068 嘴 に ついて
嘴と聞くと、私は鳥を連想してしまう。あのスッとしたシルエットが脳裏に浮かぶのだ。柔らかさなど一切捨てたかのような、それでいてふんわりと弾力を残しているかのような、あのフォルム。先端が尖っているほど、カッコ良さは増すと思う。しかし、これまでの人生において、まじまじと鳥の嘴を見る機会などそう無かった。彼らは、私たち人間が近づくと警戒してすぐ飛び立ってしまうのだ。中には例外もいるが…。それは、烏である。
少し話が脱線するが、何故「烏」という漢字は、「鳥」から一本線が消えているのか。前々から気になっていたので調べると、『新漢語林』には次のようにあった。
◯【烏】
・字義
①からす ②くろい。黒色 ③ああ。=嗚。嘆息のことば。 ④なんぞ。いず-くんぞ。
・解字
象形。鳥の一点を欠いて、黒くて目の見分けがつかない鳥。からすの意味などを表す。また、「ああ」など嘆息を表す擬声語として用いられる。烏を音符に含む形成文字に、歍・隖(両方とも読みは「ウ」)などがある。
※出典『新漢語林』初版第七刷 2010年4月1日 鎌田正/米山寅太郎 大修館書店
あの横棒一本は目玉だったわけか。黒すぎて見分けがつかない様が字にまで表れているとは、何とも面白い話である。しかし、烏を目にする時、私なぞは目玉よりも羽、羽よりも嘴に目がいってしまう。目などは二の次だ。対人では目が重要という話だけれど、目を見つめるというのは、私にとって中々勇気のいる行為なので、自然と逸らしてしまう。烏に対しても同様のことを考えているわけではないけれど、逸らしてしまうんだよなぁ。
さておき、嘴だが、烏の嘴は、皆さんご存知の通り、黒い。もの凄く、黒い。何なら顔との境目が分からなくなる始末だ。目と同様だな。しかし、嘴は先端についているので、目よりかは区別がつく。それでいてあのフォルムである。
彼らは雀などとは違い、割と近くで見ることができる。人間を恐れていないということが私たちにとって好都合かどうかはこの際置いておくが、まじまじと見ることができるのである。そして見られる彼らの嘴の、何と立派なことか。黒光りする嘴は、仄かにてらてらと濡れているようで、どこか艶めかしくもある。思わず手で撫でつけたくなるが、そこまでは難しい。精々が眺めるまでである。私はそれが残念でならない。一度は、撫でてみたいものだ。
烏以外だと、先に挙げた雀の嘴も触ってみたい。雀は烏ほど大きくもないし、黒光りもあまりしていない。烏のものほど肉厚な感じはないし、ちんまりとしている。しかし、何を隠そう、彼らの嘴には可愛らしさがある。体の小ささというのも関係あるかもしれないが、あの小さな生き物がちゅんちゅんと嘴を動かす様を思い浮かべてみると、それだけでほんわかする。地面をつつく姿など、もうたまらない。思い余って近付くと、すぐさま逃げ出してしまうが、そういうところもまた、可愛い。
他に嘴で思い浮かぶのは、キョロちゃんだ。チョコボールというお菓子のキャラクターである。金のエンゼル、銀のエンゼルを集めていたころが懐かしい。買う度いつも、包装を開ける瞬間にドキドキしていた。くちばし部分にエンゼルマークがついているとテンションが上がり、何もないと食べるのが億劫になる始末。何度も消化試合のようになったのは、悲しい思い出だ。勿論、残さず食べましたよ。あれ美味しいし。それと、「クエックエックエ、チョコボール」というフレーズには思い出があるのだが、またの機会にしよう。気分が良ければ、書くこともある(当然書かないこともあるが…)。
烏と雀、そしてキョロちゃん。私が今、想いを馳せることができるのはその三つだ。当然他にも嘴を持つ生き物はいるわけだが(ペリカンとかカモノハシとか)、そこまで思い浮かばなかったので省いた。直に見たことも無いし、いや、ペリカンはあったかもしれない。だが、朧げだ。身近なものたちでさえじっくりと見たことが無いので、まずはそちらから極めてみようと思う。はたして、一体何を極めるんだか…。
嘴が生み出す曲線美の数値、とか?




