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【書籍化】未来で冷遇妃になるはずなのに、なんだか様子がおかしいのですが…  作者: 狭山ひびき
第二部 ラファエル王太子の最愛

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激怒する過保護組 1

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 昨日図書室から部屋に持ち帰った五冊の本は、翌朝ダリエ夫人の授業を受ける前には読み終わった。

 ブロンデル国やヒルカ島の歴史的背景についてより詳しい知識を得ることができたので、こちらについては紙にまとめてラファエルに渡そうと思う。

 ローズとしては、その昔ヒルカ島がブロンデル国の領土になった以前のことなども知りたかったのだが、残念ながら昨日持ち帰った本には記載がなかった。


「読み書きができていると習得が早いですね」

「まだ発音がうまくいきませんけど……」


 ダリエ夫人とマルソール語の会話練習をしながらローズは苦笑する。

 大陸共通語では使用しない発音に手を焼いているのだ。マルソール語は歴史が古く、大陸のどの言語よりも発音が難しいのである。

 文法や単語は頭に入っているので、主に発音に慣れるためにダリエ夫人の指示でマルソール語で書かれた本を音読していると、ミラが微笑ましそうな顔でお茶のお代わりを入れてくれた。


「慣れてきたら、普段の会話もマルソール語に変更するといいかもしれませんね。いつでもご協力しますよ! ね、ニーナ?」


 ミラがぐっと親指を立てて笑う。

 マルタン大国の仕事についてニーナからレクチャーを受けているからか、ミラはニーナと少し仲良くなったようだ。

 ニーナが、ダリエ夫人が新しく持って来て今は使わない教材を部屋の本棚に納めながら振り返る。


「もちろん、その程度のことならいつでも」


 ダリエ夫人も「それはいい案ですね」と黒縁眼鏡の奥の緑色の瞳を細めて微笑んだ。


「二人ともありがとう」


 侍女二人が優しくて、ローズがふわっと笑うと、それを見たニーナが少しだけ戸惑ったような顔をする。


「この程度のことでお礼を言う必要はありませんよ」

「ニーナ、ローズ様はこれが通常運転なので、戸惑う必要はないんですよ。それじゃあ、ダリエ夫人からの指示があったタイミングで、日常会話をマルソール語に変更いたしますね!」

「わかりました。もう少し発音に慣れたところでお二人にはお願いすることにしましょう。この様子だと、それほどお待たせはしないでしょうね」


 ダリエ夫人がローズの進捗具合を見つつ、そう判断する。


「会話が落ち着いてきたら、マルタン大国の社交マナーを追加していきたく存じますが、ほかにご希望があればそちらもご用意しますよ」

「それでしたら、マルソール語の古語を教えていただけないでしょうか? そうすれば古い書物も読めるようになりますし」

「それはいいですね。わたくし、古語が得意なのです。お教えできることはたくさんあると思いますよ」


 アリソンがマルタン大国の壁画の解読を行ったことを嬉しそうに語っていたダリエ夫人ならもしかしたらと思ったが、やはり古語や考古学に精通した人のようだ。


「それでは、ある程度マルソール語の会話練習が落ち着きましたら、以前からご希望をいただいていた歴史と、社交マナー、古語を中心にお教えすることにいたしましょう」

「よろしくお願いいたします」


 ローズが微笑めば、ダリエ夫人もつられたように相好を崩す。

 ミラもニーナとダリエ夫人と打ち解けて、最近はこの部屋の雰囲気がとても柔らかくなったように感じるのはローズだけではないだろう。


(ここに来たばかりの時は緊張したけど、すごくすごしやすいわ。ニーナとダリエ夫人を派遣くださった王妃様には感謝申し上げないと)


 まだラファエルの母である王妃ジゼルとは対面する機会が設けられていないが、折を見てローズから挨拶に行きたいと思っていた。しかしローズがジゼルに会おうとするとラファエルもついてくる気がしていて、そうなると忙しい彼の負担になってしまう。ラファエルが抱えているヒルカ島問題がひと段落ついてからの方がよさそうだ。


