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歌姫たちのイストワール  作者: すけともこ
第4章「歌姫の物語〜初春」
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第6話「帰ってきたんだわ……」

「あっ! ちょっとジークさん! 何するんですか!」

「こんな落書きじゃ申し訳ない。エフクレフ!」


 口を尖らせるポモさんには目もくれず、ジークさんは私の似顔絵を見つめたまま、いつの間にか隣に立っていたエフクレフさんに右手を上げました。

 すると、エフクレフさんは何もかも承知していると顔で返事をして、ジャンパーの内ポケットから何やら取り出して、ジークさんの右手に握らせました。

 それは、薄緑色のペンでした。


「……」


 店内にいる全員が見守る中、ジークさんは私にちらっと視線を向けてから、テーブルに置いた似顔絵にペンを走らせました。

 ペンが軽快に紙を滑っていく、サラサラという音だけが響きます。

 そして、数分後。

 ジークさんは気が済んだらしく、テーブルにペンを置いて、私に似顔絵を差し出しました。


「ジュスティーヌ。18歳の誕生日、おめでとう」


 先ほどまで何もなかった空間に、薄緑色の美しい球体が描かれています。

 それは、ちょうど私の耳の下あたり……

 似顔絵の中の私は、翡翠のイヤリングを付けて微笑んでいました。

 今の私と同じように。


「ありがとう、ございます……!」


 なんてステキな贈り物でしょう……!

 感動の大波に飲み込まれながら、私は深呼吸を繰り返していました。

 そして、ようやく目の前の人物が本物のジークさんだと断言できるようになったのです。

 とてつもなく、今さらなのですが。


 ああ、繋がった……

 たったひとつの描き込みで、昔と今が……

 帰ってきたんだわ……

 ジークさんが、私の歌を聴きに帰って来てくれたんだわ……!

 私の手にした似顔絵を覗き込んだアッラルさんが「あら粋なことするじゃない」と感心する一方、


「ずるいですよ、ジークさん。もともとはボクのもらった絵だから、ボクがプレゼントしたのに。自分からジュスたんにプレゼントしたかったのなら、そう言ってくれればいいじゃありませんかぁ」


 ポモさんは、頬を膨らませてむすっとしています。

 そんなポモさんの文句も軽く聞き流して、ジークさんは私に視線を向けました。


「ジュスティーヌ。もう夜も遅いが、1曲歌ってもらえないだろうか」


 ジークさんの木賊色の瞳には、息を呑む私が映っていました。

 まさか、ジークさんから歌のリクエストをもらう日がくるなんて!


