1-1 決意
「はぁ……」
古びた6畳間の一室には似つかわしくない立派なコレクションケースや本棚に囲まれて、部屋のちょうど中央に鎮座する青年が溜息をつく。
「う~ん……うううう……」
熱気で部屋の空気は揺らめいているが、夏の風物詩である風鈴さえも暑さにうな垂れているのか、こちらは全く揺れずに静寂を保ったままだ。ボイル=シャルルの法則を用いた文明の利器、エア・コンディショナーなどはなく、窓を全開に開け放っていても入ってくるのはセミの鳴き声だけである。白いティーシャツはぴったりと肌に張り付き、額から流れた汗は頬を伝い、顎に溜まっては零れ、また溜まっては零れを繰り返している。
「このままじゃ100万円なんて貯金できるわけないし……どうするかな……」
青年は暑さなどものともせずに、床に置いてあるサブカル雑誌を注視し、腕を組んで考え込んでいる。雑誌には、現実よりもはるかに目が大きく、鼻の穴が描写されていない女性が描かれており、『等身大フィギュア発売決定!』と銘打たれた文字がでかでかと書かれていた。唸りながら考え込むこと5分。やがて結論が出たのか、意を決した青年は立ち上がった。
「よし! 店長に交渉しよう!」
周囲の環境に気を配る余裕が出てきた青年は、ようやく自身の置かれている部屋の蒸し暑さに気付いた。既にちょっとしたサウナと化している。
「ってか暑っ! 汗ヤバっ! 全然気付かなかった。しかももう12時か。そろそろバイト行かないとな。それにしても、こんなに考え込むなんて久しぶりだな」
浴室に比べると幾分かさっぱりした空気を肌の水滴越しに味わう。爽快感からぷはぁ、と感嘆を漏らしつつ、髪を乾かすために洗面台の前で仁王立ちをする。鏡に映る様は、10人中10人の女性が爽やかだと褒め称えるだろう。品のある顔立ち、色白で長身痩躯、だが程よく筋肉もあり、世が世ならどこかしらの王子様と見紛うことだろう。
直毛とはいかないまでもクセが少ない短髪の黒髪は、湿度が高い今時期であってもセットに時間がかからないため便利だ。ドライヤーを片付け、コレクションケースの裏にある収納棚に手を伸ばす。コレクションケースがあるため、実に開けにくい。
狭い隙間から器用に衣類を取り出し、迅速に着替えを済ませる。今日のコーディネートは黒のスラックスと水色のシャツ。どちらも生地が薄めではあるが、快適とは言いがたい長袖だ。色白は男らしくないと考えている彼は、自身の肌を隠すために長袖を着用するようにしているが、それではいつまで経っても色白なままであることは百も承知である。
準備を終え、部屋を一歩踏み出して立ち止まる。あまりの暑さに驚愕をしたからだ。
「あちー。早いとこ涼みに行こう」
早足でバイト先へ向かう。
雲一つない大空の下、人知れず宙を舞う人物がいる。人を探すために低空飛行を続けているが、誰も彼女を気に留める様子はない。
「今日も見つかりませんね。とりあえずお昼にしましょう」
浮かない表情はそのままに、ひとり呟きスピードを速めようとした瞬間、一人の青年が目にとまった。慌てて立ち止まり、顎に手をやり考え込むような姿勢をとる。目を細めて全身を吟味し終えると、
「お金持ってそうな人、発見!!!」
ようやく御眼鏡にかなう人物を見つけた彼女は、よく澄んだ声で大声を発した。腰まで伸びた銀色のツインテールや、黒を基調としたフリル多めのスカートが元気一杯に翻る。傍から見れば小さな体躯に似合わず、とんでもないことを言っているが、彼女の表情は実に明るかった。
彼女の視線の先――いそいそとバイト先へ向かう彼の名は、雅道院 京(がどういん きょう)。
貧乏フリーターである。
ちなみに、童貞だ。




