マルタン大国とブロンデル国の問題 1
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マルタン大国の城に到着して一週間が経過した。
今日は余暇があるというラファエルに誘われて、ローズは城の図書室にやって来た。
ブロンデル国との国交改善へ向けての話し合いは難航しているという。レオンスとラファエルは前向きだが、両国の外務官がそうではないらしい。
というのも、お互いの主張が真っ向から対立しているのだ。お互いに一歩も引かないため、話し合いは平行線のままちっとも交わらず、まったく前進しないそうである。
「マルタン大国とブロンデル国の国交断絶の原因は、ヒルカ島の主権争いが原因だと聞いたことがありますけど、あっていますか?」
ローズがラファエルが選んでくれた純愛小説から顔をあげて訊ねると、彼は肩をすくめつつ首肯した。
「だいたいそんなところかな」
エベーレ内海に浮かぶ島、ヒルカ島は、三十年前まではヒルカ国という一つの小さな島国だった。
しかし三十年前、ヒルカ国の中で民衆によるクーデターが勃発する。
その時、ヒルカ国の王立軍に味方したのがブロンデル国、民衆軍に味方したのがマルタン大国だった。
丸二年続いた内戦の結果は民衆軍の勝利で終わり、当時の王族は内戦勃発以前にブロンデル国へ嫁いでいた王女を残して全員が処刑されたと歴史書には記載されている。
民衆軍はブロンデル国へ嫁いだ王女の身柄も要求したけれど、ブロンデル国はそれを拒否。民衆軍に味方していたマルタン大国との関係も悪化したが、内戦終結から五年後、話し合いの末に両国の間で和解が成立した。――ここまでは、よかったのだ。
再び問題が生じたのは今から八年前。
(ブロンデル国がヒルカ島の主権を主張したのが原因って言うのは知っているけど、詳しいことは知らないのよね)
気になったローズが読みかけの小説を閉じると、ラファエルが苦笑する。
「気になって読書どころではないかな? いいよ、別に秘密でも何でもないから、教えてあげる」
ラファエルが机の上のローズの手に自分の手を重ねた。指を絡めるようにきゅっと握られて、ローズはドキドキしながら僅かに視線を落とす。
「八年前、ブロンデル国は『ヒルカ国』を再建したいと言い出したんだ。王女の産んだ子を王に立ててね。ヒルカ国の王女はブロンデル国の傍系王族と結婚していてね、王女の子はブロンデル国としても自国の王族の血を引いていることもあって、ぜひとごり押ししてきたんだ」
「でも、ヒルカ島は、三十年前の内戦後はマルタン大国の所有になっていましたよね?」
「そうなんだよ。うちから派遣した総督が管理していて、それが島民にも受け入れられていてね。というのも、もともとクーデターが勃発した原因は、王による圧政だったわけだから。ヒルカ島の島民が独立を望んでいるならいざ知らず、望んでいないからね。あっちの主張だけでそれを認めるわけにもいかないんだ。ヒルカ島の復興にはうちから人員も出しているし大金も動かしているからね。もちろんその金の出所はこの国の国民の税金なわけで、国民たちも納得できないよね。だかた、何もしなかった――まあ、立場上できなかったというのが正しいけど、そのブロンデル国の主張を無条件で飲んであげることはうちとしてもできないわけだ」
ラファエルが戯れにローズの手の甲を指先でくすぐってくる。
ローズがくすぐったさに「ん」と小さく声をあげると、彼は満足そうにニヤリと笑った。
「だけど、八年たった今でもブロンデル国側の主張は変わらずでね。もちろんうちも拒否の姿勢を貫いているから、先に進まないったらない。一応妥協案も用意してみたんだけどね」
「妥協案?」
「そ。例えば、ヒルカ島を二分割して、半分を明け渡す、とか」
「それは……ヒルカ島の人たちが混乱すると思いますし、また過去の二の舞が起きそうです」
「俺もそう思う。だからあまり気乗りはしないけど、うちから譲歩できるのはこれが精一杯。レオンス殿下も馬鹿ではないから、この案だとのちのち問題が生じることはわかっているわけで、こちらの妥協案はあっさり流されたけどね。俺も、この案が飲まれなくて安心したが」
この案を出して来た外務官を、ラファエルは心の底から「馬鹿か」と思ったらしい。が、ラファエルが国王に責任者に抜擢される以前にすでにブロンデル国側に提出していたというのだから、今更取り下げることもできず、ラファエルはこれが飲まれたら大変だとひやりとしたという。
