ノベル2巻発売記念SS テニスと「セクハラ」?
お読みいただきありがとうございます!
本作、ノベル2巻がDノベルf様より12/5発売となりますので、発売記念のSSを1本書きました!
ノベル2巻は完全書下ろしで、ノベル1巻完結後のお話で、舞台はマルタン大国へ移ります。
1巻より糖度を増してのお届けとなりますので、ご興味があればぜひお手に取っていただけますと幸いです。
また、本作のコミカライズ1巻もヤングジャンプコミックス様から12/19に発売されます!
漫画家の貴里 みち先生がとっても素敵な漫画にしてくださっているので、こちらもぜひお手に取っていただけますと幸いです。
それでは、記念のSSですが、こちらはノベル1巻終了後のお話です。
ローズがマルタン大国へ向かうために船に揺られている最中の物語となります。
お楽しみいただけますと幸いです!
それは、プリンセス・レア号改め、プリンセス・ローズ号がグリドール国のローアン港を出発して二日が経った朝のことだった。
グリドール国から慰謝料の一つとして豪華客船を奪い取ったラファエルは、名を変えたこのプリンセス・ローズ号でマルタン大国に帰国することに決めた。
当然、ラファエルの新たな婚約者としてローズと、そしてローズの侍女のミラもこの船に乗船している。
バルコニーに降り注ぐ朝日を浴びながら優雅な朝食を取っていたローズは、ラファエルから「今日はテニスをしないか」と誘われてきょとんとした。
「テ、む、ぐう?」
口を開いた直後にスクランブルエッグをすくったスプーンが口の中に突っ込まれ、ローズは目を白黒させた。
ローズに手ずから食事を摂らせることがお気に入りのラファエルが、スプーンを持ったままにこりと微笑む。
「美味しい?」
「はい! ……じゃなくて!」
話の途中で口の中に食事を運ばないでほしい。
むーっとちょっぴり拗ねたローズに、ラファエルはくすくすと笑い出す。
「ごめんごめん。目を真ん丸にして首を傾げる姿が可愛くて」
(か、可愛いって……)
ぽっとローズの頬が赤く染まった。
ラファエルはさらりと甘いセリフを吐くので、ローズはそのたびに恥ずかしくなっておろおろしてしまう。
「それで、テニスだけど、今日セドックたちがするんだって。たまには体を動かしたほうがいいだろうし、ローズも一緒にどうかなと思って」
ラファエルの従兄弟であるセドック・チャールストン・モルト伯爵をはじめ、ラファエルの友人たちは、船の上でよくスポーツをしている。
「わたし、テニスはしたことがありません」
というか、ずっと閉じ込められていたローズはスポーツというものをしたことがない。
テニスが球技であり、ラケットでボールを打ちあうスポーツだと言うのは知っているが、そのラケットすら握ったことがないのである。
「大丈夫だよ。ただボールを打って遊ぶだけならテニスはそれほど難しいスポーツじゃない。真剣勝負なら別だろうけど、そんなことをすればローズが怪我をしそうだからね。ボールをラケットで打って遊ぶだけだよ」
「でも……」
初心者のローズがそばにいたら、逆にラファエルたちが楽しめないのではなかろうか。
うーんと唸っていると、ラファエルがちらりと、少し離れたところに立っているミラに視線を向けた。
「もちろんテニスをするから、テニスウェアは買うよね。可愛いと思うな、ローズのテニスウェア姿。たしか、線内のショップに可愛いものが並んでいたような……」
「いいじゃないですかローズ様! 何事も経験ですよ!」
黙って二人の会話を見守っていたミラが突然食いついてきて、ローズは目をぱちくりとさせる。
「え? でも、ミラ、わたしは運動は苦手だし……」
「大丈夫ですって! テニスはわたくしもできますし、ラファエル様もきっと丁寧に教えてくださいますよ!」
「もちろんだよ」
ミラとラファエルがいい笑顔で迫ってくる。
どうして急に意気投合したんだろうと思いながら、ローズは気圧されたように頷くしかなかった。
絶対にピンクだ、ピンクしかありません、という二人の同一の主張により、薄ピンク色のテニスウェアを購入してもらって着替えたローズは、ラファエルとともにテニスコートのあるゲーム・デッキへ向かった。
もちろん、ミラも一緒である。
ミラもテニスをするのかと思いきやそういうわけではなく、どこから手に入れてきたのか、手には「がんばれ」と書かれてある小さな旗が握られていた。
「わたくしはここで精一杯応援いたしますからね!」
ミラがぶんぶんと旗を振りながら、「ローズ様の雄姿をこの目に焼き付けます」などととんでもないことを言っている。
先に到着していたセドックたちが、ミラを見て笑い出した。
「すごいなローズ王女。侍女のあの旗は自作かい?」
「さ、さあ……?」
確かにテニスウェアを買いに行ったとき、あのような旗は置いてなかった気がするので、ミラの自作の可能性が高い。
(もう、ミラったら、初心者に雄姿なんてないわよ……)
赤くなった頬を両手で抑えていると、ラファエルがラケットを一つとボールの入った籠をセドックから受け取って、ローズの手を引いて二つあるコートのうちの一つに誘導する。
「俺たちはこっちのコートを使おう。じゃあ、ボールの打ち方を教えるからね。とりあえずあのネットさえ越えればそれでいいよ」
(あれ? そんなルールだったっけ?)
