上手く話せない僕が最強になった理由【2】
※実在する地名・神社が出てきますが、参考にしただけです。本作はフィクションですので、ご了承ください。
※エセ関西弁注意
【2】の人間関係
不良グループのリーダー・椋子 ー--→ 主人公・柚貴 ← 友人・楓
え?
何、これ?
ここ……。
「学校じゃないか!!」
つい、僕は立ち上がり、周囲を見た。
見慣れた教室、見慣れた黒板、見慣れた机と椅子、見慣れたクラスメイト達……。
みんな僕を見ている。
そ、そうだよね。いきなり大声を出せば、そうなるよね。
僕は急に恥ずかしくなって、ゆっくりと席に座った。
教室の時計の針を見て、今、午前中の休み時間だと分かった。
「ど、どうしたん?」
前の席の楓ちゃんが心配そうに顔を覗き込む。
あまりにも不思議なことが起きて、僕の頭はパニックだ。
「楓ちゃんが信じてくれるか、わからないけど。僕、さっきまで神社にいたんだ!」
「……ゆ、柚貴?」
「隣のクラスの梗香さん達に囲まれて、殴られて、でも、着物を着た女性が出てきて……それで、今、教室にいる!」
「……」
「なんで? なんで?」
「いろいろ言いたいことがあるけどな。とりあえず……」
混乱している僕に、楓ちゃんは怒りの形相を向けた。
「あんた、あいつらに殴られたんかい!?」
机に拳を叩きつけた。
「朝からお前、元気ないし、口元に傷があるから、おかしいと思うたわ。でも、何を聞いても、あんた、「うん……うん……」だけやし」
「傷?」
僕は自分の口元を触った。
痛い!
あ、これ、柾君に殴られた跡だ。
あれから日をまたいで、明日になったわけ?
「信じられない」
昨日、梗香さん達に殴られてから、今までの記憶がない。
あの着物を着た綺麗な女性に会ったくらいで。
こんな事、初めてだ……。
「柚貴を傷つけたこと、絶対に許さん! あいつら、こてんぱんにやっつけたる!」
うっ! 楓ちゃんの顔が怖い。
同じクラスの椋子さんを目で探すが、学校をさぼっているのか、教室にはいなかった。
僕の為に怒ってくれるのは嬉しいけど、楓ちゃんが心配だ。
「楓ちゃん、あまり椋子さんを刺激しない方がいいよ」
「うちの事はええねん。……ところで、柚貴」
楓ちゃんは少し間をおいて、ためらいがちに言った。
「あんた……、いつからそんなペラペラ話せるようになった?」
「え」
今日は信じられない事ばかりだ。
「……私はその友達の名をここに「K」と呼んでおきます。私はこのKと子供の時から仲良しでした。子供の時からと言えば、断わらないでも解っているでしょう……」
国語の授業。こんなに快適だったことはない。
話すことが苦手な僕は、国語の時間、いつも下を向いていた。
指されても、上手く音読できないからだ。
「二人には同郷の縁故があったのです。Kは真宗のお坊さんの子でした。もっとも、長男ではありません」
夏目漱石の『こころ』をスラスラ読む僕を見て、先生だけでなく、クラスメイトみんなが目配せをして、驚いている。
「はい。そこまで」
先生の合図で、僕は言葉を止めた。
その途端。
おー――!!
たくさんの拍手が、僕を包み込んだ。
みんな、笑顔で僕を見ている。
「長内。お前、上手くなったな」
先生が褒めてくれる。
音読で僕が褒められた。
こんな事が僕に起きるなんて。
素直に嬉しい。
「良かったよ。変な癖、直って」
癖……。
先生は褒めたのだろうが、心に引っかかる言い方だ。
直そうと思えば、いつでも直せたみたいな。
そうじゃないのに……な。
「おめでとう!」
「良かったね」
「すごいすごい」
でも、みんな、褒めてくれる。
思うところはあるけれど、僕は笑顔で応えて、席を座った。
「あれ?」
ふと右手首に奇妙な痣がある事に気づいた。
殴られた時についたのかな?
変わった痣の形をしている。
この形……狐?
《ほう、気づいたか?》
「……!」
僕は息を呑んだ。
頭の中から声が響いてくる。
授業中なのに、声を出しそうになり、僕は手で押えてこらえた。
《心の中で話せ。我とはそれで会話できる》
誰?
と思ったけど、すぐに思い当たる人物を思い出した。
(た、玉さん?)
