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上手く話せない僕が最強になった理由【最終話】

※実在する地名・神社が出てきますが、参考にしただけです。本作はフィクションですので、ご了承ください。

※エセ関西弁注意


【4】の人間関係

 不良グループのリーダー・椋子 → 主人公・柚貴 × 友人・楓


 雨が降っていた。

 ここ、どこだろう……?

 楓ちゃんや椋子さんはどうしたんだろう?

 クラスのみんなは無事だろうか?

 辺りを見渡しても、僕の知っている景色はない。

 鬱蒼と茂った森の中だ。

 そこに、一人の武者が立っていた。

 よく時代劇とかで見る甲冑を全身に多い、腰には刀を差している。


「お前、ケガをしたのか?」


 この武者、誰かに似ている……。

 武者の向かいには、一人の女性が倒れこんでいた。

 いや、人間じゃない。

 尖った耳、九つの尻尾。

 玉さんだ。

 息を乱し、体中、泥だらけだった。


「ふむ」


 武者は玉さんの近くを見渡した。

 崖がそびえたっているのが見える。よく見ると、その一部は崩壊していた。


「あそこから落ちたのか。妖怪もドジを踏むのだな」

「殺せ!」


 玉さんは相変わらず怖い声で、人を脅していた。


「帝の命令で我を殺しにきたのだろう!? 三浦! 絶好のチャンスだ! 殺せ!」

「はっ。嫌だね。手負いの獲物に興味ねぇや」


 三浦と言われた武者は、玉さんの恫喝に臆する事なく、平然としていた。

 手慣れた様子で、玉さんの足をとる。


「あ~あ。折れているな、これ」

「触るな!」

「動くなよ」


 三浦さんは手拭いを取り出した。そして、あたりを見渡す。

 落ちている木の枝を手にしては、「違うな」と新しい枝を探していた。


「……何をしている?」

「治す手伝い。お互い、無傷な状態で戦った方が面白いだろう?」


 いい枝が見つかったのか、三浦さんは「これこれ」と言いながら、一本の枝を添え木にした。手拭いで足を巻き始める。


「おかしな奴じゃ」

「そうか?」


 三浦さんは手拭いをきつく縛った。

 ふと玉さんを見て、ニヤリと笑う。


「なるほど。美しいな、お前」

「……っ!」

「帝がお熱になるのもわかるわ」

「……」


 玉さんは顔を真っ赤にして、目を伏せた。

 恥じらう少女のような顔だ。こんな顔も出来るんだ。


「ほう。妖怪も人間に褒められると嬉しいのか。可愛いものだ。……俺のところに来るか?」

「っ! 馬鹿者が!」

「ははははは」


 三浦さんは笑いながら、立ち上がった。

 雨に濡れているのに、一向に気にする様子はない。


「どれくらいで治る?」

「……一晩もたてば、骨はくっつくだろう」

「では、二晩明けたら、俺はお前の追跡を再開しよう」


 三浦さんは踵を返した。

 鎧をガチャガチャ言わせながら、歩み出す。


「その時こそ、討ち取ってくれる。また会おう。狐の姫君」




 視界が一瞬、暗くなった。


「お前もこれで終わりだな」


 三浦さんの声がする。

 声のする方に視界を移すと、見たことのある景色が広がっていた。

 あ。僕が梗香さん達に殴られた神社だ。

 あの沼。本当に池だったんだ。今と違って、水がしっかり張っている。

 その池に玉さんが浮かんでいた。

 胸を大きく斬られたのか、胸が赤く染まり、玉さんは動かない。

 斬ったのは、三浦さんだろう。


「どうせ、すぐ蘇りそうだけどな」

「……」


 玉さんは返事をしなかった。

