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海の見える街 (12)


季節は夏を越え、短い秋をも越えて冬に差しかかろうとしていた十一月。

僕は突然、裕の家に呼ばれた。


「見学?」

「うん、まぁそんな感じ?どういう所ですか?って聞かれたけん、一回来てみたら?言うてみたら行ってみたいって。」

裕が管理しているこの島のいろいろを発信しているアカウントに一件のコメントが寄せられたらしい。

後に僕がそれを引き継ぐことになるので、裕は僕に任せたいと言って呼ばれたのだった。

「性別とか歳は分かるの?」

「歳は二十一やと。茜さんよりさらに歳下やね。性別は向こうが言うてこんかったけん、俺も聞いてない。」

「ふーん。二十一か。まだ大学生の歳だな。」

アカウントのハンドルが"shiro"という

二十一歳の来島者は週末の朝の船でこちらに向かうことになった。

「裕って、なんかスカウトみたいにこっちから声掛けたりしてんの?」

「いや?ほぼ他の投稿見とるだけやね。引用して何か個人的に言いよる人はおるけど、特にそれに絡んでいったりもせん。今回みたいに直接問い合わせが来ることすら稀やわ。」


僕は思う。

じゃあ、どうして僕には声をかけてきたんだ。

「なんでやろな。なんか、声掛けんといかん気がしたんよな。ここでスルーしたら、なんか…もう二度と会えんような気がした。」

「まだ会ってもいないのに?」

「そう。まだ会っとりゃせんのに。」

裕は、茜さんとよく似たニカッと笑いで僕を見た。


「茜さんとよく似てんね。その笑い方。」

「え?俺?」

「うん、ずっと思ってたんだけど。」

「なんも意識しとらんけどな。」

「じゃあ、茜さんが裕に寄せてんのかな?」

「そもそも俺の笑い方ってどんなん?俺そんな特徴的なん?」

僕は説明した。

と言っても、ニカッと笑うという事しか言葉で伝えることは出来なかったけど、なんだろう…

笑っているのになんか、どっか笑ってないようなその表情は、僕にとっては特徴的だった。

「咲生、だな。」

裕は予想しなかった名前を口にした。

「その笑い方は咲生のだ。俺、無意識に真似しとったんやろか…」

「だったら茜さんが裕を、」

真似ていたんだなと、言いかけたところで

裕は「咲生だよ」と言葉を差した。

なるほど。僕は察する。

咲生さんに、咲生さんのようになりたかった茜さんの、気持ちの現れって事か。

「夫婦は似てくるっていうから、そういうやつかと思った。」

僕の言葉に裕はこっちを見ないまま、僕の背中を思い切り叩いた。

そういうリアクションも。二人ともよく似てる。

「僕は君にとっても彼女にとってもナイトになれた?」

僕はわざと小さな声で呟いた。

「え?なんやって?」

「いや、なんでもない。」

僕は呼ばれた用事は終わったと思って、裕の部屋を後にしようとする。

昼から丘の上の神社の掃除に行って、集めた落ち葉で焼き芋焼くんだ!と、茜さんが朝から張りきっていたので、僕もそれに加勢しようと思っていた。


「治、お前に見て欲しかったのは実はこれじゃない。」

出て行こうとする僕の背中に裕は投げかけた。

「お前、この人が誰かわかるか?」

向けられた画面にはもう一件のメッセージが表示されていた。

こちらは公開されているものではなく、

中の人同士でやり取りできるチャットのような場所のようだ。

そこには


「そちらに 深川 治 という方はいらっしゃいますか?」


という、一文だけが表示されている。

「個人情報に当たるけん、さすがに俺も返事ができん。心当たりあるか?」


送り主のアカウントを見る。

名前は Aki.

