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海の見える街 (10.5)

ふと、目が覚めた。

まだ辺りは真っ暗だった。

自分がしがみ付いて寝たはずなのに、いつの間にかハルが自分にしがみ付いている。

常時気怠そうにしているけど、寝ているハルはさらにもさっとしていて、何だか可愛かった。

ハルの頭の向こうにある携帯に手を伸ばして、画面を点けると午前三時を少し回ったところだった。


メールが五通も来ている。全部裕くんからだった。

五通もメールを送ってくるくらいなら、この部屋のドアをバンバン叩いてでも来て欲しかった、というのが私の正直なところだった。

たぶん、そうしたらその先が大変とか、面倒とか、そもそもそこまで想ってないとか、いろいろあるから誰も私の思ったように動かないんだと理解はしてるけど、どうしてもそれで納得できない。

いつまで経ってもこれに対する癇癪は治らなかった。


その点、ハルは全部私の思い通りになった。

思い通りにしてくれたし、言わなくても全部分かってるような顔をいつもしててくれた。


私は、どうして裕くんがいいんだろう。

私はどうして、ハルじゃ、ダメなんだろう…?


規則正しいリズムで寝息を立てるハルを少し揺さぶってみる。

どうせ起きやしないと思っていた。

「起きてるからいろいろ考えちゃうんだよ?」

…驚いた。

起きていた事にも驚いたけど、やっぱり全部分かったようなことを言うから驚いた。

「いつから起きてたの?」

「僕は寝ていないよ。」

「は?」

「横になってただけ。横になって、考え事をしてただけ。」

なんだそれ。さっきのセリフ、そっくりそのままあんたに返すよ。

「何考えてたの?」

「茜さんが考えてる事ほど、難しいことではないかな。」

「ふーん、私が何考えてたか、ハルは分かるって言うんだ?」

そう言ってはみたものの、確実に当ててくるんだろうなと思っていた。

そして、ここまで甘やかしておいて、絶対に答えは教えてくれないんだって事も。

「どうせ、なんで裕くんがよくて、なんで僕じゃダメなのか、とか考えてたんでしょ?」

…ほら。ほんと、まじキモい。

「答えは見つかった?」

見つからない、と私は答えた。


ハルは私の返事の向こう側で、だいたい、こんなに度々スマホ鳴らされたら、寝れるものも寝れないって、とボヤいている。起こしてくれても良かったのに。どうせ起きても、返事に困ってそのまままた眠っただろうけど。


