青蜜あかねの苛立ち 1
「見て!! 青蜜様よ! は、話しかけても良いと思う??」
「だ、ダメに決まっているじゃない! あの人は私達とは住む世界が違うのよ? こうして眺める事が許されているだけで感謝しないと! 青蜜様は特別な人なのだから!」
背後から聞こえる女の子達の色めいた声を私は聞こえない振りをしながら歩いた。
……いつもなら彼女達にサービスで笑顔を振りまいている所だが、今日はあまり気分が乗らなかった。
いや、気分が乗らないと言うよりはただ単にイライラしていたんだろう、私の今のこの状況に。
確かに彼女達の言う通り私は特別な人間だ。
勉強も出来るし運動だって得意だし更に言えば家は裕福で、客観的に見ても間違えなく美人だと思う。
一般人とは違う未来を約束された選ばれし者。
それがこの私、青蜜あかねと言う人間だ。
だ、だからこそ私は今の現状に腹が立って仕方ないのだ!!
今日で中学を卒業すると言うのに私はまだ何一つ特別な事を体験していないんだから!
「お嬢様、今日は随分と機嫌が悪いのですね。 もしかして体調が優れませんか?」
そんな私の内心を察してか、並んで歩くあきほが心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「……何でもないわ。 ただちょっと身体が怠いくらいよ」
「なるほど、怠いですか……つまりそれはお腹が痛いと言う隠語ですか?
でもこの辺りにトイレはありませんよ?」
「え? いやいや、別にお腹が痛いなんて一言も言ってないでしょ?」
「はっ!! では尿意の方ですか?
ご安心くださいお嬢様、その為の私でございます。
さぁ少し道を外れますが、あそこの茂みにいきましょう。 このあきほ、お嬢様の尿ならば簡単に飲み干して差し上げまっ」
「その口を今すぐ閉じなさい? 首にするわよ?」
「……すいません、調子に乗りました」
私の言葉にあきほは直ぐに口を閉ざす。
「はぁー、全くいつからこんな子になっちゃったのかしら」
彼女、あきほはお父様が雇った私専属のメイドだ。
私が小学校に入学した時に出会ったからもう9年程の付き合いになる。
初めて会った時はとても上品な子だった筈なのに今は……まぁ色々と手のつけられない子になってしまった。
「お言葉ですがお嬢様、私は最初からこんな子でした。 小学生の頃からずっとお嬢様に欲情していたのを今でもはっきりと覚えています」
……うん、私の見る目が無かったのだろう、よく考えればあのお父様が連れてきた時点で変人なのは当然でもある。
それにあきほが私の家に来た当時はとても嬉しくて気にしてなかったけど、今思えば6歳の少女をメイドとして連れてくるって異常よね。
「冗談はさておきお嬢様、本当にどうなさったんですか? ここ最近は本当に元気がなく私は心配です」
そう言うとあきほは私の手を握り目を真っ直ぐと見つめてきた。
絶対に冗談じゃない事はわかっていたが、それ以上にあきほが私を本気で心配している事も伝わった。
「そうね、まぁ貴方には話しても良いかもね」
「えぇ!! 是非ともお話し下さい!! 私は常にお嬢様の味方なのですから!!」
私の言葉にあきほはとても嬉しそうに微笑えんだ。
こう言う所は本当に可愛いわね、この子。
私は一度呼吸を整え、考えを纏めながらここ最近の不満をあきほに話す事にした。
「実はね、最近特別って何なのかなって考えてるのよ」
「……え? そ、それはどう言う意味でしょうか?」
あきほの顔が一気に険しくなった気もするけど、多分意味が伝わってないだけなんだろう。
仕方ない、ここはしっかりと説明するとしよう。
「ほら、私って特別な人間でしょ? 特別な人間である私の周りには特殊な人間が集まるものだと思うのよ。
例えば宇宙人や未来人、それに超能力者に異世界人とか!!
でも現状私の周りにいるのは変態しかいないじゃない? これは誰が見たっておかしいでしょ??」
「あれ? 今さらっと私の事馬鹿にしました??」
「それでね、このままじゃ私は特別じゃなくなるんじゃないかと不安になってしまったの。 勿論そんな事は有り得ない事だとは分かってるんだけど……ほんの少しだけね」
「あっ、私の声は全然聞こえていないのですね。
……どうしよう、まさかこんなクソくだらない事で悩まれているとは思ってなかったわ。
それにしてもお嬢様ってずっと昔からこんな馬鹿みたいな事言ってたけど、今も変わってなかったのね」
「ねぇ? あきほは私の事どう思っているの? 本当に特別だと思う??」
「えっ? あっ、はい! も、勿論ですよ!
私にとってお嬢様は特別な存在です! 凛々しくて可愛い阿呆な天使の様に思っています!」
「阿呆? 今阿呆って言ったかしら??」
「聞き間違えです!!」
「そう……まぁあきほにとって私が特別なのはわかったわ。 あ、ありがとう。
でもね? 私が聞きたいのはそう言う事じゃないの、私は誰かに評価される事で特別を感じたいんじゃないのよ。
だってそれじゃこの世界の誰もが特別って事になっちゃうじゃない! それじゃ駄目なのよ!!」
「うわぁ、これめんどくさいやつだ」
「つまり私はね、特別な体験をしたいのよ! 常識を覆すような最高の体験を!!
魔王を倒して世界の救世主になったりみたいな事をね!!」
「……結局ただの厨二病なんだよな、お嬢様って。 しかも全く自分の考えを疑ってないあたりが青蜜家の人間らしいわ。 ネジが飛んでるもの、あの家の方々は」
「何か言ったかしら??」
「い、いえ!! 勿論お嬢様に不可能はありません。 その様な日はいつか必ずお嬢様に訪れるでしょう。
ですからそんなに焦る必要はないと思います、特別なお嬢様には特別な体験が向こうからやってくる、これはもう決まっている事なのですから!」
「そ、そうよね! やっぱりあきほもそう思うわよね!!
私は特別なんだもん!! そのうちあっちから来るわよね!
ありがとうあきほ! 貴方のおかげで何だか自信を取り戻してきたわ!!」
「そ、それは良かったです。 では学校に急ぎましょうか、少しゆっくりと話をし過ぎましたからね。
お嬢様を卒業式に遅刻させるわけにはいけませんので」
「えぇ、そうね。 急ぎましょうか!」
私はあきほに促される様に学校に駆け足で向かった。
それにしてもやっぱりあきほは私の事を良く理解してくれている。
そうだ、私は間違えなく特別なのだ!
何を焦って苛ついていたのだろう、むしろこう言うのは高校生になってからが本番じゃない!!
学校に無事についた私は高鳴る心臓の鼓動を感じながら中学生活の最後日を終えた。




