闘争
「さて、俺の拷問はあいつのように優しくない」
前回と同じように椅子に括り付けられ、キリヒトはうなだれていた。
「あいつは、五体満足でいさせようとしてた。俺は違う」
鈍い音がして、キリヒトの右人差し指が逆向きに曲げられた。
「ぐっ!!」
「俺は、殺さないだけだ」
そう言ってステルスは次々と右手の指を折っていく。
中指は骨が飛び出て、薬指は二度捻じ曲げられている。
声にならない悲鳴がキリヒトの口から溢れ出す。
「答える気になったか?」
右手の指がぐちゃぐちゃにされた後、ステルスは尋ねた。
冷や汗を流しながら荒い呼吸をしているキリヒトは何も言わない。
「…本当に強情なやつだな。あの見苦しさは演技だったか」
左手の指も同じように捻じ曲げながら、ステルスはそう言った。
「この精神力は驚嘆に値する。一体なぜ、お前はここまで耐えられる?
何故自分が楽になる道を捨てて、苦痛の中に身を投じるんだ?
お前の中には何もないというのに」
キリヒトは顔を上げて、ステルスの目を見た。
「また…それか…!!何だよ…空っぽとか…何もないとか…!!
ワケ…わかんねえんだよ…!!」
「行動原理の話だ。自分の…」
ステルスの言葉の途中で、キリヒトの首輪から電子音がなり始めた。
「これは…」
ステルスの目が見開かれ、動きが一瞬止まる。
その瞬間をキリヒトは見逃さなかった。
首輪を外しステルスへと放り投げ、折れた指で椅子を掴み、つま先で首輪ごとステルスの首を蹴る。
轟音と共に辺りを爆風が包み、部屋が崩れ落ちた。
爆発と同時にスカルは拘束に使われた鋼線をメタルの首に突き刺した。
不意を突かれたメタルは簡単に首の神経を切断され、一瞬体から力が抜ける。
すかさずクラムがメタルの首に鋼線を巻き付け、鉄格子に括り付けた。
最後にメルートが首を逆方向に捻り上げる。
そうして3人は後ろを振り返らず外へと走り出した。
「アレで本当に止まるのか!?」
「ええ、超再生がキリヒトさんと同じなら数分は動けません」
走りながらクラムは答えた。
外は同じような牢が並んだ通路が続いていたが、しばらく走ると正面に階段が見えた。
そこで、先頭を走っていたメルートが手で階段の左右に立つよう指示した。
(前、兵士3、内ブロック1)
(クラム、ブロック)
3人は声を出さず、ハンドシグナルだけで会話する。
兵士達は慌ただしく階段を降りてくる。
「メタル様、ご助力を―」
兵士達が通路の奥にそう呼びかけた後ろから、スカル達が襲いかかった。
メルートは首を折り、スカルは兵士からナイフを奪って強引に延髄に突き刺す。
クラムはブロック兵を後ろから突き飛ばし、馬乗りになった。
「水月!」
クラムがそう叫んでブロックから離れると、メルートがその部分を踏み潰した。
全員が息絶えたのを確認して、スカルは息を吐いた。
「よし、こいつらの装備をもらおう…ところでクラム、なんでブロックの核が分かった?」
兵士の服を剥ぎ取りながらスカルはそう尋ねた。
「大半のブロックの核の位置はそこです。
とは言っても各々それなりに防御してるので、今ぐらいの衝撃を与える必要がありますけど」
「ふーん、そうなのか。初めて聞くな…」
拳銃とナイフを腰に挿して、スカルはマスクを被った。
クラムもヘルメットを被り、マスクで顔を隠す。
「じっくり見ればテディベア特有の尖った鼻が分かるかもしれないですけど、
この混乱なら大丈夫でしょう…うわっ!」
地響きがして、建物全体が揺れる。
揺れが収まると、3人は階段を登り始めた。
「隊長がずいぶん暴れてるようだ」
「あれだけ拷問されりゃ暴れたくもなるだろうよ」
長い階段を登り終わると、近代的な建物に出た。
