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青蜜あかねの苛立ち 2

 

「お疲れ様でした、お嬢様。 卒業生代表の挨拶も完璧でした。

 恥ずかしながら私、感動して泣いてしまいましたよ」

 

「そ、そう? ありがとう。 

 でも貴方途中で姿が見えなかったわよ? 何処に行っていたの?」

 

「えっ? あっ、気付かれていたのですか? た、大した用事ではありません。

 そうです! 旦那様に頼まれた要件を済ませておりました。 そ、そんな事よりこれからどう致しますか? このまま帰られますか?」


 何で焦ってるのかしら? まぁお父様に頼まれた事があったのなら私がいちいち口を挟むべきではないわね。


「そうね、私はこれからちょっと行きたい所があるのよね。

 ほら、私って高校の新入生代表の挨拶もやるでしょう? その説明を今から聞きに行こうと思ってるの。 だからこのまま高校校舎に向かうつもりよ。 あきほも一緒に来る?」

 

「新入生代表挨拶ですか? あれ? でもそれは明日決まるのではなかったのですか?」

 

「そうだけど、毎年一番成績が良い子がやるんだもの必然的に私になるでしょ? 

 さっき聞いたら採点はもう終わってるみたいだから、今から行ってくるわ。

 だって明日もここに来るの面倒くさいでしょ?」

 

「まぁ確かにお嬢様で間違いないでしょう。 そう言う事でしたら私も是非お供させて頂きます、今日は旦那様にゆっくりしてこいと言われておりますので予定も特にありませんので」

 

「本当? じゃあ決まりね! 今から行きましょう!!」

 

 

 こうして卒業式を終えた私達はその足で高校生活を過ごす事になる校舎へと向かった。

 


 ……正直言えば別に明日この場所に来ても良かった。 

 たださっきあきほに話した事により一層高校生活が楽しみになっていたから、今すぐにでもその場所に、特別な事が起こるその場所をこの目で見ておきたかったのだ。

 

 


「つ、着きましたね。 それにしても、何度か来た事はあるはずなのに少し緊張してしまいますね」

 

 到着した校舎の前で珍しく声を震わせてあきほが言う。

 

「えぇ、そうね」

 

 私もあきほと同じく緊張していた。 


 何回も来た事がある場所なのに、何故か全く違う場所の様に感じてしまう。 

 どうやらたった1日で私達は大人に近付いた気分でいるみたいだ。

 

「い、行くわよ。 職員室の場所は知ってるから着いてきて」

 

「は、はい!!」

 

 私達はそのまま緊張した足取りで新たな校舎に入った。

 

 


「えーと、そうそう。 確かここを曲がればっ」



「だ、だから何度も言ってるじゃないですか! これ俺の名前が間違っているんです! 俺の名前は円じゃなくて円人なんですって!!」

 


 職員室に向かう通路の途中で聞き慣れない低音が私の耳に響いた。

 

 あれ? これってもしかして男の子の声??

 

 驚いた私が視線を向けた先には、額に汗を滲ませ必死な表情で教師に話しかける男の子が立っていた。


「ま、まぁ入学式までにちゃんと直しておくから! まどかくん、それで今日は勘弁してくれないかな??」

 

「いや、もう間違えてるじゃないですか! さっきから頑なに円人って呼んでくれないじゃないですか!」

 

「うっ、だから今は無理なんだよ。 ごめん、必ず入学式までには何とかするから! この通り!!」

 

「……わ、わかりました。 でも本当に入学式前には変更しておいて下さいよ?

 本当に宜しくお願いしますよ!」

 

 頭を下げる教師に根負けしたのか、その男の子は諦める様に肩を落として職員室から出て行った。

 

「珍しいですね、この学園に男が居るなんて」

 

 隠れて眺めていた私の後ろからあきほが静かに呟く。

 

「えぇ、そうね。 一体何の用だったのかしら?」

 

「まぁ来年度からこの学校も共学になるみたいですからその内の男の一人でしょう。 きっと珍しいものでもなくなるのでしょうね。 さて、行きましょうか、お嬢様」

 

「あぁ、そう言えばそうだったわね。 忘れてたわ」

 

 あきほの言葉に私は納得し、私達は職員室に入った。

 

 知り合いの先生の姿が見えなかったので、先ほどまで男の子と話していた先生に私は声をかける。

 

「すいません、今時間ありますか?」

 

「えっ? えぇ大丈夫よ。 って貴方もしかして青蜜さん? 一体どうしたのかしら??」

 

「わ、私の事知ってるんですか?」

 

「も、勿論よ! 聖桜葉女学院のアイドルですもの!! 話せて光栄ですわ! 私、貴方のファンクラブにも入っているんだから!!」

 

 目の前の女教師は目を輝かせてファンクラブの会員カードとやらを私に差し出した。

 

 一体誰がこんな物を、ってかいつの間に? ファンクラブなんて初耳なんだけど??