「この案を事前に承認した父上にもあきれたが、あの人のことだ、どうせこれが通ったところで遅かれ早かれ内乱になることはわかっていたんだろう。そのあとで奪い返せばいいくらいに考えていた可能性が高い。再び内乱が起こって負ければ、ブロンデル国側もあきらめると踏んだんだと思うよ」
「そんな……」
そんなことをして、一番迷惑をこうむるのはヒルカ島の島民たちだろう。
「国王なんて綺麗ごとだけじゃやってられないから、これが一番手っ取り早いと判断したんだろうが、俺もこのやり方は好きじゃない。これじゃあ武力行使と変わらないからね」
「わたしもです」
国王である以上、国の利点を一番に考えなければならないだろうから、国交を再開しつつ最終的にブロンデル国の頭を押さえることができるこの方法にメリットを感じたのかもしれないけれど、それで不要な争いが生まれるのは嫌だった。
「父上が俺を責任者にと言ったのは、この案が承認された場合、俺の代まで争いが長引く可能性が高かったからだろう。父上にも困ったものだよ」
「もしかしたら、ラファエル様ならもっといい案を出してくださるかもしれないと思われたのかもしれないですね」
「ローズ、君は本当に……」
ラファエルが立ち上がり、ローズの隣に移動すると、ぎゅうっとその華奢な体を抱きしめた。
「はあ、君の純粋さには癒される……。どうせ父上のことだから、この案が承認されたとしても『決めたのはお前』と俺に責任を押し付けたかっただけに決まっている。俺が決めたんだから俺の治世で責任をもって何とかしろ、ってね」
(そんなことはないと思うけど……そうなのかしら?)
いくら何でも、父親がすべての責任を息子に押し付けるようなことをするはずはないと思いたいが、ラファエルの口ぶりではほぼ確信を得ているようだった。
「妥協案はほかになかったんですか?」
「ないな。というか、お互い妥協したくないというのが本音だからね。我が国とブロンデル国の代表者の間で水掛け論が続いているよ。白熱して双方が喧嘩腰になってくると俺とレオンス殿下が仲裁に入るという図式だね。生産性も何もあったものじゃない」
「あのぅ、お互いが引かないということは、ヒルカ島はそれだけ魅力的ということでいいんでしょうか?」
「おや、気づいた? そう。ヒルカ島はその豊富な農作物や海産物も魅力の一つだけど、それ以上に天然資源が取れるんだよね」
「天然資源、というと?」
「鉱山があるんだ。銀が取れる。あと魅力的なのはサンゴだね。ヒルカ島はサンゴ礁に囲まれているから」
マルタン大国も、当然のことながら何のメリットもなくヒルカ国の内乱に手を貸したわけではないのである。
つまり、ヒルカ島の主権をマルタン大国が握ったままだと、その利益はマルタン大国に総取りされてしまうわけだ。
しかし、ヒルカ国を再建した場合、王に立つ人間がブロンデル国の血を引いているという理由でブロンデル国が後見の位置に入れるのだ。そうなると、資源の取引が有利に進められる。
(難しい問題ね……)
ローズとしては、ヒルカ島の島民の生活を第一に考えてあげてほしいと思うけれど、このような裏事情がある限り、互いの国は島民の生活よりも自国の利益で動くだろう。
政治を学んでこなかったローズには、何が正解かはわからない。
だが、ここまで話していて、一つだけ気になることが生まれた。
「マルタン大国とブロンデル国の事情はわかりましたが、担ぎ上げられようとしている元王女殿下とそのご子息は、ヒルカ島を取り返したいのでしょうか?」
「え? どういうこと?」
「いえ、ご子息はわかりませんが、王女殿下は内乱を実際に経験された方ですよね? ブロンデル国へ嫁いでいたので実際に戦火に巻き込まれたわけではないでしょうけど、ご両親やご兄弟を内乱で失ってつらい思いをされたと思うのに、そんなつらい思い出のあるヒルカ島に帰りたいんでしょうか?」
少なくとも、ローズならば怖くて目をそむけたくなるだろう。島民の生活が保障されている以上、わざわざ恐ろしい場所に戻って国を再建しようなどとは思わない。
もし過去と同じように内乱が起こった場合、今度は自分の子や孫を失うかもしれないのだ。それならば、ブロンデル国で穏やかに生きていくことを望むだろう。
「つまり、ローズは当人たちの意思を無視してブロンデル国が勝手なことを言っている可能性があると言いたいのかな?」