《そうだ》
玉さんは艶のある声で、僕にささやきかける。
《千年前に封じ込められし、美しき妖怪よ。お前が封印となった石と札を動かしてくれたのでな。こうして復活する事が出来た。感謝する》
石?
ああ、あの倒れこんだ時に動かしてしまった石碑の事か。
(僕、昨日、殴られてから、今日の朝までの記憶がないんだけど)
《ちょっとお前の身体と融合するのに、時間がかかってしまった。その間、お前が行方不明だと、周囲が騒ぐであろう? だから、妖術でお前の身体だけ動かしたのよ》
妖術……。
なんかワクワクする言葉だ。
(もしかして、僕の言葉が上手く話せるようになったのも、妖術?)
《そうじゃ。我のものになる、その身体が「どもり」ではのう……。その右手首にある刻印は我とお前をつなぐ証。それが刻まれている限り、お前は他の者たちと同じように話せるだろう》
僕が話せるようになったのは、これのおかげなのか。
目を輝かせて、右手首を見つめる。ただの狐の形をした痣が、素晴らしいものに見えた。
しかし、さっきから気になる事がある。
(ねえ、「我のものになるその身体」ってどういう意味?)
キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン
チャイムがなった。
日直の人が号令をかける。
「起立、礼!」
話が途切れてしまった。
(ねえ、玉さん)
昼休みが始まった。
僕は会話を再開しようと、玉さんに声をかける。
が。
「ちょっと! 長内!」
教室中に響き渡るように、隣のクラスの梗香さん達が怒鳴り込んできた。
「あんた、生きていたの!」
「椋太さんが呼んでいるから、来いよ」
「大阪女はついてくんなって!」
馬鹿にしたような笑いをたてて、教室に入ってくる。
周囲の冷ややかな目を、なんとも思ってないみたいだ。
「ほざくな、アホ!」
楓ちゃんが机を大きく叩き、梗香さん達に近づいていった。
ただ事じゃない雰囲気に、クラスのみんながドアから離れていく。
「柚貴を傷つけておいて、ようそんな事言えんな! 柚貴は行かせんよ」
「うるせえな! 大阪女。てめえはすっこんでろ!」
「あ~! たいがいにせえよ!」
《あの女、大した度胸じゃのう》
頭の中で玉さんの声がする。
(え、あ、楓ちゃんのこと? そうなんだ。僕にはもったいないくらいのいい友達で……)
《友達じゃと?》
玉さんが鼻で笑った。
《友達だと思っているのは、お前だけのようじゃがな》
(ん? どういう意味?)
僕が真意を聞こうとしたけど、楓ちゃんと梗香さん達の怒声で聞きそびれてしまった。
「あんた、よっぽど死にたいらしいね」
「ふんっ! 出るとこ出たろか!?」
「は? どこに出る気だ!?」
「あん? 自分、何言っとるねん!」
「あんたは自分が何を言っているのかも、わからないのか! 大阪女!」
「ああ! かったる~!! だから、関東は嫌いや。言葉、通じへん! 柚貴と関西に帰りたいわ~!」
楓ちゃんも梗香さん達も、イライラして、今にも殴り合いをしそうな雰囲気だ。
「止め……」
僕が間に入ろうとする。
そこに。
「何の騒ぎですの?」
椋子さんが来た!
一人だけ金髪だから、すぐにわかる。
教室に入ると、梗香さん達を舐めるように見つめた。
梗香さん達は先ほどの態度とは正反対に、びしっと背筋を伸ばす。
「椋子さん。今から、こいつを連れて……」
「遅いですわ!」
いきなり、梗香さんの顔面を愛用の扇子で殴打した!
鈍い音をたて、梗香さんは床に倒れる。
うっ! 痛そうだ。
「ふん。使えないわね」
床に沈む梗香さんには一瞥もくれず、椋子さんは周囲を見渡した。
視線が来るたびに、次は自分が被害を受けるんじゃないかと、みんな萎縮する。
「しょうがないですわ。いい機会ですから、ここにいる方々にも言っておきましょう」
椋子さんは僕に近づき、当たり前のように僕の肩に手を置いた。
え? な、何?
「あなたがた、今後一切、柚貴さんと話さないように」
「えっ!」
突然の発表に、僕は耳を疑った。
これは、僕を孤立させるための虐め!?