 

「近くで見たら本当に美しいわ。 青蜜さん、良かったらこれから青蜜様って呼んでも良いかしっ」


「……おい! 会員のルールを忘れたのか?」

 

 えっ?

 

 先生の発言にも驚いたが、それよりも隣から聞こえたドスの効いた声に私の意識は持っていかれた。

 

「あっ! す、すいません会長! つい盛り上がってしまいました!!」

 

「分かれば良いわ! だけど次は許さないからな? いいか? もし今後ルールを破れば一生お嬢様の写真を渡す事はない!! 今日撮ったお嬢様の卒業式の秘蔵写真もだ!! わかったか!」

 

 ……いや、何言ってんの? 馬鹿なのこの子? 姿見えないと思ったら写真なんて撮ってたの??


「さぁ、お嬢様。 本題に戻りましょう」

 

「……はぁー、まぁもう何でも良いわよ。 先生、実は私、新入生代表挨拶の説明を聞きに来たんです。 

 本当は明日の予定だったのでしょうけど、今日でも良いかなって思って、駄目ですかね?」

 

「か、可愛い! 勿論今日でも大丈夫ですよ!

 新入生代表挨拶の件ですね? それなら今すぐにでも説明をっ……」

 

 その瞬間、発狂しそうになっていた先生のテンションは一気に下がり、急に目を泳がせ始めた。 

 

 ど、どうしたのかしら? やっぱ今日じゃ駄目だったのかな??


「どうしたんですか先生? 顔色が悪いですよ??」

 

 先生の変わりようにあきほも心配そうに尋ねる。


「あ、青蜜さん、実はね……新入生代表挨拶は貴方じゃないのよ」

 

「そうですか、まぁやっぱり明日じゃないと駄目ですよねっ……え??」

 

 今、この先生なんて言ったのかしら? き、聞き間違いかな? 

 

「えーと、先生? もう一回言ってもらえますか??」

 

「……えぇ、あのね、今回の入試で一番成績が良かったのは、残念ながら青蜜さんじゃないのよ。 さっきここに居た男の子を見たかしら? 

 あの子が今年のトップなの。 だから新入生代表挨拶はあの子がする事になるのよね……」

 

「ははっ、先生、冗談ですよね? 私がトップじゃないなんて有り得ないじゃないですか!」

 

「……」

 

「お、お嬢様」

 

「……えっ? ほ、本当に??」

 

 う、嘘よ。 私は今までずっと一番だったのよ? 小学校も中学校もずっと一番だったのよ?

 あんな奴に負けるなんて有り得ないじゃない! だ、だって私は特別な人間の筈なんだから!


「ご、ごめんなさいね、青蜜さん。 こ、これはどうしようもない事だから」

 

「そ、その子の名前は何て言うのかしら?」

 

「えっ? あっ、まどかくんよ。 福吉まどか君」

 

「そうですか……ありがとうございました先生。 失礼します」

 

 私はその先生に一礼し直ぐに職員室を後にした。

 


 

「……お、お嬢様、だ、大丈夫でしょうか?」

 

「な、な何の事かしら? 別に怒ってないわよ? 私より成績の良い子が居た、それだけじゃない。 

 さぁてと、帰るわよあきほ。 お腹も空いてきたものね」

 

「ひっ! は、はい! 帰りましょう。 今日はいつもより一層美味しく作ります!!」

 

「そう、楽しみにしてるわね」

 

 


 ………福吉まどか。 

 こんな屈辱は初めてだわ! 絶対に許さない!

 高校生活が始まったら覚悟しておきなさい! 最後には絶対私が勝つんだから!!


 

 中学生卒業の日に覚えたこの憎い名前を忘れない様に小声でずっと呟きながら、私は家と帰る事にした。

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