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第5ゲーム 天才プレイヤーなんて存在するんですかっ!(前編)

 デスゲームは金になる。


 その事実に関しては、前回説明した通り。だから、デスゲーム運営事務局(株)は利益を上げることができるのだ。


 ならば、株式会社としての()()()()の命題。『社会貢献』とは何か。


 深く考える必要はない。デスゲームは視聴者にとって需要がある。だが、それ以上に()()()()()にとっても需要があるのだ。常に参加希望者が募集定員をオーバーし、もはや参加すること自体が狭き門。


 彼らがこぞって申し込むのには、理由がある。


 無論、『金』のため。


 デスゲームに生き残ることさえできれば、少なく見積もっても数百万、上手く立ち回れば数千万、ゲームによっては億を超える賞金さえ獲得できる。参加費は無料。


 ところで、その賞金額はプレイヤーの尊い()に匹敵し得るのだろうか。否、そんなことはない。命はお金で換算できないと謳われることもあるが……見当違いも甚だしい。


 昨今の世の中を見ても思うところがあるだろう。フルタイムで働いて月の手取りが15万。保証されぬ最低賃金。死ぬまで人材を使い潰すブラック企業。壊れたら補充すればいいとしか考えぬ経営者。身体を壊したら医療費すら(まかな)えず。


 人の命の、なんと安いことか――!!


 それに対して、ものの数時間で支払われる数千万。破格……あまりにも破格。法外な金額。


 詰まるところ、デスゲームとは人生最後の救済措置なのだ。プレイヤーがベットした()()の賞金を獲得するチャンスが等しく与えられる。これを社会貢献と言わず、何と言えようか!


 だからこそ、デスゲーム運営事務局(株)は社会に必要とされているのだろう。そして、いつまでも貢献し続けるには、会社を存続させるためには、必死になって利益を捻出しなければならない。


 そのために奔走する人々がいた――!!



  ***



 夏が過ぎ去って、秋の気配を感じ始めた頃。デスゲーム運営事務局(株)も徐々に慌ただしくなってきた。


 何故ならば、秋だから。暑くも寒くもなく、気候は穏やか。蝉もうるさくないし、スギ花粉だって飛んでいない。絶好の行楽日和。


 食欲の秋、芸術の秋、スポーツの秋、そして――デスゲームの秋!


 新しい物事に挑戦しようという人が増えるのか。はたまた、本格的に冬が始まる前に全てを清算しようと考えるのか。この時期は質の良いプレイヤーが集まる傾向にある。


 そして、それを肌で感じ取っているデスゲーム観戦者たちもまた、熱を込めて視聴する。画面を食い入るように見つめる。気に入ったプレイヤーを応援する。何なら、観戦者同士の賭けにまで発展する。


 もっとも、D社主導で大々的な賭けが開催されるのは、主任クラスが企画・運営する一大プロジェクトの話。質の良いプレイヤーがそちら側へ割り当てられてしまうのも当然のこと。余ったプレイヤーは、他の企画へと回される。


 つまり、企画が通るようになって一年にも満たないペーペーの新米である伊佐名の元に、超優秀なプレイヤーが来ることなど滅多にないのだ!


 ただし、完全に有り得ないとは言い切れない。


 その日、私はいつも通り仕事に励んでいた。


 提出前に八神課長から修正を喰らった企画書を直さなければならないし、他部署から要請されている財務関連の資料を今日中にまとめ上げる必要もある。本城先輩から頼まれたちょっとした仕事や、西野くんから出された報告書の添削と承認。さらには、梶田ちゃんが間違えてシュレッダーにかけた重要書類を改めて作成するという突発的業務まで生み出されてしまった。


「ホントに申し訳ないっす……」

「誰にでも失敗はあるわ。ただ、次から気を付けてね。同じ失敗は無しよ」

「うっかりしてたっす。コピーするつもりが、細切れになって……」


 まさか、コピー機とシュレッダーを間違えるとは。ベタと言えばベタだけど、本当にあるなんて。梶田ちゃんが第一企画課に配属されてから一年ちょっと。そろそろ気が緩んできた頃合いかもしれない。


 瞬間、オフィスに昼休みを告げるチャイムが響き渡る。すると、誰もが例外なく仕事の手をパタリと止めた。さっきまで、あんなに忙しなく動いていたというのに。


 そう、どんなに忙しくても――昼休みは別!


 この1時間だけは死守する! 死んでも休む!


