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そうと決めたルシアは、淡々と準備を進めた。魔術を使って完全に回復を遂げ、オーランド家に戻ると父と母に事情を説明する。
流石に婚約者が男と行方不明になったら、ユリウスも彼女を切り捨てるだろう。そう考えた。
話した時にはもちろん、反対された。
しかし、ルシアは誰も死なずに悲しまなくて済むほかの方法など思いつかなかった。
さらに不運なことに、それに畳み掛けるようにして、驚きの事実が明らかになる。
「ユリウスが、国王の隠し子?」
これにはルシアも開いた口が塞がらない。
王都ではとんでもない騒ぎが起こっているようだ。
「そのようだ。……ルシア、婚約は……」
——破棄になる可能性が高い。
父デイモンドが言葉を濁しても、ルシアにはもちろんわかってしまう。
こんな地位も財もない、田舎の伯爵令嬢が、王妃になれる訳がない。
それからは、両親もルシアの考えに同調してくれた。
駆け落ちなどしたら、家にも迷惑がかかるのに、彼らは甘んじて受け入れてくれたのだ。それが、ルシアの為ならばと。
彼女の力があれば、ちょっと家に顔を出すくらい簡単なこと。一生会えないわけではない。家族と会えるのならば、それで十分。
ゼファエルは、ルシアの住む場所を用意してくれたようだし、ユリウスは王の座を受け継ぐらしく、ここしばらく顔を合わせていない。
きっと今、ルシアがこうして無事にいられるのはユリウスが手を回してくれているからだろう。
そのことの礼を言いたかったが、自分は姿を消す身。それはできない。
「ひどい婚約者は、私だった」
いつか彼に言った言葉を自分にかける。
「せめて、一番気の合う友達くらいには思われてたかったな」
眠っている間に指に戻ってきていた指輪を、ルシアは再び外す。この指輪に魔法がかけられていることを知っていた。
「さようなら。お元気で」
家族に見送られ、ルシアはゼファエルとともに姿を消した。
***
場所は変わって、フィーネ姫が住まう宮殿。
「お父様。わたくしは間違ってなどいません」
「ああ。お前ほど正義感をもつ強かな娘はおらん。わかっておる」
「では、ユリウス様を……」
「彼なら今日の夜、ここに来ることになっておる」
口元に笑みを浮かべる国王の言葉を聞き、フィーネは何かを決意したように強く首を縦に振る。
さしずめ、ユリウスはまだルシアに誑かされていると思っていた。
彼らは知らなかった。
なぜ宮殿に多くの兵が配置されているのかを。第2の魔王討伐後から自分たちが宮殿の外に出ていない、いや、出られないようにされていることを。情報の供給が凍結されていることを。
そして、今夜自分たちに起こる出来事を、彼らは知らなかった。
真っ赤な太陽が町の向こうに消えていくと、訪れるのは静寂の夜。
位の高い魔法使いが着ることを許された真っ黒なローブをはためかせながら、その男はやってくる。
フィーネは彼の目を覚ますべく国王の重臣たちを舞台に集め、己の首を絞めているとは気づかずに役者を揃えてその時を待っていた。
「ユリウス。よく来てくれた」
「いえ。陛下のお呼びとあらば、いつでも参上いたします」
ユリウスが食えない笑みで笑っても、王やフィーネに彼の感情は全く伝わらない。
ユリウスの彼らに対する意識は氷点下より冷えて、触れたら火傷をする勢いだというのに。
それでも、ユリウスは我を失うことはできない。精霊たちに水を差されては、計画が狂ってしまうからだ。
感情的にならず理性を保っている間は、彼らとのコミュニケーションが取れる。それが出来ないと、ルシアの身に起こさせてしまったような異常気象が起こってしまう。
自分はルシアのことになると自制が効かなくなるときがあると、ユリウスも気がつき始めていた。
ゆっくり鼻で呼吸を整えて、彼は国王とその娘を見る。
だいたい、この後何を言われるかはわかっていた。
「ユリウス様。あなたをお呼びしたのは、重要なお話があるからです」
フィーネ姫は戦場にいる時とは違って、高級なドレスや装飾品を身にまとい、壇上から降りてくる。胸を張ってまっすぐユリウスに向かってくる姿は、どこにも反省の色はなかった。
「あなたには、悪しきものが重荷としてその背に憑いていらっしゃいますわ。すぐにでも取り除かなくてはなりません」
「ああ。よかった。わたしも丁度その話をさせて頂こうと思っていたのです。フィーネ姫」
ユリウスにニコリと微笑まれ、フィーネは「まぁ」と声をあげる。
「さすがユリウス様。わたくしが申すまでもありませんでしたのね! お恥ずかしいですわ」
