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私的徒然草  作者: 半信半疑
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071 白墨 に ついて

 恐らく、大抵の人は「白墨」と聞いても、何のことを言っているのか分からないと思う。分かったとしたら、凄い。割れんばかりの拍手を送ろう。おめでとう! たとえ分からなかったとしても大丈夫。私も最初、一体何のことなのか分からなかったから。少なくとも一人は味方がいるということで、ひとまず安堵してほしい。大丈夫。実際に知っていたのかどうかなど、画面越しに分かるはずもないし。知らなくても、今覚えれば問題ないのだ。


 それで、肝心の「白墨」が何かということだが、ずばり「チョーク」のことである。白い墨の意味もあるが、私はそれを見た覚えがない。橙色の墨は、見たことがあるけれど(添削の際に使われていたのだ)。ちなみに、墨ではないが水で書くことのできる便利な板というのもある。これは墨を使わずに書くことができるので便利。しかも乾いたらまた使えるのだ。なんて経済的なのだろう。


 話が逸れた。白墨のことだったな。思うに、黒板という紙に字を書く為の白い墨という感じで、白墨と名付けられたのではないだろうか。黒板に黒い墨では、目立たず、何が書かれているのか把握できない。それで白い墨、白墨が使われたというわけだ。しかし、やはり違和感がある。これは二つの理由からくるものだと私は思っている。


 一つは、「墨」の字が使われていること。筆記用具のうち、時代の主流が筆であった頃の名残なのかもしれないが、チョークに墨の要素はない。液体でもないし、付ける(もしくは浸す)ものでもない。黒板に付着させるという意味でなら、苦しいけれどアリかな。筆記の道具として関連させたことは分かるのだが、だとしても直接的に関連した言葉でないという点が、私の中に違和感を生じさせるのだと思う。


 もう一つは、「白」に限定されていること。これは、時代の流れが大きく影響しているのだろう。チョークが生まれた当初、まだ色は白色しか存在せず、だからこそ名称に「白」を冠することができたのだと思う。他の色を作ることができたのならば、「白」以外の字が使われていたはずだから。


 現在は、白色のみならず、様々な色のチョークが存在している。赤や青、黄や緑など、まさに色とりどり。私はこれが理由で、 白墨 = チョーク の等式が思い浮かばなかった。色んな色のチョークがあるのだから、まさか「白墨」がチョークを指すなんて思いもよらなかった。まぁ、目にした当初は分からなかったが、今では分かっている。


「白墨」の話をしようと思ったのは、串田孫一さんの『文房具56話』という本に出てきたからだ。本当に最初は何のことを話しているのか分からなかった。それこそ、白い墨の話なのかと思いながら読んでいた。ちゃんと、二行目に「黒板」という字が出ていたにもかかわらず、私は初見で「白墨」が「チョーク」だとは気づかなかったのである。それで、本分十三行目あたりから、ようやくチョークのことだと気づいた私は、こうしてせっせと文章を書き連ねているというわけだ。


 何とも恥ずかしい話だが、新しく言葉を知ると何だか頭が良くなった気がするので、さっそく使ってみた。こうして考えると、字面だと何となく「チョーク」のことかな、と想像できるが、これが声に出して会話の中に用いられると、途端に輪郭がぼやけてしまうような気がする。「はくぼく」と音にしてみてほしい。一発で「チョーク」だと分かるだろうか。多分分からないだろう。漢字を使った言葉は、シンプルでコンパクトになる代わりに、音にした時は、意味の輪郭がぼやけてしまうのが欠点だな。今どちらかの言葉を使うとしたら、やはり「チョーク」かもしれない。


 過去を振り返ってみたら、チョークの思い出が一つだけあった。小学生の頃、隣のクラスの女子が変わった人物で、聞くところによると、チョークを口にしたことがあると言うのだ。曰く赤いチョークはトマトの味、らしい。他の色が何の味に対応していたのだったか記憶の彼方に飛んでいってしまったのだが、トマトだけは覚えていた。多分、赤とトマトを結び付けすぎて、脳が誤作動を起こし、味の再生を行なってしまったのだろうと私は睨んでいる。が、実際は分からない。


 こうして、卒業した今でもチョークの事が思い出されるが、いつまで彼らは活躍できるだろうか。デジタル化が進む社会で、旧来のものたちが一つまた一つと消えてしまうのは、あまり歓迎できないが、人が老いに勝てないように、白墨もまた時代に勝てないかもしれない。そんなことを考えた。できることなら、旧時代の産物とならないことを祈る。


参考文献

・『文房具56話』第九刷 串田 孫一まごいち 2014年7月25日 筑摩書房

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