楓ちゃんは奮起した。
「なっ! 何やそれ! そんなん許されるわけないやろ!」
「お黙り」
椋子さんは楓ちゃんを睨みつける。
「あなたは前々から気に入りませんでした。学校にいる間、ずっと柚貴さんの側にいて……。腹が立つんですの!」
椋子さんの扇子が、楓ちゃんの頬に直撃した。
バシッと嫌な音がして、楓ちゃんが倒れてこむ。
机に頭をぶつけて、ものすごい音が教室中に響いた。
周囲からは小さな悲鳴がいくつも上がる。
「楓ちゃん!」
僕は急いで楓ちゃんに駆け寄ろうとする。
が、椋子さんが僕の腕を掴んで、行かせてくれなかった。
「柚さん。ダメですわ」
ゆずさん?
何、その呼び方。
「これからは、あなたの側には私がいます。ね? あなたの横には、私だけいればいいのですわ。あんな大阪女より私といた方が楽しいに決まっています」
耳元でささやく声は、今までと違って、優しく温かい声。
正直、怖かった。
「私だって、こんな事したくないのです。でもこの間、この女と口論になった際、柚さん、ちっとも私の事、心配してくれないじゃありませんか。私、イライラしてしまいまして……。経済力だって、私の方があの女より上なのに。顔だって私の方が美しいのに。なんで、あなたはあの女ばっかりなんですの!?」
「な、何を言っているの……?」
当り前じゃないか。いつも僕を虐めているくせに。
僕が椋子さんを心配するわけない!
「……あ、そうですわ! 柚さんが私の言う事を何でもきいている間は、もう梗香さん達に学校で暴れないように言っておきましょう。もちろん、私も手荒なことはいたしません」
椋子さんがそれを言った途端、教室の空気が変わったのが分かった。
みんなの目が言っている。
「お前が犠牲になれば、みんなが助かる」
そ、そんな目で見ないで。
僕、嫌だよ。
これからの学校生活、椋子さんのパシリになるなんて。
「ああ! けったくそ悪い!」
そんな空気を破るかのように、楓ちゃんが立ち上がる。
頬が赤く腫れあがっている。
女の子の顔にこんな傷をつけるなんて……、本当に酷い。
「柚貴。そいつの言いなりになる必要なんかない!」
「楓ちゃん……」
「うちは戦う。だから、あんたも戦おうや」
「……戦う……」
戦う。
その言葉を聞いて、僕はうつむいてしまった。
楓ちゃんがそう言ってくれて、嬉しいはずなのに。
戦おうって思わなきゃいけないはずなのに。
結局、勇気がない。意気地がない。
上手く話せるようになったって、肝心なところで動けないんだ。
《どうした? ユズキ。なぜ、答えぬ?》
頭の中で、玉さんが苛立っていた。
(だって、戦うって……喧嘩だよ! 僕が勝てるわけないじゃん!)
《だからって、こいつに従うのか! このままでは、お前は奴の玩具だぞ。いいのか!?》
(いいわけないじゃないか!)
《ならば!》
(でも、怖いんだ)
僕の身体は震えていた。
そして、いつも思っている事をまたつぶやく。
(もっと、僕が強かったら、良かったのに。そしたら、楓ちゃんや虐められている皆を守れるのに……。でも、僕は弱いから……)
《そなたはわかっていない。今、そなたが取り込んでいる我を何と心得る》
(え)
椋子さんは僕を掴む力をもっと強めて、みんなに宣言した。
「愚かですわ! 柚さんは戦いません!」
《我は絶世の美女にして最強の妖怪、玉藻の前であるぞ!!》
一瞬、右手首の痣がピリリッと疼いた。
えっ? なに?
身体からすごい力が湧き上がってくる!
どんな相手でも勝てそうな、そんなエネルギーが僕を押し上げてきた。
「いいですか!? これからは、柚さんに勝手に話しかけたり、勝手に触れたりしないように。柚さんは私のモノ。よく覚えておきなさい」
「黙れ!!!」
僕は有り余るパワーを手にこめて、椋子さんの両肩を掴み、威嚇した。
椋子さんの顔が引きつる。
「…………」
「…………」
誰も何も話さなかった。
あまりの衝撃的すぎる光景に、口を開けない。
僕自身だって、何が起きたのか。よく分かっていなかった。
《よしよし。ほら、気の利いたことを話せるようにしてやる》
玉さんの言葉で、再び右手首が疼いた。
僕の頭が動く前に、勝手に言葉が出てくる。
「い、いいか!? 僕は君の言いなりにはならない! 楓ちゃんも、桜輔君も……いや、学校のみんな全員、お前の奴隷じゃないんだ! 恐怖で支配しようとするなら、僕が許さない!!」
「……」
椋子さんは目を丸くしながら、小刻みに頷いた。
僕の意外な行動に驚いたのか、足元がフラついて、まともに歩けそうになかった。
すかさず、梗香さん達が駆け付ける。
「だ、大丈夫ですか!?」
「構わないで!」
せっかく差し出された手を振り払い、椋子さんはゆっくりと僕に近づく。
殴り返されるかと思ったが、彼は一言だけ僕に言った。
「……諦めませんからね……」
それだけ言い残すと、梗香さん達と教室から出て行ってしまった。
その途端。
わー―――――――――!!
