ブランディーヌの心 1
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密かにニーナによって王妃ジゼルへコンタクトが取られ、ジゼルからローズに呼び出し状が届いたのは、ローズの部屋にブランディーヌが乗り込んできた事件から二日後のことだった。
呼び出しを知ったラファエルはギョッとし、すぐさまジゼルへ苦情を入れたそうだがそれは却下され、ローズは呼び出しがあった次の日にジゼルの元を訪ねることになった。
ラファエルは一緒についてきたがったが、ジゼルによって禁止されたのでそれは叶わなかった。そしてもう一つ、ミラの同行も禁止された。おそらくニーナが手を回してくれたのだと思うけれど、ミラの同行も禁止され、王宮への同行が許されたのはニーナだけだった。
王妃やブランディーヌと話をするには、過剰なまでにローズを守ろうとするミラとラファエルはいないほうがいい。二人が守ろうとしてくれることについてはローズだって嬉しく思っているし二人の優しさに感謝もしているけれど、今回の件はローズが自分自身で向き合いたい問題なのだ。
「ニーナ! 何かあったら身を挺してでもローズ様を守ってくださいよ! いいですね⁉」
一緒について行けないミラが最後までニーナに無茶なことを言っている。
ニーナはミラのこの様子にすっかり慣れたようで「わかりました」と適当に相槌を打っていた。
向かった先の王宮は、白い壁にラピスラズリのような青い屋根をして美しい建物だった。
屋根がドーム状なのは城と一緒だが、四隅の尖塔はなく、城よりも低い建物だ。けれどその分横に長い。敷地面積だけで言えば、城よりも広いだろう。
「王妃様はお会いになるとおっしゃいましたが、ブランディーヌ様にお会いできるかどうかは、ローズ王女殿下がご自身で王妃様に交渉する必要がございます」
王妃の部屋へ案内しながらニーナが言う。ニーナができることは、王妃との橋渡しをすることまでなのだ、と。ローズもニーナにこれ以上の無理を言うつもりはないから、「大丈夫」と大きく頷いた。
ジゼルに会えるようにしてくれただけでも充分だった。ニーナが動いてくれなければ、ローズは今も何もできずに手をこまねいているだけだったろうから。
「王妃殿下、ローズ王女殿下をお連れいたしました」
部屋の扉を叩いてニーナが言えば、ややして両開きの扉が開かれる。顔を出したのは三十代前半くらいに見える侍女だった。
「ようこそいらっしゃいました。王妃殿下がお待ちです。ニーナ、あなたはこちらへ。王妃殿下は、ローズ王女殿下とお二人でお話しすることをお望みですから」
きゅっ、とローズは心臓を握られたような緊張を覚えた。覚悟はしてきたけれど、ジゼルと一対一で話すことに小さな不安を覚える。
(失礼のないように気をつけないと)
この部屋に一歩入れば、ローズが間違った行動をとったときに注意してくれる人は誰もいない。
ローズはごくりと唾を飲んで、ニーナに案内してくれたことの礼を言うと、深呼吸をして姿勢を正してから部屋に入った。
広い部屋の中央に、蔦模様だろうか、赤や緑の模様の入ったカラフルな毛織の絨毯が敷かれていて、その上に猫足のソファが向かい合うようにしておかれている。
ローテーブルの上にはすでにお茶の準備が整っていて、ティーカップよりも深さのある陶器のコップから芳しい香りが漂っていた。白磁に青や緑、金などで細かくて複雑な絵柄が描かれている、とても可愛らしいカップだった。
ソファにゆったりと腰を掛けているのは、金色の髪にエメラルド色の瞳をした四十前後の優しそうな女性だった。彼女が王妃ジゼルだろう。にこりと笑って対面に座るように手で示されたので、ローズはジゼルに一礼して示されたソファに腰を下ろす。
(目元がラファエル様に似ているわ)
ラファエルは父親似だと思っていたけれど、目の形はジゼルの方が似ている気がした。
「本日はお時間を取っていただいてありがとうございます」
ローズがそう言うと、ジゼルが面白そうに目を細めた。
「あら、わたくしが呼びだしたのよ。建前上そう言うことになっているのだから、ローズ王女がお礼を言う必要はないのよ」
