4話 不治の病
「東の女神、西の勇者、北の賢者に南の英雄よ。
我が純潔の身体を使いその力の一部をここに示せ! 魂に刻まれし数多の叡智を刹那に輝く金色の灯火へと変え、目の前の魔王を打ち砕かんことを!!
極限魔法!! 蒼火の導き!!!」
自分で描いていたオリジナル魔法陣の中心で青蜜は大声でそう言い放つと、俺が見てもわかるくらいの意味の無いポーズをとっていた。
……まぁこんな事だろうと思ったよ。 気持ちは痛いくらいわかるもん、少しでも魔法使える様になったら誰だって格好つけたいよな、うん。
蒼火の導き……とやらがどんなものかはわからないけど、俺が窓から見ていた時とは違い、実際に青蜜が魔法を使ってはいなかったから、これが本当にただの自己満なのは直ぐに分かった。
……床の魔法陣を輝かせて雰囲気だけは出してたけど。
「んー、なんか違うのよね。 出来ればもっと長い詠唱が良いんだけど……なかなか良いのが思いつかないよね」
青蜜はまだ俺達に気付く事はなく不満そうに首を捻っていた。
「ダ、ダーリン……ブルーちゃんは一体何をしてるの??」
「いや、あれはな……なんていうか一種の病気みたいなもんなんだ。 あんまり気にしないでやってくれ」
混乱するルカに俺はそう告げて、何も見なかった事にする為にゆっくりと部屋の扉を閉めた。
今日の事は忘れるよ青蜜。 神に誓って約束する、こんなの誰にだって見られたくないもんな。
俺もお前と同じ病気だから、こういう時の対処は知らんぷりが一番良いんだって知ってるかっ。
「ちょっと待ってダーリン!! それって本当なの?? だとしたらこんな所で一人にさせたらまずいわ!! 直ぐに魔法医に診てもらうべきだわ!!」
「えっ!! あっ、ち、ちょっとルカさん?? それは尚更まずいって!!」
閉まりかかっていた扉を勢いよく開け、ルカはそのまま青蜜の元へ走っていった。
「ブルーちゃん!! 今まで気付かずにごめんなさい!! ダーリンから聞いたわ、貴方病気だったのね??
い、今直ぐ私の知り合いの医者の所へ行きましょう!!」
「……えっ?? ってえぇー!! ど、どど、どうしてここに居るのよ!!
な、なんで?? いや、それよりも……も、もしかして見てたの??」
急に目の前に現れたルカの姿に青蜜は一気に顔を赤くして声を荒らげた。
……人間の顔があんなに早く赤くなったのを初めてみたし、その後すぐに青くなったのも初めてだわ。
ごめん青蜜、こんなの見せられたらもう忘れられそうにないわ。
「全部見てたわよ!! 何よ、この魔法陣! よく見たら出鱈目じゃない!!
しかもあんな詠唱聞いた事もないし……ブルーちゃん、本当に病気なのね?? だってこんな事、正常の人間のする事じゃないもの!! きっと脳の一部がっ」
「や、やめて!! もう何も言わないで!! ……お願いだからこれ以上見ないで!!」
「ダ、ダメよ!! 私はね、これでもブルーちゃんの事を本気で心配してるの!! 黙って見過ごす事なんて出来ないわ!! おかしくなってるもの!!」
ルカ、俺の言い方が悪かったとは言えその辺にしといてくれ……もう青蜜のライフはゼロだよ。
「あー、ルカ……もういいんだ。 この病気の事は俺が一番よく知ってるから。
周りが騒げば騒ぐほど、死にたくなる病気なんだよ。 だからその……今はそっとしておこうよ」
「で、でもダーリン!!」
「いいから! 大丈夫だから!!」
俺は無理矢理ルカの手を引き、しゃがみ込む青蜜をその場に残して部屋を出た。
「あ、青蜜。 その……出て来れそうになったら出てきてくれ。 部屋の前で待ってるから」
扉越しに俺はそう言って、そのままルカ二人で青蜜を待つ事にした。
「……ねぇ、ダーリン。 ブルーちゃんの病気って命に関わる事なのかしら??」
只ならぬ雰囲気を感じたのか、ルカが小さく呟く。
「いや、死にたくなるだけで死ぬわけじゃないんだけど……そうだな、ルカには説明しとくよ」
本気で心配しているルカの姿を見て、俺は青蜜の病気を、いや、俺と青蜜の病気の説明をした。
……まぁこれから先も見ることになるかも知れないし、教えておいた方が混乱せずに済むもんな。
ルカが厨二病を理解出来るかはわからないけど。
「……はぁ?」
全てを説明しおった後、ルカは眉を顰めてそう言った。
……うん、そりゃこう言う反応になるよな。
「えっ? 一体どう言う事?? つまりブルーちゃんはただ格好良いからって理由だけで、4ヶ月もかけてあんな大きな魔法陣を描いてたの??