口元に手を当てて、目を細める彼女。
「この間のお話、断られたことは気にしていませんの。ユリウス様にはユリウス様のお考えがあっての選択だったのでしょうから」
自分にはわかっている、とフィーネは彼に慰めの言葉をかける。
この間の話とは、ゼファエルを討伐した後に持ち上がったフィーネとユリウスの婚約のことだ。
「もちろんです。わたしとあなたは、結婚などできませんから」
「——え?」
フィーネは目を丸くし、徐々に顔色を変えていく。
「ユリウス様、やはりあの女に」
「わたしの母親は、この城に仕える女医でした。名はティア・レイバス。ご存知ですよね、陛下」
姫の話を遮り、ユリウスは王座に座る男を見上げる。
「ま、まさか……」
何を言われているのか、国王は気がついたらしい。顔色はみるみるうちに青くなる。
「そのまさかですよ、生物学上のオトウサマ」
ユリウスの口調からは、まるっきり王を父親だと見なしていないことがわかる。
「ど、どういうことよ。わたしとユリウス様が異母兄弟ってこと? そんなはずはっ」
「陛下の細胞を少しばかりいただいて、わたしのものと照合いたしました。もしデタラメだと思うのであれば、あなたはこの国一の医師を疑うことになるが、それがどういうことなのかよくお考えください」
いつのまにか現れたアズベルが、王と姫に資料を配布する。
そこにはユリウスと王の血縁調査資料から始まり、王が行うずさんな国政の指摘がびっしり書かれていた。
よくみれば、その対処は宰相に任を下された筆頭魔法使いのジュード及びその部下(もちろんユリウスを含む)の一行がほぼ行っていたことが述べられている。
それまで静かに話を聞いていた重臣のなかから、宰相レクリエールが前に出た。
「我らは、民を守る王に仕える義務がある。陛下、いや、ゾンファ・シェル・ベェレッツォ。審議会によってあなたはその椅子に座るには相応しくないという結論が出た」
「な、何をっ……」
「我々は新たな王としてユリウス・ローレンシウムを迎える」
「勝手なことを言わないで頂戴!!」
自分の周りに父親以外の味方などいないのに、そのことを受け入れられないフィーネが声を張り上げる。
「これは決定事項だ。すでにあなた方以外の国民は新しい王の存在を知っている。今日、ユリウス様は国民に祝福されて戴冠式を終えた」
広大な敷地の中にポツリとそびえ立つ宮殿には、その歓声は届いていなかった。
彼らは宮殿という名の監獄に、今まで縛られていたことをようやく悟る。
「う、嘘よ。これは何かの間違いなんだわ!」
心を折られた元国王ゾンファは、頭を抱えて何も言わず。フィーネは抵抗を続けた。
「わたしの婚約者であり、この国を救ったものを侮辱し、あろうことか命を奪おうとしたフィーネ・シェル・ベェレッツォ」
煩い犯罪者に、ユリウスは低い声で告げる。
「 “悪しきもの” は、お前だよ」
殺気を放たれたフィーネは、その場に崩れ落ち、がくりと膝をついた。
「ゾンファ・シェル・ベェレッツォ。地位剥奪及び、国外へ永久追放を処する。フィーネ・シェル・ベェレッツォ。お前は殺人未遂の容疑で20年の懲役を下す」
抜け殻のようになったゾンファとフィーネには、判決は遠くの世界に微かに聞こえるだけ。
『20年じゃ短いよ!』
『エーデの罪も考えたら、もっと、もっと!』
『あの男、国の外に出たら、僕たちの力、使えないよーー』
『フィーネには、雷落とそうよ! アタシたち、消えてもいいから〜!』
ユリウスの周りで精霊たちがそう言っていることなど知るわけがない。
「もちろん手は打ってある。人を直接殺すのは禁忌だろう? 落ち着いて。これが人のやり方だ」
納得いかない様子なので、ユリウスは彼らに強く言い聞かせる。
精霊たちが起こす天災で困るのは、結局、貧しくて弱い人々なのだ。
(これで、邪魔なやつが消えたな)
ユリウスは首をぐるりと回す。
この国の王になった今、やることが山ほどのし掛かってくることは目に見えている。
ユリウスはルシアに会いに行く暇もなく、目まぐるしく働いた。
だから戴冠式と断罪を終えたこの日にルシアが消えてしまったとは、夢にも思っていなかった。
***
ルシアが駆け落ちしたという噂は瞬く間に広まった。実際には、広めたと表現するのが正しいだろう。
そんな噂が、婚約者であるユリウスに届かないはずもなく。ローレンシウムの屋敷から宮殿に移った彼の自室には重たい空気が流れていた。
それを間近で感じているアズベルは、頭を抱えるしかない。もう、頭がガンガンするし、胃も痛い。
(なんで、こんなに不器用なんだ、わたしの主人は?!)
