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歌姫たちのイストワール  作者: すけともこ
第6章「船長の右腕、作家志望に語る」
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第4話「ちょっと待ってよ……」

「それからは船長さん、まるで人が変わったみたいに……いいえ、それを言うなら元に戻ったって言ったほうが近いかしらね。とにかく、必死にジュスティーヌちゃんの情報を集め始めたの」

「まずは似顔絵だってことでおれも手伝わされたんだが……どうにも上手く描けなくて、船長さんがひとりで何百枚と描き上げたんだよなあ」

「そりゃあ、アンタの絵を見たら全部ひとりでやろうと思うわね。犬も猫も人間も同じ顔なんだから」


 ジュスティーヌさんの帰還を信じて全員が動き始めた。

その頃の会話に耳を傾けていると、エフクレフさんが口を開いた。


「シーナは、聞いたことないですか? 船長が、よく口にしていた言葉なんですが……」

「え? 船長が、なんて?」


 エフクレフさんの低くて小さな声に思わず聞き返すと、エフクレフさんもわたしに尋ね返してもらいたかったのか、そこで一呼吸おいてから口を開いた。


「船長は、よく言っていたんです。『また、助けられた。次は自分の番だ』と」


 重々しく当時の船長の言葉を口にしたエフクレフさんは、すっかり冷めてしまったコーヒーを一口飲んだ。

 レンゲさんとトンスイさんは、その言葉にぱっと顔を明るくしている。


「あら懐かしい! そういえば、よく言っていたわ、それ」

「おれも、似顔絵の手伝いをしていたときに聞かされたなあ」


 そこから3人は、懐かしい話に花を咲かせ始めた。

 そして、すっかり話題に置いてけぼりをくらったわたしはというと……

 ひとり、首を傾げていた。


『また、助けられた。次は自分の番だ』


 ……おかしい。

 明らかに、何かがおかしい。

 でも……何がおかしいのか、わからない。

 何だ?

