潜入と戦闘
輸送機の中で、兵士達とキリヒトは向かい合って座っていた。
「キリヒト…だっけ?」
ナイフの手入れをしていたスカルが口を開いた。
「正直な所、いきなりアンタの下につけと言われて「ハイそうですか」ってワケにはいかない。
上の命令だから一応従いはするがな」
「私も同感です」
クラムが医療鞄の中身を確認しながら答えた。
「あなたがヌイドーのために戦っているのは知っていますが、だからといって信用はできない。
…我々のことを、足手まといと言いましたし」
キリヒトは舌打ちして、そっぽを向いた。
「それは事実だろ。…それに上の命令に従うって言うなら、俺も上だろうが」
「何を言ってる?わざとやってんのか?本当にわからないのか?」
感情を隠す様子もなく、スカルが言葉を荒げた。
「ああ、悪いが分からねえな。とにかく、俺の指示には従えよな」
キリヒトはそう言うと、座席にごろりと横になった。
「ほとんど眠れてないんだ、到着するまで起こすなよ」
大いびきをかいて寝始めたキリヒトに、スカルは黙って中指を立てた。
「…品のないことだ」
メルートが呟くと、スカルは唾を吐いた。
「お前だって納得してねえんだろ。…こんなどこの馬の骨とも分からんやつに従うなんて」
「だからといって、今更引き返すという選択肢は無いでしょう」
何も言わないメルートに代わって、クラムが答えた。
パチンと鞄を閉じて、クラムはスカルを見る。
「少なくとも、王を助けたいと思うという気持ちがあるからあなたは来た。違いますか?」
「…そうだ。ああ、文句を言っても何にもならんのは分かってるさ」
スカルはナイフをしまい、メルートを見た。
「それにしても、相変わらず無口なヤツだ」
メルートは黙って工具を手入れしている。
「面識があるんですか?」
「俺はルヴィ、こいつはその同盟国であるサイアの兵士だからな。
今までにも、何度か協力したことがある」
クラムは交互に二人を見た。
「私はヌイドーの兵士です。…そう考えると、我々は3国の連合小隊ってことになるんですね」
「そうだな、ワケのわからないコイツを除けば」
輸送機のパイロットが後ろを向き、口を開いた。
「もうすぐ到着です」
その言葉を聞いた3人は道具をしまい、リュックを背負った。
「おい、どうして隊長の俺が先頭じゃねえんだよ」
キリヒトが最後尾を歩きながら、イライラした様子で話しかけた。
うっそうと生い茂る高木により、あたりは常に薄暗い。
「第一に、あなたはそこから来たにも関わらず施設の正確な位置を知らない」
「無我夢中だったんだ、覚えてるわけねえだろ」
すぐ前にいるクラムの言葉にキリヒトが当然といった様子で答えた。
「第二に、先頭は隊列のペースを管理する必要がある。テメーにそれができるとは思わん」
「ついてこれねえヤツが悪いんだよ、あと隊長にてめーって呼び方やめろ」
キリヒトは先頭のスカルを指さしてそう言った。
「…最後に、最後尾は最も攻撃されやすい。戦闘力の高い…チッ…隊長を置くべきだ」
「ふん、強いのは事実だからな。そういう理由なら仕方ねえ」
満足げに腕組みをしたキリヒトを見て、3人はため息をついた。
先頭のスカルは、時折方位磁石を確認しながら一定のペースで進んでいく。
数時間ほど歩いて、陽の差す小さな広場に4人はたどり着いた。
「ここは少し開けているな…。あと1時間ほどで日没だ。ここで野営にする」
「はあ!?」
スカルの指示に、キリヒトは再び怒りの声をあげた。
「王を一刻も早く取り戻す必要があるんじゃねえのかよ!