アズベルは知っていた。
ルシアを斬ったフィーネ姫が、この国の姫だという理由で殺人未遂をしたにもかかわらず罪を問われなかったことに怒り、あの手この手を尽くして彼女を罰したことを。
そのために、自分の生まれまで遡り、養父との平穏な生活を捨ててまで王の座につくことを選んだことを。
もちろん、王になるのには他にも理由があった。
一番大きな理由は、ルシアの身の安全を守るためだ。
ルシアが目が不自由だということは周知の事実。たとえ彼女がマテマの生まれ変わりだと黙っていたとしても、目が見えるようになったとなれば、大騒ぎになるのは火を見るよりも明らか。
それを防ぐためには、自分が権力を持って操るしかない。
ゼファエルに指摘されてから、ユリウスは彼女を守るためだけに行動していた。
悔しかったのだ。
あそこで何も言い返せなかった自分が。
それに「マテマのこと自分の物だと思ってはいるみたいだが、彼女を好きなわけじゃないんだろ? 」というフレーズは何度も頭の中を反芻した。
まだ自分の手元にある、ルシアからの手紙に書かれた「大好きでした」という言葉。
どうしてこれを見ると心がえぐられたように痛いのか、ユリウスにはわかっていなかった。
自分にとって初めてできた年の近い理解者。彼女と一緒にいるのは楽だったし、なにより面白かった。だから、将来一緒になるなら、彼女以外は嫌だと思ったし、そんな彼女は自分が責任をもって管理しなくてはならないと思った。
そんな彼女が自分の前から消えた。
はじめてのことだった。
前世の力を解放して、ユリウスより優れているかもしれないルシアは、もう守られるような弱い存在ではない。
ユリウスから離れるということが、彼女の選んだ選択肢だったのだ。
駆け落ちなど、ただの噂だと信じてルシアの部屋に訪れると、テーブルに指輪だけが置かれていた。
その部屋には主人の気配は全くなく、ただ指輪についた青い石が日光に照らされて虚しく光っている。
頭の中が真っ白になるとはこういう事を言うのだと、ユリウスははじめて知った。
それからというもの、慣れない宮殿の一室で、ユリウスは辛うじて仕事はするものの、どこか上の空だった。
一国の王であるという男が、この有様である。
散々働かせられたアズベルも、この主人には呆れることを通り越して、情けなさしかない。
「ユリウス様! いい加減にしてください!!」
上の空で仕事をする主人を支えてきたアズベルの精神的疲労はピークに達していた。
従順なはずの召喚獣に、机を叩いて怒鳴られ、ユリウスは不機嫌そうにそちらを睨んだ。
「うるさいよ。アズベル」
「ええ、うるさくしてますから。あなたは一体なんのために王にまでなったのですか?!」
「……腐った判決しかできない王と代わるためだよ」
ユリウスは怪訝な顔ではあるが、冷静な対応をとる。
「馬鹿なんですか? わたしはそんなことを訊いているんじゃないんです。ああ、もう。わからないんだったら、教えて差し上げます。あなたは、ルシア様のために王になったのでしょう?!」
もちろん図星であるので、ユリウスはグッと歯をくいしばる。
「彼女はゼファエルと消えたよ。わたしには関係ない」
はあぁ? と思いっきり顔を歪ませるアズベルに、こいつは何か悪いものでも食べたんじゃないのかと、ユリウスは疑った。
「関係ない? はぁ、そうですか。なら、いつまでも手紙なんて持ってないで捨てたらいいんじゃないですか? もらった誕生日プレゼントも全てわたしが処分しておきますよ。ほら、出してください。あなたを誑かして魔王と駆け落ちした女のものなんて、燃やしてやりますから」
