ブランディーヌの心 4
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次の日、ローズはレオンスの予定を確認するために彼の部屋へ向かっていた。
レオンスの側近の中にはブロンデル語しか話せない人もいるので、語学に堪能なミラも一緒だ。
けれど、目的地のレオンスの部屋に到着する前に、ローズは廊下でレオンスと鉢合わせすることになった。
「ローズ王女! よかった! 今から君に会いに行こうと思っていたところだったんだ!」
レオンスはいつになく焦った顔をしていた。
「わたしもレオンス殿下にお話しがあってお伺いすることでした」
「そうか。じゃあちょうどよかったね。私の部屋には側近たちがいるから……そうだな、ええっと、君の部屋の方が都合がいいかな。お邪魔していい?」
「は、はい、それはかまいませんが」
レオンスの話は、側近たちの耳に入れては問題があることなのだろうか。
レオンスとともに来た道を戻って部屋に入ると、ニーナとミラがお茶の準備をしてくれる。レオンスがミラたちを気にしていたので、どうやら彼女たちがいても話しにくいことなのかもしれない。
「ミラ、ニーナ、ありがとう。あとは大丈夫だから下がっていてもらってもいい?」
「控室の扉は、少し開けておいてもよろしいですか?」
かしこまりましたと返事をした後で、ニーナがレオンスに聞こえないようにそっと耳打ちしてきた。ミラとニーナが下がれば、部屋の中にレオンスと二人きりになる。婚約者以外の男性と二人きりになるのは、体裁上よろしくないのだ。
ニーナの気遣いをありがたく思いながら小さく頷けば、ニーナが心配そうな表情のミラを連れて控室へ下がる。
二人が部屋からいなくなると、ローズは背筋を正した。
「それで、お話しというのは?」
「ローズ王女も私に話があったんじゃないかな?」
「わたしの件はあとからでも大丈夫ですよ」
「そう? ええっと……。いや、ごめん。君を探していたのは本当なんだけど、こんなことを君に訊いてもいいのか少し迷ってしまって。確認の意味と言うだけで他意はないから、不快に思わないでほしいんだけど……、ブランディーヌが君に危害を加えたことで謹慎させられていると聞いたんだ」
情報は伏せられていたはずだけれど、どこからかレオンスの耳に入ったようだ。
嘘をつく必要もないのでローズが首肯すると、レオンスの表情が曇った。
「謹慎後には、国内のどこかの貴族に嫁がされるだろうというのも聞いたけど、本当かな」
「それは……」
厳密に言えば、その決定権はジゼルの指示で現在ローズが握っている。ローズとしてはブランディーヌが嫁がないでいいようにしたいと考えているのだが、どこまでできるかはわからないので、その質問には肯定も否定もしにくい。
「そういう話が、あるのは事実です。決定では、ないですけど」
「私は決定だと聞いたけれど」
ローズは言葉を濁すことで明確な回答を避けようとしたが、レオンスが食い下がって来る。
「いろいろあって、保留扱いになっているところがあるんです」
ブランディーヌにも迂闊と言われてしまったから、決定権をローズが握っていることはレオンスに教えるわけにはいかない。
「保留と言うことは、取り下げられてもないんだね」
「そ……そういうことに、なりますけど」
あまり突っ込んで質問されるといつボロがでるかわからないので、ローズは気が気でない。
「こういう言い方をするのは失礼かもしれないけど、君がブランディーヌを許すと言っても、取り下げられないものなのかな」
「ええっと……」
「ああ、ごめん。責めているんじゃないんだ。被害者は君だし、ブランディーヌが悪いこともわかっている。でも……」
レオンスは焦りと不安が入り混じった顔をしている。
(ブランディーヌ様のことを、すごく案じているのね)
ブランディーヌは、レオンスはブランディーヌのことをどうでもいいと思っていると言っていた。だが、この顔を見る限り、そんなことは絶対にないと思う。ブランディーヌをどうでもいい存在だと思っているなら、わざわざこんな質問をするためにローズに会いに来るはずがない。
「あの、すごく不躾なご質問になると思うんですけど、よろしいですか?」
あまり出しゃばりすぎるのはよくないと思いつつも、ローズは聞かずにはいられなかった。
「どうぞ気にしないで? 私も大概不躾な質問をしてしまったところだからね」
「それでは……」
ローズは深呼吸をすると、僅かな表情の変化も見逃すまいとレオンスを凝視しながら口を開く。
「レオンス殿下は、ブランディーヌ様のことをどう思っていらっしゃるんですか?」
「え……」
レオンスが、青灰色の瞳をこれでもかと見開いた。
「ブランディーヌ様との婚約は八年前に解消になりましたけど、そこですべてが終わってしまっているのでしょうか?」
レオンスは目を見開いたまま、硬直してしまった。
瞬きも忘れて、見開いた瞳を揺らしている。
「少なくとも今のレオンス様は、ブランディーヌ様をとても心配されているように見えます。違いますか?」
「……それ、は」
レオンスは大きく息を吸いこんで目をつむった。
そこに何らかの葛藤があるように見えて、ローズはそれ以上の言葉は重ねずにレオンスの答えを待つ。
レオンスは肺の中をからっぽにするほど長い息を吐いて、瞼をあげた。
「君相手に誤魔化しても仕方がなさそうだね。……そうだよ。私はブランディーヌが心配だ。すごくね。なぜなら、この八年……彼女のことを片時も忘れたことはなかったから」
レオンスがそう言いながら、ポケットからハンカチを取り出した。それは、少し前にローズが廊下で拾ったハンカチだった。
「大切なものだって言っただろう? このハンカチはね、ブランディーヌがくれたんだ。時間をかけて一生懸命刺繍をしてくれてね。……私の宝物なんだよ」
ハンカチの刺繍に、愛おしそうに指先を触れて、レオンスは続ける。
「私がこうしてマルタン大国を訪れたのも、もう一度機会がほしかったからだ。去年の年末からお互いの国が多少の歩み寄りの姿勢は見せているとはいえ、正直言って今の状況ではヒルカ島の問題を解決することは難しいだろう。でもこれ以上待っていられなかった。私もいい加減結婚しろとせっつかれているし、ブランディーヌだって二十一歳だろう? 私と婚約破棄になったことで結婚が遅れているようだけど、そろそろどこかに嫁がされてもおかしくない。本音を言えば、こちらが譲歩してでもさっさと問題を片付けてしまいたいくらいには焦っている。……もちろん、王太子である私が、そんな勝手をするわけにはいかないけどね」
(やっぱり……)
ローズは疎いので、ただの勘違いかもしれないとも思ったけれど、レオンスはやっぱりブランディーヌのことを想っていたのだ。
(これならば、わたしの提案もきっと受けてもらえるはずよね)
ハンカチを優しい目で見つめるレオンスなら、絶対に断ったりはしないだろう。
「あの……」
ブランディーヌが、レオンスと二人きりで話をしたがっている。
ローズがそう告げると、レオンスはびっくりした顔になって、それからふわりと微笑んで、二日後の昼に予定の調整がつけられることを教えてくれた。
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