7話 「何でも言う事聞くから」この言葉に魔力が宿ります。
「生まれてきて16年、思えば色々な事があったなぁ。 楽しかった思い出の殆どが小学校だけど。
はぁー……こんな最後なら勉強しないで中学時代にもっと遊んどけば良かった。 ハーレムどころか誰にも告白されないで死ぬなんて悲しすぎる、俺の人生一体何処で間違えたんだろうか」
「ち、ちょっと勝手に生きるの諦めないでくれる? ……こっちまでそんな気になるじゃない」
青蜜は涙目を俺に向ける。
あぁ、ごめん……でもさ諦めるも何もこの状況もう詰んでるだろ。 青蜜も思いっきり声震えてるじゃん。
俺は視線を青蜜から移して目の前に向ける。
「グルゥゥ」
その先には唸り声を上げて涎を撒き散らす獣が俺達の様子を伺いつつ距離を詰めて来ていた。
「なぁ、あれ狼かな?」
「狼というよりは大狼ね、凄い大きいもん。 あっ数も多いから大多狼かもね」
「ははっ、じゃあ名前は大多狼決定だな」
「ふふふ」
「ははは」
「「……」」
痩せ我慢全開で俺達は顔を見合わせる。
「ちょっと! どうするのよ! あんなの聞いてないわよ! 何よあの大きさ! 完全にモンスターじゃない!! 何食べたらあんな大きさになるのよ! 人間? もしかしてあいつら好物人間なの??」
堪えきれずに先に声を上げたのは青蜜は大声で叫ぶ。
「お、俺だって聞いてないわ! いや、リアからは聞いてたけど聞いてたとしてもあんなのどうしようもないし!! ってか大声出すな! 見つかったらどうするんだよ!!」
「まどかちゃんだって大声出してるじゃない! それにもう遅いわよ! あっちは完全にこっちを認識してるもの! 私さっき目があったもん! あいつらもう私達を噛み殺す気満々だからね? ほら! 今だってガン見じゃない! とっくに見つかってるわよ!!」
狼の群れに指を差し青蜜は叫ぶ。
あっ、本当だ。 俺も目合ったわ……ってかでけぇー、あんなのアニメでしか見た事ないわ。 多分今の俺達なら一口で食われて終わりだな、それに何匹いるんだよ、そこは一匹狼で良いだろ。
「こ、これだけは使いたく無かったけど、どうやらやるしかようね」
「え? 青蜜この状況で何か策があるのか?」
俺は再度青蜜に希望の目を向ける。
やっぱり流石の青蜜様だ! こんな絶望的な状況でも策を持ってるなんて! 一生ついていきます!!
「こういう事態に陥った時の対処方法は一つしかないわ。 おとり作戦よ」
「……は?」
「まどかちゃん! これも世界を救う為よ! ここで私の為に死んで!」
おいおい、マジかこの女。
「嫌に決まってるだろ! ってか二人とも助かる方法を思いついたんじゃないのかよ!!」
「そんなのあるわけないじゃない! 普通の狼でさえ無理なのにあの大きさにあの数よ? どっちかが食べられてる間に一人が逃げる! これしか方法はないわ!!」
いや、そんな真顔で見られても……。
「あっ! ほら、私って治癒能力あるらしいでしょ? だからまどかちゃんを後で蘇生させる事も出来ると思うの! つまりこれが二人が助かる確率が一番高いって事にならない?」
「後付けじゃねぇーか、不確かだし! あと今思いついただろそれ!」
大体なんで俺がおとり側なんだ。 格好悪いと思われても俺は絶対おとりなんてしないからな。
「お、お願いまどかちゃん」
そ、そんな目で見つめったって無駄だからな。 全くこういう時だけ俺を男扱いしてもらっても困るぜ。 それに俺は生きて帰らなきゃ行けないんだ! シャロさんに伝えなきゃいけない言葉があるんだかっ。
「……もしやってくれたら何でも言う事聞いてあげるから」
「……なんでも?」
今、なんでもって言った? 青蜜が俺の言う事を何でも聞いてくれるって事?