今は二人きりだけど外では余計なことは言わないようにね、とジゼルが釘を刺す。
「ニーナからの情報によると、バクラヴァが気に入っていると聞いたから用意させたのだけど、よかったかしら?」
砕いたナッツを挟んだ生地を何層にも重ねて焼き、シロップにつけた甘いお菓子はバクラヴァというらしい。ローズが白いプレート皿の上に並べられたバクラヴァを見て無意識のうちに微笑めば、ジゼルはおかしそうに笑った。
「あら、本当に気に入っているようね。レア王女はこちらの食事はあまり口にあわないようだとラファエルが言っていたけれど、ローズ王女は違うのね。このお菓子は甘いから、今日はコーヒーを用意させたわ。だぶん、グリドール国のコーヒーとは違うと思うから、飲み方に注意してね。上澄みだけを飲むのよ」
レアはおそらく、食事の味と言うよりは作法面が気に入らなかったのではなかろうかとローズは思ったが口には出さなかった。マルタン大国では、手で食べるのが本来のマナーとされる料理が数種類あり、手を使うのは基本的にパンだけのグリドール国と作法が異なるのだ。ローズは気にならないが、レアは手が汚れるのが嫌だったのではないかと思う。
目の前にフォークが用意されていたが、ジゼルが素手でバクラヴァを食べたのを確認し、ローズも同じように素手で取る。そのあと、濃いめのコーヒーが注がれたカップに口をつけた。バクラヴァの甘さとコーヒーの苦みが絶妙にマッチして、とても美味しい。
上澄みだけを飲むとジゼルは言ったが、それは、カップの底に沈殿しているコーヒー豆を口に入れないようにするためである。
グリドール国のコーヒーは、粉にしたコーヒー豆を濾過して抽出するが、マルタン大国では粉末にしたコーヒー豆を水とともに鍋で煮る。煮だした後、濾さずにカップに注ぐため、カップの底にはコーヒー豆が沈殿しているのだ。
困惑した様子もなくコーヒーを飲むローズの仕草に、ジゼルがますます面白そうな顔をした。
「こちらの生活で困っていることはない?」
ジゼルの質問に、もぐもぐと二つ目のバクラヴァを咀嚼しながら、ローズは小さく首を傾げて考える。
(困っていること……何かあったかしら?)
特に不自由は感じていないし、王妃が遣わしてくれたニーナやダリエ夫人もいい人だ。部屋の警備にあたってくれている衛兵も親切だし、ラファエルは言わずもがな。強いて言うなら――
「まだ慣れていないので、少し暑く感じます」
気候だけはすぐになじめるものでもないので、日中の暑さには少々参っている。
「それだけ?」
「はい」
首肯すれば、ジゼルはパチパチと目をしばたたいた。
「そう。ちょっと意外だったわ」
(意外?)
ローズは首をひねって、ジゼルが何を「意外」と言ったのか考えてみたけれど、いくら考えても答えはわからなかった。
「ローズ王女は柔軟性があるのね。そう言えば、ダリエ夫人から知識も豊富だと聞いたわ。文句を言わずに学んでいるようだし……本当は全然期待していなかったのだけど、わたくし、それを聞いて少し見直したのよ」
ローズはパアっと顔を輝かせた。
「ありがとうございます」
「…………」
見直されたと聞いて嬉しかったから笑顔で礼を言ったのだが、何故か虚を突かれたような顔で沈黙されてしまった。
どうしたのだろうかとローズが目を丸くすると、ジゼルが額を手で押さえて、何とも言えない顔をする。
「なるほど、本当に素直なのね。人の悪意に鈍感、とでも言うのかしら。わたくし、今、わざと少し嫌な言い方をしてみたのだけど」
(嫌な言い方、されたかしら? 褒められた気がしたんだけど……)
ローズにはわからないマルタン大国の言い回しがあったのだろうか。困惑すると、「いいのよ、忘れて」とジゼルが苦笑する。
「実はね、少し信じられない気持ちでいたの。あのラファエルが、一人の女の子にびっくりするくらい過保護になっていると言うじゃない? 母親がこんなことを言うのもあれだけど、あの子、面倒くさい性格をしていると思うのよ。人の善意を素直に受け取れないというか……人の裏の顔を探そうとする嫌なところがあってね。それなのに、ローズ王女に対してだけまるで別人のようになっているようだから、何があったのかしらって」