コンクリート作りの通路が続いており、窓からは僅かに朝日が差し込んでいる。
少し進むと、3人は慌ただしく走ってきた兵士達と出くわした。
兵士は安心したように3人に声をかけた。
「ああ、地下に行った奴らか!メタル様はどこに?」
スカルが登ってきた階段を指差すと、兵士は走っていって覗き込む。
兵士は下の方に転がっている死体を目にした。
「え?あれって―」
兵士が言い終わる前にスカルは首を切り、階段の下に放り投げた。
「メタルがいつ戻ってくるか分からん。それまでに兵士をできるだけ片付けて、捕虜を助けよう」
ナイフをしまいながらそう言ったスカルに、2人は頷いた。
爆弾で吹き飛んだ拷問部屋の瓦礫を押しのけ、キリヒトは口から土埃を吐いた。
「すげえ爆発だ、マジで殺す気だったな…それにしても」
ミシミシと音を立てて治癒していく両手の指を見て、キリヒトはニヤリと笑った。
「やっぱりこうでないとな」
再生した指を確かめるように動かし、体を動かす。
外の空気を吸いたいと思ったキリヒトは上を見るが、崩れた天井から空は見えない。
「地下か…。無理やり出てもいいけど、建物ごと崩れたら色々まずそうだ」
キリヒトは原型を留めていない部屋から、かろうじて残っている通路へと飛び出した。
左右を見てしばらく悩んだ後、特に何も考えずに左に走り出そうとした。
瓦礫を踏み抜いた一歩が、その中から出てきた手に足を掴まれた。
「うおッ!」
キリヒトが抵抗するより早く壁へと叩きつけられる。
建物が揺れるほどの勢いで、キリヒトは壁に埋まった。
ガラガラと大きな瓦礫を崩し、ステルスは立ち上がった。
ステルスの仮面は割れ、下の素顔が半分ほど見えている。
その顔はかつてこの施設で戦った相手と同じような傷だらけの顔だった。
「よくも…やってくれたな…」
怒りに震えながら、ステルスは叩きつけられたキリヒトへと歩み寄る。
埋まった壁から飛び出し、キリヒトは地面に着地した。
「それは俺が言うべきセリフじゃねえか?」
キリヒトの挑発文句に答えず、ステルスは殴りかかった。
「よッ!」
周囲にある瓦礫を発泡スチロールのように砕き、繰り出された拳をキリヒトはあっさりといなした。
そのまま腕を取り、背中の方へと捻りあげる。
「普通はここで終わりなんだよな」
バキッ、という音がして肩の骨が折れるが、キリヒトはそのままさらに腕を引っ張った。
さらに足で背中を思い切り蹴ると、ステルスの右腕は根本から引きちぎれた。
「嫌という程対人訓練をさせられたが…今となっては正直感謝してるぜ」
番号は上であるが、ステルスはヴラドと比べて明らかに接近戦では弱かった。
不意打ちに長けていたため、それ以外が疎かになっていたのだ。
「ぐ……」
腕を千切られたステルスは、僅かながら冷静さを取り戻したようだった。
再生せず、止血だけをしてキリヒトを見る。
「さて、じゃあさっさと心臓を…」
キリヒトはそこまで言って、動きを止めた。
眼の前でステルスの姿が一瞬にして見えなくなったからだ。
「そーか、そういう力だったもんな」
周囲を伺いながら、じりじりとキリヒトは後退し始めた。
だが、通路は前後に伸びているためあまり意味は無い。
空を切る音がして、キリヒトの後頭部が殴りつけられる。
「がッ!!」
派手な音を立てて、キリヒトは瓦礫の山に突っ込んだ。
すぐに反転し、自分のいた位置を攻撃するが空を切るだけだった。
「クソ、ならこれでどうだ!」
キリヒトはビートから得た能力を使い、思い切り吠えた。
音が反響し、建物がビリビリと揺れる。
キリヒトはまだ能力慣れしていないため指向性を持たせることが出来ない。
『どこにいても同じだ!』
吠えるような声でキリヒトはそう言った。