 バタンッ‼


 ローズがそんなことを考えていると、前触れもなく部屋の扉が開け放たれた。

 ローズのみならず、ミラもニーナもダリエ夫人も驚いて扉を振り返る。そこには、波打つ銀髪の美女が、険しい表情で立っていた。


「ブランディーヌ様?」


 いち早く我に返ったのは、これまで王宮で王妃の侍女をしていたニーナだった。不躾に部屋に入って来たブランディーヌに困惑顔を浮かべて、やや急ぎ足で彼女に近づいて行く。


「申し訳ございません、こちらは現在、ローズ王女殿下がご使用になられている部屋でして……。扉の前の衛兵からお聞きになりませんでしたか?」

「知っているわ」


 遠回しに無断で入って来るなと苦情を入れたニーナに、ブランディーヌは冷ややかにそう答えた。

 そして、「邪魔よ」と言ってニーナを押しのけ、つかつかとローズに向かって歩いてくる。

 ローズは慌てて立ち上がり、ラファエルの異母姉に挨拶をしようとした――のだが。


 パァン‼


 耳のすぐ横で大きな音がして、頬に鋭い痛みが走った。


「何をするんですか‼」


 誰も止める暇もなかった出来事に、ミラが血相を変えてローズに駆け寄ってくる。

 ローズは痛む頬が徐々に熱を持って行くのを感じながら、ミラに遅れてブランディーヌに叩かれたのだということを理解した。

 理解すると同時に、幼いころに母に叩かれた記憶がフラッシュバックして、頭の中が真っ白になる。頬を押さえる手が小刻みに震えて、過去の記憶に縛られたローズは、ただ目を見開いて立ち尽くすことしかできなかった。


「何をするのかですって? それはこっちのセリフよ! 実のお姉様から婚約者を盗んだ泥棒女は、ラファエルだけでは飽き足らずずいぶんと卑しい真似をするのね!」


 ブランディーヌがもう一度手を振り上げる。

 ローズはびくりと肩を震わせたが、ブランディーヌが手を振り下ろす前に、ミラがその手首をつかんで止めた。


「侍女風情が邪魔をしないで!」

「うるさいですよ! ニーナ! 今すぐラファエル様を呼んできてください‼」

「ミラ……だ、だめよ……!」


 恐怖で身がすくんでいながらも、ローズは今の状況がまずいと頭の隅で理解して、ミラを止めようと手を伸ばす。

 相手はマルタン大国の王女だ。侍女であるミラが手を出せば、ただではすまない。

 しかしミラは、ブランディーヌの手首をつかんだまま彼女を睨みつけ、振り返りもせずに答えた。


「いいえ。今のは見過ごすことができない問題です。ローズ様の頬を叩くなんて、相手が誰であろうと絶対に許しません。グリドール国の王女を傷つけたことを、マルタン大国の国王陛下に抗議させていただきます! それでもこちらが納得する対応をいただけなかった場合、本国に連絡を取り、相応の手段も取らせていただきますからね‼」


 以前ならいざ知らず、マルタン大国に移動する直前まで、何とかローズとの時間を取りたがっていたグリドール国王ならば、連絡が入り次第これ幸いと抗議に動くだろう。不義の子だと思っていたのでローズにはひどく冷淡だったが、父は王としては有能な人なのだ。つけ入る隙を見過ごすはずがない。そんなことになればひと悶着起きる。


「ミラ、わたしは大丈夫だから……!」

「いいえ、ローズ様。これは抗議しなければならない問題です。陛下は客人としてローズ様を遇するとおっしゃいました。その客人を叩くのがマルタン大国の流儀ですか⁉ ローズ様が許してもわたくしは絶対に許しません! ダリエ夫人‼ マルタン大国では王女が他国の賓客を叩いても許されるのでしょうか⁉」