 目をつぶり、無表情のまま、池を漂っている。


「そうはさせねえよ。狐の姫君」


 三浦さんは、返事を期待しているわけでもなく、玉さんに言葉をかけ続ける。


「俺は人生を全うしたら、魂だけになってでも、お前を見張ってやる。二度と悪さしねえようにな。極楽にも地獄にも興味ねぇや。お前の側の方がよっぽど楽しそうだ」


 三浦さんは笑っていた。

 何か面白い予定が入ったような、待ちきれない様子だった。


「俺が人生を全うしたら、また会おう。狐の姫君よ」



♢♦♢♦♢


 僕の意識はそこで目覚めた。


「石は!?」

「崩れていた部分は、直しておきました。前の姿をよく覚えていないので、合っているのかはわかりませんが」

「よし、行くで!」


 楓ちゃんや椋子さんの声が聞こえる。

 あ、ここはあの時の神社だ。

 ん? 僕、ものすごい速さで走ってない?

 周りの景色がどんどん流れていく。

 まるで車の中にでもいるみたいだ!

 これなら、オリンピックに出られそうだよ!


「いたな、小童ども」


 僕の口が勝手に開く。

 いや、こんな事、僕、話そうとしていないのに。

 そうか。

 これが「身体を乗っ取られる」という事なのか。

 初めから、玉さんはこれが目的で……。

 玉さんから与えられていた力に、いい気になっていた自分を殴りたかった。

 騙されていた。

 悔しかった。


「これで、どうですか?」

「よし、とにかくやってみようや!」


 社殿を通り過ぎて、鏡が池に向かう。

 すると、楓ちゃんや椋子さんや梗香さん達の姿が視界に飛び込んできた。


「うわっ! 来ましたよ!」

「早いな! こっちは車で飛ばしてきたんだぞ!」


 僕の姿を見て、みんな、驚愕している。

 あの梗香さん達が怯えているんだ。意識のない間、僕は同級生のみんなに何をしてしまったのか。考えるだけでも、怖かった。


「柚貴、今、助けるからな!」


 楓ちゃんが札を石碑に貼ろうとした!

 が。


「させるか!」


 僕(僕の意志ではないけれど)は、怒気のこもった声を出して、楓ちゃんに襲いかかる。


「ひっ!」


 楓ちゃんは瞬時のところで、僕からの攻撃をかわした。

 うわっ! 僕の爪が大きく長く伸びている。これを食らったら、ひとたまりもないだろう。

 更に、事態は悪い方向に向かっていた。


「うっ!」


 攻撃をよけた楓ちゃんが足をつかんで、苦しそうに顔を歪めた。

 その場にうずくまり、悶えている。

 もしかして、さっきの攻撃を避ける時、足をひねった!?


「くそっ!」


 楓ちゃん、辛そう。

 助けに行きたい! 

 行きたいのに、身体が全然いう事をきかない!!

 このチャンスを見逃す玉さんではない。


「もらった!」


 すかさず、お札を奪いにかかる。

 だが、その前に、楓ちゃんからお札を取ってくれた人がいた。

 椋子さんだ。


「渡すわけにはいきませんわ!」


 椋子さんはお札を手にし、石碑に向かった。

 やった! もうすぐだ!

 だが。


「待て!」


 その足を止める一言を、玉さんが言った。


「黄色頭よ。我の力、お前の為に使ってもよいぞ」

「……」


 椋子さんの身体が動かなくなった。

 何かを期待する目をして、玉さんの方を向く。


「その力を……私に……?」

「お前、ユズキが好きなのであろう? ……札を渡せ。さすれば、ユズキの心をお前に差し上げてもいいわ」

「……」


 え。

 なに、言っているの……? 

 僕は楓ちゃんが好きなんだよ。

 玉さん、知っているでしょう!