出せ、と広げた手を突き出したアズベルに、ユリウスは黙っていられなかった。
「アズベル。たとえお前でも、ルシアを侮辱するのは許さない。彼女は力を隠そうと姿を消しただけだ」
惜しみなく殺気を向けてくる主人に、アズベルは鳥肌がたった。
まるで蛇に睨まれた蛙のように身体が動かなくなる。
だが、ここで負けたら駄目だ。
彼は自分の頭痛と胃炎、それから馬鹿な主人のために口を開く。
「わかっているなら、なんで探しに行かないんですか」
少しの沈黙が、ふたりの間を漂う。
「……探しに行く、権利はない」
ユリウスが言ったのは、そんな言葉だった。
弱気な発言に、アズベルは面食らった。
「それは、またなんで?」
「……わたしは王になった。彼女を守ることはできても、魔術を使えるなら、きっとそれを隠しておくことはできない。それに……。ゼファエルに言われた。わたしはルシアを好きじゃないんだろ? と。たしかにわたしは彼女のことを自分のものだという認識をしていたが……」
あの人はなんてことを。とアズベルはゼファエルを恨めしく思うが、同時にそれを言われても自分の気持ちに気がつけない主人には、もうお手上げだ。
「そんなことは、どうでもいいんですよ」
「……?」
「彼女がいなくなって、悲しいんでしょ? 寂しいんでしょ? 彼女のためになら、あなたは何でもすることをわたしがよく知っています。ルシア様は、あなたにとって大事な、失いたくない人だ。彼女のためを思うから、あなたは迎えに行けない。それは、愛があるからです。あなたは彼女が好きなんです。 だから、本当は誰にもやりたくないんです」
アズベルが話を進めるにつれて、ユリウスの表情は変わっていく。
「自分以外に渡したくないし、触られたくないし、笑いかけてるところも見たくない。もっと言えば、キスとか、それいじょ——」
「もういい!!」
耳を真っ赤にしたユリウスが悲鳴をあげた。
どうやらアズベルの言うことは全て自分の気持ちに当てはまっていたようだ。
「何、他の奴に出し抜かれてるんですか。あなたはわたしの主人でしょう? 男なら強引にでも姫様を連れ戻してきてくださいよ」
ここまで言わないとわからないなんて、本当に手のかかる主人だ。
だが、ユリウスの顔にはもう迷いはない。
「必ず見つける」
「かくれんぼの続きですね。今回は絶対負けないでくださいよ」
「ああ。わかってる」
ユリウスはすぐに立ち上がった。
*
「魔物って、案外可愛いところあるんだな」
ルシアはゼファエルが人間界に作り出した魔界に身を隠していた。
今は小鳥の形をした魔物を観察している最中だ。
人の思い込みで傷つけられてしまい、本当の敵になってしまうのだな、とルシアはそこで学んだ。
ゼファエルだって、もとは人間。
大事なもののためになら、人は魔王にもなれるのだ。
魔界でまったり時間を過ごしている自分は、恵まれているとルシアは自分に言い聞かせる。
ここにはルシア以外に人間はいない。
もう目が見えない田舎令嬢だと後ろ指さされることはないし、見えるようになった目と、隠すことなく使える魔術は今までにない刺激を与えてくれる。
(だから、楽しいし、人間界が恋しいなんて思わない……)
ルシアは紫と青のグラデーションになった空の下、広い草原をザアァっと吹き抜ける風を感じる。
小鳥はそれに驚いたのか、どこかに飛んで行ってしまった。
ポツンとひとり残されたルシアは、小鳥が飛んで行った方をただ眺める。
「……元気にしてるかな」
未練がましい自分は、彼を見たら会いに行ってしまいそうで、ユリウスのことを調べるのは避けていた。
でも、やっぱり彼のことが気になってしまう。