「なんで、見つからないと思う?」

なんで…だろう。私は言葉に詰まる。

「よし、質問を変えよう。正直なところ、裕くんと僕は、今何対何で、どっちが勝ってるの?」

正直なところすぎで私はたじろぐ。

正直なところ…


「ハルといる方が、安心する。」


ハルは驚くと思った。

でも返って来た言葉は「うん。だろうね。」だった。

「何それ、そうなるように仕組んでるとか言うつもり?」

「そうだよ。」

「ハルは私に好かれたいの?」

「いいや、別に。」

なんだ、こいつ。なんか腹立つ。

「だって僕は、茜さんが望んでるものを出し続けているもん。僕が裕くんに勝つことは至って簡単。」

「じゃあ、ハルが私のこと好きになってくれれば…」

「じゃあ、裕くんの気持ちはどうなんの?」

私はハッとした。

「茜さん、自分のことしか見えてなさ過ぎだよ。茜さんももう気付いてるでしょ?って僕聞いたでしょ?」

でも、だって、は、ハルに通用しないと思った。

「私、信じてもいいのかな…」

「茜さんが信じなくて、誰が信じてあげるんだよ。」

ダメだ。でも、だって、しか出てこない。

「僕がいいならそれでもいいよ?でも僕はたぶん、優しくはできても茜さんの探してるものはあげられない。」

私の、探してる…もの。


急にハルが起きあがる。

起き上がったかと思ったら、一瞬で私の手と、足の自由を奪った。

「それとも、茜さんは欲求不満なだけ?」

ハルの全然骨ばってない、滑らかな手が、指が、私の身体を撫でていく。

「気持ちがどうとかじゃなくて、ただ気持ちよくなりたいだけ?」

みるみる気が動転していくのが自分でも分かる。

違う、違う、そんなんじゃない。そんなんじゃないのに、逃げられない。身体が、動かない。

「なんだ。満更でもなさそうじゃん。」

「違っ、」

「じゃあなんで逃げない。」

もう、やめて…

わからないんだもん、もう、そうやって意地悪言うの、やめてよ…。

「茜さんも、相当な思わせぶりじゃないか。僕が健全な男だったら、さっさと喰われてるよ。」

ハルはいつもと違う、知らない人みたいな笑い方をした。

「もういっそ、どっちにも抱かれてから選んだらいいんじゃないの?」

「ハル!いい加減にして!」

「それは俺のセリフだね!」

俺、と自分のことをハルが言うのが初めてで、私の身体は強張った。

嫌だ、嫌だ。嫌われたくない。

「いくら気が無くたってさ、こんな無防備に女の子が横で眠ってて、スヤスヤ眠れるほど僕もぼーっとしてないよ。」

…もしかして、寝ていないのって、それのせい?

「茜さんが僕に気がないから平気でいれるのに、簡単に靡いたりしないでよ。びっくりするでしょ。」

「もしも、私が本気でハルがいいって言ったら、ハルは私を愛してくれるの?」

ちょっと期待してた私がバカだったと思う。うん、って言ってくれるような気がしてたのは、夏の魔法とか、そういうもののせいにしたかった。

「いいや。愛せない。愛してあげられない。その理由を思い出したから、僕にはもう、無理だと思う。」

「思い、出した?」

「そう思い出した。茜さんのことがどこか放っておけないと思っていたのは、君が佑香に似ていたからだ。佑香の置かれてた状況に、茜さんの状況が似ていたからだ。潜在的にあの頃みたいに、僕が安心させてあげようとか思っちゃったんだ。」

「待って、ハル。話が、わからない。」

「佑香ってさ、僕が好きで僕の彼女だったわけじゃなかったことを、思い出したんだ。」

え…、どういうこと…?

「佑香は亮司が好きだった。亮司は佑香の気持ちに気づいていなかった。下手な事をして亮司に離れて行って欲しくはなかった。ただ、誰かに自分のことだけを見て、優しくして欲しかった。」

どうしようもなく、私だった。

今、この瞬間の私だった。

「私だ…」

思わず声が出た。

「よく気がつきました。」

ハルは私をぎゅうっと抱き締めると、頭をポンポンして、背中を優しく撫でた。

私じゃなくて、きっと、記憶の中の佑香さんを撫でているんだなと、感じた。

「僕はわかってたよ。わかってたけど、それでも佑香の気持ちを変えたかった。それくらいちゃんと好きだったよ。だけどその気持ちは届かなかった。だからね、」

ハルは私から身体を離すと、両手で私の顔を包み込んで、ものすごく優しい笑顔でこう言った。


「絶対に茜さんが僕だけのものになるって、僕は信じることができない。」


思わず、私は同じように両手でハルの頰を包み込んで、その顔を引き寄せて唇を奪った。

ハルのことが好きだとか、裕くんの方が好きだとか、そういう恋とか愛とかいう感情じゃなくて、

ただ、ただ、ここにいるハルの存在が愛おしかった。

何もかも忘れた空っぽのハルじゃなくて、今までのいろんな感情や経験で構築された本当のハルを私が「おかえり」ってしてあげたかった。


昨夜は応えてくれなかったハルが、私のどうしようもない我儘な暴走に応えてくれる。

お互いの息遣いしか聞こえてこない静まった部屋と、だんだん汗ばんでくる身体が妙に夏っぽかった。


これが、最初で最後。

一回きりの、夏の夢。


明日の朝起きたら、もう何もなかったように、今日よりももっと笑顔でハルにおはようを言おう。


そして、裕くんとちゃんと向き合おう。

ちゃんと私の気持ちを言って、ちゃんと裕くんの気持ちを受け止めよう。


ハルの頰を伝ってきた雫が、私の首に流れて胸の谷間を抜けていく。

激しく応えながら、ハルがそれ以上のことを堪えているのがなんとなく伝わってきて、私も気持ちをちゃんと持ち直す。

それを許してしまったら、それこそハルの言うただの欲求不満だ。


私が息を吸う間に、震えたハルの声がする。


「佑香っ…」


そう。彼は私を見ていない。私に、”代わり”の気持ちを教えてくれたんだね。

私の見ていたい人はこんなに傍で【生きている】のに、私は何をぐずぐずしていたんだろう。

朝焼けは淡く、私の夏の夢を覚ましていった。

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