てめえらも兵士なら、夜通し歩くぐらいできんだろうが!」
「まだ施設も見えていないのに、夜闇の中で行動するメリットは無い。
暗視装置のバッテリーが無駄になるだけだし、向こう側が仕掛けた罠にかかる可能性も高くなる。
わかったか?さっさと準備を始めてくれ」
スカルがそう言って指さした先では、メルートが黙って野営の準備を始めている。
クラムも食料の用意をし、てきぱきと動いていた。
「ち…てめえら…なんで俺の言うことがきけねえんだ!」
腹立ち紛れに、キリヒトは近くの木に腕を突き刺した。
幹が裂ける音がして、腕を引き抜くと木屑が辺りに散らばる。
「おい!」
「うるせえな!」
呼び止めるスカルを怒鳴りつけて、キリヒトは一人で森の中へと消えていった。
食事を終えて、就寝の用意が出来てもキリヒトは戻って来なかった。
「いいんですかね?隊長がいなくて」
樹上で見張りに立つスカルに、クラムが下から話しかけた。
「勝手にいなくなったやつのことなんざ知るかよ。
どれだけ強くても、勝手な行動をするやつは足手まといでしかない」
そういうものですかね、とクラムは呟き自身の寝床へ潜り込んだ。
近くを流れていた川で魚を何匹か捕まえたキリヒトは、生のままばりばりとそれをかじっていた。
「俺の足元にも及ばねえくせに……」
キリヒトは、強い言葉とは裏腹に自分に自信が持てなくなっていた。
今まで人の上に立ったことが無いわけではない。
事実S.L.ウォールでは、壊滅してしまったとはいえキリヒトは治安維持組織のトップに立っていた。
だが、その時はただ力を振るえば良かった。
定期的に姿を見せて、目の前の相手を殺せば周囲の者たちは従ったし、生きていくこともできた。
過去と今で決定的に違っていることが何なのか、キリヒトにはまだ分からなかった。
「…もう何匹か捕まえるか」
キリヒトは川辺に手を付き、じっと川に目をこらし始めた。
日はすでに沈み僅かな月明かりしか無かったが、キリヒトにとってそれは問題にならなかった。
「!!」
月明かりが一瞬遮られたと同時に、キリヒトは身を翻した。
先程まで川を覗き込んでいた場所には、大鉈が深々と突き刺さっている。
「この不意打ちを避けられるんだ…やるね」
かつてのナンバーズと同じように、白いフードと仮面をつけた相手が鉈を引き抜いてそう言った。
「しかし自分から一人になってくれるとは思わなかったよ。
戦いは強くても頭は良くないね、君」
以前戦った相手よりも、華奢な体と高い声でキリヒトは相手が女だと判断した。
「はっ、またお前らか。じゃあ一つ聞くけどよ」
相手との距離を少しとって、キリヒトは軽く笑った。
「俺とよく似た顔の、赤い目の男を知らねえか?」
相手は首を傾げて、自分の仮面を指さした。
「ナンバーズの基本衣装がこれなのはもう知ってるでしょ?
だから仲間の素顔はあんまり知らないよ。目の色は見えるからわかると思うけど、私じゃないし」
「なら用はねえ。死ぬ前に名前ぐらいは聞いてやってもいいけどな」
相手は余裕そうにくすくすと笑って、鉈を肩に担いだ。
「じゃ、お言葉に甘えて。私の名前はメタル、ナンバーは7。能力の方は…ま、すぐに分かるよ」
「6の方はいねえのか?セットで来ると思ってたけどよ。
それともまた不意打ちするために隠れてるのか?」
「いや、君のお仲間の方へ行ってるよ」
メタルがそう言った瞬間、キリヒトの姿がみるみる変わっていく。
「ああ、それが『喰らう者』ってやつだね?話には聞いてるよ」
キリヒトは何も答えず、メタルに飛びかかった。
繰り出した爪は大鉈で受け止められ、キリヒトの腕は弾かれた。
何度も火花を散らしていた後、キリヒトは後ろに飛び退った。
「てめえ、首脳会議の時にいたヤツだな」
確かめるように手を動かし、キリヒトは爪についた血を拭った。
「よく分かったね。あの時はもっと小さな刃物を使っていたけど」
「その時間を稼ぐような剣の振り方、ヘドが出るぜ」
返事を待たず、再びキリヒトは飛びかかる。
「それが目的だから」
繰り出した手は、再び鉈に受け止められた。
しかしキリヒトはさっきのように何度も打つのではなく、鉈をつかみ相手を押し下げ始めた。
爪が鉈に食い込み、刃にヒビが入る。
「やるぅ、この武器はもう駄目か」
大鉈から手を離し、メタルは二本の刀を取り出した。