「ラファエル様はちょっぴり意地悪な時もありますけど、とてもお優しいですよ」
「ええ、あなたにはそうみたいね。そして、あなたに会ってみて、なんとなく理解できたわ。あの子、随分と女の子に夢を持っていたみたいね」
「夢……?」
「素直で純粋で、どこか浮世離れした子が好きだったみたい。そしてだからこそ、必要以上に過保護になるんでしょうけど」
やれやれと息をついて、ジゼルがコーヒーに口をつける。
「ここからが少し本題だけど、わたくしはね、ただ溺愛されて守られるだけの女の子は、この国の王妃にふさわしくないと思っているの」
ローズはびくりと肩を揺らして姿勢を正した。
つまりそれは、ローズはラファエルの婚約者としてふさわしくないということだろうか。
「あの子が盲目的にあなたを愛していて、大事に大事に守ろうとしていることは知っているわ。あの子がせめて弟のジョエル――第二王子の立場ならば、わたくしは何も言わなかったでしょう。でもラファエルが王太子で、ゆくゆくはこの国の王になる立場である以上、守られるだけの王妃は邪魔にしかならない」
ローズはきゅっと唇をかむ。
(わたしは、ラファエル様の負担になっている……ということよね)
ジゼルの言いたいことはわかると思う。だけど、ここで「わかりました」と引き下がることはできない。ローズはラファエルが大好きで、彼の側にいたい。どうすれば、ラファエルの側にいることを認めてもらえるのだろう。
「ねえ、一つ教えてもらえる? ニーナによると、あなたはブランディーヌに会いたいと言ったそうね。あなたの様子を見て、ニーナはわたくしに橋渡しすることにしたと言ったわ。ニーナは仕事に必要なこと以外は余計な口を挟まないタイプの子だから少し不思議だったのだけれど……だからこそ、そうさせる何かがあなたにあったのだと、わたくしは見ているの。あなたはどうして、ブランディーヌに会いたいの?」
「それは……理由が、知りたかったからです」
「あなたに暴力をふるった理由? そんなものを知ってどうするの? このまま放置しておけば、ラファエルによって、ブランディーヌは二度とあなたに関わらないところへ送られるでしょう。会うことはなくなるのだから、あなたはその事実に安心して、ラファエルに任せておけばいいのではなくて?」
このまま守られていればいいだろうと言われて、ローズはゆっくりと頭を振った。
「ブランディーヌ様は、わたしに対して怒っていました。きっと知らないところで何かしてしまったんだと思います」
「でも、暴力をふるっていい理由にはならないわね?」
「ラファエル様もそうおっしゃいました。でも、このままにするのは何かが違う気がするんです。この意見が正しいのかどうかはわかりませんが、この問題はブランディーヌ様とわたしの問題だと思っているんです。だから、わたしが向き合わないといけない問題なんです。何もわからないまま、ただ守られて、知らないふりをするのは嫌なんです。それに――」
ローズはそこで一度言葉を切って俯いた。
ここから先のことは口にしていいのかどうかわからない。
逡巡していると、ジゼルが穏やかな顔で先を促した。
「それに、何かしら? うまく言葉にならなくても構わないから、考えていることを教えてくれる?」
ローズはおずおずと顔をあげ、乾いた唇を軽く舐めて湿らせてから、口を開いた。
「今回の件で、わたしの侍女は、侍女の分を超えてわたしを守ろうとしてくれました。侍女の身で王女を非難することは、不敬と取られる行為です。今回は事なきを得ましたが、次に同じことがあればどうなるかわかりません。侍女が……ミラが、ブランディーヌ様に言い返したのは、わたしが何もできなかったからです。本当ならわたしが対処しなければいけない問題だったのに何もできなかったから、ミラはわたしの代わりに怒ったんです」
「そうね。あなたが対処できていれば、あなたの侍女は必要以上に口を出すことはなかったでしょう」
「はい。だから、わたしは自分に何かあったときに、自分で対処できるようになりたいんです。ミラがわたしの代わりに怒らなくてもいいように。だからこの件にも、ちゃんと向き合いたいんです。うまくできるかどうかはわかりませんけれど、何もしないでいたくない……」