 そうだとしても、ミラが動くのはまずいのだ。ブランディーヌの手首をつかみ上げている今の状態だけでも、ミラには不敬罪や暴行罪が適用される可能性があるのである。


 おろおろしていると、ダリエ夫人が立ち上がった。


「いいえ。そのようなことはございません。ブランディーヌ様、ひとまず手を降ろしていただけませんか?」


 ブランディーヌが手を降ろそうとしない限りミラが手は手を離さないだろう。

 さりげなくローズを守る位置に回ったダリエ夫人に、ブランディーヌが小さく舌打ちした。


「しつけがなっていない侍女ね! 主が主なら侍女も侍女ってところかしら⁉」

「なんですって⁉」

「ミラ……!」


 ローズが手を伸ばしてミラの腕を引く。

 ミラは悔しそうにブランディーヌを睨みつけて、ダリエ夫人とともにローズの前に回り込んだ。


 睨み合うミラとブランディーヌにローズが青ざめていると、ニーナに事情を聞いたラファエルが部屋に飛び込んでくる。

 そして、赤く腫れているローズの頬見て、すぅっとその赤い瞳を細めた。

 ローズでさえぞくりと背筋に怖気が走るほど冷ややかな空気を纏ったラファエルが、ブランディーヌに向きなおる。


「これはどういうことだ」


 低く冷たい声だった。


「姉上、説明いただけますかね。どんな権利があって、俺の婚約者に手をあげたのでしょうか?」

「権利ですって? わたくしは王女よ」

「ローズはグリドール国の王女で、賓客で、俺の婚約者ですよ」

「だから何?」


 ふん、と鼻を鳴らすブランディーヌに、ラファエルはますます怖い顔になった。

 そして、無造作にテーブルの上に置かれていた飲みかけのティーカップを手に取ると、残っていた紅茶をばしゃりとブランディーヌの顔にぶちまける。


 ぽたぽたと、ブランディーヌの髪や顎の先から紅茶がしたたり落ちる。

 ブランディーヌは茫然として、それから顔を真っ赤に染めた。


「な――何をするの⁉」

「それはこっちのセリフですよ。熱湯をかけなかっただけ感謝してほしいですね」

「弟のくせに生意気よ!」

「そのセリフはそっくりそのまま返しましょうか。――たかが王女の分際で何様のつもりだ。そのからっぽな頭は、王太子が国王に次ぐ身分だということを忘れたのか。その王太子の婚約者に暴力をふるっておいて、無事ですまされると思っているのではないだろうな」

「ラ、ラファエル様……!」


 このままだとまずい気がして、ローズはラファエルを止めようと声をあげる。

 ラファエルが肩越しにローズを振り返り、僅かに口端を持ち上げた。しかし目が笑っていない。

ラファエルは己の人差し指を唇に当てた。


「ローズ。少し静かにしていて。これはね、君の優しさで許していい問題じゃないんだよ。姉が謝罪しても、簡単には受け入れては駄目だ」

「謝罪? このわたくしがどうして謝罪なんてする必要があるというの⁉」

「まだわからないのか」


 ヒステリックに怒鳴り散らすブランディーヌに、ラファエルが忌々しそうに舌打ちした。


「ではそのからっぽな頭でもわかるように説明してやろう。姉上。今まで俺が姉上の言動を黙認していたから勘違いをしているようだが、王太子である俺は父上のすぐ下、母上のすぐ上の身分にある。王位継承権も持っていない姉上は、事実上、上位の王位継承権を持つセドックよりも身分は下だ。その気になれば、セドックだって姉上に相応の処罰ができる立場なんだよ。つまり、俺からしたら取るに足らない身分の姉上が、俺が婚約を望み、陛下が認め、そして現在他国の賓客として遇している未来の王妃であるローズを傷つけていいはずがない。どんな理由があれ、ローズに手をあげた時点で姉上は罪人だ」


 マルタン大国では、女性に王位継承権は与えられない。

 もしも王に王女しか生まれなかったとしても、上位の王位継承権を持つものと婚姻させられることはあっても、女王として君臨することはないのである。


 これは、高貴な女性は人前に姿を現すものではないというマルタン大国の昔の因習が大きく起因しているらしい。ゆえに、そのしきたりが廃れるにつれて変化する可能性も大いにあるが、現状では王女であるブランディーヌは王位継承権を有していないのだ。


 ブランディーヌがキッとまなじりを吊り上げた。


「罪人ですって⁉」


「そうだ。これはれっきとした反逆行為だからね。覚悟しておくといい。俺はこの件に関して、一切の手加減をしない。セドック!」


 ラファエルに呼ばれて、扉の外で待機していたらしいセドックが兵士を伴って入って来る。

 セドックも厳しい表情をしていて、ラファエルの側で膝をついた。


「お呼びでしょうか、殿下」


 いつもラファエルに対して気安い態度のセドックの口調が違っていた。ピリリとした空気を纏っている。それはラファエルもだった。


「そこの罪人を連れていけ。王宮の自室で構わない。沙汰が出るまで、監視をつけ、部屋から一歩も出すな」

「は! ブランディーヌ王女を連行しろ!」


 セドックの命令で、兵士たちがいっせいに動き出す。


「何をするのよ!」


 ブランディーヌは抵抗したが、数名の兵士相手に勝てるはずもなく、両脇を抱えられるようにして部屋の外へ連れ出された。

 ブランディーヌがいなくなると、ラファエルがふうっと息を吐き出して、心配そうにぎゅっと眉を寄せると、ローズの頬に手を伸ばす。


「待たせてごめん。痛かっただろう? 赤くなってるね。すぐに冷やさないと。セドック! 侍医を呼んで来い! そのあとでいいから、俺が行くまでに陛下に事情を説明しておいてくれ」