アカウントのアイコンを小さすぎるので拡大してみて、ぼくは言葉を失った。

茶色味がかったアップライトピアノ。

蓋の上にかかっている布の柄と

傍らに置いたうさぎのぬいぐるみが

ぼくの脳を素早く刺激した。

「…明菜。」

「知っとる人か?」

「……僕の、妹だ。」



「妹さんから連絡が来た⁈」

その後、僕は裕も連れて茜さんの焼き芋を頂きに神社の掃除の加勢に向かった。

「返事、したの?」

「いや…とりあえず、まだ。」

「なんで⁈何があったか分かんないけど、一生会わないって言ってたのに探してるんだよ⁈」

茜さんは僕の両肩を掴んで大きく揺さぶった。

僕はここへ来る時、連絡先を家において来たんだぞ。直接連絡できる手立てがあるのに、信憑性が無さすぎる。

「水挿してごめん、一生会わんってどういうこと?」

申し訳なさそうに裕が後ろから声を上げる。

「まぁ、お兄さん達、焼き芋焼けたし、食べなんし。」

茜さんがまたあの顔で僕たちに笑ったので、僕と裕は顔を見合わせて笑った。


焼き芋を受け取って、僕は裕に明菜と最後に会った日の話をした。

前に一度聞いている茜さんは「熱い、熱い」と芋に夢中になっている。杏香さんに持って帰ってあげようと持っていた新聞紙に一本包んであげていた。


「そんな妹さんが、あのメッセして来たかも、ってことか。」

「妹さん、実家にまだ帰っていないのかもよ?」

「治から連絡することは出来んのか?」

「実家にハルから連絡してみるとか!」

僕は二人の後ろに回って二人の肩を掴んだ。

「まぁ、落ち着いて。」

「ハルが落ち着き過ぎじゃない?」

「もうワンアクション起きるまで待つよ。」

茜さんが首だけこちらを振り返る。

「それで…後悔しない?」

裕も続いて僕を見る。


「あぁ。後悔しない。」


僕は二人に笑って見せた。

無理は全くしていない。心からそう思った。


「あのメッセ、どうする?」

「個人情報に関わる事にはお答え致しかねます。とかでいいんじゃない?てか、ユーザー情報もう僕が貰って、僕が返信しようか?」

「そうやな…、じゃあ、これを機に俺は引退するか!」


裕は両手を伸ばして大きく伸びをした。


「ハル、この焼き芋も載せよ!」

「あ!それいいな!治の初投稿、焼き芋!」

「芋だけじゃなくて、神社のこともなんか書こうよ。」


三人で大声で笑う。

あぁ、もうこんな日々も長くは続かないんだなと思うと、僕はなんだか涙が出そうになった。

裕がツボに入って笑い転げているのをいい事に、茜さんがさっと目元の涙を拭ったのを僕は見逃さなかった。

笑いながら、そんな茜さんの手をしっかり取る裕の右手も僕は見逃さなかった。

頭に思い描けても、僕には絶対出ない右手だなと思いながら、僕は冷めてしまった焼き芋の最後の一口を放り込んだ。



・設備と部屋の案内

・杏香さんを紹介

・周辺の散策


僕のペンを持つ手が止まる。

「明日来る子の事?」

時刻は午後十時。 茜さんは僕の机にコーヒーを置いてくれた。途切れぬたくさんの湯気が淹れたてを物語っている。

「私が入って来たのにも気づかないんだから、相当考え込んでたんだね。」

茜さんは僕の窓際のベッドに腰掛けて、少し換気しない?と、半分くらい窓を開けた。相当空気が澱んでいるらしい。

室温が下がって、電気ヒーターが勢いよく稼働し始める。

「この他に何もなくない?」

僕は彼女にメモを手渡した。

「別に観光旅行じゃないんだから、それでいいじゃん。どうしてここに来てみたいかも分かんないし。」

「そっか…そうだね。」

「そうだよ!ハルサービス精神あり過ぎ!」

茜さんがいつもの顔で笑う。

「それ、咲生さんの真似?」

「え?なに?」

茜さんは首を傾げたが、じっと茜さんの顔を眺めてる僕を見て直ぐに気が付いた。

「あぁ、笑った時の顔?」

「やっぱそうなんだ。裕は自分も同じ顔してんのに気付いてなかったよ。」

換気終了〜!と言いながら、茜さんは静かに窓を閉める。

後ろ姿から「裕くん、鈍いからね」と聞こえた。


「ねぇ、ずっと聞きたかったんだけどさ、あの日、裕くんと二人で話したあの夜、…ケンカした?」

茜さんは気まずそうな顔をして、上目遣いに僕に問うて来る。

そんな顔するなら聞かなきゃいいのに。

「そうだねー、ちょっともう、茜さん呼びに行こうかなって思うくらいの言い合いだったかな。」

僕の顔を見て、食い気味に「はい、ウソ。」と言う茜さんに、僕はそのままを伝えた。

「そんな顔して聞くなら聞かなきゃいいじゃない。」

「いや…」

「僕がどれだけ自己主張したかで、お守りの効力でも高めたいの?」

「くっそ。正解を言うな。」

冗談言ってプンプンさせてやろうと思ったのにまさか的中だったとは。

君が僕の鼻を高くしてどうする。


「不安、なんだよ。」

茜さんは呟いた。この人の事だから、秋の間中、ずっと一人で怯えていたんだろうな。

「助けないよ。僕も茜さんといると同じように怯えなきゃならないんだから。」

「そう、だよね…」

宛てが外れた彼女は、俯いて小さく言った。

「でも、茜さんだけの話じゃ今はなくなったから、話を聞こう。」