「は、はい! ぜひ歌わせてください!」


 ちょうど、この絵のお礼をしたいと思っていたところで……

 なんて口を開くのももどかしくて、その場でぺこりとお辞儀をしてみせました。

 そして、胸躍らせてステージに目をやった私は、ピアニストのアルペジオさんがもう帰ってしまっていることに気がつきました。

 あ……

 でも、大丈夫です。

 1曲だけ、伴奏なしでも歌える歌があります。


「それでは『いつでも歌が』を……」

「……ありがとう」


 ジークさんは、あの日の即席ステージを思い出してくれたのでしょう、口元を綻ばせています。

 ポモさんも、おそらくあの日のことをジークさんから何度も聞いていたのでしょう。


「やったぁ!」


 と、両手を上げて喜んでくれていました。

 もう遅いから小声で1番だけだよ、と注意する母さまの声を背中に聞きながら、私はステージにぴょんと飛び乗りました。

 静かにピアノの蓋を開けて、最初の音を鳴らします。


 ………

 いつでも歌が いつでも私が そばにいる

 ………


 最後の1行の歌詞が、こんなにも胸に響くなんて……

 ああ……

 この時間が、ずっとずっと続いてくれたらいいのに。

 ジークさんが、だれに気兼ねすることなく、私の歌を自由に聴ける日が毎日の風景になってくれたら……

 でも、それは……

 私の歌に耳を傾けてくれているジークさんをステージ上から見つめながら、私は叶うことのないだろう夢を胸に歌い続けていました。



★彡☆彡★彡



 翌日、ジークさんとポモさんはソニード王国を出発し、お隣の小国パステール王国へと向かいました。

 そこからムーシカ王国を経由して、セレアル侯国へ入国するのだそうです。

 あの日の夜更け……

 ジークさんがムーシカ王国を通ると聞いて、私も母さまも取り決め違反を思い出して顔を見合わせました。

 しかし、こちらにはセレアル侯国侯爵令嬢がいるので、そうそう何か起こることはないと、ジークさんは落ち着いていました。

 私は詳しいことは知りませんが、それほどセレアル侯国の侯爵家には絶大な力があるようです。


「またしばらく会えなくなるかもしれないが……必ずまた、ジュスティーヌの歌を聴きに行くよ」


 見送りに店先へと出た私に、ジークさんは寂し気に微笑みました。

 私だって、寂しくないわけないけれど……

 でも……

 これが、一生の別れなんかではないはずだわ。

 と、自分に言い聞かせて、


「……お待ちしています」


 その場で一礼してみせました。

 そして、ジークさんとポモさんの姿が角を曲がって見えなくなるまで、私と母さまは店先に佇んでいたのでした。

 ………

 ……


 それから、数日が経ちました。

 まだ風はひんやりと冷たいですが、太陽の光は日に日に強くなっていて、季節はすっかり春になりました。

 道端の植え込みには、湿り気のある土から若草色の新芽が顔を出し始めています。

 また幾日か経てば、小さくて可愛らしい花が咲くことでしょう。


 18歳になったからといって、私の生活が劇的に変わるということはもちろんなくて……

 今日も今日とて、店先の掃き掃除に明け暮れています。

 でも、何も変わっていないわけではありません。

 ……必ずまた、ジュスティーヌの歌を聴きに行くよ。

 そう言ってくれる人がいる。

 今は遠く離れているけれど、ずっと一緒にいたいって、そう思える人。

 私の、大切な人。


 ……待っています。

 あなたが自分の立場や仕事を気にすることなく、私の歌を聴けるようになるその日を……

 午後の柔らかな日差しを浴びながら、私は掃き掃除の手を止めて、雲ひとつない澄み渡った青空を眺めていました。



★彡☆彡★彡



 夕暮れ時になり、楽屋の掃除を終えた私が店内に顔を出してみると、


「お! じゅっちゃん! 一緒に一杯どうだい?」


 開店前だというのに、リットさんとアッラルさんがテーブルを囲んで宴会を始めていました。


「ええっ、おふたりとも、今日は早くないですか?」

「いやいや、そんなことはないよぉ。日が長くなったせいさ、そうだろう? アッチェレ」


 もう随分とできあがっているリットさんが振り向いた先では、目に物騒な光を宿した母さまが腕を組んで立っていました。


「日が沈む前から一杯、いやそれ以上引っ掛けるなんて、良いご身分だこと」

「あはは、そうかい? 嬉しいねぇ」

「……」


 もう、会話も成立しません。

 母さまは、地面すら吹き飛ばしかねない大きなため息をつくと、そのまま楽屋裏へと消えました。

 おそらく、大ジョッキのお冷を持ってきてくれるのでしょう。

 なんだかんだ、仲の良い親子なのです。


 こうして、普段通りの夜が始まりました。

 町全体が宵闇に包まれ、夜の帳が下りた頃……

 リットさんとアッラルさんと一緒にテーブルを囲んでいた私は、何か1曲歌おうと席を立ちました。

 どの曲にしようかと頭の中で楽譜を並べていると……

 突然、店の扉が勢いよく開き、扉に付けられたベルがけたたましく鳴り響きました。

 店の備品を丁寧に扱わないと、たとえお客様だろうと母さまから大目玉を喰らうのが当たり前なのですが……


「っ……」


 母さまは、怒鳴りかけた言葉を飲み込んで、2杯目の大ジョッキお冷を抱えたまま固まってしまいました。

 その視線の先には、膝に手をつき、肩で息をしている男の人がいます。

 ……レンガ色の髪の毛が、上下する肩と一緒に揺れていました。



つづく

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