ローズは話を終えたけれど、ジゼルはその後も十数秒押し黙って、エメラルド色の瞳をじっとローズへ向けていた。何かを探るような、考えているような表情で。
ローズが居心地が悪くなって身じろぎすると、ジゼルはぽつんと言った。
「あなたは、守られるだけのお姫様じゃなかったのね」
ジゼルは少し間をおくように、空になったカップに、金属の小さな鍋のようなものからコーヒーを注いだ。
ふわりとかぐわしい香りが立ち上る。
「もしあなたが、何もせず、守られることに甘んじているようなら、わたくしはあなたを認めることはできなかったでしょうね。でも、あなたはちゃんと向き合うことに決めた。少し安心したわ。ブランディーヌに会うことを認めましょう」
「本当ですか⁉」
「ええ。でもひとつ条件があるわ」
「条件、ですか?」
ローズがわずかに表情を強張らせると、ジゼルは薄く笑った。
「ええそうよ。今回の件だけど、あなたが自分で考えてブランディーヌへの処罰を決めなさい。陛下とラファエルが決めた処罰については取り下げさせるわ。自由にするわけにはいかないから、あなたが処罰を決めるまでは謹慎扱いにしておくけど……、あなたの裁量で、ブランディーヌにどのような罰が相応しいのか決めるの。陛下とわたくし、ラファエルが納得する裁きをあなたが下すのよ。それが約束できるなら、会わせてあげる」
ローズは瞠目した。
(わたしが、裁きを決める?)
ローズはこれまで、人を裁いたことはない。人を裁くということは相当な重責だ。その人の命運を左右するのだから、生半可な覚悟で行ってはならないものなのだ。
(そんなの……怖い……)
泣きそうな顔をしたローズに、ジゼルは厳しい目を向けた。
「もしあなたが王妃になるのならば、ラファエルの即位後に王宮を管理するのはあなたよ。あの子はほかに妃を娶りたくないと言っているけれど、だからと言って、王宮にはジョエルとその妃も住むでしょうし、ここで働いている人も大勢いる。管理する人は必ず必要なの。管理する立場の人間はね、ただ周りに甘い顔をしていればいいというわけではないの。問題が起きれば相応の対処が必要になる。わかるわね?」
それができない人間に、王妃の資格はない。ジゼルはそう言っているのだ。
「こう言っては何だけど、これはとてもいい機会だわ。あなたがどこまでできるか、見させてもらいます。できないというなら逃げても構わないけれど、その時点でラファエルの正妃になることは諦めてもらうわ。異は唱えさせないわよ」
ローズは指先がひんやりと冷えていくことに気が付いた。
(断ったら、ラファエル様の側にいられなくなる……?)
蒼白になったローズに、ジゼルは少し表情を緩めた。
「難しく考えなくても、相談ならいつでも受け付けるわ。何事も勉強よ。だから試しにやって見なさい」
(勉強……)
人を裁くのはやっぱり怖い。
けれどもそれがラファエルの隣に立つために必要なことならば、逃げるわけにはいかない。
それに、逆に考えれば、指導してくれる立場の人がいるうちに経験できるのはありがたいことではなかろうか。人を裁く機会なんて、そうそう訪れるものではない。
(王妃様も相談に乗ってくださると言うし、わたしの独断で間違いを起こす危険は少ないはず……)
ここでローズが逃げれば、ローズがラファエルの妃として認められないどころか、ブランディーヌはラファエルが決めたように遠くへ強制的に嫁がされてしまうだろう。ブランディーヌに与えられるその罪に納得できずにここまできたのではなかったのか。
ローズは覚悟を決めた。
(ブランディーヌ様とただ話をするだけだったら、陛下とラファエル様が決めた処断は何も変わらない。決定が変更できるかもしれないことを考えれば、ちょっと不安だし怖いけど、やらない方がマイナスだわ)
ローズは強くなると決めたのだから、ここで怯えていたらダメなのだ。
ローズは、相談に乗ると言ってくれたジゼルに向かって、深く頭を下げた。
「わかりました。ご指導ほど、どうぞよろしくお願いいたします」
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