詳しくはないが、シングルスとダブルスでアウトとなる線が違った気がするし、他にももっと細かいルールがあったような気がするが、いいのだろうか。
「ローズは右利きだろう? だからラケットは右手でこう持って」
ラファエルがローズの背後に回り、ラケットを握らせてくれる。その上にラファエルの手が重なり、ゆっくりした動作でローズの手を誘導しながらボールの打ち方をレクチャーしてくれた。
「こうして、こう。手首だけでラケットを振ろうとすると手首を痛めちゃうから、腕全体で……」
なんか、近い。
背中から抱きしめられるような体勢に、ローズはドキドキして落ち着かなくなってきた。
重ねられた手からラファエルの体温が伝わってくる。
ぴったりとくっついている状態で話されるから、吐息が耳元をかすめてくすぐったかった。
「ローズ、聞いてる?」
「ひゃい!」
わざとだろうか。
耳元に口を近づけてささやかれたローズは、ぴょんっと小さく飛び上がってしまった。
「じゃあ、実際にボールを打ってみようね」
くすくすとラファエルの笑う声がする。
よくわからないが、ラファエルは妙に上機嫌だ。
「ミラ、すまないが、そっち側からボールを投げてくれないか?」
「お任せください」
ローズの様子をにまにまと笑って見守っていたミラが、ぐっと親指を立ててボールの入った籠を抱えてネットの反対側のコートへ走って行った。
片手には旗を持ったままである。
「いきますよー」
「いつでもどうぞ」
ミラが旗をぱたぱたと振って合図をした後で、ポーンと弓なりにボールを放った。
こちら側のコートでワンバウンドしたそれを、ラファエルの誘導でゆっくりと打ち返す。
意外とラケットからボールの衝撃が伝わってきて、ローズは目を白黒とさせた。
「次いきまーす!」
ミラが二個目のボールを放る。
ラファエルに誘導されて二個目のボールも打ち返したローズは、だんだんと楽しくなってきた。
ろくに運動をしたことのないローズにとって、体を動かすというのが新鮮でたまらない。
プールのときは溺れそうで怖かったが、テニスで溺れることはまずないだろう。
ローズ一人ではおそらく打ち返せないボールも、ラファエルが背後から抱きしめるようにして誘導してくれるおかげで難なく打てる。
「ローズ、どう? 楽しい?」
ローズはぱっと笑った。
「はい!」
「よかった。じゃあ今度は、サーブの打ち方を教えてあげるね」
にこにこと笑ったラファエルが、ミラにボールを投げるのをストップさせて、ローズをコートの端まで誘導する。
もちろん、片手はラケットに、片手は腰に添えられたままだ。
「……なあ、殿下のあれってさ、教えるのを口実にただセクハラしてるだけに見えるのは俺だけか?」
隣のコートから、ぼそっとしたセドックのつぶやきが聞こえてきたが、「セクハラ」が何のことかわからなかったローズは、結局テニスを教えてもらっていた二時間、ずっとラファエルに張り付かれたままだった。