「こらっ! 椋子! 自分、騙されるなや!」


 足首の痛みをこらえながら、楓ちゃんは椋子さんに訴えた。「やめろ! 椋子! 乗っ取られるで!」と何度も何度も叫んでいる。

 玉さんは僕から椋子さんに乗り移る気なんだ。そのうえで、妖術を使って、僕の心を操ろうとしている。

 でも、玉さんはいやらしい笑顔で、椋子さんを誘惑するだけだ。

 肝心な事は言わずに。


「想像してみろ。いつもお前の側にいるユズキを。お前に優しく、お前にだけ笑顔を見せ、お前だけを愛するユズキを。最高じゃろう?」


 喋っているのは自分だ。だけど、鳥肌が止まらない。

 何、それ。

 それ、僕じゃないよ。


「……最高ですわね、それ」


 椋子さんは面白そうに笑っていた。

 やめて、椋子さん。

 承諾しないで。


「では、お札を……」

「ですが」


 椋子さんは嫌悪を露わにして、玉さんを睨みつけた。


「私をなめないでくださいませ!」


 りょ、椋子さん……!?

 椋子さんが、玉さんの取引を拒絶した!

 僕は嬉しくて、椋子さんに抱きつきそうになってしまった。


「貴様っ!」 

「妖怪だか、狐だか、何だか知りませんが、あなたの力は借りません。……あなたの提案は、確かに魅力的ですわ。極楽です。でも、その極楽、興味ございませんね」


 ……あれ?

 なんか、どこかで聞いたことある言葉だ。


「私は、私の力だけで、柚さんを手に入れてみせますわ!」


 椋子さんは石碑に向かい、お札を構える。

 そして、石碑の上部めがけて、お札を貼りつけた!!


「では、ごきげんよう。狐のお姫様!」

「……あっ!」


 あっ!

 僕と玉さんは同時に声を上げた。

 そうだ。

 あの三浦っていう武者。

 どこかで見たことあると思ったら……。

 椋子さんに目元がそっくりだ!!

 だが、それに気づいた、次の瞬間!


 石碑に貼りついたお札が、まばゆい光を放った。

 ま、まぶしいっ!! 

 真っ白で何も見えない!!