「ちっ…また武器か。そんなモンどこにしまってやがった?」
鉈を引き裂き、地面に突き刺してキリヒトはそう言った。
メタルは刀をくるりと回し、二刀流の構えをとった。
「じゃ、こっちからも仕掛けようか」
メタルは流れるように剣撃を繰り出すが、キリヒトは体を引いて難なくそれをかわした。
「さっきの鉈より、間合いが短くなってんだよ!」
「そうかな」
メタルがそう言うと、キリヒトの顔に横一文字の傷跡があらわれた。
余裕を持ってかわしたはずの攻撃が、何故か命中していた。
「…!?」
キリヒトは傷が治ったのを確かめ、流れた血を拭う。
「かわしたよな…?」
自分に言い聞かせるように、キリヒトはそう呟いた。
再びメタルは地面を蹴り、キリヒトへと切りかかった。
そのころ、スカルは樹上で一人見張りをしていた。
キリヒトを今回の小隊長と決定したのは、ナシャエルだとクマは言っていた。
スカルはナシャエルと会話したことは無かったが、彼が聡明な人物であることはよく耳にしていた。
様々な学問の分野で功績を残し、かつ表舞台に出てくることがない彼は
「名前だけは皆が知っている」という奇妙な人物となっていた。
実際のところ、今もスカルは顔を見たことが無い。
だが、国王がナシャエルとその上のクマに絶対の信頼を置いていることは事実だった。
「一体何を考えている…?」
スカルがそう呟いた時だった。
今まで戦場を生き抜いてきたスカルの直感が、大音量で警鐘を鳴らし始めた。
この瞬間、自分の背後に何かがいる。木の上であり、背後に何もないというのにスカルは確信していた。
「はァッ!」
スカルは一瞬の躊躇もなく、手に持っていたナイフを何もない空間へと突き出していた。
何もない空間から、血が吹き出す。
引きつった表情をするスカルの目の前で、相手の姿がゆっくりと現れた。
他のナンバーズと同じ服装をした相手は、低い声を発した。
「驚いた…察知されるとは…」
スカルは枝を蹴って下に降りた後、笛を思い切り吹いた。
眠っていた二人はすでに物音で目を覚ましていたが、笛の音を聞き緊急事態だと理解した。
銃の安全装置を外し転がり出た後、枝からぶら下がっている相手に狙いをつけた。
「悲しいかな、能力はあっても銃に頼るしかない」
男はそういって体を反転させ、地面に降りた。
肩に刺さったナイフを抜き、スカル達に向ける。
その瞬間、3つの銃が同時に火を吹く。
何発もの弾丸が体に撃ち込まれ男は大きくのけぞったが、倒れることはなかった。
「…おしまいか?」
男は体をゆっくりと起こし、撃たれた痕を確かめた。
「体を貫通しないとは、随分と威力の低い…っ…」
男はそこまで言って突然、体をおさえて苦しみ始めた。
ナンバーズは恵まれた能力故に、ただの人間を侮っている。
そして、力の差を誇示するためにわざと攻撃を回避しないことが多い。
この2つとさらにキリヒト相手に(訓練も兼ねて)行った実験から、ナシャエルは武器を作っていた。
強酸を仕込んだゴム弾である。
撃ち込まれれば内部で炸裂し、持続して傷を与え続ける。
強烈な一撃よりも、継続的なダメージの方が効果的であることを考慮した結果だった。
ただ、発射する弾丸の規格が独自であったため、ナシャエル自身が銃を手作りしなければならなかった。
それゆえ用意できた銃は僅かであり、彼らが持っている3丁しかない。
「クソ…ただの人間の分際で…」
男は体に埋まった弾丸を取り出そうとするが、ゴムそのものも酸で溶けているため徒労に終わる。
この策は実際のところ時間稼ぎにしかならないが、隙を突くには十分だった。
スカルは腰に挿していた普通の銃を取り出し、地面を数箇所撃ち抜いた。
空気を裂く鋭い音がして、ワイヤーが男の体を縛り上げる。
「捕獲完了」
体のどこも動かせなくなり、言葉すら発せなくなったのを確認してスカル達は銃をしまった。
「…思ったより簡単でしたね」
クラムの言葉にメルートは首を横に振った。
「ここから尋問をする必要がある。楽ではない」
メルートは縛り上げられた男に近づき、担ぎ上げようとした。
「おっと、彼はそこに置いたままにしてくれないかな」
静かな森に似合わぬ、軽い声が響く。
3人は素早く銃をその方向に向けるが、暗がりから現れた相手を見て言葉を失った。
「どうやら私の勝ちみたいだからね」
メタルがキリヒトの頭に銃を突きつけ、そこに立っていた。