 より厳密に言えば、昼休み中の業務は禁止されているのだが。極めて緊急性を要する仕事でもない限りは。


 しかも、驚くなかれ。お昼の社員食堂は1メニューに限り無料なのだ! みんなからも大好評な福利厚生。


 たったこれだけで社員の活力が漲るのだから、会社としては安いもの。分かっている。ここの経営陣は人間をよく分かっている。人間の扱いについて理解している。さすがはデスゲーム運営会社。


 さらに、社食の運営は外部の専門業者に委託しているため、無駄に美味しい。稀にハズレのメニューはあるけれど……基本的には大満足。私にとって毎日の密かな楽しみでもある。


 という訳で、今日もウキウキ気分でデスタワー2階の食堂へ赴く。


「あぁ、どうしよっかな~? 今日はD定食の気分かな~?」

「伊佐名先輩、いつもこの時だけは幸せそうっすよね」

「ちょっと、何それ? 食い意地が張ってるとでも言いたいの?」

「そ、そんなこと言ってないっすよ~!」


 実際のところ、張っている。そうでなければ、肉料理メインのD定食なんて選ばないし、ご飯を大盛りにだってしない。だが、伊佐名はついついやってしまう。無料だから。


 肉と、魚と、野菜と、麺。この中で、どれか一つしか選べないのであれば肉一択。彼女はそういう人間だった。


「じゃあ、書類はまた午後一でね」

「了解っす!」


 そう言って、二人は別れた。


 先輩と後輩が一緒にご飯を食べる。実はこれ、会社ではレアケースに該当するのだ。その先輩が初めて部署に配属された時、後輩は存在しない。しかし、食堂のお昼ご飯は誰かと一緒に食べたい。


 すると、特定の集団と利害が一致するのである。説明するまでもない。同時期に部署へ配属された――同期!


 結果、食堂で形成されるグループの大半が、同じ部署の同期で構成されるのだ。それが代々受け継がれていく。後輩の入る余地など皆無。


「ミコト~! こっちこっち~!」

「そんなに手を振らないでも見えてるわよ」


 先にテーブルで席を確保していたのは、同僚の鈴森(すずもり)香恋(かれん)。同じく第一企画課に所属する同期。友達でもあり、部署内では何かと比較されるライバルでもある。通した企画の数ならば私が勝っているけれど、売上成績では確実にボロ負け。一回やらかしたから。


 彼女は季節に合わせて髪色や髪形を変えることが多い。今現在はミディアムの淡いブロンドヘア。パーマを当てているのか、先端がクルクルしている。首にはシルバーのネックレス、耳にはパールのピアス。私と違ってスーツはスカート派。あと、めっちゃマツゲが長い。


 月並みな感想だが、まるでどこかの読者モデルみたい。ファッションやブランドに(うと)い私からしたら、オシャレでは絶対に敵わない。それと、高い身長が羨ましい。ちょっと分けて欲しいくらい。同期としては誇らしくもあり、若干妬ましくもある。


 例えるならば、猫。世渡り上手で、行く先々の家の庭で歓迎される、飼い主不定の可愛い野良猫。


「うっわぁ~! 今日もスッゴイ盛って来たじゃ~ん! 食べ切れんの?」

「余計なお世話よ。カレンこそ、それでちゃんと足りるの? いつかぶっ倒れても知らないからね」

「その時はその時だって~」

「アンタの刹那主義、私も見習いたい」

「見習えばいいじゃ~ん」

「それができたら苦労しないわよ」


 考え過ぎの伊佐名と、考えなさ過ぎの鈴森。二人合わせて凸凹コンビとからかわれることもある。ちなみに、私が凸の方を担当しているらしい。


 全く対照的な二人だが、むしろ逆に馬が合う。最初からお互いの価値観が違うと割り切っているからこそ、友情が成立することもあるだろう。


 私個人としても、カレンのことは極めて興味深いと思っている。よく発言に驚かされるというか、見ていて飽きないというか。しかし、性格があっけからんとしているだけで、決してバカではない。地頭は良い。そうでなければ、デスゲームなど企画できない。


「あーあ、そんなに食べても太らないなんてズルイなぁ~」

「失礼な。ちゃんと運動してるからね。最近はジムにも通ってるし」

「でもでも、おかしいよね。絶対に計算が合わない。その栄養は全部どこ行っちゃってるの? うーん、あの辺が怪しい……」

「ちょっ、変なとこ見つめるのはやめてよ!」

「っていうか、食べる以外の楽しいことちゃんとある?」

「ぐっ……」

「あっ、ごめーん。図星だった?」

「別にぃ?」


 思わず声が上擦ってしまう。人が気にしていることをズバズバと物申してくる。最初の頃は驚いて開いた口が塞がらなかったけど……さすがにもう慣れた。


 世間は広い。自分では予想も付かない多種多様な人間がいるのだ。デスゲームを運営していると、嫌でも身に染みて分かってくる。それもまた一つの個性として許容しなければ、社会人としてやっていけない。