「お、おのれ~~~~!!!!」


 右手首がビリビリとしびれる。

 でも、それも一瞬。

 痛みが引いていくと同時に、玉さんが僕から離れていくのが分かった。

 今までは一つにつながっていた感じだったけど、どんどん声が遠くなっていく。


「三浦ぁ! 貴様! ずっとここにいたのだな! この土地に! 我を見張る為だけに!!」


 遠くなるにしたがって、僕の頭もくらくらしてきた。

 すごいめまいがする。視界がグルグル回って……意識を保てない。


「ああ! また封印されてしまう~!! 三浦め! 三浦めぇぇえぇぇ!!」


 玉さんの声が聞こえなくなると……僕の身体は地面に倒れこんだ。


「柚貴!」

「柚さん!」


 楓ちゃんに上体を起こされ、僕は何とか意識を手放さないでいた。

 目の前に、楓ちゃんがいる。

 大好きな楓ちゃんの頬に僕が手を伸ばすと、楓ちゃんは愛おしそうにその手に触れてくれた。


「楓ちゃん……」

「柚貴。ごめんな。一人にさせてしもうて……。堪忍な」


 ううん。

 僕は首を振った。


「ぼ、ぼ、ぼくも、ご、ごめん」


 声に出して、改めて知った。


 あ。


 戻っている。


 それは玉さんが完全に僕から離れたという事だ。

 ああ、封印されたんだ。良かった。

 それは嬉しい事のはず。はずだけど……やはり元に戻ってしまったショックは、隠せない。


「柚さん」


 楓ちゃんとは反対側に椋子さんが座った。

 ああ、椋子さんにもお礼を言わなくちゃ。椋子さんがあの時、拒絶してくれなかったら、大変な事になっていた。


「りょ、りょ、椋子さん……。あ、あ、あ、ありがとう……」

「いいんですわ、柚さん」


 椋子さんは涙にあふれた自分の目を指で拭った。


「私は柚さんの為なら何だってやる覚悟ですわ。柚さんの笑顔の為なら、私は苦労もいとわないでしょう」

「ご、ご、ごめん」

「え」


 僕は身体を楓ちゃんの方に寄せて、涼子さんとは距離をとった。


「ぼ、ぼ、ぼ、僕……か、か、か、楓ちゃんが……す、好き……だから……」

「っ!」


 僕の告白に、椋子さんの表情が完全に固まった。


「柚貴!!」


 そして、楓ちゃんは満面の笑顔。

 後ろから僕を抱きしめた。


「ほんまか!? ほんまか!?」


 僕に頬ずりしてくる。

 眼鏡がずれそうだよ。

 僕は困ったように笑いながら、ゆっくり首を縦に振った。


「うちもめっちゃ好き!」


 楓ちゃん、嬉しそう。

 うん、僕も嬉しいよ。


「妖怪ですわ……」


 椋子さんはフラ~っと立ち上がり、生気のない目で僕らを見た。

 ちょっと怖い。


「まだ妖怪が憑りついているようですわね! 柚さんは操られているのですわ!」


 え。

 そんなわけない。


「ぼ、ぼ、ぼく……」


 この話し方が何よりの証拠だ。


「人を……平気で、き、き、傷つけて……わ、わ、わ、笑っている人って……無理……」

「……っ!!」


 椋子さんの顔は、完全に引きつってしまった。

 そして、ゆっくりと踵を返すと、石碑の方に歩み出した。


「ちょっ、ちょっと……!」


 嫌な予感がしたのだろう。

 梗香さん達三人は慌てて、椋子さんの身体を押さえた。


「離しなさい! 離しなさいってば!」

「椋子さん、何しようとしているんですか!?」

「あの狐を復活させて、柚さんを私のモノにしてもらうんですわ!」

「馬鹿ですか! 乗っ取られますよ!」


 引きずられるように、椋子さんは石碑から離される。

 なおも暴れる椋子さんを、三人は「仕方がない」とばかりに顔を合わせ、担ぎ始めた。


「ちょっと! 何するんですの!?」

「どう見たって、望みないでしょう!」

「あなた、嫌わているんですから!」

「帰りましょう!」


 なんだかんだ言って、あの三人は椋子さんとって、いい友達なのかもしれない。

 椋子さんを担ぎ上げたまま、「じゃ、明日」と言って立ち去ってしまった。


「か、か、楓ちゃん……い、一旦、が、が、学校に……戻ろう……?」


 今、僕は学校に行きたかった。

 みんな、どうなったんだろう?

 玉さんが封印された事で、どんな変化があったのだろうか?

 一緒に来てほしいと、楓ちゃんの方を振り返る。


「柚貴~」


 楓ちゃん、すごいニヤニヤしている。

 ちょっと気持ち悪い。


「なぁ、なぁ、高校卒業したら、うちと一緒に大阪来るやろ?」


 え? 何?

 何の話?


「どこに住む? 進学先にもよるやろうけど。やっぱり、大阪24区は地価が高いしな~。吹田市あたり? だとしたら、箕面あたりでもええな~」


 ???

 大阪の地理が分からない僕には、大阪のどのあたりを言っているのか、さっぱりわからない。

 べ、別に、嫌じゃない。嫌じゃないんだ。

 楓ちゃんとはずっといたい。

 でも、今、話す事じゃないよね! 


「か、か、か、楓ちゃん。が、が、が、学校に、も、も、戻ろう……」

「ハネムーンは沖縄がええな~。あ、ハウステンボスも捨てがたい」


 なんで西日本ばっかりなの?

 っていうか、僕の話、聞いてよ!