だが、天井が崩れ始めたのを見てキリヒトは慌てて能力を使うのをやめた。
スカル達が地下にいないとは限らない。
「意外だな、仲間は見捨てると思っていたが」
ステルスの声が聞こえると同時に、キリヒトの顔に正拳が叩き込まれる。
地面に伏して、血を吐くキリヒトの正面にステルスが姿を現した。
「そのまま続けていれば貴様の勝ちだった」
目と口から流れた血を拭い、ステルスはそう言った。
キリヒトは拳を握り、立ち上がる。
飲まず食わずで戦い続けていたキリヒトの体が限界なのはステルスも勘付いていた。
『喰らう者』を発動しないのではなく、できないということも。
だが、条件は腕を千切られたステルスも似たようなものだった。
「ここに居た時は他者を気遣うことなどしなかったろうに」
キリヒトは再び血を吐き、体を起こした。
「そうだな、俺は未熟だった」
その言葉にステルスは眉を上げた。
「"未熟だった"…?」
辺りに漂っていた土埃が収まり、少しずつ視界が良くなる。
土埃で動きを察知されなくなるため、ステルスにとってこれは好都合だった。
「俺はここに来てやっと分かったことがある。
…俺は、一人では勝てない。仲間が必要だって」
ステルスは馬鹿にしたような冷笑を浮かべた。
「何を馬鹿なことを。同じ能力を持つナンバーズならともかく、貴様の仲間はただの無能力者だ」
「そう、ただの人間と物質種だ。そして俺は、そいつらに助けられた」
キリヒトはそう言って、自分の首を指さした。
「首輪を外して能力を取り戻せたのも、俺が拷問に耐えられたのも…。
ただの人間と…いや、無能力者の仲間のおかげだ」
「そうか、二度目の拷問の時…お前は麻酔を使っていたな?」
治療した時、クラムは痛み止めと同時に麻酔も準備していた。
キリヒトの口の中に、苦痛で歯を食いしばった時に割れる様カプセルに入れて。
「無能力者も馬鹿にできねえんだって、よく分かったぜ」
「なら、その学びを生かせないまま、抱えたまま…死ね」
そう言ってステルスは笑みを浮かべたまま、再び姿を消した。
だが、キリヒトは表情を変えず立っている。
「そうはいかねえ。今、てめーは…」
攻撃をかわして、キリヒトは透明のステルスをしっかりと見た。
「スカルのせいで、負けるんだからな」
そう言ってキリヒトはステルスの喉に噛み付いた。
「!!」
言葉にならない声を発しながら、ステルスの姿が再び現れる。
キリヒトは何度も噛みつき、血を飲み体力を回復する。
ぱくぱくと口を動かすステルスを見て、キリヒトは口を開けた。
地面に落ちたステルスの傷口は、もはや再生することはなかった。
ステルスの意図を察したキリヒトは、ステルスの体についた何かを引っ張った。
「極細の紐だ。テメーの全身にくっつけられてた。スカルが拘束した時にやったんだろうよ」
紐を指でなぞると、血がべったりと指につく。
「こんな細さじゃ感触なんかねえし、ほとんど見えねえ。
そのうえてめーらは仮面とローブを常につけてるから、中にくっついた紐が外に出ることもねえ。
だけど、俺が爆弾を叩きつけて血を撒き散らしたおかげでハッキリ見えるようになった」
地面に落ちて切れた紐をキリヒトは手にとった。
「爆弾で半分以上は吹っ飛んだみてえだが、それでもてめーを視認できるぐらいにはくっついてた。
一度負けた時点で…ただの無能力者と侮らず、警戒してればな…。
紐ごと消えるとか、そもそも紐を外すとかやりようがあったろうよ」
キリヒトがそう言うと、ステルスはガクガクと体を震わせ事切れた。
死体のそばにしゃがみ、いつものように中から心臓を取り出してキリヒトはつぶやいた。
「…本当に、俺一人じゃ勝てなかった」
口を大きく開けて、キリヒトは心臓を食べ始めた。




