32話 天才少女に出会ってしまった4
「た、確かに! なんで気付かなかったのかしら!! そうよ、わざわざ私が完器樹を作る必要なんてない、未実樹を淀魔素濃度の濃い所に置けば後は勝手に成長するんだもの!!
まさかここまで来て何も手を加えない事が完成品に近く一歩だったなんて……凄いわね。 もしかして貴方も天才なの?」
「よせ、今のはお主の話を聞いた上でたまたま思いついただけじゃ。
それにこれはあくまで未実樹を育てる事が出来るという条件つきじゃ。 実用に至るまでにはまだ沢山の障害があるじゃろう」
「まぁそれはそうね。 でも今までの私の想像を超える物が出来そうな気がするのは確かだわ!! ありがとうね、リア!!」
「礼を言いたいのはむしろこっちじゃ。
我としても優秀な研究者の話を聞けた事はこれからの生活において役に立つからのぅ。
久しぶりに楽しい時間だったぞ、ありがとうのぅルカよ」
予想以上にヒートアップしていた会話もそろそろ終わりが近付いてきたのか、ルカとリアは互いに照れ臭そうに感謝の言葉を口にしていた。
……うん。いや、別にいんだけどさ、めっちゃ長かったな。
かれこれ3時間は話してたたんじゃないか? 座りすぎてお尻痛いもん。
それにしても流石リアだな。 宣言通りルカにもう一度やる気を出させてくれたみたいだ……次は俺の番かな。
いつの間にか寝ている青蜜と結衣ちゃんを横目に見ながら俺は固まった身体を大きく伸ばして立ち上がり、再びルカの元へと向かった。
「そろそろ話は終わったか?」
「えっ? あっ! ごめんなさい!! ってもうこんな時間!」
俺の言葉に驚いたのか、ルカは直ぐにベットから立ち上がり手に持っていたスマホに小さく呟いた。
「ありがとう、最後に貴方みたいな人と話せてよかったわ。 じゃあダーリンと替わるわね」
「……あぁ、そうじゃな」
リアに別れの言葉を告げルカ何処か寂しそうに俺にスマホを返す。
「俺からも礼を言うよ、ありがとうなリア」
「……まぁ約束じゃったしな。 なぁお主よ、我は今でもその選択が正しいとは思ってないぞ。 この娘は本物じゃ、一緒にこの時代に残って研究を完成させるのも良いのではなっ」
「本物だからさ。 俺が居たらどうしたってルカの邪魔になるんじゃないか?」
「そ、それはその通りじゃが」
「それにリアと話してるルカを見て思ったんだ。 やりたい事をやってる子が一番素敵だってね」
「……そうかも知れんな。 うむ、我もはもう何も言わん。 お主の好きにするが良い」
「ありがとうなリア、じゃあまた……未来でな」
そう言って俺はスマホの電源を落として目の前に立つルカへと視線を向ける。
まさか恋人らしい最初の出来事が別れ話になるとはな……本当についてないな。
「どうしたのダーリン? 随分と辛そうな顔してるわよ? あっ、そうよね! ごめんなさい! ずっと待たせちゃったんだもん、お腹空いたわよね? 今から準備するからちょっと待ってね!」
「いや、良いんだ。 今はご飯を食べる気分じゃないからさ。 なぁルカ、リアとの話はどうだったかな? その……楽しかったか?」
「えっ? そ、そうね、それなりに楽しかったかな? でもあくまでそれなりによ?? 私はダーリンと一緒の時が一番楽しいんだから」
誰が見てもわかる痛々しい笑顔を浮かべてルカは答える。
「……ルカ、大事な話があるんだ。 聞いてくれるか?」
「も、もしかして怒ってる? そうよね、ダーリンは私に研究をやめて欲しいって言ってたものね。 それなのにあんなに盛り上がってたら嫌な気持ちにもなるわよね。 ごめんなさい、でも安心して! もう一度研究をするつもりは一切ないから!」
空気を察したのか、それとも俺の胸の内に気付いたのか、ルカの声は僅かに震えていた。
「いや、研究を辞めて欲しいんじゃない。 ごめん、ルカ。 俺と別れっ」
「辞めてっ! それ以上言ったら怒るわよ!! ど、どうしたのダーリン?」
目に涙を溜めてルカは俺を睨みつけた。
「ち、ちょっと! どうしたの? 何で怒ってるのルカちゃん??」
その声で目が覚ましたのか、青蜜が心配そうに俺とルカの間に入る。
「可笑しいじゃない! どうしてそうなるのよ! 私とリアが楽しそうに話してたのがそんなに気に障ったの? でもあれは元はと言えばダーリンが話せって言った事じゃない!!」
目から溢れ落ちる涙を拭く事もせずルカは続ける。
「ちょっとどうなってるのよまどかちゃん!! 何でルカちゃんが泣いてるのよ!!」
「それは……この世界がっ」
ルカの涙に思わず逃げる様な言い訳を言いそうになるのを俺はグッと堪えた。
リアの言う通り、ルカには俺を最低な奴だと思って貰わないと意味がない。
感動的な別れなんて今は必要ないんだ。 クズはクズらしく最後まで貫き通す……それがルカの為になると信じて。
鼓動が早くなっていく心臓を押さえ込む様に呼吸を整え、俺は泣いてるルカを見下す様に大声で笑った。
「な、何笑ってるのよ!」