「ハル、私より裕くんの方を率先して助けようとしてない?」

今更、そんな当たり前なことを言うんじゃないよ、茜さん。裕を助けないと、君は、君のその不安は助からないぞ。

「なに?思い移りとかそんなことに怯えてるの?」

「いや…というよりかは、私に、我慢ならなくなってしまわないか、って。」

堰を切ったように、彼女の口から不安ごとが流れ出す。

「私も、それなりに頑張ってる。制御も試みてる。頭ではちゃんと分かってる。でも…」

「そうなっても、そのままの君でいいって言ってくれたから好きなんだって、いつか茜さん言ったよね?」

僕はよく覚えている。 あれがあったから僕は茜さんの選択を分かっていた。

「仮に我慢できなくなっても、それをちゃんと茜さんに伝えて、一緒に悩んで、乗り越える為に歩いてくれるのが裕じゃん。自慢じゃないけど、僕にはできないよ。」

今にも泣きそうな茜さんを顔をぐっと引き寄せる。

ふっと、夏の匂いがした。

僕は多分、この先何人の女の子と出会っても、この匂いの感覚が都度、鼻を掠めるんだろう。 何も思い出せなかった、あの頃のように。


「ねぇ、茜さん。茜さんの人生はたった十二色の色鉛筆でしか描くことができない、そんな小さなもの?」

潤った瞳が疑問符を映す。

「空は青で、星は黄色で、草は緑じゃなくたっていいと思わない?茜さんの好きな色で、沢山の色で描いていいと思わない?同じことなんだ。」

これから言う言葉を、僕は自分の胸にも言い聞かす。覚悟は要る。でも、それだけでいい。


「一般的という言葉に騙されちゃいけない。誰と比べる必要もない。人と同じでなくても、それが君の安心や幸せに繋がるのであれば、それは迷わず選ぶべきだ。あの日の朝、決意を持って僕の部屋を出た君にはもうできているから心配は要らない。」

目に映った疑問符が溺れた。

「僕といた方が安心する理由を考えてごらん?そしたらあとはもう簡単だ。同じようにすればいい。 それが、一般的からずれていたって、ずれてることよりも、茜さんがいつ着火するか解らない爆弾を抱え続けている事の方が問題だから。」

震える両腕が僕の両腕を力強く掴む。


本当は、こんな約束がなくったって、僕は茜さんに馬鹿みたいに笑って生きて欲しかった。茜さんの不安が思い過ごしなのはきっと彼女にも分かっている。

それでも、それでもなんだ。


時に横暴で我儘で、それに加えて強欲だなんて、なんて手のかかる子供なんだろう。

それでも、僕のこの一言で彼女が溺れる海が、一センチでも浅くなるなら、一度でも温かくなるなら、 僕は、もういっそ僕のために、言ってやろう。


「もしも、その不安が茜さんを食い尽くしたら、僕はいつでもここにいるよ。」


そんな、有るか無いか分からないことを僕だって生き甲斐になんてしたくなかったさ。

それでも、それでもなんだ。


僕に、生きてて良い理由をくれよ。

君が僕を保険にする代償に。


「僕らは永遠に代わりだな。でも、僕はそれで…、それがいいな。」

声にならない茜さんの気持ちをわざわざ、言葉にする必要もないと僕は思った。

体温で彼女を安心させるのはもう、僕のすべきことではないので、僕はピクリとも動かずに泣きじゃくる彼女をただ見下ろす。

「夢は、夏にしか見れないのかもね。」

彼女はその言葉で全てを悟ったようだった。

さっと僕から手を離すと必死に袖口で涙も鼻水も全部一気に拭きとっている。

「あーあー。汚いなぁ。」

ティッシュを茜さんの鼻に押し当てると、ティッシュの下で笑い声がする。


「…明菜に、会おうかな。」

何にも考えていなかった。本当に、本当に何も考えていなかった。勝手に口から漏れていた。

「あきな、って…、妹さんに⁈うん‼︎絶対喜ぶと思う‼︎」

茜さんは全てのものが眩しすぎて弾けてしまいそうなくらい、キラキラと笑った。 夏に花火を買った時、僕が脳内で想像したあの笑顔で。

「あ、あの時の花火、二人が居る内にやんなきゃな…。」

突然、視界を暗闇に奪われて、僕は動揺した。体全体に暖かさが増していって、包み込まれる圧力と、同じ柔軟剤の香りを強く感じる。


あぁ…、本当に自分勝手な女だな、せっかく我慢してたのに。


「よく、決心したよ。偉いね、ハル。」

僕は思った。自分のしたことを褒めてもらうって、こんな感覚なんだ。

こんなに嬉しいんだ。

こんなに、生きてて良かったって、思えるんだ。

明菜に会って、いい事しか起きないとは限らない。今度こそ永久のさようならを告げられるのかもしれないし、 自分を苦しめる元凶である僕の息の根止めるつもりなのかもしれない。

それでも、僕は明菜に伝えたかった。

思い出したものを持って、僕がこれからしていきたい事。

一人でも、僕は誰かを助けたいと思う事。それがその一瞬でも、自分の存在が明確なものでなくなっていっても、 そうやって、僕は、生きていくと。


僕は謝意を込めて、茜さんの背に腕を回す。

秒針の音と電気ヒーターが送風する音だけの部屋の中で、

僕らは、確かに世界が動いている事も知らずに息をしていた。

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