 僕は少し苛立ってきて、立ち上がった。


「も、も、も、もういい! 行く!!」

「あ、待って! 柚貴! 柚貴、待ってな~」




 僕たちが立ち去ると、薫風が吹いた。

 初夏にふさわしい、優しくて暖かい湿った風。

 その風に吹かれて、石碑の札が揺れていた。



♢♦♢♦♢


「ご、ご、ご、ごめん……な、さい!」


 数日間、僕はずっと謝り続けていた。




 あの後、学校に戻ると、一年生の棟は日常に戻っていた。

 部活に入っている子達は部活に勤しんでいたし、残っておしゃべりしている子達もいた。怪我をしている子は一人もいない。

 机も椅子も散乱していないし、壁やドアは壊れていなかった。


「ご、ご、ごめんね。だ、だ、だ、大丈……夫?」


 そう言っても、キョトンとして、「何の話?」と返事をしてくる子がほとんどだった。

 しかし、全て皆が忘れているのかと言えば、そうではない。忘れているのは、玉さんを封印したあの日だけで、その前の事は覚えていた。




 僕は知っている限り、嫌な思いをさせてしまった同級生達に謝る日々を送っている。


「お、お、お、桜輔君。ご、ごめん! い、い、い、痛かったよ……ね。ご、ご、ごめんね」

「え。ああ、うん……。ビックリしたよ、あの時は」

「ご、ご、ご、ごめん! ほ、ほ、ほ、本当に、ごめ……んなさい!」


 幸いな事に、桜輔君のように咎めてこない生徒が、ほとんどだった。

 でも、中にはきつく責められる事もある。

 特に、女の子からは強く責められた。


「あの時は、本当に怖かったんだから! 今でもたまに思い出すんだけど!」

「ご、ご、ごめんなさい! ご、ご、ご、ごめんなさい!」


 告白してくれた女の子達に誠意をこめて謝った。

 それから、自分には好きな人が出来たので、付き合えない事も伝えた。

 そしたら、引っ叩かれた。


「あんたって最低!」

「うげっ!」


 眼鏡はずり落ち、左頬に思いっきり跡が付いた

 元々、許してもらおうとは思っていない。

 思っていない。

 けど……辛い。




 昼休み。


「柚はようやっとるよ」


 今日は、屋上で楓ちゃんと食べている。

 うちの学校は屋上を解放しているから、この時期は屋上で食べている生徒達が結構いた。


「ちゃんと謝って、えらい」


 楓ちゃんの柔らかい手が、僕の髪の毛を撫でてくれる。

 落ち込んでいる僕に、こうやって優しくしてくれる楓ちゃんが本当に大好きだ。

 多分、今までの僕だったら、皆の目が怖くて謝る事すら出来なかっただろう。いや、出来たとしても心が折れて、途中でやめていたに違いない。


「あ、あ、あ、あ、ありがとう」


 僕が愛おしく楓ちゃんを見つめる。

 一通り、みんなに謝る事が出来たのは、楓ちゃんのおかげだ。

 楓ちゃんが味方でいてくれたから、僕は頑張る事が出来た。


「お止めなさい!」


 突然、屋上に甲高い声が響く。

 屋上にいる誰もが振り向くが、本人は一向に気にしていないようだ。


「こんなところで、イチャイチャするなんて、公序良俗に反しますわよ!」


 椋子さんだ。

 最近、彼らは問題を起こしていない。梗香さん達はけっこう大人しくしているし、人に暴力をふるっていない。

 椋子さんは授業に出ていない日が多いけど、なんと部活にだけは出ているのだ。

 その部活が……。


「あ、りょ、りょ、椋子さん。そ、そ、そのエプロン、ぶ、部活の?」


 まさかの手芸部。

 手芸部っていうと、清楚な女の子のイメージがあったけど、まさか、椋子さんが入っているとは思わなかった。

 いつも扇子を持っているのに、今、手にしている手作りエプロンは部活の活動の一環だろうか。


「え、ええ」

「う、う、うまいね……」


 椋子さんの作ったエプロンを見て、僕は唖然とする。

 僕も少しやった事があるけど、裁縫って難しい。

 包丁と針ではここまで違うのかと思い知らされた。

 椋子さんの縫ったエプロンは、まっすぐに伸びた縫い目。生地も少しもよれていない。


「あんた、ほんまに手芸部なん?」


 少し牽制するように、楓ちゃんが聞いてきた。

 椋子さんは面白くなさそうに、楓ちゃんを睨む。


「私の家は、スーツ着ている大人がたくさん出入りしていますからね。スーツのほつれとか取れたボタンとか、直せる人間がいると便利なんですの。小さいころから、よく縫わされましたわ」

