第5ゲーム 天才プレイヤーなんて存在するんですかっ!(中編)
「先輩、元気出して下さいっす」
「ん? あぁ、元気元気」
「元気な人は上の空で返事しないっすよぉ……」
昼下がりの午後。梶田にせっつかれながら、伊佐名は午前の続きで書類を作成していた。主任たちの秘蔵映像を見たいのは山々だったけれど、昼休みだけでは時間が足りない。かと言って、急に時間を作るのは無理。観賞会はまた後日ということでお開きに。
結局、もやもやした気分だけが残ってしまった。
「午前中はバリバリ働いてたのに、お昼に一体何があったんすか?」
「なーんにも」
「こんな調子で明日の企画、大丈夫っすかねぇ……」
「大丈夫……よっと! はい、完成!」
しかし、そこは優秀。適当に相槌を打ちながらも、手だけはしっかり動かしていた。一度書いた書類と全く同じものを再作成するなど、何も考えずオートでもできちゃうのだ!
「ありがとうございます!」
「もう細切れにしないでよね」
「面目ないっす……」
深々と一礼して、立ち去ろうとする梶田を思わず呼び止める。
「ねぇ、梶田ちゃん。真面目な質問なんだけど……私のこと、どう思う?」
「どういう意味っすか……?」
「そのまんまの意味よ。正直に答えて」
真剣な眼で彼女の顔を凝視する。やる気が出ない。うだつが上がらない。そんな時の最終手段。第一企画課で最後に残された心の清涼剤。可愛い後輩に激励してもらうしかない。
きっと梶田ちゃんなら、やってくれると信じてる!
「正直に……ちょっと恥ずかしいっすね。伊佐名先輩は、私の目標っす。いつもお仕事を必死に頑張ってるし、めちゃくちゃ頼れるし、頭の回転は速いし、基本的に優しい。たまに怖いっすけど……先輩みたいなカッコイイ先輩になりたいっす!」
「うんうん」
心なしか気持ちも高まってきた。午後のお仕事も頑張れそう。
「ただ、気分屋なところが玉に瑕っすね。落ち込んでる時は全然仕事が進まないし、機嫌が悪いと近付くなオーラ全開に出てるっす。それと、自信家でプライドが高いから、打ちのめされるとすぐ心が折れるっすよね。あと、口調がキツイ」
「ん……? なんか、変な方向に行ってない……?」
「容姿で舐められたくないのは分かるけど、言い方ってもんがあるっすよ。それが相まって性格は男勝り。女性っぽさが足りてないっす。メイクも手抜きなことが多いし。もうそろそろ良い年齢っすから、身を固めても……」
「ストップ! ストーップ! それ以上は! 死んじゃうっ!!」
「あっ! 正直に喋り過ぎたっす! ごめんなさいっす!」
「いいから、もう行って」
「でも、本当に尊敬してるっすから!」
「なけなしのフォローはいいから!」
この時点で、伊佐名の心の体力ゲージはゼロ。完全にノックアウトされていた。まさか、こんなことになるなんて。行き過ぎた純粋さは時として凶器になる。
……あれ? もしかして私、後輩からも舐められてる!?
***
「えっと、今からみんなにはデスゲームをしてもらいまーす」
「今日やってもらうゲームは、『完全犯罪摘発運動』」
「……何だっけ。そうそう、誰にもバレないように殺し合ってね」
「タイムリミットは12時間」
「誰かが殺害されたらみんなで推理して。それでバレなかったら勝ち」
「共犯は自分を含めて2人まで。片方でもバレたら負け」
「詳しいことはこれから説明するから」
「分かった?」
***
「はい、カーット! カットです! どぉーしたんですか、伊佐名さん!? いつもの気迫は!? あの凄味は!?」
映像担当の兄ちゃんからダメ出しを喰らわされる。音響担当も両手で大きくバッテンを作っている。そりゃあ、そうなるか……。
伊佐名は仮面を被ったまま、テーブルに顎を置いて答える。
「なんかねぇ。今日は調子が出ないのよ。気分が乗らないというか」
「いや、ダメでしょう! ほら、前に言ってたじゃないですか! 『プレイヤーは命を賭けてるんだから、アンタたちも命賭けでプロの仕事を見せなさい』って!」
「もう、あの時の伊佐名は死んだのよ。帰りの夜道に通り魔から刃渡り15センチのナイフで頸動脈を切断されて」
「例えが生々しい! デスゲームか! いや、デスゲームだこれ!!」
完全に昨日の精神的ダメージが後を引き摺っていた。ちなみに、今日のゲームは夜からではない。ゲーム内容によって長丁場となる場合は、午前から開始することもある。
つまり、この日だけは朝から会社へ寄らず、ゲーム会場に直行していたのだ。廃業となった東京郊外の古いホテルへ。ならば、回復していないのも頷ける。
「昨日も残業で遅かったしなぁ……」
「それは伊佐名さん個人の問題でしょう!」
「あのねぇ。運営だって人間なんだよ? ゲームマスターだって人間なんだよ? そりゃあ、いまいち気分が乗らない日だってあるでしょ」
「マスターからのルール説明が投げやりなデスゲームなんて、見たことも聞いたこともないですよぉー!」
「確かにねぇ」
これには参加したプレイヤーもビックリすること請け合い。
えっ、なんでコイツ説明が適当なの!? これデスゲームだよね!? 俺たちの命が賭かってるんだよねぇ!?
