の一つは、どのアトラクションにしようかな)
遊園地の正面ゲートへ向かいながら、私は考える。
少し進んで、足を止めた。
さっき通りかかった時も、ここは気になっていた。
アイスクリーム屋さんのような、パステルカラーの外見をしているけれど、ここは「バッティングセンター」だと思う。
壁の一部が透明になっていて、中の様子が丸見えだ。
ピッチングマシンが五台ある。マシンから飛んでくるのは、カラーボールだ。
それをプラスチックのバットで打つらしい。
ピッチングマシンが並んでいる場所、その上に広がっている壁には、いくつものドラム缶があった。それらのドラム缶はどれも、うしろ半分が壁の中に埋めこまれている。
一人の男の子が打ったカラーボールが、ドラム缶の一つに入った。
その男の子がいるバッティングボックスが、派手に点滅する。
ボックスにある電光掲示板、その数字が増えた。
あれは点数のようだ。
(あとで、景品と交換できるのかな?)
私はバッティングセンターの前で、中の様子をしばらく眺める。
バッティングボックスはすべて埋まっていた。
バットを振っているのは、男の子だけじゃない。女の子もいる。大人の姿も混ざっていた。
バットの振り方を見ていて思う。
野球経験はばらばらのようだ。教科書通りっぽいスイングもあれば、自己流っぽいスイングもある。
しかし、それがそのまま点数に反映されるわけではないようだ。むちゃくちゃな打ち方なのに、ボールがドラム缶に入ることもある。
たとえば、ほら、あの小さな子。そのバッティングボックスがちょうど点滅している。
この場所にずっと立っているのも何だし、私はバッティングセンターの中に入った。
まだ打つとは決めていない。見学だけになるかも。バッティングボックスはすべて埋まっているし、順番待ちも何人かいる。
私は店番をしている男性のところに向かった。その男性のうしろにある棚に、さまざまな景品が並んでいる。
ざっと見たところ、ぬいぐるみやお菓子が多いようだ。
でも、それだけじゃない。
他に、メジャーリーグ球団の公式グッズもある。この遊園地の近くにある球団のやつだ。
私が景品を見ていると、
「やっていくかい?」
店番の男性がにこにこしながら話しかけてきた。髪に白いものが混ざっているけれど、その体はがっしりしている。
「みんなのヒーローになれるチャンスだぞ」
謎の発言に私は考える。
みんなのヒーロー? どういう意味だろう?
店番の男性が、離れた場所を指差した。
他のドラム缶よりも高い場所に、一つだけ金色のドラム缶がある。黒い文字で「HERO」とペイントされていた。
そのドラム缶を見ていて、私は気づく。
今バッティングボックスにいる男の子の一人が、あれを狙って打球を飛ばしているのだ。
で、私が見始めて三球目だ。
男の子の打球が、金色のドラム缶に飛びこむ。お見事!
次の瞬間、バッティングボックスが点滅した。あの男の子がいるボックスだけじゃない。すべてのバッティングボックスが点滅している!?
周囲から歓声が上がった。
その歓声に対して、どや顔でガッツポーズをする男の子。
何が起きているのか、店番の男性が説明してくれる。
あの金色のドラム缶に誰かがボールを入れると、すべてのバッティングボックスで点数が加算されるそうだ。入れた本人も嬉しいし、他のみんなも嬉しいサービス。
「ここだけの話だが」
その割には結構大きな声で、店番の男性が言う。
「加算する点数はこっそり調整している」
たくさん入る日だなと思ったら、点数を低くするし、全然入らない日だなと思ったら、点数を高くするらしい。
「今回はどっちです?」
「ラッキーな方だ」
ヒーローになった男の子に続けとばかりに、他のバッティングボックスでも金色のドラム缶を狙い始めた。
次々と飛んでいく打球。
しかし、金色のドラム缶には入らない。
店番の男性がにこにこしながら言う。
「あのドラム缶、狙って入れるのは難しいんだ」
そう言われると、挑戦してみたくなる。私もヒーローになってみたい。
それに、日本に帰って「話の種」にするなら、私自身がこのバッティングセンターを、実際に体験しておかなければ。話の真実味がだいぶ変わってくる。
できれば、「物的証拠」も欲しいところだ。
(そうだな・・・・・・)
私は好奇心から聞いてみる。
このバッティングセンターで、最も高い景品はどれなのか?
店番の男性が声を低くする。
「『裏メニュー』も含めて?」
「含めて」
とっさにそう答えてしまったが、このバッティングセンターには、『裏メニュー』なんてものもあるのか。
店番の男性は私の顔をじっと見てから、
「ここだけの話、俺は元メジャーリーガーだ。成績はぼちぼちだったから、俺のことを知らなくても、無理はない」
これは冗談を言っているのだろうか? 笑うべき場面?
しかし、この男性の体はがっしりしている。本当に元メジャーリーガーかもしれない。
で、このバッティングセンターで最も高い景品というのは、
「俺のサインボールだ」
必要な点数も告げてくる。
たしかに、このバッティングセンターで一番のようだ。棚に並んでいる他の景品とくらべて、断トツに高い。
「そっちのお菓子を狙ってみます」
と謙虚な私。
順番待ちの行列に並ぼうとした時、小さな女の子が一人、バッティングボックスから出てきた。
店番の男性のところまで急ぎ足でやって来ると、
「あのぬいぐるみ!」
結構大きなぬいぐるみを指差した。
「あと、サインボールも」
私はぎょっとする。
大きめのぬいぐるみに、サインボール。両取りするには、かなりの点数が必要なはずだが・・・・・・。
(金色のドラム缶ボーナス?)
しかし、そうではなかった。
サインを書き終わったあとで、店番の男性がこっそり教えてくれる。
「このバッティングセンターを利用してくれた子どもには、ただでボールにサインを書いてあげているんだ」
そのあとに、こうつけ加える。
「あんたは大人だから、自力でがんばってくれ。その見た目で、小学生ってことはないだろ?」
「小学生じゃないけど、永遠の十七歳です」
そんなジャパニーズジョークを返す私。
「大人か子どもかで言ったら、やや子ども寄りかもしれませんよ」
しばらくの間順番待ちをして、いざバッティングボックスに入り、その結果・・・・・・。
戻ってきた私に対して、
「えーと、たしか十七歳だっけ? あと五年か六年早く会いたかったよ」
「私もです」
小さなお菓子を指差す私。
「これは特別サービスだ」
お菓子のパッケージに、青い油性ペンで何か書いている。
これは、ひょっとして・・・・・・。
わくわくしながら、お菓子を受け取る私。
そのパッケージには、「Nice Batting!(ナイスバッティング!)」と書いてあった。
ご愛読ありがとうございました。




