第三十二話
マスクウェルはいつものルーティンである読書をはじめる。
アンリは邪魔をしないように後ろに控える。
だが、マスクウェルはどこかうわの空だ。
「マスクウェル殿下。何かありましたか?」
「うむ・・・。アンリのことが心配でな」
「心配って・・・」
「アンリはガスパーの恐ろしさがわからないから平然としていられるのだ」
「そんなに厳しい方なんですか?」
「私も何度も打ちのめされた」
王太子であるマスクウェルを打ちのめすとはガスパーは訓練に関しては手を抜かないのだろう。
それは本気でマスクウェルと向き合っている証拠でもある。
得難い臣下と言えるのではないだろうか。
「そんなガスパー様に鍛えられたからマスクウェル殿下はあんなに強いのですね」
アンリはマスクウェルよりはるかに弱い。
これでは守るどころの話ではない。
状況によってはマスクウェルの弱みとなるだろう。
アンリはそんな状況は望んでいなかった。
「頑張って、私、強くなります」
「いいか?アンリが強くなるのは私も歓迎だ。だが、決して無理をするなよ」
「わかってます」
マスクウェルは本気で心配してくれている。
それがわかっただけでも厳しい訓練に耐えられる気がした。
「そろそろ時間だな。まずは朝食を食べるとしよう」
「はい」
マスクウェルとアンリはいつも通りに朝食に向かう。
だが、その席でも話題になったのはガスパーとの訓練だった。
「アンリ殿。ガスパーに目をつけられたようだな?」
「はい。直々に鍛えて頂けるそうです」
「はぁ・・・。ガスパーも悪い奴ではないのだが・・・。アンリ殿。くれぐれも無理をしないように」
「お心遣いありがとうございます」
朝食を食べ終えたアンリはマスクウェルを部屋まで送る。
マスクウェルの部屋の前ではガスパーが待ち構えていた。
「アンリ殿。迎えにきたぞ」
「ガスパー様。よろしくお願いいたします」
「うむ。では、殿下。アンリ殿をお借りする」
「怪我だけはさせるなよ?」
「それはアンリ殿、次第ですな」
そう言ってガスパーはにやりと笑う。
赤子ならぎゃぁぎゃぁ泣き出しそうな顔だが、野性味がありよく似合っていた。
別れ際のマスクウェルは何か言いたそうな顔をしていた。
訓練場にやってきたアンリにガスパーは木剣を投げて渡す。
「まずはアンリ殿の現状を確かめるとしよう」
「はい。よろしくお願いします」
「まずは素振りをしてみてくれ」
「はい」
アンリは父であるアグニから教わった素振りをする。
ガスパーはそれをただ、黙って眺めていた。