いやいや、騙されるな。 死んだらそんな約束なんの意味もないだろ! それに俺にはシャロさんがいるんだ、青蜜にこんな事言われたって俺の気持ちが変わる事なんて……な、なんでもかぁ。
「ほ、本当に何でも言う事聞いてくれるの?」
ま、まぁよく考えてみればおとりは男の役目だよな、女の子にさせる訳にはいかないし。
「えぇ! だから死んじゃダメよまどかちゃん! 出来る限り精一杯抵抗するの! そうすれば私の逃げる時間が増え、いえ、私達が助かる可能性が増すわ!」
「あぁ! ここらで俺の男らしい所を見せてやるぜ! そのかわり絶対約束忘れるなよ!」
女の子に何でも言う事を聞いてもらえる、その興奮からか俺の頭にはもうすっかり目の前の狼に対する恐怖が無くなっていた。
「じ、じゃああの先頭の狼が後三歩こちらに近付いて来たら私は後ろに走るわ、まどかちゃんは狼の方向に向かって走ってもらえるかしら」
「わかった」
俺は目の前の狼に視線を戻す。
ふん、よく見れば唯の犬っころじゃねぇーか。 軽く頭撫でてやるぜ。
「……一歩目よ」
口も牙も大きいだけだし爪も鋭いだけで大した事は無さそうだな大丈夫、大丈夫。
「二歩目」
……ま、まぁ見た事ないけどマンモスに比べれば小さいよ。 言わばゾウみたいなもんだろこいつら? 余裕、余裕。
「……三歩目!! 任せたわよ! まどかちゃん!!」
「おうっ!!」
青蜜の言葉が耳に入った瞬間、俺は全力で駆け出した。 ……狼に背を向けて。
「ち、ちょっと! なんでこっちの方向に走ってくるのよ!! 逆じゃない!!」
「うるせぇー! あんなの無理に決まってるだろ!! なんだよゾウだから余裕って! 意味わからんわ!!」
「何それ! 意味のわからない事言わないでよ!! 要はビビったのね、だっさ!!」
「あんなの誰でもビビるわ! 言っとくけど俺をおとりにしようとした青蜜には何も言われたくないからな!! なんだよ、私の逃げる時間を稼げって! 今まではお前の事格好良いって思ってたのにがっかりだよ!!」
「ふん、何でも言う事聞いてあげるって言ったら鼻の下伸ばしてチラチラ私の胸元見てたまどかちゃんに言われたくないわよ! 本当に童貞はきもいわね!!」
「お前だって処女だろうがっ!!」
「あー! あの時の事は言わない約束だったじゃない!! 最低ね!!」
「グルゥゥゥ」
「「うるさい!!」」
一心不乱に走る俺達の後ろから響く唸り声に同時に振り返って文句を言う。
そしてその声の主は俺達が振り返った目と鼻の先までもう既に追いついていた。
「……まぁ今は小学生の頃の姿だもんね、そりゃ追いつかれるわよね」
「いや、高校生の頃の姿でも無理だろ」
俺と青蜜はこれ以上の逃走を諦めて足を止める。
狼の口はもう俺達の頭を覆い始めていたから。
「次の転生先はモンスターが居なくて魔法もない世界でお願いします」
「……それ普通に日本で良いじゃない」
俺は不自然に暗くなってきた空間で青蜜の顔を見たのち、覚悟を決めてそっと目を閉じた。
……最後におっさんをぶん殴りたかったな。 あのおっさんのせいで俺の人生が終わった様なもんだもんな。
「あのクソポンコツがぁ!!」
そうそうこんな風に叫びながら……ってあれ?
急に響いた叫び声に俺はゆっくりと目を開ける。
い、生きてる? なんでだ?
目を開けた先にはさっき迄俺達の目の前にいた筈の狼が牙が砕けている状態で倒れていた。
頰に思いっきり拳の跡がついてる……誰かに殴られたのか?
「どうやらギリギリ間に合った様ですね。 大丈夫ですか? まどかさん、あかねちゃん」
こ、この声は!!
聴き馴染みのある声に俺は心の底から安堵する。
「結衣ちゃん! 無事だったんだっ」
俺の目に黒髪短髪のタンクトップ姿の少年が写る。
……だれ? え? これもしかして結衣ちゃん?
残った狼達の激しい咆哮よりも結衣ちゃんの声で話すこの少年の方が俺の脳を困惑させた。