「そこまでのことはわかりませんけれど……。ただ、ヒルカ島って国として独立したのは四百年前ごろのことなんですが、独立する前はブロンデル国の領土だったんです。ブロンデル国側としては、内乱を利用してマルタン大国に自国の領土が奪われたように映るかもしれません。そうなると、取り返そうと奮起しているのは、ヒルカ国の元王女殿下たちと言うよりは、ブロンデル国側のような気がして……」
「詳しいな」
「その……好きな小説の舞台がヒルカ島だったので、気になって調べたことがあるんです。乳母からも教わりました。ヒルカ島がヒルカ国として独立を認められたのは、当時のブロンデル国の王女がヒルカ島を領土に持っていた大公に嫁いだことがきっかけで、王女と大公の間に生まれた子が、ブロンデル国の承認を経て王を名乗ったんです。だから、ヒルカ国とブロンデル国は、それぞれ独立した国ではありましたけれど、兄弟国でもあったんですよね」
「なるほど、それで詳しいのか。ちなみに好きな小説は『片翼の女神の純愛』?」
「……はい」
以前にもラファエルにこの話が好きだと伝えたことがあるからか、彼はすぐに合点したように頷いた。
「ローズの推測通りの可能性も充分にありそうだな。この場合、あちらからすれば、うちが強引に奪い取ったように見えるわけか」
「もちろん、強引に奪い取ったわけではないでしょうけど、立場が変われば見方が変わるのも当然かなって」
「だが、こちらとしてもあちらの言いなりになるわけにはいかない。だからこそ、双方が納得できる妥協案がほしいところなんだが……」
「島民の皆さんの生活に影響のない妥協案がいいですね」
ローズが心配そうに言うと、ラファエルがローズの頭のてっぺんにちゅっとキスを落とす。
「みんなが君みたいに優しかったら、こんな面倒な問題も起こらないのかもしれないね」
「そんなことはないです。わたしはただ思ったことを言うだけで、問題を解決する力なんて持っていませんから……」
ローズだって、世の中は綺麗ごとでは回らないことを知っている。綺麗で優しいものだけしか存在しない世界ならば、親から疎んじられることも、閉じ込められることもなかっただろう。世の中は理不尽で、小さな力では太刀打ちできないものだ。だからこそ、大きな力を持つ人は弱者を顧みてほしいと思うけれど、強者には強者なりの考えや立場がある。ローズの主張は、あくまでもそうあったらいいなという無責任な綺麗事でしかないのだ。それがわかっていても、ローズは願わずにはいられないわけだが。
ふるふると小刻みに首を横に振るローズの藍色の髪を、ラファエルが梳くように撫でた。
「でも、俺は助かったよ? 自国の歴史は学ぶけれど、他国の、それも滅んだ国のことなんて学ばないからね。ヒルカ国の建国当時のことなんてほとんど知らなかった。問題は三十年前の内乱と八年前からブロンデル国が主張しているヒルカ国の再建だけだと思っていたけど、ヒルカ国の建国当初からのブロンデル国の立ち位置を考えると、こちらも少し見方を変える必要が出てくる。ローズの言う通り、あちらが擁立しようとしているヒルカ国の元王女とその子息の本音も含めて、ね」
ラファエルはもう一度ローズの頭のてっぺんにキスを落とした。
「俺はね、ローズ。ローズのその優しさはかけがえのないものだと思う。世の中は優しいだけでは回らないけれど、権力者は往々にして弱者を見落としがちだ。踏みにじることもある。でも君は、権力者の手のひらから零れ落ちたものを、その優しさですくいあげようとするだろう? 君がふとしたときにこぼす一言で、俺は零れ落ちそうになるものに気づくことができる。気づいてもどうしようもないことももちろんあるが、気づけるのとそうでないのでは、状況はすごく変わるんだ。俺は利己的で、優しい人間じゃないからね。俺が気づかず見落としたところをローズが拾い上げてくれたら、俺はこの先、安心して前を向いて進んで行けるよ」
ラファエルはそう言ってくれるけれど、結局のところローズは思ったことを言っただけで、ラファエルの問題を解決させてあげることはできなかった。
(何か……力になりたいわ)
ただ綺麗事を並べるだけではなく、ラファエルの力になりたい。
ラファエルの腕の中でローズは考え込んだ。ラファエルには、ローズがただぽやんとしているようにしか見えなかっただろうけど。
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