 どこかに違和感があるような……

 うーん……

 わたしが深く考えようと腕を組んだ、そのとき。


「ああ……みんな、ここにいたのか」


 噂をすれば、なんとやら。

 船長が自分のマグカップを手にして、食堂の前を通りかかった。

 おそらく、コーヒーのおかわりに台所へと立ち寄るところなのだろう。

 そんな船長に、レンゲさんは甲斐甲斐しく声をかけた。


「あら、船長さん。こっちでゆっくり休憩したらどう?」

「あ~……いや、すぐに戻らないと。お気遣い、感謝します」


 あら残念と呟くレンゲさんに会釈して、船長は台所へ向かって歩き出した。

 あ……

 これは、今聞いておかないと、気になって寝つきが悪くなるやつだ。

 立ち去る船長に、居ても立ってもいられなくなったわたしは、


「船長」


 その背中に向かって、短く声をかけていた。

 どうしても、知りたかったのだ。

 船長の言葉の違和感、その正体を。

 なんとなくだけれど、何がおかしいのかはわかってきた。

 しかし、違和感だけは自分ひとりでは解決できない。

 こればかりは、本人に尋ねてみなければ。

 作家志望として、言葉には常に敏感でいたいのだ。

 わたしは、くるりと振り向いた船長に向かって、直球の質問をした。


「また助けられた……って、どういう意味ですか」

「……」


 船長はもちろん、わたしたちが何を話していたかは知らないので、案の定ぽかんとしていた。

 そこですかさずエフクレフさんが今までのことを説明してくれたのだけれど……

 わたしのこと、そんなに睨まなくてもいいじゃないのよう。

 ……まあ、変な質問をしてしまったわたしのせいだから、仕方ないんだけれど。


「……」


 しかし、エフクレフさんから今までの話を聞いた後も、船長は黙り込んだままだった。

 そんな船長に、わたしはさらに畳みかけた。


「ジュスティーヌさんが書き残した物語では、船長は2回ジュスティーヌさんを助けていますよね。大地震のときと、真夜中の甲板を踏み抜いたときの2回です」

「……」

「でも、ジュスティーヌさんが船長のことを助けたのって、あの物語の後だけですよね?」

「……」


 この流れで、船長はわたしが何を聞きたいのか、わかってくれたと思う。

 だからわたしは、何も言わずに待っていてくれる船長に、素直な疑問をぶつけることができたのだ。


「船長……また助けられたってことは、船長は以前にもジュスティーヌさんに助けてもらったことがあるってことでしょう?」

「……」

「でも、ジュスティーヌさんが書いた物語の中には、そんなこと一言も書かれていないんです。それってもしかして、ジュスティーヌさんがあえて書き残しておかなかっただけ、なんですか?」

「……」


 船長は、黙ってわたしを見つめていた。

 木賊色の瞳は、わたしの考えを肯定しているようにも、否定しているようにも見えた。

 先ほどの船長の言葉への違和感、その正体は「また助けられた」の「また」にあった。

 わたしの知る限り、ジュスティーヌさんはあの甲板での死闘でしか船長を助けてはいない。

 それなのに、船長は「また助けられた」と言っている。


 ちょっと待ってよ……

 わたしは、船長とジュスティーヌさんの物語を最初から最後まで書くんだって決意しているのに、そのわたしが、ふたりについてまだ知らないことがあるなんて……

 そんなこと、私自身が許せない。

 ……絶対に。


 さっきの、ジュスティーヌさんが行方不明になってからのことだって、船長は詳しくは教えてくれなかった。

 その場で尋ねなかったわたしも悪いけれど、今回は気になったことはこうしてすぐ尋ねているのだから、ちゃんと答えてもらわなくちゃ。

 船長、何か大事なことがあるなら、ここで詳しく教えてくださいね。

 わたしは、祈るような気持ちで船長を見つめていた。

 しかし船長は、


「シーナ、考えすぎだ。俺の言葉には、そんなに深い意味はないよ」


 そう言って、困ったように微笑んだ。

 ……え?

 ええっ?

 わたしの驚きは、いつぞやと同じように


「はあ!?」


 となって船長のもとへと届いた。

 もちろん、わたしの驚きに驚いたのは船長も同じようで、


「え、いや、はあ? と言われても困るんだが……」


 と、若干呆れているようで、


「あれは、ただの言葉の綾というやつで……ほかに良い言い回しがなかっただけなんだ。そんなに気にしないでくれ」


 そう言って、そのまま台所へと歩いていってしまった。

 引き留めようにも、もう立ち止まってはくれない……

 そんな空気を醸し出しながら。


「……」


 気がつけば、食堂にはわたしひとりしかいなかった。

 エフクレフさんとトンスイさん、そしてレンゲさんは、もう自分の仕事に戻ってしまったらしい。

 窓の外を見れば、すでに夕日が波間に吸い込まれてしまった後で、空はまだ明るいものの、遠くのほうは薄青に染まっている。


 言葉の、綾……?

 静かになった食堂で、わたしは窓の外を眺めながら、船長の言葉を思い出していた。

 そして、少し考えて……首を振った。

 違う。

 自分の言葉に「それほど深い意味はない」なんて、船長が言うわけない。

 だって船長は、あのわたしのダメ小説に赤ペンを入れまくったんだから。

 人一倍言葉に敏感な船長が「ほかに良い言い回しがなかったから」なんて言い訳、するはずない!

 ……船長は、何かを隠している。

 でも、いったい何を?


「……」


 ああっと、いけないいけない。

 こういうことは、ひとりで考えていないで、事情を知っていそうな人に聞いてみたほうがいい。

 でも、この船の中で船長の言葉に疑問を持ったのは、わたしだけみたいだから、聞いてみるなら、そう……

 これから向かう西大陸の人たちなら、何か事情をご存知かもしれない。

 例えば……ジュスティーヌさんのお母様、とか。

 人気のない食堂で、普段は当てにならないわたしの直感が訴えていた。

 ジュスティーヌさんのお母様だけが知っていることが、きっとある……と。



第7章につづく

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