消えたブランディーヌ 2
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翌朝になっても、ブランディーヌは見つからなかった。
レオンスの側近のダヴィドも戻ってこなかったという。
情報交換もかねて、ローズとレオンス、そしてセドックは朝食を一緒に取るという名目でラファエルの部屋に集まった。
ブランディーヌが消えたことは、昨日のうちにアルベリク国王とジゼル王妃には連絡を入れていて、今朝になっても見つからなければ捜索隊を動かす手はずを整えていた。捜索隊の指揮はアルベリクの指示で騎士団長が取ることになっている。
アルベリクが捜索隊の指揮者にラファエルを据えなかったのは、ラファエルに自由に動ける環境を与えたかったからだろう。
アルベリクとジゼルには報告したが、外部にはダヴィドのことは伏せられている。ブロンデル国の王太子の側近と同時刻にブランディーヌが消えたとなれば、妙な憶測をする人物が現れるだろうと、ブランディーヌの名誉のためにもこちらは秘密裏に探れとの指示が出ているのだ。
「セドック、進展は?」
いつもより早い動きで食事を取りながらラファエルが訊ねた。
「ある。ダヴィドに接触した人間を捕まえた。別邸の掃除を担当しているメイドで、母親がブロンデル人だ。それもあり、ブロンデル語が操れるらしい。昨日、ブランディーヌ王女が別邸にやって来たとき、眠り薬を入れた紅茶を飲ませたと白状した。別邸にはほかにもメイドがいたが、ブランディーヌ王女が薬で眠りに落ちる前に、そのメイドによって全員別邸の外に出されていたようだ。……もともとレオンス殿下とブランディーヌ王女を二人きりにしろと指示を出していたから、別邸から出ろと言われてもほかのメイドも疑わなかったのだろうな」
一日足らずで、セドックはそこまで調べ上げたのか。セドックの有能さにローズは仰天したが、ラファエルが彼が何らかの情報を仕入れて来ることは想定済みだったのか平然としていた。
「そのメイドが犯人か?」
「そうだったら簡単なんだが、どうも事態はややこしいようだ」
セドックがちらりとレオンスに視線を向けてから、朝食とともに用意されているオレンジジュースで喉を潤して続ける。
「メイドによると、そのメイドに声をかけてきたのはダヴィドの方かららしい。そのメイドは、母方の祖母がヒルカ島出身で、内乱の末に処刑された末王女の乳母を務めていたそうだ。メイドの祖母は末王女が処刑された時に一緒に処刑、メイドの母親の方は父親――メイドから見れば祖父とともに命からがらブロンデル国へ逃げていたという。ダヴィドがその事情を知っていたのかどうなのかはわからないが、ダヴィドから、ヒルカ島を取り返さないかと持ち掛けられたと言っていた」
「ちょっと待ってくれ」
レオンスが口の中にあった食べ物を水で流し込み、セドックの話を遮った。
「ダヴィドが、ヒルカ島を取り返さないかと持ち掛けただって?」
「ええ。メイドはそう言っています」
「そのメイドが嘘をついているということは?」
「それはないでしょう。メイドの子供を人質に取って、それなりに脅しましたから」
「やりすぎていないんだろうな」
「言葉で脅しただけで、拷問まではしていない。……吐かなければ目の前で息子を嬲り殺すとは言ったけど」
(嬲り殺す……)
ぞっとして、ローズはカトラリーを取り落とした。
「場所を考えろ!」
ローズが蒼白になると、ラファエルが慌てたようにセドックに注意を入れる。
「もちろん脅し文句であって、本当にそんなことはしないさ」
「当り前だ!」
(セドックさんって、優しそうに見えて、なかなか怖い人なのかしら……)
急に食欲がなくなってきて、ローズが食事の手を止めると、ラファエルがじろりとセドックを睨む。
「お前のせいでローズが怯えたじゃないか! ローズ、セドックは何も怖いことはしていないから。ほら、このサラダはさっぱりしていて美味しいよ」
根野菜を賽の目に切ってドレッシングであえた温サラダを、ラファエルがスプーンですくって口に近づけてくる。ローズがおずおずと口を開くと、彼はホッと息をついた。
セドックはそんなラファエルにあきれ顔をして「話を続けるよ」と再び説明を開始する。
「メイドはヒルカ島は正直どうでもいいと思っていたらしい。祖母がヒルカ島出身者だからと言って、本人はヒルカ島に思い入れはなかったと言った。ただ、協力してくれたらヒルカ島での暮らしを一生保証してやると言われて協力することにしたそうだ。メイドは三年前に夫を亡くしていてね、女手一つで四人の子供を育てているんだって。城のメイドの給料はよその貴族の邸で働くのと比べて高いけど、それでも生活が苦しかったみたいだね。仕事中は託児所を利用しているようだけど、四人分となればその金額も馬鹿にならないだろうし」
「……ダヴィドが」
レオンスはメイドの話しよりもダヴィドのことがショックだったのだろう。眉を寄せて俯くと、そのまま押し黙ってしまった。
セドックはレオンスに視線を向けて、少し言いにくそうに口を開く。
「メイドによると、ダヴィドは背後にブロンデル国の大臣がいるようなことを口にしていたそうです。ヒルカ国の復興を強く願っている誰かとつながりがあるのかもしれません」
「大臣か……。それならおそらく、ヒルカ国の元王女シャンタルの夫だろうな。父の従兄弟にあたるんだが……あの男は、戦争を起こしてでもヒルカ島を取り返せという乱暴な主張を繰り返していてね。あの男に賛同する人間は少ないけれど、我が国では『強硬派』と呼ばれていて無視できない存在になっている。マルタン大国との話し合いの席には『強硬派』の人間は入れないと決めていたのに、どうやらダヴィドは『強硬派』とつながっていたんだろう」
「つまり、ここまでの話をまとめると、姉上はダヴィドに攫われた可能性があるということか」
レオンスは沈痛な面持ちで口を引き結び明言を避けたが、セドックは頷いた。
「おそらくそうだろうな。交渉材料にでもするつもりだろうから、攫うだけで危害を加えたりはしないだろうが。ダヴィドからのメイドへの指示も、ブランディーヌに眠り薬を飲ませろということだけだったらしいからな」
「交渉材料にする気なら、あちらから動きがあるはずだな」
(ブランディーヌ様……)
セドックは、危害は加えないだろうというけれど、攫われたブランディーヌが心細く思っていないはずがない。
祈るように指を組んだローズの前で、ダン! とレオンスが机の上を叩いた。
その衝撃で、いくつかの料理が皿から飛び出す。
行き場のない感情に耐えるようにきつく目を閉ざしたレオンスは、それからしばらくの間、一言も発しなかった。
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