「うるせぇな。 青蜜には関係ないだろ? 俺は今ルカと話してるんだから。 それに別に俺は何もしてないさ。 ただっ……ただ別れ話をしてただけなんだからな」
「なんですって? 何言ってるのよ、まどかちゃん? 本気なの? 本気でルカちゃんと別れようとしてるの?」
「そう言ってるだろ? わかったら邪魔しないでもらえるか? 俺は今ルカと話してるんだからな」
「邪魔ですって? そんなのっ」
「……ダーリンの言う通りだわ。 ブルーちゃん、これは私とダーリンの話だもの」
怒気を含む青蜜の言葉をか細い声でルカが遮る。
「ねぇダーリン。 本当に私と別れたいの? 本当にそれがダーリンの本心なの??」
「……あぁ、勿論本心さ。 ルカの言う通り、リアと楽しそうに話してたのが気に障ったって事だ。 俺はな、俺以外の事に関心を持ってる女に興味ないんだ。
だからリアに頼んでルカがまだ研究に未練を持ってるかどうかってのを確かめたってわけさ。 結果は自分でもわかってるだろ? 正直ルカにはガッカリだよ。 まさかあんなに楽しそうに話し込むなんてな。
もう完全に興味が失せたわ」
「そ、それは……だってダーリンが話せって言ったからっ」
「はぁ? だから言ってるだろ? リアに協力してもらったって。 俺はさ、これでも信じてたんだぜ? ルカはもうリアの話なんて興味ないんだろうなってな」
「……」
立っている感覚が無い。 声が震えて力を入れないと涙が出てしましいそうになる。 だけど最後まで気付かれちゃいけない。 俺なんかよりルカの方が何倍も辛い筈なんだから。
「あ、それからさ。 そのダーリンって呼び方ももう辞めて貰えるかな? 好きでもない女に呼ばれたく無いしな」
俺の言葉にルカは大きな目を更に見開いて膝から崩れ落ちた。
「さ、最低っ!! 」
その場で泣きじゃくるルカの肩に手を当てて青蜜が大きな声で叫んで俺を睨みつける。
「何で俺が最低になるんだよ。 それに青蜜には関係なっ」
「もう黙りなさい!! これ以上何か言うつもりなら私は貴方を一生許さないわよ!!」
青蜜の怒号に思わず後ずさりした足をもう一度前に出して俺は話を続けた。
……まだだ、まだ足りないピースが残っている。
「別に青蜜に許してもらわなくて良いさ。 それにむしろ俺の方が被害者なんだしな」
「ひ、被害者ですって??」
「だってそうだろ? 完成もしないくだらない研究に心奪われてる異常者が初めての彼女だったなんて酷い話じゃないか。 はぁー、リアも無駄に盛り上がって何言ってんだかって感じだったぜ。 未実器だか完器樹だか淀魔素濃度だか知らないけどさ。 頭の悪そうな単語並べただけの会話なんてくだらなさすぎて笑いを堪えるのが大変だったよ」
「く、くだらない研究……」
小さく呟くルカの背中から手を離して青蜜は俺に怒りの表情を向けて近付く。
「……何があったか知らないけど、もう怒ったわ。 まどかちゃん歯を食いしばりなさい」
……ここまでかな。
「ま、待ちなさい!!」
振りかぶった青蜜の腕を止める様に今度はルカが大声で叫ぶ。
「ブルーちゃん! これは私とダーリっ……こいつとの話し合いって言ったでしょ? 勝手に手を出さないで!?」
「でもっ!! ……わかったわよ」
ルカの言葉に青蜜は不貞腐れながらも俺から距離を取った。
「なんだ? 助けてくれたのか??」
ゆっくりと立ち上がるルカを挑発する様に俺は尋ねた。
「……だ、誰の研究がくだらないですって??」
「はぁー、何だよ。 またその話か。 研究、研究ってお前の頭の中はそればかりだな」
「わ、私の研究はくだらなくないわ! 私の研究は世界を変えるの!! だって、だって私は天才なんだから!!」
初めてあった時と同じ台詞をルカが叫ぶ。
涙を流しながら言うその台詞は何故だか俺を少しだけ嬉しくさせる。
「だからそれは妄想だろ? 大きくなればルカにもわかるさ。 自分に何の才能もない事がな」
「それは貴方が諦めたからよ、いえきっと大人になって捨てたのね。
でも私は貴方と違うわ。 私は自分の才能を疑ってない、私の研究は絶対にこの世界を救うわ」
……やっぱルカはこうでなくちゃな。 どうやら上手くいったのかもな。
「はいはい。 まぁ勝手にそう思っとけば良いんじゃないか? どうやらその口振りじゃこれから無駄な研究をまた始めるんだろ?」
「えぇ。 だけどその前に」
そう言うとルカは大きく腕を振りかぶり勢いよく俺の頬にその掌をぶつけた。
乾いた打撃音と共にきた衝撃に俺の頬はズキズキと痛む。
「……さよならダーリン」
その言葉がルカの口から漏れたと同時に俺の身体はまたも黒い穴に吸い込まれていく。
横を見渡すと青蜜と結衣ちゃんが一緒に落ちて行っているのが見えた。
思った通り今回の設定はルカに研究の再開を決意させる事だったみたいだな。
それにしても………やっぱいてぇーわ。
右頬に手を当てて俺は上に目線を向ける。
以前と違いそこにルカの姿はもう見えなかった。