「あー……なるほどな」


 僕は見たことないけど、楓ちゃんは椋子さんの家に出入りしている人間を見たらしい。「あれは興味本位で関わってはいかん奴や」と言っているので、僕も極力触れないようにしている。

 そういえば。


「りょ、りょ、りょ椋子さんの……せ、せ、せ、先祖様って……お、お侍さん……だった?」


 ずっと気になっていた。

 あの時の三浦っていう武者が、椋子さんの目元にそっくりだった事。

 でも、椋子さんは首をかしげるだけだった。


「さあ? 会合の間には、昔の鎧が飾ってありますけどね」


 会合の間……。

 頭の中に、強面のお兄さんたちがズラリと並んだ大広間を想像してしまった。

 その中央奥に、椋子さんが座っているのだろうか。……スーツのボタンをつけながら。

 あっ! いけない、いけない! あまり考えないようにしよう。


「あら」


 椋子さんの視線が僕のお弁当に移った。


「柚さんのお弁当。相変わらず、美味しそうですわね」

「あ」


 あの事件以来、僕は椋子さんにお弁当を作っていない。

 いつも脅されて作らされていたので、これからどうしていいのか、分からなかったんだ。


「ま、ま、ま、また作ろうか?」

「いいんですの!?」


 椋子さん、嬉しそう。

 ああ。

 やっぱり僕は、自分の作った料理で相手が笑顔になってくれた時が一番好きだ。


「きちんとお金、払ってもらい、柚。うちだって払っているんや」

「あら、柚さんの為ならば、いくらだって払ってやりますわ!」


 僕のお弁当をそんなに食べたいなんて、嬉しいな。

 僕は椋子さんに、その気持ちを素直に伝えた。


「う、う、う、嬉しい。あ、あ、あ、ありがとう」

「……」


 椋子さんは何とも言えない顔をして、うつむいてしまった。

 なんか、耳が真っ赤だ。


「やっぱり、諦めきれませんわ」

「あ、あ、あの……」

「楓さんが嫌になったら、いつでも私のところに来てくださいませ」

「……」


 椋子さんは、本当にきれいな顔をしている。

 そんな顔で真剣に見られると……不本意ながら、ついドキドキしてしまう。


「ええい! 離れろや!」


 楓ちゃんが僕たちの間に入る。

 その顔は怒りで真っ赤だった。


「柚はうちだけ見といてよ!」

「ちょっとくらいいいではありませんか!」

「いいわけあるか!」


 もう椋子さんは楓ちゃんのこと「大阪女」って言わない。いつごろだったか、名前で呼び合うようになっていた。




 ねぇ、玉さん。

 僕、あなたには嫌な目に遭わされてきた。

 でも、感謝もしているんだ。

 あの事件がなければ、椋子さんは楓ちゃんをずっと「大阪女」と呼んでいただろうし。

 あの事件がなければ、楓ちゃんの気持ちに気付けなかった。何より、僕自身の気持ちにも気付かなかった。

 あの事件があってから、僕は少しだけ、この話し方を気にしなくなった。


「りょ、りょ、椋子さん」


 そして、もっと自分の意見を言おうと思ったんだ。


「ご、ご、ご、ごめん。ぼ、ぼ、僕は、楓ちゃん……が好……き……だから」

「柚~!!」

「あ~あ、聞こえませんわ! 聞こえませんわ!」

「い、い、い、一緒に、お、大阪に行っても、い、い、いいかなぁって……」

「~~っ! もうこれは結婚や! 今すぐ結婚するしかない!!」

「お黙りなさい!」




 何も無くなってしまった右手首を見て、強く思う。

 今の僕こそ、本当に最強だ。






 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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