「人使いが荒いなまったく!」


 いつも通りの言葉遣いに戻ったセドックが、ぶつぶつ文句を言いつつも部屋を飛び出していく。

 ラファエルの纏っていた空気がいつものように優しくなって、ローズはホッと息を吐いた。

 ラファエルにソファに座るように言われて腰を下ろすと、ローズは今になって指先が小刻みに震えていることに気が付いた。ここには母はいないのに、「汚らしい宵闇の瞳!」と罵倒して頬をぶつ母の姿を思い出したからだろうか、耳の奥で母の罵倒が響いているような錯覚を覚える。

 ミラが急いでタオルを濡らして持ってきて、ニーナがラファエルが紅茶をぶちまけたことで濡れた絨毯を拭いていた。


「ローズ様」


 ミラがローズの赤く晴れた頬に、濡れたタオルをそっと押し当てた。


「口の中は切りませんでしたか?」


 ダリエ夫人が心配そうに訊ねて来る。


「大丈夫です」


 小さな声で答えて微笑もうとしたけれど、失敗してしまった。

 ラファエルが震えているローズの手を握りしめて、自分の頬に押し当てる。


「こんなことになってすまない」

「いえ、ラファエル様が悪いわけではないので、謝罪なんてしないでください。それに、その……ブランディーヌ様は、何かに怒っていらっしゃるようでした。もしかしなくても、わたしが気づかないうちにご不快にしてしまったのかもしれません」

「もしもそうだとしても、叩いていい理由にはならない」


 ラファエルがきっぱりと言うと、ミラが大きく頷いた。


「それに、ローズ様はブランディーヌ王女から以前庭でいちゃもんをつけられただけで、それ以外に関わったことはないのですから、逆恨みに決まっています」

「いちゃもんをつけられた? ミラ、どういうことだ?」

「ミラ、あの時のことはいいから……!」


 余計なことを言えば、ラファエルがさらにブランディーヌに怒るかもしれない。

 ローズはミラを止めようとしたが、ラファエルに促されて、ミラは待っていましたとばかりに喋り出す。


「……と、いうわけで、いきなり現れてローズ様に食ってかかって『男漁りにお盛んだ』とかなんとかいちゃもんをつけられたんです! すごく不愉快な思いをしたんですよ!」


 不愉快な思いをしたのは主にミラだろう。ローズは不愉快な思いをしたというよりは驚いた方が大きかった。あと、激怒するミラをなだめるのに大変だったな、というくらいの思い出である。

 ラファエルとミラが話し込んでいると、セドックに連れられて女医がやって来た。ローズの頬の腫れ具合を確認して、痛みがどの程度あるのかと訊かれる。


「熱は持っていますが、痛みがそのくらいなら冷やしておけばじきに腫れも落ち着くでしょう」

「だが、こんなに赤くなっているんだぞ?」

「ローズ王女は肌が白いので、赤みが目立つのです。口の中も大丈夫そうですし、少ししたら腫れも引いてきますよ」

「そうか。……冷やすのであれば、氷がいるかな」

「大丈夫ですよ!」


 城の地下に作られている氷室から氷を持ってこさせようとするラファエルを、ローズは慌てて止めた。夏場の氷はとても貴重なのだ。頬を冷やすためだけに使うのは申し訳なさすぎる。

 ローズが必死になってラファエルを止めようとしていると、女医も頷いてローズに協力してくれた。


「冷やしすぎもよくないのです。水で絞ったタオルで冷やすくらいがちょうどいいですよ」

「そういうことなら、氷は不要か」


 納得してくれたラファエルにホッとしていると、セドックが戻って来た。


「殿下、陛下がお呼びだ」


 国王に事情を説明したところ、すぐにラファエルを呼んで来いと言われたらしい。

 ラファエルは心配そうにローズを見て、仕方なさそうな顔で立ち上がった。


「仕方がない。ローズ。ちゃんと冷やしておくんだよ?」


 ローズは過保護なラファエルに苦笑して、「はい」と小さく頷いた。





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