そんな自分に呆れながら、ルシアは白いワンピースが風に揺れるのを見つめる。
——寂しくないわけがなかった。
初めて恋をして、一緒にいられなくなるとわかっていても守らなければと思った。
そんな彼はいつの間にかどんどん遠くへ行ってしまう。
7年会えなくても、彼が元気にやっていることが知れればそれでよかった。
社交辞令の誕生日プレゼントだって、飛び跳ねるほど嬉しかった。
目頭が熱くなり、視界がぼやけてきて、泣くな泣くなと自分に言い聞かせる。
しかし、思いとは裏腹に、ワンピースにはシミが出来ていく。
「……会いたいよ。ユリウス様」
涙とともに、ポツリと言葉は落ちてきた。
すると突然、ルシアの足もとに魔法の気配が。
「な、なに?!」
いきなりのことに、彼女は慌ててその場から離れようと、一歩足を引いた。
トン、と背中に何かがぶつかり、さらに困惑する。
「——見つけた。ルシア。もう逃さない」
背中に感じる温もりと、降りかかる声。
ルシアは腕の中で彼を見上げた。
「ユリウス、さま……」
間違いない。ユリウスだった。
「かくれんぼはもうお終い。君の負けだよ。ルシア」
ユリウスはルシアを自分に向き直させると、そう言った。
「……どうして、ここに」
ルシアは驚きを隠せない。
泣いたあとを、ユリウスはそっと撫でる。
彼女の嘆きが聞こえていたユリウスは、迎えに来たのは間違いじゃなかったと。なぜもっと早く自分の気持ちに気がつけなかったのかと、色んな気持ちが入り乱れた。
それでも、彼女に言いたいことはひとつだけ。
「好きだ。もう君を失いたくない。……だから、迎えに来た」
真剣な眼差しに、ルシアの目は大きく広がる。
これは幻か何かなのではないのかと、思わず自分の頬をつねった。
「いたい」
夢じゃない、夢なんかじゃないんだと、じわじわ頬の痛みとともに理解が追いついてくる。
痛みの代わりに次は、涙腺が緩んで、ルシアは震える唇をぎゅっとつぼむ。
「本当に? 本当に、私を好きだって?」
「ああ。何度でも言うよ。わたしはルシア・オーランドが好きなんだ。君のためになら、この国を滅ぼすことだってできる」
そんな言葉は昔聞いたな、とルシアは思い出す。
彼が言うと全く冗談に聞こえないのが、恐ろしいが、今はそんなことはどうでもよかった。
「君が嫌なら王座も捨てる。……わたしと結婚してくれないか」
——ああ、もう。なんてことを言ってくれるんだ、この男は。
ルシアは堪らず、ユリウスに抱きついた。
「あなたが私を好きだと言ってくれるなら、たとえそれが王のとなりでも、国を滅ぼす破壊者でも、ついて行きます」
大輪の花が咲いたように微笑んだルシアを、ユリウスが離すわけがなかった。
その小さな唇に誓いのキスを、刻むように交わす。
魔界の空には、青銀に輝く星が二人の頭上を流れていた。
おしまい
抱擁を交わすユリウスとルシアを見守る人物がふたり。
「おい。あれ、くっつけて大丈夫だったのか?」
「……さぁ。もしかすると本当に国を滅ぼすかもしれませんね」
ゼファエルとアズベルだ。
「それはやばいだろ。やっぱりあいつにこそ魔王の称号を与えるべきだ」
物騒なプロポーズに、ゼファエルは魔王でありながらこの国の未来を心配していた。
「それは否定できませんね。まぁ、幸せそうなんで、そんな物騒なことはしないんじゃないんですか?」
「精霊の愛子が、今度は愛妻の守護者かよ。とんでもねぇな……」
第三者目線のゼファエルに、アズベルはひとこと。
「今のところ一番危ないのは、ゼファエルさんですよ」
「げっ!」
その言葉にゼファエルが頬を引きつらせたのは、言うまでもなかった。