ふふっ。想像しただけで笑えてきた。リハーサルでなければ大目玉もいいところ。
「じゃあ、今日はアレにしましょう」
「アレとは……?」
「ルール説明が全く無い系のデスゲーム」
「無茶ですよぉー!!」
「でも、あるでしょ? 何かよく分からないとこに何人かで連れて来られて、碌な説明もないままゲームが始まって、どうにか勝利条件を模索する……」
「あるけれど! 常人には絶対に無理ですよぉー! 天才がいなきゃ!」
「なら、天才を連れて来なさ~い!」
「どこから!?」
そう、天才など来ないのだ。
我が社のデスゲームは、強制的にプレイヤーを拉致して参加させる類ではないから。極稀に例外はあるが。例えば、誰か一人が友達の分まで参加書類を提出するとか。
つまり、大半が自発的にデスゲームへの参加を申し込んでいる。人生最後の大逆転を賭けた大博打として。果たして、そこまでして大金が欲しい人間とは……。
①楽して稼ごうと高額な懸賞金に釣られて集まる人間のクズ
②借金まみれで首が回らず泣く泣く参加する多重債務者
③後先考えず人生一発逆転を狙う生粋のギャンブラー
天才なんて来る訳がないっ!!
世間の天才たちは、もっと堅実に生きているのだ。自発参加型のデスゲームに天才がやって来ることなど、フィクションでしか有り得ない!
いや、無差別に集めてもなかなか真の天才は現れないだろう。仮に、何らかの事情でスゴイ人物が参加しても……エントリーシートで経歴がバレてしまう。すると、一大プロジェクトのデスゲームに本命プレイヤーとして参加させられる。まず、こんなところには来ない。
それと、ゲーム中に人間のクズが覚醒することは夢物語も甚だしい。命が賭かっていても、最後まで危機感すら持たず脱落してくのが大抵である。ちなみに、これは経験談。
「あーあ、白馬に乗った天才様でも颯爽と現れてくれないかなぁ」
「こんな調子で大丈夫なんですかぁ!?」
「大丈夫よぉ。本番は上手くやるから」
「本当ですね!? その言葉に命賭けてくださいね! 頼みますよ!」
伊佐名はどうにか気を取り直そうと頑張ってみる。うーんと伸びをしたり、ストレッチしたり、仮面を外して頬っぺたを叩いてみたり。
さすがに、あんな様子をお客様には見せられない。また炎上してしまう。やる気を出さなきゃ。ほら、頑張れミコト! 復活しなさーいっ!
そうこうしている内に、ゲーム開始まで残り30分。そろそろプレイヤーが到着してもいい時間なのだが……。
「すいません! 遅くなりました!」
「貴方は……プレイヤー送迎担当の新人さんね。もう到着した?」
「はい、しました! ですが、1人からクレームが入っておりまして……」
「クレーム? 何か不手際でもあったの?」
「いえ、車椅子のため単独では階段を上がれないと……」
「え……?」
初めてのケースに伊佐名は混乱する。しかし、さすがはプロジェクトを統括するリーダー。即座に平静を取り戻し、新人へ問い掛ける。
「私が記憶している限りでは、足が不自由なプレイヤーなんていなかったはずよ。申し込んだ本人で間違いないならば、ここ数日で足を怪我したのかしら?」
「そ、それがですね。たいへん申し上げにくいのですが……」
この時点で、全てを察した。遂に来たか。そういう奴が。
「怪我していないのね。つまり――歩けるのね」
「あっ、その通りです!」
「歩けるのに、足が不自由な振りをして車椅子で来た」
「どうしても車椅子で行くと、言っても聞かなかったもので……」
デスゲームへ参加する前に何らかの準備をする。意外にも、これを出来るプレイヤーがなかなか存在しない。
ゲームの公平性を期すために、下手な荷物を持ち込むことはNG。プレイヤーにとっての必需品を除いて全て取り上げられ、ボディチェックも実施される。
しかし、車椅子を取り上げることはできない。足が不自由なプレイヤーにとっては、絶対的な必需品である。そして、該当プレイヤーは足が不自由だと自己申告しているのだから。
ならば、うっかり運営が見逃してしまうのもおかしなことではない。
「分かったわ。使用を認めます。スタート地点までは貴方が運んであげなさい。ただし、そこから先はプレイヤー同士でどうにかするように、と。それで納得するはずよ」
「了解です!」
彼はご丁寧に敬礼をして、モニタールームの外へと駆けていった。
「全く。デスゲームの会場にバリアフリーを求めるなんて、勘弁して欲しいわ。これ、前代未聞のクレームでしょう。エレベーターを復旧させるのは手間だし……」
口では不満を言いつつも、その両目はギラギラと輝き始めた。
「ただ――そういう強かさ、嫌いじゃないわよ」
自分を社会的弱者として偽装する。自身の孕んでいる脅威を小さく見せる。プレイヤーの同情を誘う。たった一つの準備だけで、このプレイヤーは圧倒的優位を獲得した。現在、ゲームの勝者として最も近い位置に立っている。いや、座っている。
しかし、本来ならば誰もがここまでやるべきなのだ。自身の命を賭けてゲームに参加しているのだから。
天才プレイヤー、とまでは行かないかもしれないが……これは面白くなりそうだ。伊佐名はいつも以上に張り切り出した。
この時点で、命を賭けてプロの仕事を見せる彼女が復活を遂げていた。
やる気の欠片もなかった方の伊佐名は、今頃どこかで野垂れ死んでいることだろう。