本当にそんな馬鹿な理由で意味のない詠唱を大声で叫んでたっていうの??」
「しー!! 聞こえるから!! もう少し静かな声で言ってくれ!!」
「聞こえたらまずいの?? 本人は本気でやってたんでしょ??」
「いや、そうなんだけどさ……やっぱ他の人に見られたら恥ずかしいもんなんだよ」
「恥ずかしい? でもブルーちゃんが魔法陣を描くのに使ってたのって結構高い魔剤よ??
自身の魔力に合わせて発光するタイプのね。 あの量だと結構お金もかかってると思うの!!
むしろ誰かに見せたいって思うのが普通なんじゃないかしら??」
えっ? あいつそんな高級なもの使ってたの??
ってかそのお金何処から手に入れたんだよ!! 俺なんて一文なしだぞ!! 「もしかして青蜜、如何わしいお店で働いてたんじゃっ!!」
「そ、そんな訳ないでしょ?? 普通に結衣とバイトしてたのよ、まどかちゃんが引き篭もってる間にね」
「あ、青蜜!! ……その、大丈夫なのか??」
お、思ったより早く出てきたな。 もうメンタルが回復したのか??
「な、何が?? 別に何ともないわよ!!
私はただ新しい魔法を作ろうとしてただけで、まどかちゃんが思ってるような事をしてたわけじゃないんだから!!
あーあ!! もう少しで完成だったのに!! とんだ邪魔が入ったわ!!」
そっぽを向きながらいつもより早口で青蜜は捲し立てた。
な、なるほど。 そう言う感じで乗り切るんだな……まぁ未だに耳を赤くしてる奴が言っても説得力は無いけど、そう言う事にしておこう。
それが今の俺が出来る唯一の事だもんな。
「へ、へぇー! 新魔法か!! 流石青蜜だな!! 俺の想像を遥かに超えてて驚いたぜ!!」
「そ、そうでしょ?? そうなのよ!!
凄いのよ私は!! ほ、本当に残念だわ、もう少しで誰もが驚くくらいの最高の魔法が完成してたかも知れないのに!!」
俺を騙せたと思って安心したのか、青蜜は得意げに胸を張った。
察しが悪い青蜜は新鮮だな、そのくらいテンパってるって事か。
ふぅー、まぁでも今回はこれで良しとするか。
ルカへの説明は無駄になったかも知れないけど、あんまり共感してもらえそうになかったから、これが一番収まりが良いのかもっ。
「し、新魔法ですって?? ふざけないでっ!!」
「「えっ??」」
俺と青蜜の間に確かに流れ始めていた一件落着の空気を、ルカが怒鳴って破壊する。
「ブルーちゃん、魔法は危険なものって何度も言ったでしょ??
なんの知識もない素人が適当に新しい魔法に挑戦するのはやめなさい!! 幸い今回は何も無かったから良いけど、次はどうなるか分からないのよ??
本当は貴方が詠唱をする前に止めようと思ったけど、魔法陣の術式が分からなかった以上、私には見守ることしか出来なかった……まぁ途中で魔力を込めてないと気付いたから安心はしたけど。
いい?? こんな危ない事は今度から一人でしちゃダメなんだからね??」
「えっ、あ……はい、ごめんなさい」
ルカの剣幕に青蜜は素直に頭を下げた。
ルカって思ったよりずっと青蜜の事を心配してたんだな……ってあれ?? ルカが言ってた目を離すわけにはいかないって何かあった時に対処する為だったの??
……好奇心で覗いてた俺が恥ずかしいわ。
「……わかれば良いわ。 で、なんの魔法を作ろうとしてたの??」
「あ、いや、それは……」
「何よ? まだ内緒にするつもり??
言っとくけど、ブルーちゃんがやりたかった事を聞くまで私はここを動かないわよ??
魔法を教えたのは私だもの、私にはその責任があるんだから!!」
「……」
……あっ、もう無理だな。 目が本気だもん。
思えばルカって空気読むの苦手な所あるし、これは俺が今更何を言っても無駄だろう。
その事に青蜜も気付いたのか、再び顔を真っ赤にして俯きながら小さく答えた。
「……まどかちゃんの言った通りなの」
「……えっ?? ダーリンが?? あれ? ダーリン何か魔法について言ったかしら??」
「そっちじゃないわ……その……病気の方よ。
まどかちゃんの言う通り、私は厨二病なの……今回のも……格好良いと思ったからやってただけなの」
手で顔を抑え今にも泣きそうな声で青蜜は言った。
じ、地獄だな。 黒歴史の説明をさせられるなんて、辛すぎるわ。
「……えっ……あっ、そ、そう……ははっ……ほ、本当に厨二病ってやつだったのね」
本人の口から直接言われてようやく理解してくれたのか、ルカは気不味そうに視線を泳がせていた。
ど、どうすんだよこの空気……いや、こんなのどうにも出来ないわ!!
俺はそのまま時間が解決するのをひたすら待つ事に決めた。