「だからさぁ、いつも言ってるじゃ~ん。男の一人や二人くらい作りなって~」

「二人って何よ! 二人って!?」

「じゃあ、一人でもいいからさ。楽しいよ~。マジで世界が変わっちゃうよ!」

「今は仕事が忙しいから、それどころじゃないの」

「アタシと同じ仕事してるはずなのに? おっかしいなぁ~?」

「何だか食欲がなくなってきた……」

「大丈夫? 体調悪い? 良い男紹介する?」

「どうしてそうなるの」


 そんなに紹介したいのか。いや、彼女なりに心配しているのだ。本城先輩とはまた違ったベクトルで。


 私もいつの間にかアラサーに突入してしまった。なのに、彼氏の一人も作らず……最近は家族からも心配されている。ただ、仕事が忙しいのは事実なのだ。それを盾にして、いつまで言い訳できるか。


 仕事が恋人。いや、それならばまだ可愛いもの。平日はデスゲームのお仕事、休日は趣味のデスゲーム作品漁り。私の日常にはデスゲームしか溢れていない。


 つまり、言うなれば――『恋人はデスゲーム』!


 最悪のパワーワードがここに爆誕した。


「おっすおっす。ここにいたか。探したぞ」

「あっ、明石くん! やっと来た~! 遅っそ~い!」


 現在の話題を断ち切りたい伊佐名にとって、その人物は救世主にも思えた。


 企画部における、もう一人の同期。明石(あかし)大輔(だいすけ)。ただし、彼が所属しているのは第一企画課ではなく()()企画課。オフィスは同じ部屋だけど、部署はちょっとだけ違う。


 見た目は完全にビジネスマンの爽やかイケメン。新入社員と間違えてしまいそうになるほど、いつもフレッシュで清潔感がある。噂によれば、社内でもかなり人気が高いらしい。私には少々眩しすぎる。


 ただし、仕事上の付き合いであれば話は別。一言で表現するならば、詰めが甘い。それが原因で、ついつい強く非難してしまう。「舐めた仕事してんじゃないわよ!」と。彼もまた短気で、これまでに何度か衝突することもあった。


 私が明石くんの仕事を批判して、彼がブチ切れて、一触即発のところをカレンが止めに入る。うちの職場では、こういう構図が出来上がっている。


 まぁ、それも昔のこと。最近は喧嘩もめっきりなくなって、仲の良い同期そのもの。しかし、どうも私に対抗意識を持っている節があるようだ。


 例えるならば、犬。普段は凛々しいけれど、油断して手を出すと噛まれるかもしれないドーベルマン。


「おい、伊佐名。どうした?」

「えっ? ううん、何でもないけど?」

「なんか、食欲がないんだってさ~」

「珍しいな! 変なもんでも拾い食いしたか!?」

「ふぅん。私を怒らせるつもり?」

「いやいやいや!」


 正面からやり合えば十中八九、勝てる自信がある。物理的に。私を本気で怒らせると怖いことは、誰よりも知っているはず。彼も無益な争いは望まないだろう。


 いつの間にか食欲も戻っていたので、脇目も振らず悠々と唐揚げにかぶり付く。


「そういえばさぁ、明石くんって今はフリーだよね~?」

「まぁな。どうした、(やぶ)から棒に」

「聞いてみただけじゃ~ん」


 そして、私にチラリと目配せするカレン。いや、どうしてそうなるの!? さっきの話の流れから、どう考えても有り得ないよね!? やめなさい! その意味深な表情を今すぐやめなさいっ!


 伊佐名が睨みを利かせるも一向に収まる気配なし。この一連のやり取りに気付くこともなく、明石は別の話題に切り換える。


「そうだ。伊佐名、時間あるか?」

「えっ、時間!?」

「ないなら別にいいけど」

「じ、時間くらいあるわよ!」

「お前、本当に今日どうした? まぁ、いいか。さっき、一課の主任が企画したゲームの録画映像をゲットできたんだけど、伊佐名も見るだろ?」

「あっ、なんだ。そういう……」


 余りにも急な事態で焦ってしまった。妙なこと考えちゃったじゃない。そういう対象として見られているのかと。これも全部、カレンが変なこと言うから!


 でも、顔は良いんだよね。顔は……。


「鈴森も見るっしょ?」

「見る見る~! 利根川主任? 神崎主任? 楽しみだな~」

「おう、楽しみにしとけ」

「全く。アンタこそ珍しいわね。こんなのに私を誘ってくれるなんて」

「だって、お前を誘わないと……あとで文句言うだろ?」

「確かに~!!」


 ……あれ? もしかして私、異性として見られてないどころか……面倒な女だと思われてる!?

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一般文芸デビューしました。(2020.09.01)

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