僕は大歓声を受けてしまった。
国語の時間とは比べ物にならない祝福だ。
「かっこいいよ、柚貴君!」
「お前、最高!」
「私、ファンになりそう!」
クラスメイトから肩を叩かれ、感謝を言われる。
これでもう椋子さんの支配に怯えなくていい。理不尽な暴力を受けなくて済む。
その事が皆を笑顔にしたようだった。
翌日から、僕はヒーローだった。
「おはよう」
僕が挨拶をすると、下駄箱でも、教室でも、我先に挨拶をしてくれる。
「おはよう、長内君」
「おはよう、柚貴」
「今日も調子よさそうじゃん」
みんながみんな、僕を大好きなんて、想像すら出来なかった。
それが現実になるなんて……。
僕は今、最強だ!!!
♢♦♢♦♢
あれから半年が経った。
僕の一日は、半年前と変わらず、充実している。
先週だけでも、女の子三人から告白を受けたくらいだ。
でも。
「柚貴。お前、なんか人が変わったみたいで寂しいわ」
楓ちゃんだけは僕を見る目が変わったように感じた。
ま、まあ、昔の僕に比べたら、いろいろ変わっちゃったわけだしね。
「そ、そんな事ないでしょう。ほら、昔の僕はしゃべるの下手だったわけだし」
「それでも、一生懸命話そうとする柚貴が、うちは好きやったけどな……」
「え」
心臓が早鐘のように動いた。
な、なんだろう? すごく恥ずかしくて……すごく嬉しい。
「え、あ、ああ。なんでもあらへん!」
楓ちゃんは誤魔化すように笑い、「お弁当、ちょうだい」と催促した。
今は昼休み。
楓ちゃんの顔の傷もすっかり良くなっていた。
いつものように、お弁当を楓ちゃんに渡す。
「おおきに」と言って、楓ちゃんはお弁当をもらい、三百円を出した。
「確かに最近、柚貴、ニコニコやんか? 何かあったんか?」
あ、言っちゃおうかな~。
楓ちゃんになら言ってもいいかも。
僕は軽い気持ちで、先週の事を言った。
「実は、女の子から3人も告白されたんだよ!」
「……」
楓ちゃんの表情が明らかに凍った。
あ。
この話題、出さなきゃよかった……。
「そ、そうか。良かったな……」
嫌だ。
こんな表情の楓ちゃん、見たくない。
「付き合うん?」
泣きそうじゃん、楓ちゃん。
僕、悲しませるつもりなんてなかった。
いつもみたいに笑ってくれるものだと思っていたから。
「ま、まだ、返事はしてないんだ……。でも、ちゃんと出さないと、だよね……」
「そうやな。……悪い」
楓ちゃんはお弁当を抱えると、椅子から立ち上がった。
「どうもお腹すいてないみたいや。これ、家で食べるわ」
「か、楓ちゃん?」
「調子悪いみたいやし、保健室に行ってくる」
「あ、あの、僕も……」
付き添うよ。と僕は言おうとした。
でも、その前に、楓ちゃんは静かに、はっきりと言った。
「もう、お弁当、作らんでええよ」
「え」
教室から出ていく楓ちゃんを、僕はただただ見ていた。
動けなかった。
真っ暗な穴にでも落とされたかのような……酷い絶望感が僕を襲う。
「なんだ? 柚貴、一人?」
「楓はどうした?」
「一緒に食べようぜ」
今の僕は一人になっても、必ず誰かが声をかけてくれる。
とても居心地がいい環境に、僕はいる。
いるはずなんだ。
でも。
心にぽっかり穴が開き、とても楽しいとは思えなかった。
♢♦♢♦♢
風が吹いていた。
初夏を匂わす、湿っぽくて温かい風だ。
その風と戯れるかのように、一枚のお札が空気中に舞っている。
そして、社殿の近くの木の枝に引っかかってしまった。
枝の細い隙間に、挟まったのだろうか。
どんなに風が吹いても、お札は落ちる事はなかった……。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回更新は、明日の16時になります。




